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異世界で私刑を執行するための97の法則  作者: アットミライ
第一章 私刑屋さんの日常
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第六話 机上の茶番


「バカな……」


 小屋に入ると、呆然とこっちを見るアーネウスの姿があった。

 何の戦闘準備もしていない。

 手元には読みかけの本とカップが置いてあって、優雅な午後を過ごしていた、って感じの佇まいだ。

 テーブル、椅子、背後に本棚。それしかない、簡素な小屋だ。


 俺たちが結界を破ってやってくるなんてこれっぽっちも想定していなかった。

 顔中にそんな言葉が書かれているように思えた。


「やぁアーネウス。応接室で待ってたんだけど、なかなか来ないから……きちゃった☆」

「………………」


 何か反応してほしい。

 これじゃまるで俺が痛い奴みたいじゃないか。

 見ろよ、コモンもリリエールもドン引きして俺を見てんだぞ。

 こんなのは許されない。

 仮にも魔王の息子が受けていい視線ではないはずだ!


 まぁ、ふざけるのはこのぐらいにしておくか。


「コモン」

「はい」


 俺の言葉に、彼は一枚の羊皮紙を掲げた。

 今回の罪状が記載されている。

 日本でいう逮捕状のようなものである。


 最も、法的効力があるわけではない。 

 そもそも、魔大陸では法なんてものが整備されているわけではないからな。

 父上の『王命』があるくらいで、そしてこれは王命ではない。


 が、『魔王の息子』であり財務長である俺が言えば、それなりの対外的意味を持たせることが出来なくもない。エリート血統万歳。


「国費の私的利用。その額、しめて250億アルマ。……長く財政を握っていたとはいえ、よくぞこれだけ使ったものです」

「……待ちなさい。私が使ったという証拠があるのかね?」

「無論です」


 コモンはテーブルの上に大量の資料を放り投げた。

 その衝撃で、彼の読んでいた本が床に落ちる。

 ……『魔族と魔物の関連性 ―新・進化論― 』。

 なんというか胡散臭いタイトルの本だなぁ。


「そこに全てが記載されております。出金の日時、利用した仲介人、最終的に辿り着いた奴隷商、……もっとも、奴隷の使途までは把握できておりませんが」

「――っ! こんなものはデタラメだ! 陰謀だ! 貴様らは、また私を陥れようというのだろう。魔王城から追放するだけならいざ知らず、終わったことをいつまでもネチネチネチネチと!」


 などと意味不明な供述をしており……完全に錯乱しているな。

 顔が茹蛸のように真っ赤である。

 まぁな、正直言って普通にやったら追えるような取引量じゃないし、仲介人や奴隷商が口を割るはずがないと考えるところだろう。

 この辺りはフローチェの手腕に感謝だ。……どんな手を使ったかはあまり知りたくない。


 はてさて、年貢の納め時とはこういう事を言う。


「加えて、クロノ様と僕は先程ここにいるリリエール殿に暗殺されかけましたからね。隷属魔術に、わざわざ幻惑魔術まで使って、用意周到な事です。我々が訪れたら殺すように、事前に命令でもしていたのですか?」

「そんな……そんな事実はない! 私の命令だと、どうやって証明する? そもそもそいつ自身、自分が奴隷だなどと、一度でも言ったか? 言っていないだろう? ならば、そいつが勝手にやっただけだ。私は知らん!」


 確かに――リリエールはアーネウスに命令されたとは言っていないし、自分が奴隷であるとも言っていない。俺の質問には黙秘を貫き通したからな。

 だから暗殺を客観的に証明する術はないし、いずれにせよ、彼女が勝手にやったのだと言われたらそれで終わりだ。

 『秘書が勝手にやった事』という日本の政治家の言い訳が脳裏をよぎる。


「とはいえ、少なくとも国費の私的利用に関しては言い逃れできないだけの証拠はあるからな。そこの資料には要点しか書かれていないけど、城に戻ればいくらでも客観的に証明できる」

「……うぐぐ……おのれ……おのれぇ! クロノ、貴様ァ! 人魔大戦で魔族軍を防衛したのは誰だと思っている! 今、こうして停戦しているのは誰の尽力だと思っている! 幼き貴様に目をかけてやったのも! 魔道具を扱うにあたって、有能な科学者を紹介してやったのも、この私だ! 恩を仇で返すつもりか!」

