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君の魅力と僕の魅力

作者: めぐみ

「そんでさーこないだ泊まりのロケあって涼太くんが隣の部屋やってんけど、もーずっと俺の部屋おんねん!しゃーないからじゃあ一緒にお酒飲もか言うて飲んでてんけどさ、俺が先酔い潰れて〜」

「なんか似たような話、前にも聞きましたよ、常葉くん…」

「この人よく喋るな」

「いいじゃないですかぎなっちゃん!トッキー先輩の話、面白くて僕は好きですよ!」


よく見る後輩六人組と楽しそうに話す常葉を遠くから眺めながら、廊下の壁にもたれて小さくため息をつく。疎外感はいつものことだ。慣れたものだが、それでも憂鬱になってしまうことに変わりはない。


遡ること数日前、「後輩らがコンサートやってるから一緒に見に行かへん?」の一言で、常葉は俺を半ば強制的に劇場へ連れて行った。常葉が懐かしいと言って写真に収めたその景色は、俺にとっては一度二度しか見たことのない場所。五年前の初めて立ったステージがここだった。覚えてはいたが、薄れかけていた記憶なのは確かだろう。


「ところでさぁ、吹雪くんって来た?」

「ああ、来ましたよ。初日の次の日ぐらいに」

「二日酔いでね」

「酷かったな、あれは」

「中学生がいるから控えてくださいって俺は言ったのにね」

「まぁ、あれが吹雪はんやから。…そういや、悠久はんも来てはりましたな」


二日酔いで、ということは恐らく、俺と飲みに行った次の日のことだろう。どう酷かったのかは話していなかったが、だいたい察しがつく。冠城さんはMCでの暴走が特に酷いと言われてるだけあって、観劇ゲストでありながら喋り散らかして帰る様子が安易に想像出来た。


「常葉はんも舞台上がられます?そのほうがお客さんも喜ぶやろうし出来たらお願いしたいんやけども」

「うん、ええよええよ。」

「八剣はんも出ます?」


少し遠くにいた俺に、特に遠慮する様子も見せず関西弁の彼は話しかけた。このコンサートのメンバー内では最年長の二十歳、俺や神楽坂と同期の、千金楽美琴だ。


「…ああ。」

「じゃあ、お願いしますわ。…ところで八剣はん、由春にはおうたりしました?」


由春。俺を尊敬する先輩だと言う高校生程の歳の後輩、信桜由春。彼の俺に対する尊敬の意は周知の事実となっており、俺の耳にも届く程だった。会う度少し会釈をする程度だが、それでも彼は飛び上がって喜ぶ反応を見せる。その反応に、あまり後輩と上手く話せないことが申し訳なく感じられた。


「…いや」

「会いに行ったら喜ぶと思いますよ。ネイビーアレクシスの楽屋、ここの二個隣やから。いっぺん見に行ってみたらええんちゃいます?」


ほら、あっち。とこちらから見て左を指差す千金楽。これ以上ここにいても会話には参加出来ず彼らの邪魔になるだろうと思い、軽く会釈をして信桜がいる楽屋へ向かった。









「…あ、Ragged Starの八剣伊織さんだ〜」


信桜よりも先に遭遇したのは、茶色い髪と緑の瞳が目を引く弥生よりも小柄な少年。外国人らしい顔立ちで、服は大きめのパーカーを着ている。俺を知っているにも関わらず馴れ馴れしいような態度でいられるのは、肝が座っているのか、はたまた態度が悪いのか。この事務所はひとまず、目上の人に対する接し方というものをもう少し指導するべきなのではないだろうか。


「あ〜、僕は薩葛林志穂。ネイビーアレクシスの薩葛林志穂だよ。しのくんは知ってるよね?信桜由春。あの人のいるグループだよ。」

「…ああ、そうか。」


薩葛林という珍しい名字を名乗る、恐らく俺の半分も生きていないであろう後輩は、俺にタメ口で喋りかける。余った袖を揺らしながら俺の目を直視して話す彼は、人のペースを乱すのが上手そうな、俺の苦手なタイプだ。


