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女三人寄れば姦しい。ならば二人では?(その2)





「ずいぶん、仲がいいんだな」

「まあね。家の仕事で一緒になることが多いから」


 静香の言葉に、あかねはにこにこと答える。屈託のない輝くような笑顔だ。だが、これくらいで静香は引き下がらない。ここは一つ、決定的な発言が欲しい。


「で、じゃあ、そこのところはどうなのでしょうか。是非教えて欲しいんですが」

「何が?」

「何がって……その、八木沼との仲についてだけどさ……」

「ああ、ノリト君との関係? ううん、全然違うよ。うん。彼氏じゃなくて仲のいい大事な友だち。それだけだけど?」


 あかねはまったく後ろめたい様子もなく、至極当然の顔でそう答えた。


「あっさり言うな……」

「うん。だって、本当のことだよ。別に告白されたこともないし」


 静香はあかねの発言の裏を取ろうと、その顔をのぞき込む。不思議そうな顔で、あかねは彼女の顔を見返した。嘘をついている様子もなければ、隠し事をしている様子もない。


「堂々とそう言われると、信じるしかないか」


 ため息を一度ついて、静香はあかねから離れて歩き出す。


「あーあー、なんだよなんだよ。それじゃあ結局ネコちゃんに嫌われてるアタシがバカみたいじゃないかよー。あかねは何もしなくても呼ぶだけでネコちゃんがやって来るし、アタシだけ仲間はずれかよー」


 そんなに最初は思っていなかったのだが、いざこうやって口にすると何だか惨めになってきた。


 静香がそう言うと、慌てた様子であかねが後ろから付いてくる。


「そんなことないよ。ただ単に、ネコさんたちはびっくりしているだけだって。別に、静香のことが嫌いなんかじゃないよ。そういう風に聞いたから、間違いないってば」


 相変わらず、あかねは妙なことを言ってばかりだ。今日のあかねはなんだか、少しおかしい。


「だから、何で人間とネコが話せるみたいに言うんだよ。アタシをバカにするなー!」


 静香はくるりと振り向くと、さらに大声を張り上げる。


「こんなアタシに可愛いネコちゃんが『ニャンニャン♪』なんて鳴きながらすり寄ってくる確率なんて、いきなり外国の映画俳優みたいな格好いい人とぶつかって出会いが生まれるくらいあり得ませんからー!」


 しかし、彼女が後ろを向いたまま、青信号の交差点に近づいたその時だった。ちょうど交差する道の向こうから歩いてきた人に、静香は背中からぶつかってしまった。


「わっ! す、すみませんっ!」


 慌てて振り返って謝った静香は、正真正銘絶句した。目の端で、後ろのあかねが立ち止まって、口をあんぐりと開けているのがかすかに見える。

 何しろ、そこにいたのはまさに、静香が口走っていた人物そのものだったからだ。違うのは唯一、それが「外国の映画俳優みたいな格好いい人」ではなく「人たち」である点だけだ。静香をその太くてがっしりした肩と二の腕で受け止めたのは、高級そうな黒いスーツを着こなした外国人の青年だった。しかも双子である。


「Hi」

「Chao」


 口から聞こえてくるのは日本語ではない。彫りの深い、いかにも西洋人といった目鼻立ちだ。肩口まである髪の毛の色は栗色がかった金色。恐らく青い両目は、鋭角なデザインのサングラスで隠されている。シャツは胸元までボタンがはずされ、非常に濃い胸毛が露わになっている。よく見ると袖口からのぞく手も同様に毛深い。


「ホ、ホントにいたよ…………」


 あ然とする静香に対し、向こうのあかねは不審そうに目を細めている。人見知りを全然しないあかねにしては不思議な態度だったが、すぐにそんな疑問は消し飛ぶ。静香はずっと、その青年に寄りかかって密着している体勢だったのだ。


「ごっ、ごごごごめんなさいっ! アタシったら、前向いてなくてっ!」


 いきなりこんなずぼらそうな女の子がぶつかったのだ。怒っていても不思議じゃない。制汗スプレーはきちんと使ったけれど、汗臭くなかっただろうか、と心配でしょうがない。逆に青年からは、男性用のコロンと思われる強い香りがした。日本の香水とは違う、なんだか鼻の奥まで染みるような香りだ。


「気にしないでクダサイ」

「そうデス。女の人との出会いなら、どんな形でも歓迎デスヨ」


 双子の青年は、そう言うとにっこり白い歯を見せて笑ってくれた。どうやら、まったく怒っていないようで、静香は一安心した。安心すると、同時に片方の青年の言ったことが気になる。


