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ワイズマンにしてグレートマザーの願い(その2)





「ははは。これはなかなか面白いことを言う。だが、気安く無敵などという語を口にするものではない。お前にとってそれは言葉遊びに過ぎなくても、その言葉に血道を上げる者がいることを忘れるな。余計な荷を背負い込むことになるぞ」


 ハクメンはあかねの切り返しに笑うものの、きちんと釘を刺す。


 あかねは性格からいってハクメンの威光を笠に着るような人間ではないが、あいにくとお馬鹿である。自分が無敵であるなどと吹聴して回ったら、余計な化外を引き寄せかねない。昔の剣客のように、強さを磨くことに心身をささげる化外は今もいる。そんな連中と鉢合わせしたら、あかねも化外も双方共に不幸になることは確実だ。


「無知で無力ならば、無知で無力らしく行動すればいいのだ。巧言令色で飾り立て、世辞と愛想を振りまく態度など、お前に似つかわしくない。お前はお前らしく、せいぜいない頭を悩ませながら騒動の渦中にいればいいのだ。その方が、余程面白い」

「ああ、だからハクメン様はあの時怒ったんですね。私ができもしないことを言ったから」


 ようやく合点がいったあかねは、大きくうなずく。なぜ、あの時突然ハクメンは豹変したのか。元より荒ぶる神の如く移り気なハクメンだが、理由もなく機嫌を悪くすることはない(はずだ)。その理由をずっと考えていたあかねだが、今得心がいった。あかねにとっては些細な違いだが、ハクメンにとっては大きな違いらしい。


 結局、あかねは自分のできることを、自分のできる範囲で、自分のできるようにしかできないのだ。それが彼女の限界であり、それ以上は周りも期待していない。しかつめらしく真面目ぶって、声高に理想を語るなどハクメンからは小賢しいとしか評価されないのだ。むしろ、ハクメンはあかねの悩む様を娯楽とすら感じているのである。


「でも、それってちょっと悲しいです。私のできる事って、それじゃあほんのちょっとじゃないですか。それで鬼灯町の守役見習いを名乗るのって、なんだか格好悪いです」


 人目を気にしないあかねだが、さすがに自分が無能であると堂々と宣言されてしまうと、やや引っ込みがつかない。


「お前が衆目を心に掛けるとは、珍しいこともあるものだな」


 多少は感心したのか、ハクメンはとぐろの中から出ている純白の尾を左右に動かす。ハクメンとしては軽く振っているだけだが、重機がアームを振り回すようなものだ。風圧以外にも異様な圧迫感が押し寄せてくる。


「案ずるな。お前が普段している通りに行えば、何も問題はない」

「普段っていうと……? どういうことです?」

「お前は常日頃からネコたちの騒動にどう対応している。ただ一人で孤軍奮闘と洒落込んでいるか? そうではないだろう?」


 そこまで言われ、ようやくあかねはぽんと膝を打つ。


「ああ、分かりました。他の人を頼れって、ハクメン様はおっしゃっているんですね?」

「そういうことだ。元よりお前はこの私を頼みの綱としているのだろう? 今さら似たような化外が一人か二人増えようと差異はない。せいぜい、暇人のネコたちを利用するがいい」


 鷹揚にハクメンは請け合う。


 確かに、ハクメン一人を天秤の右側に乗せれば、鬼灯町すべてのネコを左側に乗せてもまだ右側が地に着くほどのパワーバランスだ。ハクメンという名の太陽が天空に輝けば、真昼の星であるネコたちなど、すべてその光の中に消えてしまう。キツネという別の種族だが、ハグロは恐らく明けの明星だろう。


 ただし、ハクメンの本質は温かな光を放つ神々しい太陽などではない。むしろ、混沌を際限なく深め、森羅万象を飲み尽くす黒い太陽とも呼ぶべき異相に程近い。純白の鱗に覆われた大蛇の形は、本質を覆い隠す外殻に過ぎないのだ。その擬した姿が壊れたとき、どれほどの災害が引き起こされるのか、見当も付かない。


 かつて三枝の先祖は、地脈の底にのたうつ不定形のエネルギーを、大蛇の形に固定したと伝えられている。それにより、荒ぶる災厄の化身は鎮座ましまし、翻って三枝家の守護となったと言い伝えは語る。その昔、ヒトにより姿形を得た規格外の化外は、今はこうしてその末裔と戯れていた。時代というものは変遷し、あらゆる執着を流し去っていくのだ。


「あかね、お前はこの町を生かす命なのだ」


 ハクメンは、二つのまなこで小さな小さな守役を眺める。人間ならば、慈しみを込めて目を細めることだろう。あいにく、ヘビの目は固定された鱗に覆われ、あまり変化しないのだが。


「何も憂う必要などない。皆、お前に手を貸したいと思っているのだぞ」


 それまでの峻烈な言葉とは打って変わり、ハクメンは優しくあかねに語りかける。荒ぶる御魂は、たやすく幸多き御魂の顔を見せるのだ。


「でも、私はドジですよ。お父さんやお母さんにもしょっちゅう叱られてますし」

「それは、お前の身を父母が案じている証拠にほかならぬ。感謝するがいい。その役目は、私であろうとも変われぬものだ」


 圧倒的な存在感を放つ白面の大蛇。そんな巨大な存在でも、あかねの父母にはなれない。単に力と支配のみを信奉する者には、到底分からない理屈だろう。


「誰であろうと、己を必要としてもらいたいものだ。自分を、有能で優秀だと示したいのだよ。道ばたを歩くネコであろうと、組合を束ねる親分となったネコであろうと、それは変わらぬ」


 ハクメンはそう語る。あかねは無力で愚かだ。守役でありながら、いつも周囲に助けられている。そして、あかねはその差し伸べられた手をいつだって、何一つ疑うことなく握りしめてきた。無力故に、愚か故に。だからこそ、彼女の周囲の化外と人間は、いつだって彼女を助けるのだ。その手が、決して振り払われることがないと信じているから。


「ハクメン様も、ですか?」

「私の力添えなしで、果たしてお前がどれだけ鬼灯町のネコたちに舐められずに活動できるか。そう言われると、多少興味がわいてきたな。試してみるか?」

「いいえ、結構です。これからもいっぱいいっぱい私を助けてくださいね。頼りにしてます」


 あかねは手を伸ばし、ハクメンの首筋に指先を触れさせる。


「本当にありがとうございます。いつも、助けていただいて」

「今回私は、ほとんど何もしなかったがな」

「それでいいんです。こうして見守っていただくだけで、私はとても安心できるんですから」

「無欲なことを言うものだ。その反動を想像すると、喜ぶべきか憂うべきか、はてさて困るな」

「私はいつでも無欲ですよ。だって満たされてますから」


 相も変わらず軽口を叩きつつ、あかねはハクメンに身を寄せて目を閉じる。ハクメンもそれを拒まず、彼女が上半身をもたせかけても何も言わない。二人は親子でも何でもない。人間と化外であり、守役とその守護であり、ただの中学生と恐るべき大蛇である。二人の間を隔てるものは、溝ではなく谷ほども大きい広がりを見せている。


 しかし、今だけはその谷も、気を利かせて埋まった振りをしているのかもしれない。果たして、そうなると二人はどのように見えるのだろうか。いずれにせよ、二人は今後もこの関係を続けていくのだ。


 ――――鬼灯町を輝かせる命は、純白の大蛇によって密やかに愛でられ、慈しまれている。大社の最奥で、誰にも知られることなくそっと。






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