アラクネ騒動記 1
今日から新しいお話です。
「ああ。やっぱりブルグはいいわよねぇ。ルクーのお茶も美味しいし。マルタのとこには可愛いルカがいるし。」
そう言いながらヴィヴィは細い指で上品に無骨な陶器のカップを取りあげた。
ヴィヴィはマルタと同じ私の幼なじみで初級学堂で一緒に机を並べた仲だ。
マルタは魔法や錬金術には関係のない豊かな商家のお嬢様だけどヴィヴィは私と同じ錬金術師の娘だ。
ただ違うのは筋金入り生粋平民の私の家と違いヴィヴィの実家には末端とはいえ爵位持ちなところだ。
彼女の父はブルグ錬金術師組合副組合長で絹の錬金術師とも言われる有名人だ。
この家はブルグだけでなく国内でも有力な錬金術師一族の長で、数代前に東の国から輸入するしか無かった絹の国内生産に成功したことでその位を得たのだ。もともと庶民とはいえ代々錬金術師としては名家だったから成り上がりのような雰囲気は一切ない。
今、家業の魔蚕の育成は兄が引き継ぎ、彼女はその絹を使った服飾工房を立ち上げている。
だけど元々ヴィヴィは王都で今年結婚するはずだったのだ。
ちょうど私が修業先から帰る頃、ヴィヴィも王都から戻ってきた。
相手に複数の愛人が発覚し婚約を破棄したという。
「負け惜しみに聞こえるかもしれないけどもともとそんなに好きじゃなかったのは認める。
でもなんでだか私が自分を好きだって信じて疑わないんだよ。だから何しても許すだろ、とかふざけんなっての。」
戻ってきた彼女に会いに行ったとき、ヴィヴィはつとめて感情を押し殺しながら教えてくれた。
ヴィヴィは艶のある栗色の髪に神秘的な紫色の瞳を持つ、一見物静かな美女だ。
だが、幼馴染である私とマルタは知っている。
ヴィヴィが本当は気が強くて負けず嫌いで真面目な努力家なのだ。
場に応じた振る舞いも心得ているから(猫かぶりともいう)相手も調子に乗ったのかもしれない。
服飾にももともと興味があったからそちらにのめり込みもしたのだと思う。
王都でも大きな服飾工房の跡継ぎだった婚約者は家業に励む代わりに女好きで、服飾が好きなヴィヴィのひたむきさを自分への好意ゆえの真摯さだと誤解したらしい。
結婚前から愛人を作り、あまつさえ2人の子供(しかも母違い)がいることが発覚した。
そして尚且つ反省の色もなく、この子たちにも跡継ぎの立場を認めたい、とか言い出したという。
微量だけど魔力持ちの彼女はそのまま優男の顔に魔力の塊をぶつけて壁に叩きつけてその日のうちに長距離馬車に乗りブルグに戻ってきたという。
相手方は怒ったけれど破談までは言い出さなかったらしい。
こんな女でももらってやるからありがたく思って帰って来い、という手紙を送り付けてきた。
だが娘の話に絹の錬金術師は即座に破談を進め、さらにすぐさま相手との絹取引を取り止め競合商会と契約した。
魔力絹はブルグの特産品だ。
多くの錬金術師がそれぞれ魔力絹を錬成するための蚕の育成に挑んだがいまだに誰も成功していない。
だからアウストラシア国で現在絹の錬金術師一族を敵に回せばもはや魔力絹は手に入らない。
東の国から絹は手に入るけれどそれには魔力はなんら付与されていないのだ。
希少な魔力絹を取り扱うことでアドバンテージを得ていた商会の打撃は大きいはずだ。
「王都にある。ってことに異様にプライドがあったみたいでさ。魔力絹に胡座かいてる感じっていうの?」
魔力絹を主力にしているのに、それを扱う実家をなんとなくさげすまれているのがわかって居心地が悪かったという。
「うちも王都には伝手があるけどあれだけ威張ってたのが今は見る影もないそうよ。」
結婚して商売を手伝うようになったマルタは元婚約者と面識があるらしい。
見た目の通り穏やかな彼女にしては珍しく、とても怒った口調で続ける。
「魔力絹にこだわらなければ腕のいい職人は揃ってるし普通にやっていける地力はあるのよ。」
「魔力絹にこだわらなくてもね。」
ヴィヴィとマルタの言葉はどうやら彼らにはそれが難しいと言外に匂わせている。
「ま、今は仕事も楽しいからそれでいいの。かえって邪魔がいなくていいわよねぇ。」
ヴィヴィはそう言いながら晴れやかに笑う。
最初は色々な噂もあったけど真っ直ぐに前を向いたヴィヴィを私は素直に凄いと思う。
「で、最近はマルタの所ともお仕事してるんでしょ?」
今日はマルタとヴィヴィでただお茶を飲みに来た訳では無い。
きちんとした仕事の話だ。
ヴィヴィの工房はまだ立ち上げたばかりで針子の数が絶対的に足りていないし、販売のつてが少ない。
そこでマルタの夫の商会がヴィヴィが作り替えた衣装を販売も行う。
マルタの方は優れたデザインのできるヴィヴィに依頼すればそれだけいい商品を提供することが出来る。
オートクチュールだけでなく貴族や富裕層に不要になったドレスや流行遅れのドレスを仕立て直したりもするし、また慈善活動にと孤児院などに贈られたけど街の人には着ることができない上質な服を買い取ってはリメイクして売り出したりもする。むしろ今はそちらが主力だろうか。セミオーダーとでもいうのか。
リメイクだ再販だとは言ってもあくまで上流階級相手の商売だから街の古着屋とは違う。
こちらもデザインや制作をしているけれど魔力絹などの服ではなく通常の素材で幅広い層への服を作っている。
元々貴族や有力者と取引があるから不要になったドレスも手に入りやすい。ヴィヴィのセンスとマルタの夫の商才でなかなか順調な滑り出しを見せているのだ。
「そう。評判いいのよ。お値段もフルオーダーよりはお手頃だし。夫も喜んでるの。ヴィヴィのおかげで魔力絹も融通されるようになったしね。」
「むしろそっちの方を喜ばれてるような気もするんだけどね。」
ブルグ名産の魔力絹はブルグでもなかなか手に入りにくいのだ。
一部の服飾商会にしか行き渡らなかったブルグ絹を扱えるようになったことでマルタのフランマリ商会は着実にランクを上げた。
「新たに刺繍をした衣装だけでなく小物も評判いいの。ただねぇ、普通の糸だと絹に負けるのが難点だけどね。」
魔力絹に刺繍する場合、長く時間が経過すると普通の糸だと劣化が速いのが難点なのだ。
衣装を整えるのに刺繍したり、レースを縫い付けたりするが魔力絹の布の魔力に耐えきれないのか劣化したり、染めた糸が変質したりする。
そしてそれを錬金術でどうにかするのが、私への依頼と言われうわけだ。
懐かしい友人との和やかな商談、たまにはゆっくりこんな時間もいいじゃない?
新キャラとしてエマの友人ヴィヴィ登場。
彼女は一見クールビューティですが中身は熱い体育会系女性、にする予定です。




