迫力のカーチェイスが周囲に及ぼす迷惑(その2)
「あんまり使う気はなかったんだけど、それならばリクエストにお答えして――――」
ハグロがそう呟くのと同時に、その右手の手首から先が消失する。いや、消えたように見えただけだ。よく見ると、何やら空間に裂け目のようなものが発生し、そこにハグロは自分の手を突っ込んでいた。
ゆっくりと、ハグロはそこに収納されていたとおぼしき何かを引きずり出す。あるいは、これは印紙に封じた情報を解放するように、空間に保存しておいた情報をダウンロードする仕草に過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、今やハグロの手中には、巨大なロケットランチャーが握られていた。
「これ、な~んだ?」
ハグロはそれを軽々と片手で振り回すと、肩に担いで発射態勢に入る。もっとも、実物ではなくジェーニョ兄弟のマテバのような、法術の具現したものだ。案外とかなり軽いものかもしれない。だが、その凶悪な筒先をこちらに突きつけられたジェーニョ兄弟は、当然心穏やかでいられるはずなどない。
「嘘だニャアアアアアアア!」
「反則ニャアアアアアアア!」
それまでさんざん嘘をつき、さんざん反則行為を行ってきた二人だが、自分がそうされるのは我慢ならないようだ。じたばたと暴れるため、バイクの動きがぐねぐねと彎曲する。どうでもいいが、二台が同時に行っているため、後ろに描かれる軌跡はDNAの形をしていた。
先程の挑発は、まさかハグロがそんな重火器を持ち合わせているとは思っていなかったからだ。要するに、外野の位置から野次を飛ばしていただけに過ぎない。それが今となっては、無理矢理スタジアムに引きずり下ろされ、バットを握らされて、さらに剛腕のピッチャーと対峙させられている。
「構えよ~し! 狙いよ~し! そして発射~!」
ハグロは腰を落として片膝をつくと、楽しげな声と共に引き金を引く。完全にゲーム感覚である。画面の向こうのキャラクターをコントローラーで操作し、手に入れたばかりの武器で試し撃ちをしているのと大差ない。だが、こちらはいくら幻想が加味した異界とはいえ、現実である。
直撃すればバイクなどひとたまりもないロケット弾が、ジェーニョ兄弟の乗るバイクに向かって発射された。しかし、この程度で諦めるジェーニョ兄弟ではない。
「舐めるニャあ!」
「曲がれえええ!」
とっさに双子は、それぞれ別の方向へ大きくカーブして、飛来するロケット弾をやり過ごす。
「よっしゃあ! ナイス!」
「やるじゃないか! 兄貴!」
双子は自分たちの見事な回避に酔いしれ、お互いに目配せしてガッツポーズを取る。
「あら、この程度で終わりじゃないわよ」
弾倉を交換し終えたサブマシンガンを構える二人に、ハグロは余裕をまったく崩すことなく、ロケットランチャーを降ろすと遠くを指差す。
「戻って来なさい」
その言葉が発せられると同時に、はるか向こうへと飛び去りつつあったロケット弾が、くるりとターンした。漫画かアニメのような、慣性の法則を完璧に無視したあり得ない動きである。
「ホーミングするのかよお!」
「ずるいぞお!」
これでは、ロケットランチャーの扱う弾どころではない。どう見ても巡航ミサイルか魚雷である。
きれいに戻ってきたロケット弾は、時限信管でも設定されていたのか、それともハグロの意思に従ったのか、二人の乗るバイクから一番近い場所で大爆発を引き起こした。
「ギニャー!」
「ギニャッ!」
ロケット弾一発の火力からかけ離れたとんでもない爆発に、ひとたまりもなく二人と二人が乗るバイクは巻き込まれる。
