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異世界で私刑を執行するための97の法則  作者: アットミライ
第一章 私刑屋さんの日常
8/22

第八話 彼だから言える事

 一言も発しないまま、帰路に就いた。


 アーネウスを殺す気力さえ無かった。

 言葉を失い、地下室を退出していくリリエールに着いて行っただけだ。

 その後、奴がどうしたのかはわからない。


 ご自慢の合成魔獣キメラを一撃で消し飛ばされ愕然とする奴の姿はあまりにも滑稽だったが、今はまだ、どうしようとも思えなかった。

 どうしなければいけないと理解していても、身体が動かなかった。


 魔物と戯れていたフニルを呼び寄せ、俺とリリエールが鳥車に乗り込み、コモンが運転する。

 本当に誰も何も言わないまま、ただ自然にそうした。

 別にリリエールは俺たちに着いて来る必要はない。

 もう奴隷から解放されたのだから、好きに生きて行けばいい。

 もちろん、着いてきたいと言うなら止める気はなかったから、これでも構わないのだが。


 陽も落ちて、そろそろどこかで野宿を、と思っていたところで小さな町に辿り着いた。

 ここもまた何の特徴も無い、辺鄙な田舎町だ。

 行きの時はスルーした場所だったが、出発が遅かったからか、それとも重い空気を察したフニルがゆっくりと進んでくれたからか、どうやら野宿の心配は無さそうだった。


 心を整理する事も出来ないまま指示を出し、宿をとった。

 三部屋だ。俺とコモンは一緒でもよかったのだが、多分今夜は互いに誰とも話したくないだろう。

 そんな思いが無意識にバラバラの部屋をとらせた。


 早朝に出発するからそれまで自由に、伝えたところで、俺は部屋に入りカードをぶん投げて、ベッドに横たわった。何も考えたくない。考えたくないのに、悲しいかな俺は一人じゃなかった。


(……なぜ殺さなかった)


 司だ。正直今は黙っていてほしい。

 そりゃあ言いたい事は山ほどあるだろうけど、押し問答する気分じゃないのだ。


(うるさい)

(あの屑を生かしておいて何のメリットがある。……あぁ、そうか。この魔大陸を覆う結界を張っているのは奴だったか。孤立した島国、どこぞの鎖国を思い出させるな)

(言うな)

(戦争を停戦状態に持ち込めたのは奴の功績が大きい。勇者なら突破してくるかもしれないが、孤島に単独で乗り込んでくるのはデメリットが大きすぎるから、それはしない。……つまり、アーネウスの結界のおかげで戦争が止まっている)

(…………」

(だが、奴を殺したらその結界が解ける。奴の結界は一子相伝で、かつ奴には子供がいないから、同じ規模の結界を張れる魔族は魔大陸にはいない。……だから殺せない。あの時、あの子が止めてくれてよかったな)

「黙れ! よりにもよって人族のお前が言うのか!」

(俺は人族じゃない。人間だ。日本人だよ)


 何が人間だ。司の記憶にある奴の姿は、どこからどう見ても人族だった。

 異世界? それが何だっていうんだ。

 あんな平和な国でのうのうと生きてきた奴に、俺たちの絶望なんてわかるはずがない……。


 戦争は最低だ。次々と同胞が死に、屍の山が築かれる。

 それすらも名誉の戦死として扱われて、誰も素直に悲しんでやらない。


 あんなものは、二度と繰り返しちゃいけないんだ。


(……だが、このままじゃどうせまた戦争になるぞ)

(それはありえない。勇者に匹敵する力を持つ人族がもう一人ぐらい現れたらそうかもしれないが、そんな簡単に出てくるはずないだろう)

(その根拠は全くないんだがな。とは言え、俺が言いたいのはそういう事じゃない)

(じゃあ何だよ)

(わからないのか? 俺の記憶を読んだのに?)

