魔力過多症 4
☆☆☆扉を開けたら別世界☆☆☆
☆☆☆扉を開けたら別世界☆☆☆
日の出前に私はシャンタルは優しく起こしてくれたけど、どうやらルクーに起こされた兄はそうでもなかったらしく厨房に姿を見せたエリックは腰を摩っていた。
「ベッドからシーツごとひっくり返すとか、お前再起動時になんか細工した?」
恨みがましい顔で私を見るけど知らんがな。
「これお弁当。落ち着いたら食べて。」
人形だから表情は変わらないはずなんだけどルクーの顔がなんだかいたずらっ子みたいに見える。
本職狩人のエリックは胸のところだけを薄い金属で補強した革鎧に使い込んだバトルアクスを手にしている。
皮でできた脛あてには仕込みナイフがあるはずだ。付き添いを頼んだのに結構本格的な装備をしていた。
「いつどこで何があるか、油断は禁物。なくて困るよりもなくてもよかったな、のがいいじゃないか。」
というのがエリックの信条だ。
私は動きやすいシャツとズボンの上から防護の外用マントを着て作業用手袋というちょっとした野歩きみたいな恰好だ。
ちなみに鞄は特殊錬成した万能鞄なので見た目はウェストポーチだけど一部屋分くらいの収納力がある。
中には外傷用ポーション、状態異常回復薬各種、魔力回復薬なんかが入っている。
さっきルクーにもらったずっしり詰まった軽食バスケットももちろん中に収まっている。
「じゃ、行ってきます。ルクー後はよろしくね。」
そう言うと私達は玄関ではなく階段へ足を向けた。
わが家では2階から3階への階段には扉があって魔力鍵を使わないと登れない。
「どこだ?」
鍵登録している魔石を魔法陣にあてているとエリックが尋ねてくる。
「3階の真ん中の扉。」
「俺の部屋の真上かよ。砂っぽいのはそのせいか?」
「それは兄貴がブーツから泥を落とさないだけだよ。この間ルクーにモップ持って追い出されてたでしょ。」
「見てたのかよ・・・。」
ジト目で睨んでくる兄に私は軽く肩をすくめる。
「白銀の羅針盤、戦斧のエリックが少女型ゴーレムに追いかけられる、貴重なモノを見せていただきました。」
「頼むから早く忘れてくれ・・・・」
扉を開いて3階への階段を上がると短い廊下があって扉が4つ並んでいる。
ドアノブに手を触れると魔力が吸い込まれる感覚を僅かに感じ、私は扉をゆっくり開いた。
開いた扉から朝まだきのひんやりした風が吹き抜けてくる。
まだ明けきらない空が広がり振り返ると入ってきた扉がゆっくりと形を薄くしていき、やがて消えた。
部屋に踏み出すとブーツの底に柔らかい土を感じる。
「よいな。誰にも荒らされていない魔力に満ちた地だ。」
私のまわりを漂うように飛んでいたシャンタルがそう言うと地に降り立ちいつもよりはちょっと大き目な犬の姿に変わる。
「うむ。みなぎる地の力がわが身に通うのを感じる。」
土の精霊の眷属であるシャンタルにはこの環境がたまらなく心地よいものらしい。満足げなシャンタルの姿を横目に私はゴーグルをはめて魔力の気配を探る。
少し進むと膝くらいだった草丈が少しづつ長くなり、やがて川のほとりに出る。川沿いに進んでいけば目的のファランリウムの花が咲いていた。
夜明け前の空の色にも似た青色の花弁が綻んで川の流れに沿って青い帯が広がっているように見えた。
ファランリウムの花には蜜に魔力を少し吸収する効果がある。
「蜜を取りやすいように花を大きめに開いてある。ほかの虫が食べる分まで奪ってくれるな。」
シャンタルがそう言うのに頷くと私はスポイトを手に丹念に蜜を集めて特殊な小瓶に詰めていく。