「ボスニャーンッ!」
一部始終を見ていたコタローが、ケージの中で悲鳴を上げる。
「死んじゃ嫌ニャーッ!」
「大丈夫よ。法術で作られたものは破壊するけれど、致死性はゼロに設定してあるわ。死ぬわけがないじゃない」
おろおろとしているコタローに、平然とハグロは説明する。
「本当ニャ?」
「もちろん。ほら、あそこを見て?」
ハグロは片手でケージを持ち上げ、もう片手で黒煙がもうもうと上がる道路を指差す。ひっくり返って崩壊しつつある二台のバイクのすぐ横で、四つん這いの双子が煙の中から姿を現した。
「ボスさん! 無事でよかったニャー!」
ケージの中でコタローは手を振るが、双子にはそれに応える余裕はないらしい。
「じゃあね、二人とも。追いかけてきてもいいわよ。できるならね?」
忌々しいほどにクリアなハグロの音声が、中空に浮いた印紙を通して聞こえてくる。対する双子は、そちらを上目遣いで睨むのが精一杯だ。ロケットランチャーを構えていた時には減速していたキャンピングカーが、再びスピードを増していく。
「こっ……こんな…………」
「ちっ……畜生が…………」
しばらくしてから、全身から煙をもくもくと立ちのぼらせつつ、怒りに震えて二人は立ち上がる。その手が同時に宙に伸びると、印紙をつかんでビリビリに破く。
「こんな屈辱があるかああああああっ!」
「もう完全に怒ったぜぇえええええっ!」
ナルシシズム溢れる伊達男の仮面をかなぐり捨て、双子は天を仰いで絶叫する。ようやく二人は、ハグロを前にするといつもかぶってしまうペルソナを捨てることができた。そもそも、今までが異常だったのだ。ハグロをまるで女王か何かのように扱い、それにかしずきつつ甘い言葉を囁いていた今までが。
そんなだから無駄に格好をつけてしまい、結果としてハグロからロケットランチャーの洗礼を浴びる羽目に陥るのだ。まだまだ、二人にはなりふり構わぬ精神が足りない。しかし、それでも伊達男のペルソナははがれた。やっとのことで、二人はハグロの呪縛から逃れ、本気でコタローを追うことができる。
ましてや、二人はあかねたちの見ている前で、あれだけはっきりと大見得を切ってしまったのだ。今更おめおめと、
「やっぱりコタロー救出は無理だったぜ」
「人生には、できることとできないことがあるからな。あれは後者だ」
などとヘラヘラ笑いながら戻れるわけがない。そんなことをしたら、あかねがハクメンを呼び出してお仕置きするのは確実だ。
ここまでコケにされて、ようやく踏ん切りが付くのだから救いようのない双子である。歯ぎしりしつつ、マルコはスーツとズボンのポケットを漁る。だが、あいにくとポケットの中は空っぽだ。
「……チッ。おい、兄弟。カード貸してくれ」
すすの混じった唾を吐いてから、兄は恥ずかしげもなく弟にたかる。
「は? あるかよ。こっちも素寒貧だぜ」
アントニオはアントニオで、サングラス越しに胡乱な目つきでスーツのポケットを裏返す。確かに空っぽで、タロットは一枚も出てこない。
「ふざけんな! もしもの時に備えてスペアくらい用意しておけよ!」
「はあ!? 何でそんなこと兄貴に指図されなきゃなんないんだよ!」
ハグロに馬鹿にされた怒りがまだくすぶっているマルコは、八つ当たりの格好の対象を見つけて弟に食ってかかる。だが、それはアントニオも同じだったようだ。アントニオもまた、マルコをサンドバッグ代わりにして憂さを晴らそうとする。
「あ、あ、兄貴に向かってそ、そ、その口の利き方は何だこの野郎! 年下のくせに偉ぶりやがって!」
「うるっせぇ! ママから同じ日に生まれたくせに年上ぶるんじゃねえよ!」
