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終わって、また終わる


 皆さんには夢や希望がありますか。

 皆さんにはこれから自分に起こることに対して期待を抱くことができますか。

 一分一秒先の自分、又は一年後、十年後の自分に期待をすることができますか。

 僕はできません。というより、したくありません。

 僕の期待する未来は、いつも僕のことを裏切るのです。いや、勝手に僕が期待して、そうならなかったからって勝手に絶望しているだけなんですけどね。

 ですが、人間って生き物は期待を抱かずにはいられない生き物ですよね。それが暗い人生なら尚更です。より明るい未来を想像してしまうものですよね。

 でも、だからこそ裏切られるのかもしれませんね。負のループです。期待を抱いて裏切られ、絶望し、その絶望から逃れる為に少しでも明るい未来を期待する。そして裏切られる。

 まったく、僕は僕のことが嫌いですよ。


 祖父母の住んでいた家を建て直し、そこに一緒に住むことになったと、そう聞かされたのはいつだったでしょうか。小学六年生の頃だったでしょうか、話自体はもっと早くに聞いていたような。とにかく僕の一家は小学校卒業を機に引っ越すになったのです。

 この確定事項は僕の期待を壊しました。

 母方の祖父母の家には長期の休みの度に頻繁に遊びに行っていました。東京と横浜です。交通の便も恵まれていると言っていいでしょう。

 引っ越すと知らされた当時は現実味もなく、そうなんだ、と他人事のように思っていました。ですが日の経過と共にその確定事項は僕に迫ってきます。

 僕は何とも言えない虚しさ、寂しさ、そして無気力に憑りつかれていきました。

 授業中に隣の席のサッカー少年に罵声を浴びせ続けられ、ハンカチで鼻水をかみながら耐えていた日々。それも音楽があれば忘れることができました。音楽を通して新しい仲間もできました。生まれて初めて同い年から尊敬の眼差しを向けられました。異端者として目の敵にされるのではなく、興味や好意の対象となることができたのです。

 しかし、目前に迫った強制的な別れが僕の心を歪めていきます。

 まず人間関係がどうしようもなく無駄に思えてきました。ここでいくら仲良くしたって、結局離れ離れになってしまうなら無意味だと、小学六年生のいじめられっ子は思ったのです。

 元々人間という身勝手な生き物を良く思っていなかった――そう思わざるを得ない環境だったのもあって――僕はたちまち人間に対して心を閉ざしてしまいました。そうは言っても僕の生活に特に変わりはありません。人との関わりを避け、休み時間は机に突っ伏し、一人でいること。僕の日常です。

 次に勉強に対して、もっと言えば学校に対して興味や意欲が無くなってきました。絶対に終わりを迎えるもの。言い換えれば無駄になるもの。それらに努力や時間を費やす意味が分からなくなったのです。算数が苦手だった僕は勉学に対して苦手意識を持っていました。その苦手なものから逃れられる。一種の免罪符ですね。勉学から目を逸らすことを肯定する為の理由にしていたのです。

 授業中も窓の外を眺めて過ごしたり、興味のないことをやっても無駄だと思い持参した本を読んだりして過ごすことが多くなりました。それでも極端に馬鹿というわけでもなかったので、成績は中の上くらいでした。

 そんな感じで僕の最後の小学生生活は流れていきました。今考えるともったいないですね。なんて捻くれた子供なんだと、僕でさえ思います。まあ、その子供の未来が今の僕なんですがね。


 数か月後の未来が全くわからない僕には、言ってしまえば何もありませんでした。少ない友人関係も、行きたかった学校も、慣れ親しんだ町も、全部無駄なんです。

 僕の引っ越しの話は一部の人間にしかしませんでした。

 引っ越し当日になにも知らない同級生から遊びの誘いがありました。用事があるからごめん、そう電話口に伝えて終わりました。そいつは苗字と名前を短縮してノムシュウと呼ばれていました。懐かしいなあ。

 僕の本を踏みつけ、机をひっくり返した奴は噂で僕の引っ越しを知ったらしかったです。公園に呼び出され手紙を押し付けれらました。汚い文字で、向こうに行っても元気にやれよ、絶対連絡しろよな。そんなことが書いてありました。どうしてそんなことをしてくれたのかは今でも謎です。連絡も勿論していません。あだ名は苗字をもじってトックンでした。

 僕をトイレに呼び出し土下座させた女子三人組、リーダーがチエ、取り巻きの二人はヒナタとサツキと言いました。卒業アルバムに将来の夢を一行で書くコーナーがあり、僕には夢なんてなかったのですが、父親がカメラに若干のこだわりを持っていた影響でカメラマンと書いていました。チエはそれを読んで、撮らせてあげよっか、とモデルのようなポーズをしてみせました。当時の僕にそんな知識は毛頭なく、風景を撮るのが好きなんだよとパニックになりながら弁解しました。

 

 桜の咲き誇る日。部屋から家具は無くなり、新鮮で寂しい景色となりました。

 ベランダから広がる隅田川と桜並木の景色を、僕は父親の一眼レフカメラに納めました。それと同時に、ここから見える春夏秋冬の景色を残しておけばよかったと後悔しました。淡く柔らかい桃色、青々と茂る緑、色鮮やかな黄や紅、そして茶と灰色。その景色はもう手に入れることはできません。

 父親と一緒に残った荷物をレンタカーに乗せ、何も終わらず、何も始まらない心を持って、東京を後にしました。

 最後に東京で食べたのはペッパーランチの肉でした。お店を見かけると今でもあの日を思い出します。


 僕がここまでに得たのは歪んだ心と歪な形の盾でした。

 歪んだ心の中身は、人間に対する不信感や恐怖心、そして物事に対する無駄だという無気力。

 歪な盾というのは、耐えればいつか救われるんじゃないか、という僕の防衛本能です。僕を虐めた人間が僕に手紙を渡し、キラキラなレアカードをくれたりしたのです。何故かはわかりませんが、とにかく耐えればいいんだと僕は思ったのです。

 それらを持って、僕は新しい土地で新しい生活をスタートさせました。

 不安ばかりでした。そもそも人間が苦手なんですから、友達ができるのか、上手くやっていけるのか、不安でした。でも、その中でも音楽だけは続けようと思っていたので、僕はそれを心の支えにして中学生となりました。


 期待なんてするもんじゃないと、僕は思い知らされます。

 失敗しました。最初から、大きな失敗です。

 僕の最も腐った日々がここから始まります。

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