「テセウスの船って知ってる?」

「…は?」


彼の話題の矛先は前置きすらなく急激に変わった。態度を改めることもなく、彼はこう続ける。


「じゃあまず、パラドックスって分かる?」

「…逆説、だな。正しそうに見える前提と、妥当に見える推測から、受け入れがたいが正しい結論を導き出すこと」

「おー、お兄さん賢いね〜。前何かの仕事してた?」

「…弁護士を」

「へぇ〜弁護士かぁ〜。そんで話戻るけどさ」


弁護士をやっていたという、我ながら珍しいであろうことすらも華麗に流し、彼は話を展開させた。


「テセウスの船っていうパラドックスがあるんだ〜。ある船の壊れた部分を別のパーツに変えて修理してて、でもそれを繰り返し続けているうちに、元あったパーツはなくなっていた。果たしてこの船は、最初の船と同じだと言えるか?っていうやつ」

「…その話がどうしたんだ?」

「僕はアイドルを探究するのが好きでね〜?これをアイドルに置き換えて考えてたんだ〜。例えば大人数のアイドルグループで、一期生のメンバーは最後にはいなくなるでしょ?それは最初と同じだと言えるかって。」


俺に何か答えを促すかのように、彼は俺の顔を覗き込む。口角を少し上げ、印象を明るく見せようとしているが、彼の持つ雰囲気はどこか暗いようにも見えた。


「…どっちでもいいんじゃないか?」


俺がそう言うと、彼は口を尖らせ、うーんと唸った。


「割と面白くない回答だね。これ、今まで色んな人に聞いたけど、一番面白かったのはしょーれかな〜。『同じじゃないかもしれないけど、同じである必要もないんじゃない?』って。流石アイドル好きを自称するだけあって…ああ、噂をすれば」


彼が振り返ると、廊下を全力で走ってきたであろう彼と同い年ぐらいの少年が薩葛林の首を掴んだ。


「ちょっと志穂!!敬語使えるようになるまで先輩に一人で絡みに行くなって行ったでしょ!!志穂、やちゅ…八剣さんがどんな人か分かってんの!?」

「どんな人なの〜?」

「どんな人って…あ、すみませんうちの志穂が!!僕、ネイビーアレクシスの日番谷翔鈴です!!」

「…ああ、どうも。」


一瞬俺のことを『やちゅ』と呼びかけた彼は、恐らくRagged Starのファンだろう。「しのくんはこちらです!」と楽屋のドアを指差すと、日番谷は薩葛林の首根っこを掴んでどこかへ連れて行った。


「…何だったんだ今のは」


思わず独り言が漏れる。徐々に小さくなっていく二人の会話は絶妙に噛み合っていないようで、薩葛林はどうして怒られているのかをあまり理解していない様子だった。


ここへ来た目的をようやく思い出す。そうだ、信桜に会いに来たんだった。ドアをコンコン、とノックすると、ドアの向こうから元気な返事が。


「はーい!」

「八剣だ」

「はー…えっ八剣さん!?なんで!?」


ドタバタと聞こえてくる物音が、物凄く焦っているのであろう様子を伝えてくる。大慌てで開いたドアにぶつかりそうになったのを避け、彼の顔を確認した。


「お、お久しぶりです…ネイビーアレクシスの、信桜由春です」

「…ああ」


そういう癖なのか、会う度に彼は名乗る。どうぞ、と招き入れられた部屋はネイビーアレクシスの3人が使っている楽屋らしく、凄く散らかっているわけでもとても整頓されているわけでもない、例えるなら二階堂の部屋のような感じだ。


「今日は常葉さんはご一緒じゃないんですか?」

「…常葉なら後輩と喋ってるぞ」

「…あー、ナツくんたちとですかね?ところで、志穂くんと翔鈴くんには?」

「…さっきの奴らか?どっか行ったな」


どうぞ座って、と椅子を引かれる。言われるままに座ると、コーヒーを入れて出された。


「あの、ブラックコーヒーがお好きだって聞いたので!えっと、よかったら…」


コーヒーを一口飲む。普通に美味しいんだから、そんなに不安そうな顔で出さなくてもいいのに、と思うが、自分の倍も生きている先輩相手なのだから、そりゃあ緊張もするし仕方ないだろう。


「コーヒー、普段飲むのか?」

「えっ、な、なんで?」

「じゃなきゃコーヒーマシン置いてないだろう」

「…あー、そうですね。たまに…でも砂糖とミルクは入れて飲むので」

「…そうか」


お互い会話を続けるのが下手なのか、会話のラリーは3回で終わる。六人相手でも喋り倒す常葉の凄さが分かるような気がした。微妙に気まずい空気をなんとか打ち破ろうと、話す内容を何か考える。