(わからねぇよ)


 遠回しな言い方にイライラしながら俺が答えると、司は小さく溜息をついた。

 何だこいつ、喧嘩売ってるのか。今は相当に機嫌が悪いからいくらでも買うぞ。

 ……自分自身とどうやって喧嘩すればいいのか知らんが。


(リリエールを止めろ)

「は?」

(あの子は間違いなくアーネウスを殺しに行く。遅かれ早かれ……なんて余裕はないだろう。もう出発しているかもしれない。だからお前も、本気で戦争を止めたいなら、呑気にこんなところで寝ている場合じゃない)

(……さっきは何もしなかったし、そもそもリリエールじゃアーネウスの結界を突破できない)

(さっきはさっき、今は今だ。鳥車でじっと黙っていたあいつを見てなぜ何も思わない。……そして、リリエールが本当に結界を破れないと、お前は確信をもってそう言えるのか。タコ殴りにしていた時に、多少なりともダメージはあった。本気を出したあいつが、絶対に無理だと、本当にそう言い切れるのか)


 無理だ。無理な……はずだ。アーネウスの結界は生半可なものじゃない。

 俺のように裏技みたいな手を使ってどうにかすればともかく、単純火力なら父上や勇者に匹敵するほどの力を持っていなければ出来ない。出来ない……。


 だが、確かに司の言う通り、リリエールはアーネウスにダメージを与えていた。

 それはほんの掠り傷程度だったけれど、だけどあの時の彼女は素手だった。

 あの神々しい刀は使っていなかった。……それでもアーネウスに傷をつけてみせた……。


(行け。早く、今すぐに)


 司の指示に従うには癪だ。

 癪だが、多分その推測は間違ってはいない。

 ほんの僅かな可能性だとしても、それでも、確率が1%でもあるなら止めなければならない。


 俺はベッドから飛び上がって、無造作に放り出されたカードを掻き集めると同時に、真っ黒なローブを鞄から引っ張り出した。



---



 年長者の言う事は、とりあえず一回は聞いてみるべきだと思う。

 意外と色んな事を見ていたり、それなりに経験を積んでいるから、ある種他人の行動をパターン化して考えられるようになっている気がする。俺にはまだないものだ。


 町の外に向かうと、無理やりフニルを連れて行こうとしているリリエールとかち合った。

 周囲には誰もいない。俺と、フニルと、彼女だけだ。


「フニルは俺の言う事しか聞かないよ」

「キュイー!」

「……なんでよ。ルフ種だったら、大抵の魔族には従うはずでしょう」

「そいつはわけありでね」


 俺はすり寄ってきた鳥の首筋を撫でながら、バツの悪そうな顔をしているリリエールの言葉を待つ。


「……妹も奴隷だったのよ」


 うん……多分そうだったんだろうな、と察するぐらいの洞察力はある。

 というかあれでわからなかったら鈍感ってレベルじゃない。

 あの時、リリエールをおねえちゃんと呼んだ『顔』、アリアナと呼ばれた少女は、リリエールと共に奴隷堕ちしてしまったルナリア族だった。


 自分には両親の記憶がない、と彼女は言った。

 物心付いた頃には、ルナリア族の族長に引き取られ、養子として生きていた。

 一方アリアナは族長と血の繋がりがある正統な後継者だったから、リリエールは若干肩身が狭い思いをしていたけれど、家族仲自体は良かったとか。


 だが、戦争でルナリア族が人族側につき、そして最前線で猛威を振るっていた族長は死んだ。

 当時、成人に満たなかったリリエールは、あまり戦闘が得意ではないアリアナを守りつつ身を隠していたが、結局終盤で戦場に駆り出される。

 獅子奮迅の働きを見せるも、停戦と共に仲間だと思っていた人族は撤退し、彼女たち姉妹だけが取り残された。……そして、何とか数年間は逃げ延びられたが、ついに魔族に捕らえられ、最近奴隷商に売られた。


