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異端者へのプロセス


 「心が変われば 態度が変わる。態度が変われば 行動が変わる。行動が変われば 習慣が変わる。習慣が変われば 人格が変わる。人格が変われば 運命が変わる。運命が変われば 人生が変わる」

 これはヒンズー教の教えです。この教えは宗教に興味のない、もっと言えば宗教に対して良いイメージを持っていない日本人でも聞いたことがあるのではないでしょうか。学校や会社のセミナー、テレビやラジオなんかでも人生の名言的に取り上げられることがあると思います。

 何故僕がこの教えを取り上げたかというと、この順序立てた変革のプロセスが、人生にとって良くも働き悪くも働くのではないか、ということに気付いたからです。

 僕が僕の人生を振り返っていくと、確かに一つずつ変わっていると感じます。

 人はいきなり変わることはできません。少しずつ変革を起こしていかなければならないのです。ですが、その変革が悪い方向に作用してしまったら。一つずつ悪い方向に変わっていってしまったら。

 皆さんは、気を付けて下さいね。


 幼稚園から小学校に進むと環境はまた大きく変わります。ランドセル。ふでばこ。黒板。教師。クラスメイト。全てが変わります。新しい世界であり、更に大きく複雑化した社会となります。

 更に複雑に、更に強固になったパノプティコンの監獄に僕達は収容されたわけです。

 さて、僕は前段階で「孤独」という自己防衛機能を手に入れました。嫌なことから逃れやすく、仲間外れにされる心配のない立場。僕はその機能を行使しようとしました。ですが、新しい社会では僕の持っていた孤独という機能は役に立ちませんでした。

 まず人に話しかけられます。遊びに誘われます。今までとは違う人と、違うことをするのです。僕の力ではそれに抗うことはできず流されてしまいました。いや、この時点ではそれでよかったのです。周りに流されること、周りに溶け込むこと、周りと同じになること、「お互いが囚人であり、お互いが見張り員」であることに成功したのです。僕はこの時点では異端者ではないのです。

 僕の通っていた小学校には制服がありました。冬場でも膝上丈のパンツを履いて、黄色い帽子を被っていました。皆が同じ格好をして、同じように行動する。日本っていう民主国家が僕達に「パノプティコンという監獄の設計思想」を植え付ける第一段階ですね。

 僕はクラスメイト達と同じように過ごしました。同じように登校し、同じように勉強し、同じようにドッチボールをして、同じように机を合わせて給食を食べました。全員が同じことをする。違うことをする者は正しく矯正する。そうして僕達は育ってきたのです。

 しかし僕には人と同じじゃないことがありました。どうしてそうなってしまったのかは今でも分かりません。でも僕は明確にそれを意識してしまったのです。

 それは「死」の存在でした。僕は毎日死に怯えるようになります。いつからだったか、何故そうなってしまったのか、当時の僕も分かっていなかったと思います。

 ただ、もしかしたら、僕は「僕という人間が僕を捨てて周りに合わせていく、矯正されていく」世界に窮屈さを感じていたのかもしれません。そしてそれは不安となり、実体のない大きな力に対する恐怖となって、小さな僕の身体を縛り付けていたのかもしれません。

 小学校三年生くらいになると僕はまた周りから取り残され始めました。きっかけは肺炎にかかったことでした。風邪をこじらせ咳ばかり繰り返していた僕は呼吸するだけで肺からゼエゼエと音が鳴るようになってしまったのです。病院に行きレントゲン写真を撮りました。肺に白い影が覆いかぶさっていました。小さな僕は自身の身に起きた異変に恐怖しました。それから一週間ほど学校を休み、毎日病院に点滴を打ちに行く生活をしました。

 久々に学校に行ってかけられた言葉は「一週間死んでいた男」でした。それまで一緒に遊んでいた友達にそう言われ、また同じクラスになったことのない知らない子からもそう呼ばれました。勉強に置いて行かれたのと同時に、人間関係、社会にも置いて行かれてしまったのです。

 僕は元々身体も小さく大人しい人間でした。自己主張もしなければ反対意見のできるような強さも持ち合わせてはいませんでした。特に相手が女子だと尚更でした。僕はどんどん弱くなっていきました。そして恐怖し始めました。周りにある「監獄の目」を恐れ始めました。

 中高生ぐらいになると授業の合間の休みに寝る生徒はいると思いますが、僕は小学三年生から他の男子と一緒に遊ぶことを辞めて、自分の席で寝るようにしました。僕はまた「孤独」を求め始めたのです。