「…あの、コンサート」

「あ、はい」

「見所、とかは」

「見所ですか!えっと…弾き語りします!ギターの!」

「…ほかには」

「えっと…ナツくんとネイビーアレクシスとで新曲があります!」

「…そうか、凄いな」

「はい、ありがたいことに…」


…4回続いたのは進歩だと捉えるべきだろうか。


「…え、えっと…終わった後に、なんかこう、感想じゃないけど…コメントを頂けたら…」

「…ああ、そうだな」

「…それでその、れ、連絡先を」

「連絡先を?」

「交換、していただけたら…」


恐る恐るそう聞く信桜。こちらは特に何も悪いことはしていないのに、凄くビビられているだけで申し訳ない気分になりそうだ。ポケットからスマホを取り出すと、不安そうな顔は少し安心した顔に変わる。


「…そんなに、緊張しなくても」


俺も人の事は言えないのだが、と心の中で付け足す。相手は自分の半分程しか生きていない後輩なのに、話すときはいつもぎこちない会話しか出来ない。常葉や弥生のように、本当は自分がもっと先輩らしく振る舞うべきなのだろうが、俺にはどうしても出来ない。それがとても申し訳なかった。


初めて自分をちゃんと慕ってくれて、尊敬する先輩だと言ってくれた。自分と仲良くなろうとしてくれて、真剣に向き合ってくれた。それがとれも嬉しくて、でもそれと同時に、信桜が見ている俺は本当の俺じゃない、アイドルとしての八剣伊織なんじゃないかと思うようになった。

『八剣さんは素晴らしい俳優で、アイドル』

そう言ってくれる彼はきっと、俺に夢を見ている。もし俺がいつも常葉に接しているように普段の俺を見せたら、彼は俺から離れていくだろうか。それが不安で、ならば彼にはもっと夢を見ていてほしい、信桜が俺に抱く八剣伊織というアイドルの幻想を壊したくない、そう思えば思う程、信桜との会話はよりぎこちないものになった。


「あ、あの、すみません…もう最初に喋ってから二年ぐらい経つのに、まだ全然喋れなくて…」

「…もう、そんな経つのか」

「はい。初めて喋ったのがStarry Snowを結成してテレビ出たときで、そのときのMCが八剣さんと常葉さんでした」


俺の目をしっかりと見つめて話す信桜と、その目すら見れずに手元のコーヒーばかり見つめる俺。


「俺を、尊敬する先輩だと言ってたな。そのときから」

「はい。八剣さんの舞台を観て、この事務所に入るって決めたので!」


信桜は眩しい笑顔でそう答えた。アイドルらしく笑うことにおいては、きっと俺より彼のほうが秀でている。俺を尊敬していると言ってくれてはいるが、系統としては二階堂に近いものがあるだろう。目立った特徴がないように見えても、明るさとひたむきな姿勢がファンを釘付けにする。尚更俺より二階堂や常葉を見て勉強すべきなのではないか。


「…何か、悪いな」

「…?なんで謝るんですか?」


会話の文脈を無視してぽつりと呟いた言葉に、信桜は不思議そうにそう問い掛けた。


「…俺は、常葉や二階堂みたいに、上手く喋れないし、先輩らしくもできない。演技は癖があって作品を選ぶだろうし、歌はもっと上手い奴が山ほどいる。どのみち後輩に慕われるような人柄じゃないだろうな」


それをわざわざ自分を慕う後輩に言うのはどうかと思ったが、口をついて出てしまった以上、隠すのも面倒で考えていたことを話した。優しい気遣いの出来る信桜のことだ、次には『そんなことないですよ』と言葉が飛んでくるに違いない。



「…でも、八剣さんを尊敬してる人って、俺以外にいっぱいいますよ」


返ってきた返事は、想像していたものと少し違った。


「同期に八剣さん尊敬してるって子いるし、あと最近入ってきた子で八剣さんの舞台観て入ってきた子もいるんですよ。でもみんな言わないんです。八剣さんってちょっと話しかけ辛いからって…喋ったら、普通に良い人なのに。」