「残された、たった一人の家族だったわ。血縁なんて関係ない……あの子は私の妹だった。でも、死んだのよ。私が殺したの」

「殺したわけじゃない。眠らせてやっただけだ。解放してやっただけだ」

「耳あたりの良い言葉で誤魔化したって、アリアナは帰ってこない。これで私は独りぼっち。……だからもういいのよ。でも、せめて……」


 淡々と話し続けていた彼女だったが、深く息を吐いたかと思うと、唐突にその魔眼が輝きだした。

 中空から、再びあの刀が姿を現す。

 構える様は、発する殺意は本物で、しかし自暴自棄に彩られた左目の悲壮感が痛々しかった。


「せめてあの男は殺す。邪魔しないで、クロノ=クロノス」


 洗練された存在感を放つ少女がそこにはいた。

 勝てるはずがない。

 まるで研ぎ澄まされた一本の剣のような、決して揺らがぬ美しさと強大さを併せ持っていて、少女と形容するにはあまりに昂然としていた。


 ……だけど。


「そうはいかない。あの男を殺したら戦争が再開される。だから、絶対に殺させはしない」

「知らないわよ、そんなの。私は、もう……」


 哀れな意志が、瞬く。


「もう、何もかも全部、どうでもいいのよ!!!」


 地を駆る、影だけがそこに残されていた。姿は見えない。

 剝き出しの殺意が360度を覆い尽くし、俺に逃げ場がない事を教えてくれている。

 それは瞬きさえ出来ないほどの瞬間的な出来事で、ただの一呼吸さえ許されぬ間で、詠唱する隙などあるはずがなかった。思わず、時間が停止したのかとすら錯覚した。


 願ったのは、間に合えと、ただそれだけ。


 ――パリンと、俺の結界が打ち破られる音がした。ほんの僅かな時間差を置いて、隕石でも降ってきたかのような衝撃が俺に襲い掛かる。重圧に足元が沈むイトマさえ与えられず、もう一度同じ音が聞こえた。二枚目の結界が突破された。

 間髪入れず、三枚目の結界が破壊された。刀を中心に圧縮された空気が俺の頬を引き裂き、じんわりと血が滲む。重力に従って振り下ろされる剣は威力を増す一方で、四枚目は気付く間もなく割れていた。そして、最後の壁は、もはや存在しないも同然だった――

 

