XVII
お久しぶりです。そして、お待たせしました。
とりあえず最初は挨拶だ、第一印象は大事だからな。既に手遅れな気がするけど、とにかくやってみよう。
「こ、こんばんは」
「……」
……ダメだ、返事がない。いや、体を小刻みに揺らす姿を見るに、むしろ余計怖がらせてしまった様な──よし、次は自己紹介だ。
「僕の名前は──そういや無いんだったな。え~と……名前がまだ無いダンジョン・ローパーだ」
「……」
これもダメかぁ。……よくよく考えたらあれくらいの年の子と交流した事が無い、どんな話なら興味を乗ってくれるだろうか? ……よし!
「タイム!」
僕が触手を二本をT時にして叫ぶと、彼女は一際肩を大きく跳ねさせて壁に寄る。……え〜と、今の怖かったか? とりあえず、今は置いておこう。
「ちょっと二人とも来てくれる?」
「はい! 主様!」
「なんでしょう、マスター?」
僕はノワールとブランを呼び、少女を寝かしていた土の台の裏でしゃがませた。とりあえず、少女を怖がらせない様に姿を隠してみたのだ。その上で、二人に聞く。
「どうやったらあの子と話が出来ると思う? 手を上げてから発言して下さい」
我ながら情けない話だが、全く解決案が浮かばない。コネクターに聞くのも有りだと思ったが、アレは人類殲滅推奨派、きっと話にならない。
『心外ですね』
はい、今は話に入ってこないでね、ややこしくなりそうだから。
「ハイ!」
「はい、ノワール」
「主様が如何に尊い存在かを語って聞かせるのはどうでしょう?」
「うん、モンスターの話を聞いて女の子が興味を持つと思えないので却下」
「う〜」
唸ってもダメなものはダメだ。というか、前々から思ってたけど、この子思考が色々おかしいぞ。ちょっとローパー押し過ぎない? 天使って皆こうなの?
『……』
コネクターが僕の質問に答えない。えっ? もしかして律儀にさっきのを実行してるの? 面倒な。いや、これは僕が悪いのか。コネクター、さっきはゴメンね。是非意見を聞きたいなぁ?
『個体差です』
あ、そう。
「はい」
「はい、ブラン」
「とりあえず、食事を用意するのはどうでしょう? 所謂餌付けです」
「餌付けかぁ」
ん〜? それもどうだろう? そりゃ誰だって食べるのは好きだし、食べないと生きていけないけど。そんな動物的対応でいけるか? もし僕だったら……女の子を連れた怪物が提供する飯とか、絶対食わないな。
「多分、口も付けないと思うから却下」
「そうですか? ペットを作るならそれが良いと思ったんですけど」
ちょっと、こっちもなんかおかしいぞ。人をペットとか言ってるんだけど、コレ本当に天使?
『個体差です』
個体差で片付く話じゃないでしょこれ!? コネクター、実は天使の姿をした別物じゃないの? この子達。
『神界との繋がりはきちんとありましたので、それはないかと。それに前に言いましたが、彼女達の役目は本来人類の殲滅者。人に友好的接すると言うのがそもそもありえない事です。そういう観点から言えば、まだ人類に対して友好的な発言かと。恐らくあなたの思考に寄り添った結果と思われます』
マジかよ? これで友好的なの? 僕の常識からはありえないんだけど。
『ここはあなた生まれた世界ではない異世界。こういうのも今更な気がしますが、あなたの常識が通じる筈はありません』
ああ、うん。そうだよね、そうだったね。ーーよし! じゃあ切り替えて行こう。それじゃあ、どうしようか? 意識を切り替えた所で、良い案が思い付く訳も無く、場を沈黙が支配する。そんな時、
「あ、あの!」
「「「!?」」」
まさかの事態が発生した、まさか少女の方から話し掛けて来るとは。いや、落ち着け。このチャンスを逃さない為にも慎重にーー
「なんですか? 今私達は忙しいのです。話なら後にーーアウッ!?」
「このおバカ! 折角あっちから話かけてるのに余計な事を言わない! ほら、戻る!」
ノワールが土台から頭を出して不機嫌そうに返事をすれば、ブランが頭を叩いて説教をしながらも引き摺り下ろした。グッジョブ、ブラン!
「コホン! えー、何かな?」
「あ、あなた方は強いのですか?」
うん? なんか想像もしていなかった質問が来たぞ。さて、なんと答えるべきか?
「……見た目以上には強い、かな?」
ブランとノワールは姿こそ少女だけど、正真正銘の天使だし。僕もローパーとは言え、異世界人で一応神の使徒。まだ正面きって戦った事は無いけど、奇襲をかければそれなりに出来る。筈だ。
「な、なら、みんなを助けて! 助けてくれるならわたしを食べてもいいから!」
「待て待て! 別に僕は君を食べるつもりは無いぞ。とりあえず落ち着いて」
それに助けてと言うが、その相手は多分あのゾンビだろ? もう全部取り込んじゃった以上、無理な話だ。とにかく、この娘から情報を引き出してそれから考えよう。そして、ゾンビの事もタイミングを見つけて打ち明けよう。
姿を見せるとまた怯えられてしまうかもしれないから、このまま声をかける。
「とにかくまずは、そうだな。君の名前を教えてくれ」
「……アンジェリカ」
「アンジェリカね。歳は?」
「十二」
十二歳か、それにしては発育が良くない気がする。僕が小学生の時の女子達はもう少し――いや、これはセクハラか。考えを変えよう。
十二歳の女の子が森の中を剣を持った男に追われる。男には仲間が居る。そして、アンジェリカの足に群がっていたゾンビの集団。うん、明らかに異常だね。僕の常識で言えば。この世界ではよくある事かもしれないけど。一応聞くけど、どうなのコネクター?
