魔力過多症 2
お薬作り始めましょう その1
契約精霊シャンタルとゴーレムのルクー
「せっかく来てくれた友を前にあのように思考に沈んでしまうのはあまり良いこととは思えぬぞ我が主。」
いつの間にか帰ってしまったマルタに気がついたのは店に入り込む西日を避けるためのブラインドをルクーが下ろす頃だった。
私の影からするりと抜け出して肩口に止まった契約精霊のシャンタルがやれやれ、という風にたしなめる。
地の精霊であるシャンタルとは学院卒業後の修行先の師匠の家で契約を結んだ。
地の精霊である彼女は草花が好きで彼女が世話する薬草園は豊かに実る。
シャンタルを連れて帰省したら祖父はとても喜んで庭を彼女好みの薬草園に作り替えてくれていた。
薬草園は今、我が工房の主力であるポーション原材料の供給に大きな役割を果たしてくれている。
シャンタルもとても喜んで私の近くにいないときはだいたいそこで草花と戯れていることが多い。
精霊なのではっきりとした形を取らないでもいられるのだけれど、彼女は可愛いものが大好きで顕現する時に茶色でフサフサ毛並みの子犬の姿を選んでいる。
子供好きで人懐っこい性格をしていてさっきもお店を訪ねてきたルカの相手をするために子犬の姿で顕現してくれていたのだ。
師匠によると本体とは異なる姿で顕現でき、魔力を自在に隠せるシャンタルはかなり上位ではないか?と言われるけど位よりもシャンタル自身が好きだからあまり構わない。
「ごめんなさい。反省してます。」
「ま、マルタはいつものことだしああなったら絶対にいい薬になるから安心した。と言って帰って行ったがの。」
さすが子供の頃からの付き合いで見抜かれている。
シャンタルはクルリと回転しながら子犬の姿に変身して床に降り立った。
「で?何か思いついたのであろ?我の愛しい子たちが役に立つことはあるかの?」
小首をかしげるようにして真っ黒な瞳で見上げてくるシャンタルにニヤリと私は笑みを見せる。
「まぁねぇ。まずはここにあるもので実験してからかな。手伝ってくれる?」
「エマの望むことなら何であれ。」
「じゃ、工房に行って今ある素材を確かめよう。」
そう言うとシャンタルは嬉しそうにくるりと回転して変化を解いた。
「ルクー、しばらくシャンタルと工房にいるからベルで呼んで。」
店に差し込む西日を遮るためにブラインドを閉めていたルクーがコクリと頷いた。
真っ白で滑らかな頬に艶々とした黒い髪とエメラルドのような眼をしたルクーはゴーレムと言われる魔法生物で年代物の磁器人形を外郭に祖父が錬成した。
ゴーレムが簡単な接客をするのは錬金術師の店にはよくあることだし、祖父の代にもルクーは店にいたので店番することには特に問題はない。
が、祖父の死後、壊れて止まっていた彼女を再起動したらなんと彼女は自分の意志を持ってしまった。
もちろんルクーを再起動するのに必要なゴーレム起動免許は私もきちんと持っている。そこには違法性はない。
年を経たモノが魂を持つなんてルクーの生まれたクニにはあったとしてもこちらの国にはなかったのだから今更仕方がない。
ルクーの特殊性は暁星堂の秘密のひとつだ。
店を後にして半地下になっている工房へと降りる。
ベルトについている鍵束から鍵を取り出し魔力を通してから扉を開く。この鍵を使えば登録した者しか工房に入ることはできなくなる。
錬金術師の工房は素材の保管、レシピの保管も含めて秘密の塊、管理は厳重なのだ。
シャンタルと二人になり施錠を確認すると私は錬金術師の特殊な手袋を外して左手の甲に指先を当てる。
『リーチェッタ 』
手の甲がうっすらと光を放ち、錬金術紋が浮かび上がってそれに触れると私の脳裏にいくつかの薬のレシピが浮かんでくる。
