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異世界で私刑を執行するための97の法則  作者: アットミライ
第一章 私刑屋さんの日常
1/22

第一話 唐突な白昼夢

 それは強烈な既視感だった。



---



 およそ漫画やドラマでしか聞かないような話とはいえ、だからこそ世間にはありふれているモノがある。そのありふれているモノの名を悲劇と言う。


 俺が高校生くらいの頃には、恋人が死ぬケータイ小説が無限大にネットの海を遊泳し、一般にも周知されると同時に揶揄されたり持て囃されたりしていた。


「――――」


 だから、俺が体験したそれも、他人からすれば「もう飽きたよ」と言いたくなるような安っぽい話だったと思う。

 実際、俺が第三者で全く見ず知らずの誰かの体験談として聞いたなら、「使い古された話だな」と、一蹴していた可能性が高い。


 でも、それは、他でもない俺の体験談だった。


「――死んだ? ……交通事故……?」


 電話は、仕事中、職場から、だったと思う。


 俺には婚約者がいた。

 年齢的にもそろそろ結婚しないとなと考え始め、周りも身を固めるやつが増えてきている中、何となく婚活ってやつをやってみて、何となく馬が合った相手と何となく結婚することにした。


 大恋愛ではなかったけれど、かといって愛情がなかったわけじゃない。

 もちろん打算はあったけど、きっとそれはお互い様で、世の中恋愛感情だけで結婚できるわけではないのはとっくにわかっていた事だった。


 だから、プロポーズを受けてくれた事に満足していたし、幸せを感じていた。

 俺は仕事が忙しくてなかなか家に帰れないし、家族と縁を切っているような男だけど、と前置きしたら、それでもいいよと笑ってくれた。

 凛、なんて名前に似合わない、フワリとした女性だった。


 でも、彼女は死んだ。


「…………」

「……司…………その、久しぶりだな」

「…………何しに来たんだ?」


 警察で事情聴取を受けたり、裁判とか諸々の手続を投げやりにやったりして、家の近くの喫茶店でボーっとしていたある日の休日、フラッと親父がやってきた。


 もう何年も会っていなかったからか、やけに老けて見えた。

 大学を卒業して以来だから……5~6年ぶり、ぐらいだったろうか。


「警察から連絡が来てな……」


 あぁ、そうだよな。


 そういえば身元保証とかで適当に親父の名前を書いた気がする。

 書いたのが久しぶりすぎて、一瞬下の名前を思い出せなかったぐらいだ。

 最終的に漢字は間違っていたと思っている。


「……お前、結婚するんだってな」

「殺すぞ」

「あ、いや」


 何だこいつ? 喧嘩売りに来たのか?

