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幸せの一幕 後編

 雪たちがビラ配りを終える頃には、日はすっかり沈んでしまい、月が高く登っていた。

だというのに、空の黒さに反して町が明るいことに雪たちは違和感を覚えたが、周囲の人間たちも、目の前の男も、当たり前だというように何の反応を示さないので、これがこの世界の常識なのだと勝手に納得して何も追求しなかった。

そもそも、夢の中の不思議な出来事にいちいち疑問を感じる必要はないと思ったのかもしれない。


「まさかこんなに早く全部掃けるだなんて思ってなかったよ、ありがとう」

「いえ、少しでも助けになれたなら良かったです!」

「お礼といっちゃあれだけど、今こんなものしか持ってなくて」


 互いに頭を下げあった後、男はそう言って袴のようなものについていた隙間から何か小さい箱のようなものを取り出し、雪に手を出すよう促した。

カラカラと音を立てて箱から出てきた丸いそれは夜の光に照らされ、雪の掌の上でキラキラと輝いていた。


「これって……」

「飴玉だよ」

「えっ! 貰えませんよ!」

「いいからいいから、ほら俺今サンタだから、良い子にはプレゼントあげねーと」


 男は屈託のない笑みを向けてからしゃがみこみ「猫ちゃんにあげれるもんが何もなくてごめんな」と言って、言の葉の頭を撫でた。


「サンタ、さん?」


 聞き慣れない言葉に雪は首を傾げる。

初めは三太という名前なのかと思ったが、それだと「今」というのはおかしい。

そんな雪の様子を見て、男はさっきまでの笑顔を一転させ目を見開いていた。


「えっ、お前サンタさん知らねーの?!」

「恥ずかしながら……」

「じゃあまさかクリスマスも」

「切支丹の文化であることは知ってるんですけど……」

「切支丹?!」


 雪の認識があまりにも自分とかけ離れていたため、男は思わず大きい声を上げた。

一瞬二人と一匹に視線が集まるも、ハッとした男が声量を抑えて再び話だしたので、人々は興味を失い、自分たちの世界へ戻っていった。


「俺もきちんとした話を知ってるわけじゃねーけど、クリスマスは家族や友人、恋人と楽しく過ごす日で、サンタってのは良い子に贈り物を配る赤い服と帽子をつけたおっさんだ」

「へぇー」


 なんかいろいろと間違っている気がしなくもない男のざっくりとした説明を、何も知らない雪はまっすぐに受け止めた。

今この場に正してくれる人がいるはずもないので仕方ない。


「お前クリスマス初めてなんだろ? じゃあイルミネーションも見た事ないよな?」

「いるみ?」


 先程と同じような反応を示す雪に、男は「やっぱり」と呟いた。


「東京タワーのほう見てみろよ」

「え?」

「あ、それも知らねえ? あれだよあれ」


 男は雪の後ろ斜め上を指差した。

男の指先を辿るように後ろを向き視線を上に向けると、まだ日が昇ってきた時に見た高くそびえ立つ赤い塔がピカピカと光り、その存在を際立たせていた。


「すごい……」


 圧倒的な存在感に飲み込まれるような錯覚に陥り、雪は思わず声を漏らす。

言ノ葉も雪の足元で同じように目を見開いていた。


「凄いだろ! あのタワーの下に公園があってそこでもイルミネーションやってるからよかったら見に行ってくれ」


 男はそれだけ言うと「まだバイトが残っているから」と冬の風に乗って去っていく。

雪が頭を下げてお礼を言い、顔を上げる頃にはあんなにも目立つ赤い服も人並みに飲まれ、もう見えなかった。


 雪はを握っていた飴玉を口の中に放り、再び言ノ葉を抱き上げた。

口の中にほんのりと広がる甘さを舌上で堪能しながら器用に口を開く。


「もう一回あそこに行こっか」

「にゃおん」


 なぜか猫の言葉でしか喋らない言ノ葉の返事を聞き、雪は笑みを浮かべた。

たとえ猫の鳴き声のままでも、雪はなぜか言ノ葉が賛同してくれているという確信を持っていたのだ。


 来た道を引き返すために足を一歩踏み出した時、ズブリと雪の右足が沈んだ。

びっくりして雪の腕から飛び降りた言ノ葉も着地した瞬間沈んでいった。


 道行く人々は雪たちの異変に気づいていないどころか、見えていないように通り過ぎる。

全身をすっかり水のような何かに包み込まれて目をつむった雪は、まとわりついた浮遊感を感じなくなってからそっと目を開けた。


 目の前には見慣れた天井、自分自身は布団の中に横たわっており、その隣には言の葉が丸まっている、いつも通りの住み慣れた我が家だ、いつも通りじゃないのは目覚めた時間ぐらいだろう、外はまだ真っ暗で月明かりだけが僅かに漏れている


「夢、か……」


 不思議な夢から戻ってこれたことに安堵しながらも、若干残念そうに天井を見上げそう呟く。

雪は隣で眠る言ノ葉の耳にそっと口を近づけた。


「来年は、一緒にクリスマスを過ごそうね」


 男の言葉を思い出した雪はそう囁いて、言ノ葉の頭を二、三度撫でてから再び眠るために目を閉じる。

口の中にはほんのりとした甘さが広がっていた。

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