XVI
ソンビを全て取り込み意気揚々と穴へと向かっていたのだが、途中から異常なまでに体が重い。ちょっと食べ過ぎたかな?
『それはそうでしょう。人型リビングデッドを十二人も取り込んだのですから』
十二? そんなに居たんだゾンビ。そりゃお腹も膨れるよね。それにしては体の大きさに変化が無い気がするけど。そういえばダンジョンでも結構食べたけど体に変化は無かったな、そこんとこどうなの?
『あなたが体に取り込んだ物は、全て魔力に変換され魔石に蓄積されます。なので現在重く感じる症状は魔石に魔力を過度に取り込んだ影響だと思われます』
思われるって確定じゃないのか?
『魔物の構造、特に魔石を始めとした魔物関連の物質は神の領分。我々ナビゲーターが分かるのはあくまでも種類、生態、能力、簡単な分布程度です。特に魔石関連はブラックボックスになっており、魔力を溜め込む性質を持ち、魔物の姿や属性により色が変わる、と言う人類が知り得る程度の事しか我々も知りません。現在、魔物であるあなたのサポートの為に詳しい情報の開示を求めていますが、未だ返答はありません』
それにしては色々やってた気がするけど?
『出来る事しかしていません。それがなにか?』
ああ、うん。もういいや。それで、どうやったら軽くなるかな?
『あなたは魔法が使えませんのでスキルを使用してください。私のオススメはヒトの脳の生成です。ローパーの物と違い出来る範囲が広いので色々役に立つでしょう』
なるほど、人は器用だもんね。あれ? でもそのローパーの脳でも僕は普通に考えている気がするんだけど、どゆこと?
『私の領域の一部を使用しあなたの思考が生前と変わらない様に補助しています。触手の動作も同様です。ですので、私のサポートを完全にするためにもヒトの脳を生成してくださると助かります』
そうだったのか。ちなみに完全になるとどうなるの?
『例えば神界からの情報受信の速度の上昇、より効率の良いスキルの使用方法のシミュレート、後は触手動作時の負荷軽減、大きな変化としてはこんなところでしょうか』
なるほど、そりゃ大切だ。オッケー、任せてよ。それじゃまヒトの脳の生成っと。……あんま変わった気がしないなぁ。失敗した? 仕方ない、もう一回やろう。内蔵関係は確かめる方法が無いのが不便だなぁ。
そうだ! 折角だしついでに目や鼻もいっとこう、やっぱり人の物の方が馴染み安いと思うし。ほら、これでも元“人”だしね。おまけに口と舌、喉と声帯も作っておこう。あの子とコミュニケーションを取るには必要だろうからね。まだ喋れないから、暫くは見た目だけだけど。
『……なるほど、これは予想以上に……どうです? この際脳を後八つ、いえ九つほど追加してみては?』
はい? 突然何? 僕の感覚だと何か変わった気はしないんだけど。
『まだ無自覚なだけですよ。騙されたと思ってやってみてください。きっと、あなたにも認識出来ると思いますから』
ん~? まあ、まだ重く感じるから別に良いけど。……ほら、作ったよ。これで良いの? てかこの体の何処に十個も脳が納まっているんだ?
『そんな事より体の方はどうですか?』
どうって、多少楽になった程度だけど? それ以外には特に変化は無いよ。
『なるほど。どうやら成功の様ですね』
成功? 一体何が?
『はい。先程説明した通り、私の一部を使いあなたは生前同様に思考しその体を動かしています。脳を複製した際にそれが軽減されたので増やすよう進言した訳ですが、それが思いの外効果がありました。現在、私が感じていた負荷はほぼ0。今あなたは自らの力のみで動いていると言っていい状態になっています。つまり、ようやく一人で立てる様になった訳です』
まるで幼子扱いだね。
『実際その体は生まれて一月程です。さて、話を戻します。結局何が言いたいかと言うと、負荷がなくなった分色々サポートが充実させる事が出来る様になりました。と、そういうことです』
おおっ! じゃあさっき言ってた事が実現したんだね。
『それどころかもっと良いことがありましたよ。たった今、言語情報の使用許可が降り、ダウンロードも終わりました。今後、聞こえた言葉と発した言葉は自動で翻訳されます』
えっ、マジで!? じゃあこっちの言葉を覚える必要は?
『もちろん、ありません。ただ』
ただ?
『ダウンロード出来たのは言葉のみで文字のダウンロードは許可されませんでした』
あ~、それは残念。まあ、会話出来る様になっただけでも十分だよ。とりあえずブランとノワールに通訳を頼む必要がなくなるしね。文字に関してはゆっくりやっていこう。よし、それじゃ早速試してみよう。
「ふ~、こんばんは」
声高!? これじゃまるで小さな子供だよ! これ低くできない? 希望としては前の僕くらいがいいんだけど。
『残念ながらそれがデフォルトです。スキルの能力上、恐らく変えるのも不可能かと』
スキルが更に進化したら変更出来る様になったりしない?
『可能性はあるかと』
じゃあそれを信じてしばらくはこの声で我慢、か。仕方ないなぁ。おっ? そうこうしている間に到着、ん? 何か聞こえるな。それも、出来れば避けたい方の。行かなきゃ駄目かな?