信桜の言葉には、嘘がない。決して社交辞令ではなく、裏表のない言葉でしか褒めないからこそ、褒められた人は自信を取り戻すことが出来る。それが信桜の、人を魅了して離さない才能なのだろう。


「八剣さんは八剣さんなんだから、常葉先輩や二階堂先輩みたいにしようとか、思わなくていいんですよ。俺はそのままの八剣さんがかっこよくて好きなんです。それに八剣さん、演技も凄いし、声めっちゃ通るし、でも前映画出たときはちゃんと舞台と違う演技してて凄いって思いましたもん!歌だって本当に上手いし、ダンスは見る度に上手くなってて凄いですよ!」


屈託のない笑顔で、信桜はそう言った。


信桜は俺に夢を見ているだろうと言ったが、それは違うのかもしれない。信桜は画面に映る俺や舞台に立つ俺においては、夢を見るどころかきっちり本質を捉えてどんなものか理解している。信桜は歳の割にはアイドルとして場数を踏んでいるし、多くの先輩に混じってステージに立ち続けたから目は肥えている筈。それでも俺を誰よりも一番だと評価してくれることは、どんなことよりも、嬉しかった。


「…あ」

「どうされました?」

「…あー…えっと、時間、やばいんじゃないかって」

「ああ、そうですね。ちょっと喋り過ぎちゃったかな?すみません、沢山喋れて楽しかったです」

「…連絡先」

「あ、そうでしたね!」


差し出されたスマホ。連絡先を交換すると彼は深々と頭を下げ、「ありがとうございます」とよく通る声で言った。


俺もちゃんと礼は言わなくてはならないと思った。俺を慕ってくれて、沢山褒めてくれて、俺を尊敬する後輩はほかにいると伝えてくれたから。ただちゃんとした言葉が出なくて、少し頭を下げてその場を後にした。









「あー伊織くん。由春とは喋れたん?」

「ああ」

「なんか伊織くんええことあったときの顔やな」


楽屋の外の廊下。楽屋を後にし、見学席へと向かう途中、常葉は俺の顔をニヤニヤしながら覗き込んだ。


「ええことあった?」

「まぁ悪いことはなかったな」

「ええことあってんな。あとさぁ、志穂くんと翔鈴くんは会った?あの、化学者とそのツレ」

「船のパラドックスの話をされた」

「通常営業やな〜あの子は」


微笑ましそうに笑う常葉。そっちはどうだったんだ、と聞くと、常葉は嬉しそうに六人との会話の話をする。


「みんなほんまにおもろい子やからさ。歳離れてると喋りにくいかなって思うけど、そんなん言うて一番歳下の梓が一番仲ええからな。俺のこと、常葉くん言うとんねん。十個下やぞ?」

「嬉しそうだな」

「だって嬉しいもん、誰かと喋れんのが」


喋るのが楽しいとは、俺なら到底辿り着けない考えだ。常葉を理解すればする程、つくづく俺と全く正反対だと思う。


「楽しみやな〜コンサート」

「そうだな」


信桜に言われたことをぼんやり思い返しながら、呟くようにそう答える。いつも通りの愛想のない返事をしたつもりだったが、常葉は意外そうな顔をしてこちらを見つめた。


「…あれ?伊織くん、今日は乗り気なん?珍しいな。やっぱ機嫌ええんや。海老のフリットでも食べた?」

「海老のフリットひとつで機嫌が治る奴だと思われてたのなら心外だな」

「俺、羊羹あったら機嫌治るよ」

「それはお前だからだ」


軽く小突くと、常葉はかなりオーバー気味に痛がるふりをした。おかしな奴だと思いながら、常葉を置いて見学席へ向かう階段を登る。


「ちょ、伊織くん待って!速いって!」

「お前が遅いんだ」

「機嫌ええんか悪いんかどっちや!!」


常葉を置いて、速歩きで階段を登る。ふっと笑みを浮かべて。常葉の言うとおり、今日は機嫌がいい。いつもは後輩と話さなくてはならないことが億劫だったが、それも悪くないと思えた。


席に座る。しばらくして、明かりが落ちる。幕が上がる。会場は小さいが、熱気はいつも以上に感じられた。


「信桜に感想を送るのが楽しみだな」

「何か言うた?」

「…いや。ほら、始まるぞ」


流れ出した音楽に思いを馳せ、ステージに上がった後輩の姿をいつも以上に熱心に見つめた。

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