「…………そうだなぁ……」


 以前も言ったが、恩は無くは無い。


 それも今回の件でチャラになっている気もするが……周りに敵しかいなかった俺に施しをくれたのは間違いではない。

 紹介された科学者のおかげで、俺の惨めな人生に光が灯ったのも事実だ。

 でもそれは、『魔王の息子』である俺に恩を売ることで、自分の立場をより強固なものにしたかっただけだ。そんな事は、もうとっくに理解している。


 それでも、確かに、恩は無くは無いのだ。


「――そうだな。ならばお前にチャンスをやろう」

「クロノ様?」

「俺とゲームをしようか、アーネウス」


 不審げなコモンの言葉を無視し、俺は彼に向かい合って席に着いた。

 そして、ポケットから一枚のカードを取り出し、テーブルに置く。


「ゲームだと……?」

「そう、昔はよく付き合ってくれたじゃないか。あれと同じだよ。――アクセス。コード=033、『契約を結ぼう、アーネウス』」


 カードは先程と同じように淡い光を放ち、俺とアーネウスの間に一筋の轍を描いた。

 『契約魔術』である。特に商人間で用いられる魔術で、この魔術を使った場合、互いは互いの契約に縛られ、その契約を破るとペナルティを受ける。


 もちろん、一方的に誰かを契約で縛ることは出来ない。

 そんな壊れ魔術があったらとっくの前に世界が崩壊している。

 だからこの魔術を機能させるためには、『条件』と、『互いの了承』が必要となる。


「ゲームの『条件』はこうだ。互いに質問を投げかけ、それに答える。その回答が嘘だった場合、そいつは死ぬ」

「死……!?」

「勝利条件は相手が死ぬか、降参する事。それまでは互いに質問を続ける。降参を宣言すればゲームから降りることが出来る。ただし、降参した場合は相手の要求を必ずひとつ吞まなければならない。その要求は、相手が単独で可能な範囲に限る。要求を履行しなかった場合も、もちろん死ぬ」

「……そんなふざけた『条件』で私が了承するとでも?」


 追い詰められているのはそっちの方なのに、何でこんなに偉そうなんだろうか。

 今すぐ切って捨てられても文句は言えない立場だぞ。

 これだからアウェイは困る。譲ってやっているのはこっちなんだが。


 まぁ、俺には制約がある。

 それは、『絶対にアーネウスを殺してはならない』という事、そして、『問答無用で奴隷を解放させる事』だ。ゲームで俺が勝てればそのどちらも満たせるのだから、渋々ながら譲歩してやらんことも無い。


 だったら死を条件にするなよってところだが……たとえ死を対価としたところで、アーネウスが死ぬことはない。それがわかりきっているからこその条件付けだ。

 むしろ、死を対価とする事で俺の勝利を確実なものと出来る。


 死ぬぐらいならこいつは降参する。確信がある。これは絶対と言い切っていい。

 奴の結界術を研究し、その本質を理解した俺だからこそ、そう言えるのだ。

 逆に言えば、俺はアーネウスに降参させるための質問もわかっているということだ。


 つまり、この条件付けは単に餌を示したに過ぎない。


 俺が死ぬか、あるいは降参すれば、アーネウスの未来は明るい。

 こいつは自分に多大なメリットが無ければ決して首を縦には振らないだろうから、とにかくゲームに乗らせる事が最も重要だ。

 自分が負ける可能性が限りなく低い、というかほぼゼロで、かつ、勝負に乗る事で大きな利益を獲得できる、そうアーネウスに理解させなければならない。


 ついでだ、さらに餌を追加してやるか。


「最後まで聞けよ。……そして、質問はアーネウス。お前が先でいい。先に質問をする権利をやろう」

「お待ち下さいクロノ様!」

「あんたバカじゃないの!」

「二人とも、ちょっと黙っていてくれ」


 そう。当たり前だが、これは先に質問をする方が圧倒的に有利だ。

 何せそれが回答不能だった場合、そいつは降参するか死ぬしかないのだからな。

 そして降参したら相手の言う事を何でもひとつ聞かなければならない。


 こいつが望むことは、今回の罰の免除だろう。

 それとも俺の死か、魔王城への復帰か、無条件で国費を使える権利か、追加の奴隷の提供って選択肢も無くは無いか。


 わからないが、とにかくロクなもんじゃないのは間違いない。

 (お前は真正のバカか、やめろ。こんなものは茶番だ)と、頭の中の司が騒いでいる。

 うるさいな。俺がバカな事を言っているのは重々承知しているのだ。


 だが、たとえどれだけ譲歩したって、俺は奴隷たちを助けたい。


「さぁ、どうする?」

「……………………………………………………いいでしょう」


 そして、ゲームが始まった。



---



 長い長い沈黙があった。

 このゲームは、事実上初手で全てが決まると言ってもいい。

 アーネウスが最初に俺の答えられない質問を言えれば俺の負け、言えなければ俺の勝ち。

 本当にそれだけのゲームで、種々の条件付けはオマケのようなものだ。


 数秒か、数分か、数時間か。

 カチ、カチ、とコモンの腕時計の音だけが鳴り響いていた。

 緊張感は途切れることなく、全身から嫌な汗が流れ続けているのがわかる。


 誰も口を開かなかった。アーネウスはともかく、コモンとリリエールはもっとごちゃごちゃ言ってくると思ったのだが、何も言わない。

 ただ、そこに不安げな表情を浮かべているだけだ。こんな上司ですまんなコモン。

 そしてリリエールは……俺が負けたら、縛られるだけの生活から脱出できないからな。

 不安にもなるだろう。


(おい、さっさと引け)

(先程の魔道具を使えばどうとでもなるだろう?)