蜜を取るのと同時に花びらも集めておく。花弁も素材としての使い道がある貴重なものだ。
ファランリウムの花は蜜が無くなるとすぐに萎んで効果もなくなってしまうので時を止める皮袋に入れた。
「おい。そろそろ日が上りきる。来るぞ。」
たくさん集めてちょっと腰が痛くなるころ、私の背後で周りを見回していたエリックが厳しい声を一声だす。
「お腹空かせた蜂の時間だね。兄貴よろしく!!」
私がそう言ってマントのフードを被り軽く印を結ぶ。これで気配も魔力も遮断して魔物からは私の姿は見えなくなる。
「ずっりぃよな。ま、やっとくから帰還の準備しろ。」
エリックに促されて私は腰の魔法鞄から転移陣発動用の魔石を取り出す。
蜂が近寄ってこないうちに私は急いで発動の呪文を唱える。
「戻れ戻れ。時の輪よ。狭間を越えて元いた場所へ。・・・・兄貴!できた!!」
唱えながら右手で魔石に左手を地に魔力を流し込む。
あっという間に5匹ほどキラービーを倒したエリックが駆け寄ってくる手を取ると白い光が私たちを包んだ。
眩しい光が薄れていくと家具も何もない見知った部屋にたどり着く。
出発したのは夜明け前だったのに窓からは昼下がりの光が差し込み外を通っていく荷馬車の音がガタゴトとのどかに聞こえてきた。
『おかえりなさい、エマ、エリック。』
扉が開いてルクーの顔がぴょこりと覗いた。
「ただいま。ルクー。お弁当、食べるひまはなかったんだけどお腹すいちゃったよ。お茶いれてくれる?」
私が笑いかけると、ルクーはこくりと頷いてくれた。
アウストラシア国の街ブルグにある錬金術工房暁星堂にはいくつか秘密がある。
ひとつはゴーレムの定義を越えちゃったゴーレム・ルクーの存在。
そしてこれが一番の問題。
私が祖父から受け継いだ暁星堂の建物にはもう非常識な数の転移陣が設置されていたことだ。
瞬間移動を可能にする転移陣はとても便利なモノだけど、さほど普及してはいない。それはなぜか?
その理由はいたってシンプル。転移陣を作動させるにはとんでもない量の魔力を必要とするからだ。
それは移動するものが多ければ多いほど、生命体として複雑であれば複雑であるほど比例して増加する。
それなのに祖父はどうにかして省魔力化まで成功していた。
さすがにあまり人目に触れるのはまずいという事は自覚していたのか、離れて暮らしていた私や兄には存在を教えていなかったのだけれど。
祖父の死後、遺品整理で各部屋扉を開けていきなり隣国に飛ばされた私や兄の驚きと苦労はちょっと思い出したくない。
祖父はルクーを助手のように使っていたのにたまたまメンテナンス中に亡くなってしまい、手がかりがなくて当初はなかなかに苦労した。
ルクーを再起動することでなんとか概況を把握して、営業再開した後もぼちぼちと対処中だ。
で、その再起動の時の私の行動がルクーの規格外化に拍車をかけてしまったのはまぁ考えないでおく。
そんなことを考えながら私はルカに合わせた薬を調合していったのだった。
登場人物(?)設定。今回は人外
シャンタル
土の精霊。植物育成が得意。プライドが高いがエマのことは大好きで甘やかしたい。
可愛いものが大好きで普段は子犬の姿に変化している。
エマのことを熱愛しているので言い寄ろうとしている男を実は陰ひなたにけん制している。
ルクー
オートマタともゴーレムとも呼ばれる魔法生物。
休眠時は人形くらいのサイズだが魔石で活動している際は10歳くらいのサイズになる。
エマの影響で若草色の瞳に変わった。黒髪。
言葉を話すが紋切り口調な話し方になる。
エマやエリックは気が付いていないが実はあれこれできることが多い