『そういう小事は大事にならないと、こちらの情報に引っ掛からないので回答はしかねます』
じゃあ、もう少し話を聞いてみよう。コネクターの情報に引っ掛けるものがあるかもしれないしね。
「みんなを助けて、って言ってたけど。誰と一緒だったの?」
「お父さんとお母さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんお祖父ちゃんとお婆ちゃん、叔父さんと伯母さんとミネアお姉ちゃんとエルマお姉ちゃん。それと冒険者のお兄さん達」
「冒険者のお兄さん達の数は?」
「えっと、八、人?」
え〜と、それだと全員で――十八人か。
『この少女を入れれば一九人です』
あっ、そうか。しかし、結構な人数が居たんだな。ふむ、
「お父さん達のお仕事は?」
「商人」
「他のみんなも?」
「うん。お祖父ちゃんのお家が本店で、お父さんと叔父さんが売りと仕入れに行くの」
「一家でやっている商人か。どうしてみんな一緒だったの?」
「前の街で偶然叔父さん達と会ってね、叔父さん達もお家に帰る途中だったから一緒に行く事になったの」
「お爺さんとお婆さん?」
「昔の弟子にお孫さんが出来て、そのお祝いに街に来てて一緒に帰ろうってなって」
「それじゃあ、今は家に帰る途中?」
「うん」
偶然一家全員が揃っちゃった訳だ。さて、こっからが本題だ。
「……今日は、何があったの?」
「もう日が暮れるからって馬車を停めて野宿の準備をしてたら、森の中からアンデッドが現れて、冒険者の人達が戦ってたんだけど数が多くて、馬車に戻ってみんなで逃げたの。だけど、そこに山賊が出たの」
「山賊?」
「うん」
おいおい、あんなとんでも兵器がある時代に山賊って。まだテロリストの方がリアリティがあるぞ。
「山賊が馬車に攻撃してきて馬車が倒されたの。そしたらお母さんが、逃げなさいって馬車の外にわたしを押し出したの。それで必死に走ったんだけど」
「途中で山賊の仲間に追いつかれて足を斬られた?」
「うん。……痛かったけど、お母さんの言う事を守らないといけないからそのまま逃げて、それで――」
「もういいよ。そこからは知ってるから」
声が徐々に苦しそうになるアンジェリカの話を止めさせる。実に僕は悪い奴だ。まだ幼い少女にトラウマになる様な事を話させているんだから。だからこそ、僕はその覚悟に答えなければならない。言葉を話すローパーに命を掛けて家族を助けたいと言うアンジェリカの願いに。
コネクター。僕はアンジェリカの話を聞いて違和感があった。
『彼女の言った人数とアンデッドの数、そして馬車の所在ですね』
そうだ。確か僕が取り込んだゾンビの数は十二、だけどアンジェリカの話だと一九人居た筈だ。コネクター、僕はゾンビの数は覚えていても、その内訳を知らない。僕が取り込んだのは誰だ?
『個人の判定は出来ません。しかし、性別と年齢の把握は可能です』
それで十分、話して。
『若い男性、六。中年の男性、四。老年の男性、一。そして老年の女性、一になります』
つまり、アンジェリカのお婆さんを覗いた女性が居ないって事だな?
『冒険者の内訳が分からない為、正確ではありませんが、恐らく』
それは後で確認しよう。馬車が無いのは山賊が持ち去ったからだとすると、山賊の目的は馬車に積んである荷物、女性達はおまけか? いや、女性目当てで襲って荷物の方がおまけ? ――どっちでもいいか、今の状況は変わらないし。さて、
「ブラン、ノワール」
「「はい!」」
「犬、狼、猪、熊。生死は問わないから、このどれかをここに持ってきて」
「お任せを」
「かしこまりました!」
ブランとノワールは返事をすると、塞いだ入口を破壊して飛び出していった。……折角塞いだ入口が台無しだ、帰ってきたら注意しないと。
『一応確認しますが、助けるのですか?』
アンジェリカのお母さん達の事? だったらイエスだけど。
『何故?』
何故? ってそれはもちろん、アンジェリカを助ける為だよ。お父さん達を取り込んじゃった罪悪感もあるしね。
『しかし、それは――』
アンジェリカの足を手に入れる為、だけど結果としてはそうなってしまってるんだからしょうがないじゃん。例え既に死んでいたとしても、ね。
『仮に母親達を救えたとして、彼女達があなたを敵として認識する可能性があるのですよ。いえ、確実にそうなる筈です。それでもあなたは――』
救うよ。そうしないとアンジェリカを本当の意味で助けた事にならない。見た目少女の殺戮兵器の天使はともかく、ただの女の子を連れては動けないし。でしょ? 家族が生きてるなら、一緒の方が良いしね。
『それは、そうですが』
それよりアンジェリカの足だよ。二人が帰って来る前にやっておこう、足が無いと不便だからね。悪いけど、麻酔の方の調整、お願い出来る? 流石にぶっつけ本番でこういうのはちょっとね、時間もなさそうだからさ。
『……分かりました』
さて、それじゃあもう一度穴を塞いで、アンジェリカと話をしないとな。……どれから話すか、悩みものだな。