(屑相手に正々堂々なんて無駄でしかないぞ)

(お前だってその辺はよくわかっているんじゃないのか)

(こんな奴殺せばいい)

(奴隷なんて……反吐が出る)


 うるさいのは司だけだ。

 さっきから頭の中でごちゃごちゃごちゃごちゃずっと喋っている。


 というか、こいつこんなに自己主張が強かったのか。

 存在を認識して以来、あまり話しかけてくることは無かったのだが。

 というかどういう状況なんだ? これ。俺の中に魂が二つ存在している状況なのか?

 俺が死んだら、司の魂も無に帰すのだろうか。

 その辺りも、今後調べていかなければならんね。


 ……負けたらどうしよう。


 言った時は負ける可能性など微塵も考えていなかったのだが、こう無言の時間が続くと色々と考えてしまう。しかも悪い方向にばかりだ。

 何だかんだでそれなりの年季が入っているこのジジイ、人の嫌なところをつくのが物凄く上手い可能性はある。

 そんな悪知恵が働く奴なら俺に追い出されたりはしなかったはずだと、頭ではわかっているのだが、こうゴチャゴチャ考えていると実は隠し持っていたアレが……みたいなわけわからん想像が働いてしまう。


 そうして、無限とも思える沈黙があった。

 アーネウスが口を開き、閉じて、そしてもう一度開いて、こう言った――。


「……お答え頂きましょう」

「あぁ」

「『あなたの命を差し出せば魔王様、そして魔大陸に住む全ての魔族の命は保証される。差し出さなかった場合、あなたの命を含め、魔大陸全土の魔族が死ぬ。そうなった時、あなたは何の躊躇いもなく自分の命を差し出せますか?』」


 それが。

 それがアーネウスの、練りに練って、考え出した『質問』だった。


 思わず、俺は脱力する。

 こんなものか。所詮はこんなものなのか。

 魔王城の重鎮、結界魔術の第一人者、魔王軍の最終防衛システムなどと言われたこいつの、自らの人生を賭けた質問が、こんなものなのか。


 情けない。

 情けなさ過ぎて泣けてくる。


 こんなんじゃ人族に勝ちきれなかったのも当然というものだ。

 勇者とやらがいようがいまいが、結果は同じだったことだろう。

 いや、あのまま続けていたら、下手すると負けていたかもしれない。

 こんな屑が最後の砦じゃどうしようもない。


「……はぁぁぁぁぁ」

「何を溜息などついているのです。さぁ、お答え下さい。それとも降参致しますか? 何、私にも慈悲はあります。お命までは頂きませんよ」


 そりゃ溜息だってつきたくなるものだ。

 先程までの俺の緊張感を返してほしい。

 あぁ、一応『何の躊躇いもなく』というところに苦心の跡を伺えなくもない。

 伺えなくもないが、それでも期待外れと言わざるを得ない。


 ……逆に言えばこいつの最も重要なものは、やはり自分の命だった。

 魔大陸のために命を差し出すことは出来ない、それがこいつの答えだ。

 そんな事は知っていたさ。そうでなければこいつに命を懸けさせたゲームなんてやらせるはずがない。

 死なれては困るのだ。


 わかっていた事とはいえ、空しくなる。

 追放して正解だったな。


「……答えは、『できる』だ」


 そして全員の視線がカードに向かう。だが、何の反応も示さない。

 当然だ。俺は嘘を言ってないのだから、ペナルティが発動するはずがない。

 また司が(お前頭おかしいだろ、精神科でも行けば?)とか言っているが知ったこっちゃない。


 魔大陸全てが救われるなら、俺の命など、どうでもいい事だ。


 アーネウスはそんな事も理解していなかったのか?

 その程度の覚悟も持ち合わせていなかったのか?

 まったく、本当に、期待外れもいいところだよ。


 コモンとリリエールのホッとしたような、呆れかえったような溜息をしり目に、俺は再度口を開いた。


「……じゃあ、俺の質問だ」

「バカな! ありえん……ありえない! こんな事があってなるものか! なぜ魔道具が反応しない! なぜ貴様は生きている! こんな………こんなはずは!」


 またアーネウスが発狂し出した。

 なぜも何も、嘘を言っていないから反応しない。

 ただそれだけの事だ。


「黙れ。俺の質問に答えろ。……『お前の命を差し出せば父上、そして魔大陸に住む全ての魔族の命は保証される。差し出さなかった場合、お前の命を含め、魔大陸全土の魔族が死ぬ。そうなった時、お前は何の躊躇いもなく自分の命を差し出せるか?」

「うぐ、ぐ……ううぅぅうぅ!」


 さて、あとはもう茶番だな。

 こいつがこれに回答できないことはわかっている。

 初めから俺の勝ちは確定していたゲームだったのだ。

 俺の掌の上で転がされていた時点で、もうとっくに逃げ場は無い。


 だからできることはただ一つ。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………降参する」


 そう言う他はなかったのだ。


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