 今だったら金払ってでも買ってやるよ。

 お前の顔なんて一秒だって見ていたくないからな。

 何の遠慮もなくぶっ飛ばして変形させてやれそうだ。


「……司。うちに戻って来ないか?」

「は?」

「色々大変だろう。仕事も忙しい中、助け合うのが当たり前じゃないか。俺たちは家族だろう」

「…………家族ねぇ」


 そうだな、家族だった。

 俺はこいつと血が繋がっている。

 だったら、辛くて苦しくてしんどくて仕方ない時に、手を差し伸べるのは当然だろう。

 無償の奉仕だ。それが家族の絆ってやつだろう。


 だが、俺が手を差し伸べたかった、家族になるはずだった人はもういない。

 凛は死んだのだから。


「帰ってくれ……いや、いい。俺が出ていく」

「司っ!」

「家族なんてセリフは、せめて十年前に言ってほしかったね」


 それが、俺が親父を見た最後だった。


 ――矢のように日々が過ぎた。

 その過程で、警察から弟が行方不明になっていたことを聞かされた。

 なるほどな、親父が急にやってきたのはそういう事か。

 ……清々する。あいつこそどこかで野垂れ死んでいればいい。

 俺の人生をブチ壊した、一番の原因はあいつだったんだからな。


 そして、裁判の結果が出た。

 懲役三年、執行猶予三年。


 初犯だった。

 裁判が進んでいく中で色々と調べたから、初犯のしかも過失じゃたいした罪にならないだろうことはわかっていた。


 おまけに加害者は大企業の役員で、実名すら報道されていない。

 加えて言えば、凛の会社はその大企業の下請けだった。

 敵うはずもない相手、叶うはずもない願いだった。


 最中、何度も何度も和解を申し立ててきたが、結局最後まで俺たちは固辞した。

 奴が謝らなかったからだ。頭を下げることすらしなかった。


 和解だってお願いじゃない。弁護士を通じてよこしてきた手紙、あれは命令だった。

 そんなもので和解に応じ罰を軽くさせるつもりはないし、まかり間違えても不起訴になどさせるつもりはなかった。


 それどころか、「自分だって被害者だ」と周りにウソブいていたらしい。

 こんな真正の屑であり社会のゴミであるような人間が、それでも権力を持っていて、社会は権力を持つ人間だけを助ける。とっくにわかっていた事だ。


 だから、燃え上がるような怒りがあっても、殺してやりたいと思う憤りがあっても、それでも耐えてやろうと思ったんだ。そうじゃないと、俺はこの男に負けたことになる。

 凛の死をこれ以上踏みにじられたら溜まったもんじゃない。


 義父と義母――になるはずだった人たちを説得して、ここまでやってきた。

 色々と妨害はあったが、考えうるあらゆる手段を用いて裁判を継続させた。

 戦ってきたのだ。

 これさえ終えれば全てを失ってもいいと、そう覚悟しながら。


 きちんと裁判を終え、あいつは晴れて犯罪者となった。

 それでいい。それで満足しよう。

 たとえ執行猶予付きとはいえ、それで俺たちの勝ちだと。


 だけど。


 判決を告げられて閉廷した瞬間、あいつはチラッとこっちを見た。

 確かに目が合った。

 忌々しいが、もう二度と会うこともないだろうと思い、はっきりと目を合わせ続けていた。

 俺の勝ちだと訴えようと。とはいえ、ほんの数瞬だったと思う。


 そのほんの数瞬の間に。

 あいつは。

 あいつはあいつはあいつはあいつはあいつはあいつはあいつは!!!


 ……あいつは笑ったんだ。


 だから俺は、決めた。



---



「……やぁ。お目覚め?」

「んー! んんー!!」

「あぁ、喚くなよ。……ま、いっか。喚けるのもこれが最後だもんな」


 人気ヒトケのない崖の上。……ではない。繁華街のど真ん中である。


 信号待ちの交差点、あの男は裸にロープに猿轡で放り出されていた。

 なんとも滑稽な姿だ。山ほどの聴衆がお前の事を見ているぞ。

 視線をやると、どうも大学生っぽい集団がスマホを取り出して動画撮影しているようだ。

 素晴らしい発想だな、是非ともネット上に一部始終をアップしてほしい。


 俺はそいつらに満足げな笑みを返し、車に戻った。

 いつの間にやら対面は青信号だが、誰も車を発進させない。

 そりゃそうだ、今発進したら奴を引き殺してしまうからな。


 それは許さない。絶対に許さない。

 どこかの誰かに殺されるなんてアホな結末、俺が認めてやるわけないだろう。


 これは、俺の、俺による、俺だけのための私刑なのだから。


 こいつは殺す。こんな奴が生きているなんて社会のためにならない。

 こいつの家族? 知ったことではない。

 妻は屑を夫にしてしまったことを、子供は父親が屑だったことを嘆き悲しみ、そして死ぬまで十字架を背負って生きていけばいい。


 俺が背負った憎しみの、ほんの一端でも感じてくれたら嬉しく思う。


「願わくば是非とも地獄に落ちてくれ」


 俺はアクセルを全力で踏み込み、愚かさだけが取り柄のマヌケを引き殺し、バックしてもう一度念入りに全身を潰してから、そのまま逃走した。


 交差点の端、視界の隅に、いつか俺が置いた花束が映った。

 どうか凛の幽霊でも出てこないか、なんて思ったけど、残念ながらここは科学の発展した世界で、そんなロマンはなかったらしい。


 こうして、日本から一人のゴミが失われ、社会が少しばかり清浄化された。



---



 その後、どこをどう走ったか、もはや記憶は定かではない。

 ……記憶は定かではない、なんておかしな話だ。

 何故なら、今のは決して俺(・・・・・・・)の記憶ではないからだ(・・・・・・・・・・)


 俺は日本なんていう聞いたことも無い国の生まれではないし、俺の知っている科学はあぁいったものではないし、そもそも、俺は人族ではない(・・・・・・)


