女神の乳薬舗にて
今日は短め
錬金術師通りの中でも中央広場寄りという位置に『女神の乳薬舗』はある。
ブルグでも老舗の中の老舗と言われるこの薬房の女店主ダニエラさんは母の従姉妹だ。
両親が元気なうちは祖父母もまだ元気だったからそれぞれよく素材採取に出ていて、私たち兄妹はダニエラさんの家に預けられたりもしていた。
両親の訃報を受けたのもこの家に預けられていた時だった。
薬房の入り口はなるべく外気が入らないように店構えのわりに扉が小さ目な店が多い。
ここもその例にもれず重厚な扉だが、設置された魔法陣で人が押せば軽い力で開くようになっている。
直射日光が入らない代わりに魔力灯で照らされた店内に目をこらすとダニエラさんが姿を見せた。
「いらっしゃいませ。て、エマじゃない。よく来てくれたね。」
「こんにちは。商業ギルドにやっと書類提出してその帰りに寄ったの。」
「そうかい。無事に出せてよかったよ。ってことはもうすぐ臨時で招集があるってことだね。」
薬品錬成作業をしていたらしいダニエラ叔母さんは作業用のローブを脱いでこちらへ足を向けた。
錬金術師組合の理事でもある叔母さんはあの提出書類に目を通す資格がある。
「エマが継いでくれて暁星堂も続くなら私たちは安心だよ。ちょうど午前中の仕込みが終わったところだから手が空いたんだ。お茶でも飲んでいく?」
「実はルクーに追い出されてまだ帰れないの。そのつもりで来たんだぁ。」
「なんだ。そういうことは早く言うもんだよ。」
ダニエラ叔母さんはそう言って笑うと工房から居間へと案内してくれた。
『女神の乳薬舗』はこの国でも珍しい女系継承の家だ。
なんでも薬房を興した初代の主も女性で女神から啓示を受けたという家伝だ。
ダニエラさんの母曰く、
『娘が不出来でも婿が優秀ならいい。換えの効きにくい息子相続よりも安心。』らしい。
事実ダニエラさんの旦那さんは商業ギルド本部に勤めているし、次代も娘のカトリーヌさんが店を経営し、薬作りは旦那さんのラザールさんが担当する予定なのだそうだ。
他にここには二人の息子がいて同じ年の方が1年遅れで魔法魔術学院に入学した。
彼は後継者になる必要がないのでそのまま学院で研究しながら教師となるという。
もう一人の息子は確かブルグで薬房とは関係のない料理屋で修業していると聞いた。
3人とも子供の頃はよく一緒に遊んだりしていたのは懐かしい思い出だ。
「この間くれたお茶だよ。あんたからのもらい物で悪いけどこれが美味しくてね。」
ハトゥーンの街から買い入れた磁器のお茶セットに薄い紫色のお茶を注いでくれた。
「ありがと。叔母さんが気に入ってくれたなら商品としても売れるね。」
「あら。今度からは買わないとダメなのかい?」
「売り上げに協力してくれるんでしょ?」
「はいはい。わかりましたよ。可愛い娘の頼みだからね。」
「エマはこうして帰ってきたけど、うちのロメオはいつになったら一人前になるのかね?」
そう言いながらも叔母さんの表情にはルカへの誇らしさが隠しきれていないけど。
私が卒業する時は監督生だったし、後輩の面倒見も良かったからきっと大丈夫だろう。
そうこうしているうちに跡継ぎ娘のカトリーヌも帰ってきてお茶会は一気に賑やかになる。
「エリックはまだ帰らない?」
「ん。予定では明日かな?戻ってくるって聞いてるけど。」
「そうかい。4日前にうちからポーション一式買っていったよ。すっかり一人前になったねぇ。」
「母さんからしたら子供みたいなもんでもエリックはもう有名な狩人なのよ。」
叔母さんがしみじみと言うとカトリーヌがまぜっかえして笑う。
「エリックがうちのポーションを買っていってくれたからお客さんが増えたんだよ。」
「あのエリックさんが!!とか言ってね。」
白金の羅針盤、エリックご愛用とかで売り出そうかと笑う。
「兄さん、意外に有名人なんだね。」
「意外に、じゃないよ。やっぱ身内のが知らないんだねぇ。」
カトリーヌ姉さんがやれやれと笑う。
「アラスの森の話知ってる?」
「ん?ブルグから見て森の反対側でしょ。」
「アラスの森にダイアウルフが出てさ、乗合馬車を襲った話だよ。街道には魔物よけしてるのにそれ無効化してね。」
「うわぁ。」
街道沿いには要所要所で魔物避けの結界があったりするから普通は魔物は近寄らない。
「で、乗り合わせてたエリックとその仲間がダイアウルフを退治したの。」
「へぇ。」
「関心薄いね。ダイアウルフ30匹に人間側は5人だよ?」
「は!?それは凄い。」
ダイアウルフだけでなくウルフの類は群れを為して獲物を襲う。それが30とかになるともはや戦争に近いだろう。
「魔法使いもいたらしいけどエリックは戦斧でひとりで7匹倒したのよ。」
「はぁ?そんなまさか。確かに兄さんは凄いけど誇張されてない?」
私がそう言うと二人はよく似た顔を見合わせて笑う。
「大袈裟でなくて丁度うちの取引先さんが乗り合わせててね。聞いたから間違いないわよ。
馬車は3台あってね、中にはどっかの商家のお嬢さんもいたみたいで事が済んでからエリックに求婚したとか。まぁ断ったみたいだけどね。」
我が兄は私が思う以上にとんでもない人物だったのか!それにしても妹に内緒とは恥ずかしがり屋さんめ!
「兄ちゃん、自分ではそんなこと言わないから知らなかったよ。」
「そうなんだね。ま、そういうのベラベラ話さなくなったってことはエリックも一人前になったってことだろうねぇ。」
ダニエラ叔母さんは一人でなんだか納得しているけどそんなものだろうか?
審査が通って開店の日付が正式に決まったらおばさんの息子のルイジさんのお店で食事会を開いてくれる約束をする頃には戻ってもルクーに叱られないだろう時間になっていた。
「あ、、税務処理もあるから帳簿は面倒がらずにきちんとつけるんだよ。あとエリックは提携狩人にしておけば経費の扱いが簡単になるし、冒険者ギルドとの素材取引価格が会員割引って知ってる?」
帰り際にカトリーヌ姉さんがそう教えてくれた。さすが老舗の跡継ぎ娘、経費節減に対してシビアだ。
学院時代に履修科目に工房経営があったけど昼寝時間にしていた。甚だ心もとないのがどうやら顔に出ていたようだ。
「やっぱりねぇ。エリックにもメリットがあるんだからきっちりと一緒に冒険者ギルドにも顔出すのよ。」
「あ。はい。わかりました。」
こりゃ兄貴が真っ白になっちゃうかなぁ。
女神の乳薬舗 の人々
女主 ダニエラさん。
跡継ぎ娘 カトリーヌ
婿養子 ラザール
女系相続。
息子2人は家を出る。
錬金術師学院で教師を目指す。