『あなた以外どうやって対処するのですか?』
だよね? よし、行くぞ。僕は埋めて置いた穴を掘り起こし中に入る。もちろんすぐに埋め直す。そのまま穴を抜け、部屋に入ると同時に二人に声をかける。
「ブラン、ノワール。一体何の騒ぎだい? 外まで響いてるよ」
「主様!?」
「あら、マスター。お帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
ノワールは驚き、ブランは動じずに挨拶を返し──
「いったい何処に行ってらしたのですか!? 目が覚めたら姿が見えず、代わりに汚らわしき人の小娘が眠っていて、とにかく事情を聞こうと起こしてみれば悲鳴を上げ転げ回る始末。説明をお願いしたします、今すぐに!」
たと思ったら、ノワールが僕の甲羅を揺さぶって捲し立ててきた。どうやら相当心配させてしまった様だ。とりあえず落ち着かせよう、このままじゃ話が出来ない。
「わ、分かったから、一旦落ち着こうか。ね? ちゃんと話すから」
「……分かりました」
ノワールは甲羅から手を離し後ろに下がった。ふう、言うことに素直に聞く子で良かった。それにしても“汚らわしき人の小娘”って、可愛い顔して凄い表現するな。
「それでは早速お願いします」
そんな事を思っていたら、ノワールが僕の前に正座し話すように促してくる。え~と、
「……後でいいかな? 先に何を騒いでいたのかを聞き──」
「まずは主様が私達の前から消えた理由を話すのが筋です」
「だから、それは後で話すよ。それより今起こっている事の方が大事──」
「主様が居なくなっていたの方が大事です! 私達が側に居ない時に、御身に何かあったらどうするんですか!?」
「御身て、僕はそんな大層な存在じゃ無いよ」
所詮ただの学生が転生したローパーだし。
「いいえ! 主様は我等を従えた御方、それだけで十分偉大な存在です」
それは僕じゃなくて、コネクターのやった事なんだよなぁ。
「それに──」
「ノワール、落ち着きなさい」
「でも、ブラン!」
「いいから、落ち着きなさい」
「……はい」
まだ何か言おうとしたノワールを、背後から両肩を押さえながらブランが説得してくれた。上下関係、とは違う感じだけど、同じ卵? から出てきたから姉妹関係的な奴なのかな? 兄弟とか姉妹とか居なかったからよく分からないけど。
「マスター。ノワールが取り乱し申し訳ありません」
ブランはノワールの右に座り謝罪の言葉を口にし頭を下げる、ノワールはブランに頭を押さえられ無理矢理下げさせられた。そんなかしこまる様な事じゃ無いんだけどなぁ。
「気にしてないから大丈夫。だからそっちも気にしないで」
「寛大なその御心に感謝を。そして遅ればせながら、言の葉と発声の獲得、おめでとうございます」
「あっ、お、おめでとうございます」
今度は祝いの言葉の後に頭を下げる、少し遅れてノワールも続く。別に言葉だけでも気にしないんだけどなぁ。
「ありがとう。うん? と言うことは、今僕はこっちの言葉で話してるのか?」
「ええ、しっかりとこの耳に届いております」
「そうか。それは良かった」
僕的には日本語で話しているつもりだったのだが、そうか、こっちの言葉で話していたか。
『先程、自動翻訳される、と伝えた筈ですが?』
ちょっとド忘れしてただけだよ、今度からは大丈夫。
「え~と、それで一体何を騒いでいたんだい?」
「はい。私達が目を覚ますとマスターの姿が見えず、代わりに人族の少女が近くに寝ておりました。この空間の様子からマスターが保護したものと私達は考え、私は待つことを提案したのですが、ノワールがマスターを探しに行くと聞かず、ついには寝ていた少女を起こし怖がらせてしまって。その事で少々言い争いをしていました。以上が騒がしくしていた事情になります」
「そうなんだ。ちなみに聞くけど、ブランの説明に何か言いたい事はあるかい? ノワール」
「いいえ、ありません」
「そうか。事情は分かった」
やっぱり、どちらかが目覚めるまで待っていた方が良かったかもしれないな。あっでも、そしたら左足の回収が出来なかった可能性もある、う~ん、難しいなぁ、選択って。まあ、今度から注意しよう。さて、
「ブラン、ノワール。勝手に居なくなってすまなかった。急ぐ用事があって、目を覚ますまで待っている時間が無かったんだ。これに関しては似たような事があった時の為に後で話し合おう。
それと僕達は一応人類の敵と存在している。だから、強い人に気付かれたら問答無用で倒される可能性もある。よってあまり目立つ様な行為は今後注意してくれ。分かったかな?」
「「はい、我が主」」
二人は同時に別の言葉で返事を返した。ブランはともかくノワールが不安だけど、まずは信じないと始まらない。だからは今は二人の言葉を信じよう。それじゃあ本題だ。
「それであの子は?」
「はい。角で息を殺して怯えております」
ノワールが手を向けた先には、口を両手で押さえて目に涙を溜めた少女が、入口から一番遠い壁にもたれてこちらを見ていた。
……えっ? あの超怯えてる状態の子に今から説明しなきゃいけないの? マジで?