アラクネ騒動記 5
「エマ、今日は何?悪いけど私、今忙しいんだけど。」
最近大きな注文が入ったとかで忙しいらしいヴィヴィはちょっと落ち着かない様子だ。
今日、ヴィヴィを呼んだのは彼女とピッパちゃんを引き合わせようと思ったからだ。
「忙しそうだね。」
「マノア家のお嬢様が嫁ぎ先に持っていく母や祖母、叔母のドレスをリメイクするの。布は使えるけれどレースは裂けたりしてるし。ブルグを侮られないように、って父様も言うからね。」
マノア家の話は私でも聞いている。
王都の上級貴族の次男にブルグ在住の地方貴族マノア家の娘が嫁ぐことになったのだ。
マノア家は商売も手掛けるとても裕福とはいえ王都の上級貴族とは縁がなかった。かなりの魔力があった娘が魔術学院に進学し、跡継ぎではないが中央貴族の子息に嫁ぐことになった。自然侮られないようにと準備にはブルグの街をあげての物資の調達の様相を見せている。
王都で調達することも検討されたが、ブルグの力を見せる機会ともいうことでマノア家当主は支度をブルグ中心で整えることにした。
マノア家からの発注で今ブルグの街では様々な工房が忙しいし、高級素材を要する依頼で狩人ギルドも活気づいているという。
暁星堂にも嫁入り道具として持ち込むインクや紙の注文が来たし、魔術具工房から効果付与の依頼がすでにいくつか舞い込んでいて魔法陣の選定に忙しいのは私も同じだ。
ピッパちゃんはすっかり回復して暁星堂での暮らしにも馴染んだ。
素材としての糸ももらったけどやはり彼女の生活は物足りなそうに見えた。
そこで以前からアラクネに関心のあるヴィヴィに紹介しようと思い立ったのだ。
ヴィヴィは絹の錬金術師一族出身だ。小さな頃から蚕の世話や研究の手伝いもしてるので、世間一般の女性よりは虫には強い。
だからまぁ大丈夫なんではなかろうか。できればアラクネと契約したいとも言ってたし。
マノア家の注文はヴィヴィの工房主兼デザイナーとしての最初の試練にもなるだろう。アラクネ糸があればそれの手助けにもなるだろうから紹介は早い方がいいとも考えた。
「まぁまぁ。会わせたい人、っていうか生き物っていうかな?がいてね。」
「人じゃなくて生き物?なんだか怪しげな言い回しなんだけど。」
ヴィヴィが少し警戒したように方頬を引き攣らせた。
「大丈夫!ヴィヴィとなら気は合う!それは私が保証するから!会いたいって言ってたし!ただ本物は無理かなって。不安はね、まぁある、かな。本能的なもん。」
「ごめん、言ってる意味がわからない。」
ヴィヴィが不思議そうに小首を傾げた。
「ちょっと探索先で見つけちゃったの。」
「探索先で見つけた?会わせたい。この忙しい大事な時期に?」
「そう。だからこそ。きっと役にも立つんじゃないかなって。ねぇ、ヴぃヴぃは昔・・・」
アラクネに会いたがっていたよね?と言いかけた時
「エマ、私もうご挨拶してもいいかしら?」
友人で服飾工房をしている子に会わせたい、昔からアラクネに興味あったからとピッパちゃんには話してあった。
朝からそわそわと毛並みを整えたり、リボンの位置を直したり繊細なピッパちゃんはルクーとヴィヴィに出すお茶の相談までしてとても楽しみにしていた。
呼んだら出ておいで、と言っていたのだが待ちきれなくなったらしい。
「あ、ちょい待ち。ピッパちゃん!」
「ピッパちゃん?女の子なの?」
私が止めるよりも一瞬早く扉が開き、おずおずと紅の瞳がのぞき込む。
ヴィヴィが止める間もなく声がする方向へ振り向いた。
「あぁ!もういっか。ヴィヴィ、私の新しいお友達、アラクネのピッパちゃんだよ。」
ちょっとだけやけくそになってヴィヴィにピッパちゃんを紹介する。
「エマ!」
シャンタルが慌てて体を大きく変える。
ピッパちゃんといきなり相対したヴィヴィはくぅっと小さな声を上げてシャンタルに倒れかかった。
「ごめんね。まさか気絶するなんて思わなくて。」
ぶっ倒れたヴィヴィはすぐに意識を回復するとルクーが用意した水を飲んだ。
「そら普通にいきなり大グモなんか会わせたら気絶するわよ!言いなさいよ!」
「いや。もうほんとにね。でもピッパちゃんはすごく可愛くて上品なの。だから大丈夫だろうって。」
私は隣で大きな体を少しでも小さくしようとしているピッパちゃんの頭を撫でた。
彼女はなんにも悪くない。
そんなピッパちゃんを見てヴィヴィは慌てて身繕いをした。
「ごめんね。私も会っていきなり気絶とか失礼しちゃって。気を悪くしないでね。」
「私も待ちなさいってエマに言われたのに、なんだかとても懐かしい気配で会いたくて。ごめんなさい。」
ヴィヴィがちょっと泣きそうな顔になって床に膝をつき、しょんぼりしている(ように見える)ピッパちゃんを慰める。
「あなたはとても素敵なアラクネよ。それは本当だから。」
「ありがとう。あなた、ヒトなのにいい子ね。」
「あなたも優しいのね。」
ヴィヴィはそう言うと、いきなりガバっと私に向き合う。
「憧れのアラクネだったのよ!小さい頃から蜘蛛に慣れるように頑張って、いつか会ったら認められるように腕を磨いて。その時が来たら最高の出会いになるように準備してたのに。」
「あぁ。それはね。でも手違いだし。まだギルドや街に届けてもないし。相性悪かったらどうしようかな、と。」
「前置きが長いのよ。アラクネいたよ。で、よかったのに。」
どうして私が悪いことになっちゃったのか・・・。だれか説明してほしい。
「名前は?私はヴィヴィアン。ヴィヴィって呼んで。あなたは?」
「私はピッパと呼ばれてたわ。」
「ピッパ、可愛い名前ね。あなたによく似合ってるわ。」
「ありがとう。うふふ。」
その間も向かい合ったヴィヴィとピッパちゃんは自己紹介を続けているようだ。
「なんですか?この入り込めない雰囲気は?」
「まぁ気が合ってるってことかの。」
すっかり外野の扱いになった私はルクーが置いていたティーセットでお茶を入れて一口飲んだ。
すっかり喉がカラカラだ。
何やら語り合っていたヴィヴィとピッパちゃんだけど、どうやら話はまとまったらしい。
「決めたわ!エマ、私、この子にヴィヴィに着いていくわ。あなたといるのも楽しいけれど。ごめんね。ワガママな私を許してちょうだい。」
「いや。そのつもりで紹介したんだから大丈夫。むしろ喜ばしいと思うよ。」
私がそう言うとピッパちゃんはありがとう、と答えた。
「エマ、いろいろ言っちゃってごめんなさい。ステキなお友達を紹介してくれてありがとう。」
ヴィヴィが今日一番の晴れやかな笑顔を私に向けた。
アラクネとヴィヴィ、ついに出会う!!