錬金術紋には覚えたレシピが詳細に記憶されていて、私のレシピは学院の基本レシピ、祖父のオリジナル、師匠から継承したものになる。
紙に書かれたものももちろんあるけれど、詳細な取り扱いや素材の特殊性は秘伝中の秘伝で錬金術紋を使うことで師匠から弟子への伝達が確実に行われる。
ちなみに錬金術紋を使えば、たとえ弟子が文字が読めなくても継承可能になる便利なものでもある。
だから錬金術紋の取り扱いは秘中の秘で人目に曝したりという事はほとんどしない。
ちなみに手袋も錬金術師の大事なアイテムだ。
杖を使い魔法を発動する魔法使いと違って錬金術師は素材を使う作業が多い。
自身の魔力に左右されるのは困る場合もあるから魔力遮断などの機能がついた手袋は必須、もはや体の一部みたいな感じだ。
私は白のオーソドックスな手袋で祖父が卒業祝いにくれた魔獣の皮で作ったものだ。
魔獣の皮を加工したものは長持ちするけれど高価でなかなか手が出ない。
なかにはデザインに凝る人もいて一見手袋なしに見えちゃう特殊素材なんてものもある。凄いよね。
「うーむ、やっぱりポーションは基本水薬ベースなんだよね。」
魔力過多症対処薬のレシピはいくつか見つかったけど水薬だった。
丸薬にして舌に触れる時間を少なくしてみようと思ったけど、どうやらすぐには実現できそうになくてため息をつく。
外傷治癒用のポーションは丸薬化に成功したけれど他の薬はまだ研究中だ。
毎日頻繁に起こるわけでもなく、魔力の多い花の花粉や魔毛羊なんかに近寄ると起こるわけだから味の改良はあまり重視されていなかったらしい。
「服用するのは子供が多いから、薬は苦いもんだ我慢しろってなるよね。魔力過多症の薬は状態異常回復薬とまぁ組成は似てるからっと。」
呼吸を楽にする綾花草は塗り薬には向いているけれど服用すると胃に刺激が強すぎるので使わない方がいいだろう。
シャンタルに問いかけるとふわふわと宙に漂いながらあれこれと薬草や木の実をあげてみてくれる。
「カリンカの実の皮が苦手でさ。泣きながら飲んだよね。」
香りはいいのに皮はイガイガと喉に辛くて、渋みも長く口に残った記憶に私の口になんとなく苦みが蘇る気がする。
「魔物は効果があれば味など意に介しないからな。人は我儘だ。」
シャンタルがくすくすと笑いながらそう言ったけど、やっぱり不要な我慢なら減らしたいと思う。
「甘みだけだと薬の苦味と相乗したりせっかくの薬効を消したりしないかはいいのか?」
「それは確かに。」
思いついたことを忘れないようにメモし、通常使う薬草とその代わりになりそうな薬草や魔石をいくつか書き加えていく。
「理論的にはこれで随分と苦みは弱くなるよね。効果の出方は検証するとして、価格もそこまで上がらない。
だったら買い手はつくよね?独占ひゃっほう!!てなる?それともレシピも登録して使用料取れる?」
暁星堂は錬金術工房、慈善事業では成り立たない。錬成よりもそっちに思わず思考が飛んでしまっていたら
「エマ、悪い笑顔になっておる。」
シャンタルがため息をつきながら私の肩に止まった。
((ちょこっと設定))
錬金術紋:
錬金術師が自分が習得したレシピなどを体に刻み込んだもので記憶の魔法陣を意匠化したもの。
師匠から弟子へと継承されることもあり、その意匠により師弟関係が把握できたりもする。
人目にさらすようなものではないとされているので手に施しているものは手甲で隠したりしている。基本的に成人するまでは彫り込まない。
レシピは大事なのでギルドに登録もする。改良は認められるが権利は保持する。
契約魔術で縛られるので違反者は世にも恐ろしい目に合うと言われている。