 運動は苦手で、勉強は算数が苦手でした。外で友達と遊ぶことは過去と同じような結果になるので避けました。家でゲームをして過ごすことが僕の楽しみでした。

 さあ、僕はどんどん異端者になっていきます。ここから僕を狂わすスピードが加速します。

 そいつは身体が大きく態度のでかい男子でした。ある日の休み時間、僕が大人しく本を読んでいるとずかずかとそいつが近寄ってきて、僕の手から本を取り上げました。無言で見守る僕を余所に、そいつはパラパラと本に目を通し、そして床に落として踏みつけました。「なんでこんなの読んでるの」とそいつは軽い口調で僕に訊きました。僕としてはそれどころではありません。それはおじいちゃんが買ってくれたことわざの本でした。この言葉にはそれ以上の言葉の意味と力があるんだ、ということに僕は魅力を感じていたのです。それを足蹴にされた僕は泣きました。床に膝を着いて、汚い上履きをどかそうと掴んで対抗しました。そんな僕が気に入らなかったのか、そいつは僕の机をひっくり返して去っていきました。僕の周りには踏まれてくしゃくしゃになった本と、机の中からこぼれた教科書やノート、文房具が散乱していました。

 不思議と誰も助けてはくれませんでした。ノートを拾ってくれる子もいなければ、「大丈夫」と声をかけてくれる子さえいませんでした。

 原因は僕が唯一休み時間に本を読んでいる男子、だったからだと思います。だって人と違うから。それが理由だと思います。僕は異端者として攻撃され、その攻撃が更に僕を異端者にしていったのです。

 それからはよくある「イジメ」という状況に陥っていきます。

 体育前に体操着を取り上げられ女子トイレに投げ込まれます。返してよと言う僕を皆は笑います。皆が移動していなくなった後に女子トイレから体操着を回収して着替えます。勿論授業には少し遅れるので先生に怒られます。

 習字の時間は二時間通しなことがありました。休み時間に席を移動する生徒は勿論います。そしてその移動に乗じて僕の白いポロシャツに筆で墨をつけていく奴がいたのです。残念ながらその時は気付かなかったのです。家に帰ってから母親にこれどうしたの、と訊かれて初めて気が付いたのです。クリーニングでも落ちませんでした。卒業するまで僕は一部が灰色のポロシャツを着続けることになりました。

 また、これは僕にも原因があるのですが、掃除の時間の話です。

 僕は廊下の雑巾がけをしていました。水道で雑巾を洗っていると隣に女の子が来ました。性格のきついお嬢様のような子で、いつも取り巻きが二人ついているような子でした。幼いながらに可愛い子だったとは思います。時期は冬で水は痛い程に冷たいです。僕は水を出してくれるように言われました。僕は無言で頷きその子の前の蛇口を捻りました。不幸なことに蛇口は上を向いていました。誰かが水を飲んだんでしょうね。そして僕の予想に反して水は勢いよく出てしまいました。女の子は冷たい水で濡れてしまいました。

 大したことはありませんでした。ラブコメであるような下着が透けて、みたいなこともありません。当時はそんな余裕もなかったですし。女の子は怒っていましたが、その日は謝りまくって終わりました。問題は次の日からです。

 次の日、学校が終わり帰ろうとしていると昨日の女の子に呼ばれました。取り巻きの二人も一緒です。僕は女子が苦手だったので怯えながらついて行きました。

 「ここの中で土下座してくれら許してあげる」女子トイレの前でにこやかに昨日の女の子が言います。取り巻きの二人も僕を急かします。この子達が僕で遊んでいるということはすぐに分かりました。だって怒っていないんです。三人とも笑っているんです。僕は断りました。昨日のことならごめんなさい、でもそんな恥ずかしいことはできません。僕は敬語でそう言いました。その日はそれで見逃してくれました。ですがそんなやり取りが一週間近く続きました。

 「私に水をかけたって先生に言うから」そう言われた僕は諦めました。

 女子トイレの壁って男子トイレと違ってピンク色なんですね。そんなことをぼんやり考えながら、僕はトイレの一番奥まで追いやられ土下座を強要されました。女の子三人を前にして、トイレの床に手をついて、ごめんなさいと頭を下げました。「声が小さくてきこえな~い」取り巻きの一人です。僕はもう一度声を大にして頭を下げました。

 「誰かに見つかったらどうするの」そう三人は笑ってトイレを後にしました。僕は一人涙を滲ませて家路につきました。

 

 ホワイトタイガーって動物園でも人気のある部類ですよね。希少価値もあるし、なにより美しい。でも自然界には存在しないらしいです。何故なら、殺されてしまうから。

 自分たちと違う毛色、それだけで排斥するには十分すぎる理由になるのです。だから仲間の手で、親の手で、殺されてしまうのです。

 動物ってそういうものなのです。僕がイジメられたのも人と少し違っていたから。それだけなのです。最後の土下座の話は僕にも非がありますし、運が悪いとも言えますが、要するに僕は異端者なのです。パノプティコンの監獄において僕は矯正されるべき存在だし、排斥されるべき存在でもあったのです。


 例の教え通りですね。僕の心は変わりました。そして最終的には人格、運命、人生を変えてしまったのです。この変革のプロセスを通して、僕は異端者になったのです。排斥されるべき人間になったのです。

 

 でも、僕にはこの頃初めて「人から認められる力」を身に着け初めていました。

 僕にはまだすがる場所があったのです。

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