現れた男 (前)
新人物登場
約束通り兄は次の日の夕方にはブルグに戻ってきた。
クランから狩人ギルドを通じて法務家を紹介してくれる話を付けてきたという。
この人の手を借りて手続きを勧めれば河童ハゲ・・・もとい、うっとおしい親戚(?)に煩わされずに暁星堂を続けることはできるようになるはずだ。
「当座の問題が解決のめどがついたら足元の問題を解決することにしないとな。」
「ねぇねぇ。やっぱりルクーを再起動して調べてからにしようよ。」
お互いの腰を結び付けた革紐の強度確認をしているエリックにもう一度意見を言ってみた。
帰還した翌日はブルグの狩人ギルドに顔を出した兄はさっそくその翌日に3階を探索すると言い出した。
「なんだよ。この転移陣がどうなってるか調べないといけないって言ったのはお前だろ。」
エリックは今更なんだと準備する手を緩めない。
そう私が調べないといけない、とは言った。
だけどそれはルクーを再起動して手順を踏んで調べようということで当たって砕けろ、とか実際に飛んでみようという事では決してない。
転移陣がどう誘うするかわからないから、とエリックは私の腰ベルトと自分の腰ベルトをギャルシャの革紐でしっかりと結び付けた。
ギャルシャの革紐は通常の刃物ではなかなか切れることもないし、魔力を遮断するので素材をしまう皮袋にも使われる。
ついでに私が魔法防御の細工も施しているので余程のことがない限り切れたりはしない細工です。
「片足を入れたくらいでは発動しないな。やっぱり全身が必要か。」
私の言葉はまるっと無視してエリックが左足と上半身も部屋の中に突っ込む。
ちなみに廊下に身を置いている私から見える部屋の景色は絨毯もない埃っぽい部屋に木箱がいくつか置いてあるだけだ。
「もうそれ以上は・・・体の半分が入り込んだら作動するのは転移陣設定の定番なんだけど。」
ギュルシャの革紐を引っ張りよせながら注意するけどたぶん聞いていないと思う。
「おおい。エリック。いないのか?人を呼び出して無視かよ。」
階下から男の声が聞こえてくる。
「ジョルジュだ。そう言えば今日来るって。」
「え?もう呼んでたの?ってかジョルジュ??なんでよ!!・・・て急に動いたら重い!」
どうやらゴーレムのことを完全に後回しにしたわけではないらしい。だけど忘れていたとか・・・。
エリック急な動きに握っていた紐がスルリと手からほんの数センチ滑り出る。
「あ。」
完全に部屋の外に意識が向かっていたエリックの体がほんのわずかバランスを崩し、倒れこまないように反射的に後ろにステップを踏む・・・。
「ダメ!兄ちゃん!入ったら!!発動しちゃう!!」
「やべぇ。今日ジョルジュにゴー・・・・」
みなまで言いきらずに兄の姿は忽然と消えた。
エリックの姿が消える瞬間、白く光る満月が見えた・・・気がした。
「お前、何してんの?」
呆然とする背後から案内もなしに上がり込んできたジョルジュが声を掛けてきた。
「何してんの?腰に紐なんか結んで。」
あわわと慌てている私の腰に結ばれた紐は、半分ほどの長さで伸び切ったかのように千切れている。
(転移した時の移動距離に適応できないで切れたか・・・。いや引っ張り込まれないで済んでよかったのか。)
「あ、あのぉ。それはうん、ベルトが切れて。」
ジョルジュの蒼い目が思い切り胡散臭いものを見るように細められる。
うん、わかる。あからさまに怪しい。今日の私の服はゆったりとしたワンピースだしベルトなんかいらないんだもん。
何よりギャルシャの革紐でベルトなんて採算度外視にもほどがある。
私の言い訳にジョルジュが笑う。
「分かってるよ。転移陣が発動したんだろ?」
「え?なんでそれを?」
呆然とした私を見て彼はニヤリと笑った。
この笑い、この笑いが苦手なんだよぉ。
ゴーレム起動免許を持つ知り合いのジョルジュは兄の幼なじみだ。
ブルグ生まれの彼は家庭の事情で12歳の時に街を離れて,騎士修業の傍らに後に錬金術学院に入った変わり種だ。
錬金術師時代から金属系を扱ってきた彼は学生時代にゴーレム使用免許を取得していたという。
鍛治職人や魔術具職人を目指す錬金術師はは火や高温になった素材を扱うことが多くゴーレム使用率は高い。当然と言えば当然な人選だろう。
学院では私と入れ替わりだったし私が修行に出ると戻ってきたからほぼ10年ぶりの再会になるだろうか。
黒髪に青い目とこちらには珍しい色合いをして、整った顔立ちに力仕事で鍛え上げた均整の取れた体つきは新市街の女子の注目の的だそうだ。
幼馴染、というだけあって小さい頃には私も遊んでもらったらしいが私は5歳違いの女の子だ。
たいして一緒に遊んだような記憶はもちろんぼんやりとしか残っていない。
ジョルジュはお茶を待つ間、私のシャンタルと挨拶を交わしていたらしい。
エリックにはツンツンしたシャンタルが、ジョルジュはお気に召したのかテーブルに飛び乗って話をしている。
「俺の契約精霊は火の精霊で、今日は俺の代わりに素材を熱しているので留守番なんだ。いつかぜひ会ってくれるかな?」
などとなんともまったりとした会話を交わしている。
「どうぞ。お口に合うかはわかりませんけど。」
埃っぽい廊下にいつまでもたたずんでいるわけにもいかないのでとりあえず1階の応接室に場を移した。
魔法コンロでお湯を沸かしお茶を出す。
「ありがとう。ん?これ珍しいな。」
「これはエマが調合したのだ。我も植物の育成を手伝った。美味であろ?」
シャンタルが得意げに教えている。
ジョルジュな出したのはあちらの街で飲んでいたお茶に私が柑橘の皮と乾燥した花を加えて調合したものだ。お茶の製法自体がこちらとは微妙に異なっているし、味も冷めても渋みが出ないように考えて作り上げた。香りを楽しむように湯気をあてるジョルジュを見ればこの街でも通じそうだ。
・・・今はそれはさておいておくとするけれど。
「どうしてジョルジュ・・・さんがうちの転移陣のことを知っているの?」
「あの部屋なら行く先はロドスの月の迷宮か、シュールレウムかバルガだ。あいつなら大丈夫だろう。そんな危険な場所は設定してないからな。うん、色も美しい。」
さらりと転移先の候補をいくつか告げるのに、私が表情を変えるのをジョルジュがまたニコリと笑う。
「知ってるも何も・・・俺はここの爺ちゃんと転移陣設置するの手伝ってたんだって。」
ジョルジュ登場です。
すでに知ってる人間に必死に隠そうとしていることが発覚した時のこのムナシサってば。