 だけど、単なる白昼夢と片付けてしまうわけにはいかなかった。

 あまりにもリアルなその記憶は、見た事も聞いた事もない世界のその悲劇は、確かに俺の肉体に宿る、魂が体験してきた事だった……。


「クロノ様……?」

「あぁ、いや。何でもない。ちょっと眩暈がしただけだ」

「お疲れなのでしょう。ほとんど寝ておられないご様子だ」

「大丈夫。……じゃあ、言った通りに頼むよ」

「承知しました」


 もはや何の話をしていたか思い出せないので適当に返答したら、どうやら部下は承知したらしい。

 何を承知したのか知らんが、多分上手くやってくれることだろう。

 彼は恭しく頭を下げ、部屋を出ていった。


 背もたれに体重を預けると、ドッと冷や汗が流れ落ちてくる。

 これほど動揺したのはいつ以来だろうか。


 15の時、成人の儀で父上と戦った時が最後かもしれない。

 あの時は本当に死ぬかと思った。

 マジで息子を殺す気かよとドン引きしたものだ。


 ……懐かしい思い出を振り返っている場合じゃない。

 何だ、今のは。


 落ち着け……冷静になるんだ……こういう時は素数を数えればいい……1、3、5、7、11、って、あぁ。

 これは日本でのエンタメ知識じゃないか。

 今まで俺が何気なく考えたり実行してきたりしたことは、どうやら日本とかいう国で実際に見聞きしてきた事だったらしいな。通りで奇特な目で見られるわけだ。


 なんてしみじみ考えていると、徐々に冷静さを取り戻してきた。


 俺の名はクロノ=クロノス。

 魔大陸の生まれ、18歳。

 魔王の息子であり、次代の魔王が約束されている身。


 現在は財務長として魔王城の財布を握りつつ、実務経験を積んでいる。

 うん、そうそう。大丈夫だ、覚えている。


(何を馬鹿な。ゲームのやりすぎだ)


 と、脳内で『俺』が考えていた。


 誰だこいつ。

 もしかして唐突に多重人格にでもなったか、はたまた誰かに呪いでもかけられたかと思い、とりあえず話しかけてみたが、何の返答も無い。当然である。それこそ何を馬鹿な、だ。


 ……この世界の誰かの仕業ではない。

 そして、俺が何の前触れもなく狂ったのでなければ、答えはひとつしかないだろう。


 転生。


 禁術のひとつに転生術があったはずだ。俺は転生したのだ。

 前世は日本で『秋宮 司』という男だった。

 家族仲は最悪で、特に弟に対して尋常じゃない憎しみを抱いているようだな。

 凛という婚約者がいたが、事故でそいつを失う。

 復讐のために加害者を殺し、そして……。


 そして、『俺』はどうなったんだ?


 思い出せん……さっきの白昼夢も、その他の余計な記憶もどんどん蘇ってきているのに、最後の記憶がぽっかりと消えている。

 あの屑を引き殺したところまでは覚えている。

 そしてそのままアクセル全開で突っ走って……俺はどこに行ったのだろう。


 ま、多分死んだんだろうけどな。

 だって転生しているわけだし。


 転生術は、被転生者の死をトリガーに、魂の分散を堰き止め、そのままの状態で他者の肉体に送り込み、元々の魂に上書きする術式だ。


 実質的な不老不死のスベだが、その対価に相応しく、軽く世界を滅ぼしかねないほどの莫大な魔力を使う割に成功率が著しく低い。

 と、かつて父上の書庫に忍び込んだ時に読んだ本に書いてあった。

 確か『傀儡人形マリオネット・ドール』の次の章だったな、だから覚えているんだ。


 あれだけやって死んだってことは自殺かな。

 『俺』の記憶によると、死のうが生きようがもはやどうでもいいってわりと真剣に考えていたし。

 今の俺では、ちょっと自殺する気持ちはわからないけど……でも。


 なるほど、復讐者、か。


 皮肉なもんだな。

 世の中よくできていると言うべきか、それとも運命と言うべきか。


「失礼します」

「入っていいよ」


 色々と整理がついた辺りで、また誰かが部屋をノックしてきた。

 とりあえず『俺』の事は置いておいて、仕事しなきゃな。


 さぁて、今度はどこの部署が金の無心にやってきた事やら。


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