わが家の秘密(前)
ちょっと短め
「この家に転移陣が設置されている?」
「ああ。そうだ。俺はこのまる1日レバントの森にいた。」
「いや、ここ。ブルグだよ。レバントはあり得ないでしょう!!」
兄から出た言葉の常識はずれさに私は思わず口にしたお茶を噴きそうになる。
レバントの森は国一つ間に挟んだレーベンブルグ国に広がる魔物の住む森だ。普通に歩いても1か月はかかるし、軽装で行って帰れるような場所ではない。
あちこち傷ついているエリックの傷をひとまず携帯用ポーション(スプレータイプの新作だ)で癒す。
みるみるかすり傷が癒えると目をギラギラさせていた兄はお茶を飲み食事をすることで少し落ち着いたらしい。
「まぁ信じないだろうと思ってな。これ、取ってきたんだよ。」
エリックが差し出してきたのは硬質な輝きを見せるサラゴーナの花付きの枝だ。
これはレーベンブルグ国でしか採取できない、しかも採取後1日以内に魔術処置をしないと枯れてしまう貴重な素材だ。
いくらエリックが持っているのが時を止める作用を持った魔法鞄だとしてもサラゴーナの花をこの状態で持ち帰るのは不可能だ。
「な。お前ならこれで俺が嘘ついてないのがわかるだろ?」
エリックが言うには昨夜、扉を開いて足を踏み入れるとレーベンブルグの森のただなかに立っていたという。
最初は夢でも見ているのかと思ったが風も冷たく夜露が服を湿らせる感覚に我に返った。
慌てて背後を振り返ったが入ったはずの扉は幻のように掻き消えていて草原のただなかにいたという。
ここで普通の人間なら慌ててふためいて騒ぎまわるはずだが、そこは冒険者である。
身に着けていた魔法鞄には何か起きてもいいようにとコートと予備の皮の胸甲、短剣を入れていたのでひとまずそれを装備したという。
(さすが一流に近いところまで上り詰めている狩人は平時の準備にも抜かりがない。いや、非常時慣れのしすぎ?ま、置いとくか。)
「まぁ俺も今まで厳重装備すぎるだろ?と思わなくもなかったが考えを改めた。いや、さすがにそこはどうでもいい。」
信じられない事態だが起こったことは仕方がない。進むか戻るか考えた末にエリックはひとまず目印を立ててから進むことにした。
目印の周辺を少しづつ範囲を広げて進むことまる1日、さすがに携帯食料も少なくなり不安を感じ始めたという。
「その時に急にこれが光ったんだ。」
エリックが差し出してきたのは祖父が送った守りの腕輪だ。
私も同じものを持たされている。壊れたらすぐに知らせろと小さい頃から言われていた。
その腕輪の中の金の破片が入った水晶の魔石をエリックが指し示す。
その魔石が急に光ると兄は思わず眩しさに目を閉ざし、次に目を開いたときはレバントの森から少し埃っぽい部屋にたたずんでいたという。
「また転移でどっかに運ばれたらやばいからな。急いで降りてきた。お前は大丈夫だったのか?」
私は1階と祖父に指示された部屋くらいしか行動していないし、今まで特にそんな怪異な経験はしていない。それを伝えるとエリックは大きくため息を一つついた。
「とりあえず今日は寝る。すまんがお前の部屋でもいいか?もうちょっと3階は勘弁してほしい。」
野営慣れしているはずのエリックだが疲れ切った様子をしているので私は兄に部屋を明け渡した。
よほど懲りたのか普通に部屋に入らずに扉を開いて何度も中を確認し、シャンタルに魔法の気配がないことを確認してもらってやっと部屋に入った。
さすがに私のベッドは気が引けたのか魔法鞄から野営用の寝袋を出して潜り込むと、すぐにいびきの音が聞こえ始めた。
「シャンタル。3階からそんな気配した?」
『我は何も感じぬ。だとすればよほど強固な隠蔽の魔術がかかっているのかもしれないな、急な転移などに巻き込まれたら大変だ。今宵は触れぬがよかろう?』
シャンタルの言葉に私は頷く。エリックが2日であれほど疲れ果てるのだから私にはちょっと無理そうだ。
すべては明日、兄が目を覚ましてからにした方がいいだろう。
そう考えると響き渡るいびきに同室で寝るのは早々に諦めて私は1階工房のソファで眠りについた。
無事に兄が帰還してわが家の一大問題が発覚しましたのです。
対策はとりあえず疲労回復した後で・・・。




