青の洞窟 5
楽しい楽しい錬成の時間、のあとは
店番をルクーに任せて来客以外は工房に籠る楽しい2日間、ほんとうに充実した。
ジョルジュからの注文品だった魔法陣定着強化剤も精度のいいものが完成したし、魔法陣用の紙ももともと暁星堂にいいものがあったのですぐに使えるように定着錬成しておいた。
魔法陣定着剤は自分でも使えるし、魔術具商会や他の錬金術師にも需要がある。
スライム麻痺毒を利用した麻酔薬はポーションが使えない時の外傷の治療に役立つと思う。
意外な収穫はウォーターリーパーの卵から結構いろいろなものが出来たことだ。
まずは魔物忌避薬だ。
卵は捕食者から身を守るために自衛する。その成分を応用したのだ。
畑に撒いておけば害獣駆除なんかに役にたつし、森近くを通る駅馬車なんかも役にたつと思う。
意外なものが卵の周りのプルプル成分でそこから抽出した成分を香料と配合してできた美容液だ。
恐る恐るだけれど使ってみたら翌日ビックリするほどお肌がツヤツヤになったし、香料の持ちもいい。
(ただ素材がバレたら売れなそうなんだよねぇ。カエル印の化粧品って感じでさ。)
ウォーターリーパーは美容液に役立つ。ただし、捕獲は面倒。レシピとともに紙に書き連ねる。
久々に杖関連の仕事して充実した気分になったから杖磨きセットを取り出して杖を磨くことにした。
今では手袋に仕込んだ魔法陣を使うことが多いのであまり魔道具としては使わなくなったけれどお手入れは大事だ。
学生時代から愛用していた杖磨きセットを取り出すと、杖頭の青珊瑚と合わせた落ち着いた色合いの袋から杖を取り出す。
懐かしいなぁ。ベルトに着けるチェーンの細工を友達とお揃いにしたり・・・とまで考えたところでふと気が付く。
「そういえばジョルジュって杖の話はしてるけど杖周りの品物とか考えてるのかな?」
女子には可愛い道具、機能だけじゃない道具って結構大事だ。
まして姪御ちゃんは貴族だからそれなり準備がいるんじゃなかろうか?
入学準備は張り切っているという父方の一族が取り仕切っているのだろうけど、魔法魔術関係ならジョルジュが言わないと誰も思いつかないかもしれない。
「これは売り込み案件じゃない?」
翌日、約束の時間に師匠であるドーラさんの工房にジョルジュを尋ねた。
ドーラさんは私の両親と同世代で旦那さんと一緒に工房を営んでいる。恰幅のいい声が大きな女性だ。
「あぁエマかい。ジョルジュは離れの工房だよ。昨日帰ってきてすぐに作業さ。早く片付けてこっちを加勢しろって言っとくれ。」
ドーラさんは何やら箱型の大きな魔術具を扱う作業を止めて教えてくれた。
作業場の一角にあるジョルジュの工房の扉を叩くと入るように言われた。
「出来たよ。注文の固定薬、だけど加工して紙にしといた、サービスだよ。」
「おう。ありがとうな!!助かるわ。ちょっと杖を見てくれるか?」
座り込んで作業しているジョルジュに近づく。
彼が手にしていた杖はいつでも振れるようなサイズに削り整えられていた。
ほっそりとした杖本体は先が少し丸めに整えられていて、ロウェンの木肌に何かを巻き付けるのか螺旋形の掘り込みが見える。
ちなみに素材が元から含んでいた魔力は魔石に抜いて作業するのが普通だ。
保管して別の魔石に充填して使うこともあるし、
「あ、この魔力美味しいねぇ。」
「ふむ。なかなかに美味。」
「あ、勝手に!!シャンタルまで。」
「構わんよ。」
「ありがと。ジョルジュ!」
ジョルジュが抜いていたらしい素材の魔力を移して置いた魔石をシャンタルとフランが食べてしまった。
魔力のこもった魔石は精霊にとっても美味しいオヤツになることもある。