 ガラス細工が砕ける響きと、左肩の骨に剣が当たったのと、俺がリリエールの腕を掴んだのは、ほぼ同じタイミングだった。

 ギリギリ、本当にギリギリだ。……間に合った。

 何とか腕を切り落とされずに済んだ。切り落とされなかった代わりに折れたけど。


「――どれだけ……ッ。あんたは何なのよ! 何なのよその魔力総量は! どうして五重(・・)も結界が張られてるのよ!」

「それが魔道具の最大の利点で、俺の唯一の長所だよ。……アクセス。コード=078。『バインド』、『バインド』、『バインド』」


 三枚の手札を切って、リリエールを雁字搦めに捕らえる。

 捕縛され地べたに横たわる姿はなかなかに煽情的だが、殺意たっぷりの目を向けられている状態じゃ興奮も出来ん。


 そう、これが魔道具の強さである。

 魔術は一度の詠唱で一発しか打てないのに対し、魔道具は同時にいくつでも発動できる。

 その分効力は据え置きの場合が多いし、一気に多数の魔術を放出するわけだから当然魔力の消費量も半端ない。が、俺は魔力にだけは自信があってな。

 父上から受け継ぐことが出来た唯一の長所だと思う。


 この長所のおかげで、俺は手札の数だけ同時に魔術を発動できるし、ずーっと発動しっぱなしにしていても滅多に枯渇しない。

 負担は相当だが、この五重結界だって、昼間、アーネウスの屋敷に入る前からずっと発動しているのだから。


 難点は、たくさんカードを持ち歩かなければならないから、荷物が嵩張カサバるって事だな。

 収納系の魔術でも開発してみたらいいかもしれない。


「リリエール。悪いけど、アーネウスを殺させるわけにはいかない。どうしてもやるって言うなら、今この場で君を殺す。逃げられないのは、わかっていると思う」

「…………ッ」


 ジタバタともがいて脱出しようとしているが、残念ながら無理だろう。

 万が一逃げられそうになっても、あと三枚ぐらい『バインド』のカードを持っているから無駄だ。

 と、十秒ぐらい悪戦苦闘していたが、俺がさらにカードをチラつかせてやると観念したように溜息をついた。


「……好きにすればいいわ」

「潔いのはルナリア族って感じだけど、リリエール。本当にそれでいいのか?」

「いいわけないでしょう。あの男は殺したい。それが叶わないなら、せめてこの世の地獄を味わわせてやりたいわね」

「後者でいこう。俺だって腹に据えかねるものがあるのは一緒だ。一矢報いるじゃないけど、奴の渾身の合成魔獣キメラを排除した程度じゃ満たされやしない」

「だったら……」

「ただし」


 俺は目元までフードを被ってから、ゆっくりと囁いた。


「やるのは俺だ」



---



 最初にそれをやったのはいつだっただろうか。


 お忍びで飲み屋に行ったら、一人、憎悪剥き出しで浴びるように酒を飲んでいる男がいた。

 大の男が痛々しい、何だよもっと笑えよと絡んでみたところ、義理の親の借金の形に妻が売られ、目の前で凌辱されたあと殺されたとかいうめちゃめちゃヘビーな話が飛んできたから困る。


 で、そいつはどうにかしてその金貸し屋と義理の親に復讐する手段を考えていたそうだ。

 金貸しは城下街でもそれなりの権力を持っている奴で、そういや聞き覚えのある名前だし、城で見た事あるな、なんて考えていた。

 一方、義理の親の方も結構な商人で、知らない者はいないぐらいの老舗を営んでいたのだが、その当時は色々あって火の車だったとか。


 嫁に行った自分の娘を平気で借金の形にするとはなかなかの屑野郎だったわけだが、とにかくそういう事情もあって、一平民に過ぎない男は復讐に相当苦心していたらしい。

 まぁ、裏ルートのコネには事欠かない奴らだからな。


 俺もそういう胸糞悪い話は吐き気がするぐらい嫌いだから、つい言ってしまったのだ。

 俺が代わりにやってやろうか、って。


 数日後、金貸しと商人が彼らの用心棒と共に見るも無残な姿で死んでいるのが発見された。

 犯人は不明で、未だに捕まっていない。

 奴らの死後、金貸しはえげつない裏家業が発覚してお家取り潰し、義理の親の商店も共倒れするようにあっという間に倒産した。


 それからさらに数日後、同じ飲み屋でその男の姿を見た。

 奴はまた一人、今度は酒も飲まずに座っていた。

 ただ俺の姿を認識した後、小さく頭を下げ、そのまま去っていた。


 あいつとはそれっきりで、その後、どうしたのかは知らない。興味もない。


「……で、どうするつもりなのよ?」

「死よりも惨い罰はいくらでもある」


 そんな昔話は一切しないまま、お前に任せたら弾みで殺しちゃいそうだからダメ、必ず納得いく落とし前をつけさせてやるから、今回は任せておけって感じで彼女を説得した俺。


 肩の傷は治癒魔術で応急処置して、今はフニルに乗って再度ポリネの村へ向かっているところだ。

 ちなみに車体の部分は置いてきたので、俺がリリエールを抱きかかえる形で手綱を抑えている。

 実に役得だが、会話の内容が物騒すぎてロマンスが始まりそうな気配は微塵も無い。


「そうかしら……いえ、そうね。そうかもしれないわ」


 多分、妹の事を思い出したのだろう。

 彼女は遠い目をしながらそう呟いた。


 奴隷堕ちだけならまだしも、あれはやりすぎた。

 魔物と融合させられて、もはや誰だか判別できないような存在に成り下がり、そもそも自分の意思で出来る事がどれだけあった事やら。あれなら死んだ方がマシと言えるだろう。


 恐らく魂さえ半融合している状態だったのだろうが、俺と司とは大違いだな。

 俺には俺の意思があって、司には司の意思がある。

 両者は完全に独立していて、少なくとも今のところは、俺が『俺』に操られるような状況には陥っていない。


 もしかしたらあれを研究すれば、俺の問題も何か進展したのかもしれないが……いくらなんでも、そのためだけに奴隷たちを無理やり生かすのはありえない。俺は屑にはなりたくない。


「……もしも納得できなかったら、私はどれだけ時間がかかっても、あの男を殺すわ。もう私には、それしかないもの」


 ちょうど都合良く突風が吹いたので、俺はその言葉を聞こえなかったことにしておいた。

 生きる理由、か。


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