「ニャんだとー! お前さえしっかりしていればこんなことにはならなかったんだよ! 兄の足ばっかり引っ張りやがって!」
「そりゃこっちの台詞だぜ! アンタが不甲斐ないせいでいつもオレが尻ぬぐいしてばっかりなんだよ! この疫病神!」
「ならお前は貧乏神だ!」
「腰抜け!」
「役立たず!」
「アホー!」
「バカー!」
出るわ出るわ、悪口雑言がサブマシンガンの如くお互いに向かって掃射される。共通の敵がハグロであり、目標がコタローであることなどすっかり忘れ、二人はいきり立った表情でお互いを睨みつけた。
「やるかぁ?」
「やるぞぉ!」
結局、二人は都合が悪くなると腕力に訴えるクズどもである。
怒ったウシのような鼻息を一度吐いてから、二人は腕を振りかぶり自慢の右ストレートを放つ。
「ンがッ!」
「ガごッ!」
それはきれいにお互いの左頬に吸い込まれ、顎の骨を通して脳髄を振るわせる。双子は完璧なカウンターを互いに喰らい、数秒よろける。だが、痩せても枯れてもローマでファミリーの切り込み隊長だった双子である。
「やったなぁ!」
「やったさぁ!」
その一撃だけで、あっさりとノックダウンするわけがない。爆音と白煙を炸裂させ、二人は二匹に戻ってお互いに飛びかかる。
「ニャニャー!」
「フンギャー!」
さあ、こうなると始まるのは現世の鬼灯町で毎日のように繰り広げられている、ただの二匹のネコの喧嘩である。
オレンジの縞々ネコに戻った二匹は、両手でお互いの体を引っ掻いたり組み付いたりしながら、ネコ団子になってごろごろとその場で転げ回る。組み打ちと書くと格好いいかもしれないが、ただの乱闘だ。叫び声さえニャーニャーというネコの声に戻って、二匹はハグロもコタローも忘れて醜い仲間割れを繰り広げる。
さすがにこの醜態は、人目を引いたらしい。それまでキャンピングカーとバイクの爆走に怯えて、遠ざかったり隠れたりしていた化外の住人たちが、徐々に遠巻きにして二匹の喧嘩を見守る。
「この親不孝者がァ! お兄ちゃんはもう絶対許さニャいからなぁッ!」
「ニャにがお兄ちゃんニャあっ! 今日という今日は縁切りするぞぉ! してやるゥ!」
口汚く互いを罵る言葉から、周囲の化外はこれが兄弟喧嘩だと言うことが分かってきたようだ。バイクで疾走する兄弟を見れば双子だと一目瞭然だが、残念ながら今はネコ、それも土ぼこりの向こうに辛うじてネコっぽい姿が見えるだけだ。
「もうやめるニャー。兄弟で喧嘩なんてするもんじゃないニャー」
「そうだそうだ。やめろよみっともない」
近くにいたネコと、カラスの頭を持つ書生姿の化外が言う。そろそろ見るに見かねたらしい。
「やっかましいわッ!」
「田舎モンは黙ってろッ!」
お互いの頬をお餅のように引っ張っていた二匹が、同時に怒鳴った。この時ばかりは、完璧にタイミングが合っている。ついにネコの姿のまま殴り合いを始めた双子に、ネコもカラスも呆れて天を仰いだその時だ。
「どいてどいてー! ちょっと通るよー! 危ないよー! ごめんねー!」
車輪の回る音も騒がしく、何かが人混みを突っ切って二人の修羅場へと乗り込んできた。
「お待たせ二人とも……って、何やってるの!? 喧嘩なの!? なんで喧嘩してるの!?」
驚愕しきったその声に聞き覚えがあり、不承不承二匹はお互いを叩く手を止める。
「鬼灯町の守役が助太刀に駆けつけてみれば、肝心のネコが目的を忘れて仲間割れか。いいご身分だな」
驚き呆れた声に続き、冷めきったシニカルな声もまた聞こえる。白煙と爆音と共に人間の姿に戻った二人がまず目にしたのは、大きなリヤカーだ。車輪には「自走」と書かれた印紙が幾枚も貼り付けられている。