まぁ精霊が吸収すればさらに上質になったりします。はい。
「やっと魔力抜いて回路化したところだ。試してくれるか?」
全く意に介した様子のないジョルジュに差し出された杖を受け取って杖の握りと先端に指先を当て魔力を流すとなんの抵抗も増減もない循環を感じることができた。
「すごいね。全く大丈夫!」
「そっか!これで後は防水、防火に頑丈化の魔法陣仕込んで錬成すれば完成だな。」
ジョルジュが安心したように嬉しそうな笑顔を見せる。
作業はジョルジュの魔力が回復してからになるので手土産に持ってきたルクーのクッキーでお茶にする。
「杖には大事なポイントがいくつかある。まずは素材の品質がいいこと。魔力を通す効率がいいこと。所有者の流れる魔力量に対応出来ること。
作る時の注意点は所有者の適性に合わせて用意された異素材の反発をなくすこと。だから最初の杖は血縁者が代々使い込んだものから始めることが多い。」
濃い目に入れた果実の皮で香りを付けたお茶を一口飲んで聞いてみる。
「パールスライムを定着剤に使ったってことは姪っ子ちゃんは水属性?セーヴェの魔石も水属性だもんね。」
私の問いにジョルジュがこくりと頷いた。
「俺とは逆だよな。フランみたいなのと契約できないってむくれてたよ。」
「水は水できっと可愛いのがいるんだろうけどね。」
ジョルジュの杖は火の杖でどうやら素質的には適合しないらしいし、何よりも父である公爵様から彼への贈り物だ。だからエレノア様も譲ってくれ、とは言わなかったのだろう。
ふとジョルジュを見ると腰に杖を入れたケースが下げられているのが見えた。
私は薬の他の要件を忘れないうちに聞いてみる。
「あ、そうだ。杖は大丈夫なんだろうけど杖磨きとかの方は?」
私の問いにジョルジュは瞬間呆然と、それからしまった、という顔になった。
杖は魔法使いの大事な相棒だ。毎日自分の魔力を流し込み、馴染ませ相性を上げより自分の意のままに操るのだ。
「忘れてた。杖本体に気を取られてたな。杖と一緒に渡さないと困るよな。俺の時はお袋側が支度してくれてたなぁ。ま、買えばいいだろ。俺もそうしてたし。」
安心したようにそう言うジョルジュの前で私は大きく手を振ってそれを遮る。
「だめ、だめ、だぁめ!!嫌よね、乙女心のわからないオッサンは!!」
「授業に関係ないじゃんかよ。てかオッサンいうな。」
オッサンと呼ばれたことにジョルジュが露骨にむっと顔をしかめる。
「そうだよ。それに姪っ子ちゃんは貴族令嬢でしょ。私の時は姫様たちはそういうのにすっごく拘ってたよ。だ、か、ら。こんなん持ってきました!」
手にした紙には私の代で人気だった工房とお店のリストが書いてある。
「私が卒業して5年ほどたっているから今は違うかもしれないけどね。お店なんかはエレノア様のが詳しいかもね。」
上流貴族の奥様だからヒントさえ渡して置けば後はなんとかなさるだろう。
「悪いな・・・。てなんでひっこめるんだ?」
手に取って確かめている書類をさっとひったくった私にジョルジュが怪訝な顔になる。
「次の探索の護衛、魔眼ゴーグルのメンテと軽量化でよろしく!情報料だよぉ。」
「・・・お前、それ情報料のわりに高くね?・・・・。わかった。姉貴にも伝えておく。」
これでジョルジュの姪っこちゃんが新学期早々気後れする要素が一つは減るだろう。
「毎度ありぃ。じゃ、私お店があるからこれで帰るね。請求書も挟んであるから入金お願いしまーす。」
「・・・ちょっと待て!!時間外割増料金ってなんだこれ?情報料取っただろ!!」
ジョルジュの叫びを聞きながら私はドーラさんの工房をさっさと後にしたのだった。
青の洞窟探索編はこれにて終了です。