「あ、あははは。一応アタシたち、中学生なんですけどー」


 さすがにいきなりナンパされたら困る。ましてや相手はすごくハンサムだけど、得体の知れない外国人だ。戸惑った静香の様子を感じ取ったのだろうか。青年はますます顔を笑みの形にする。


「Jokeですヨ。オレのBrotherは冗談ばっかり言って困りマス。ホントに」

「でも、これで場がナゴみました。結果All rightデス」


 おどけてわざとそんなことを言ったようだ。よくよく聞くと、何だか片言なのもちょっとだけわざとらしい。つられて静香も笑ってしまった。あかねの緊張も緩んだように見える。ならば、これでハイさようなら、というのももったいない。せっかくこんなハンサムと話せるんだ。静香はない知恵を振り絞って、言葉を探す。


「ええと、Where are you from?」


 発音も何もかもいい加減だったが、すぐに通じたようだ。打てば響くように返答が返ってくる。


「ハイ。俺は、Italiaから来ましタ」

「えっ、イタリア人なんですか?」

「Yes.出身は、Romaデス」


 だったらなんで英語で受け答えをしているんだろう……とあかねも静香と一緒になって思ったに違いない。


「観光で、鬼灯町に来られたんですか?」

「Si(はい)。ついこの間、ホーズキ町にヤッテ来ましタ」

「Japan、とてもイイ国です。建物、ステキ。お食事、オイシイ。女の子、キレイ。とっても、Prodigioso(すばらしい)な国デス」


 双子らしく、粋のあったコンビネーションで言葉が続いていく。


「じゃあ、じゃあ、えーと、寿司とかどうですか?」


 あかねがそう言うと、青年の片方が目を輝かせる。といっても、しゃれたデザインのサングラスのため、目を輝かせたように思えただけなのだが。


「スシ! ソレ、とってもオイシイです。イタリアでも魚、生で食べマス。ニッポンと同じデス」

「へえ、そうなんですか。知らなかったです」

「Polpo、食べマス。おいしいですヨ」


 片方の青年が聞き慣れない単語を口にする。


「ポルポ?」


 あかねが首を傾げると、青年が説明する。


「エート、手、八本デス。ぐにゃぐにゃしてマス。色は……Rosso(赤)デス」

「もしかして、タコかな?」

「Si! そうデス! タコです! チョット忘れてましタ」


 二人は大げさに両手を挙げると、大きな声で笑う。何とも陽気で、リアクションがオーバーで女性に優しいという、日本人が考えるイタリア人というものを全部押し込んだかのような二人だ。ひとしきり笑うと、青年たちはそろって一歩下がる。


「それじゃあ、失礼しまシタ」


 ミュージカルか何かのような動作だ。


「こちらこそ、旅行楽しんで下さい」

「ハイ。Grazie!(ありがとう)」

「Arrivederci!(さようなら)」


 そう高らかに言うと、双子の青年は静香たちが今まで歩いてきた方向、つまり中学校がある方向へと去っていった。その背中をしばらく見送ってから、はっとして静香はあかねの方を見る。


「出会っちゃった……! ねえ、見た! 本当に会っちゃったよ! どうしよう!」


 嘘から出た誠というか、瓢箪から駒というか、とにかく静香はぶつかってしまったのだ。外国の映画俳優のようなハンサムな男性に。ということは、もしかしたら自分にも「ニャンニャン♪」と鳴きながら近寄ってくるネコが、いつかあらわれるかもしれないということだ。


 改めて静香は二人の顔を思い出す。映画俳優を間近で見たような感じだ。思い出すだけでも、胸がドキドキしてくる。それまで毛深い男の人は苦手だと思っていたけれども、実際に会ってみると全然そんなことはなかった。むしろ野性味さえ感じるくらいだ。やっぱり、ハンサムであることは何よりも偉大である。


「すごくワイルドな美形って感じだよな。うわー、なんだか顔が赤くなってきたー」


 そんな美青年と、ほんの一瞬だけだが密着できたのだ。これで顔が赤くならないはずがない。一人で勝手に盛り上がりつつ、思わず静香は両手を頬に当ててしまった。しかし、ややあって目を開けたとき、彼女はおかしなことに気づいた。


「あれ…………?」


 そこでようやく、静香は正気に戻る。


「あかね――――? どこ行ったんだ?」


 いつの間にか、あかねは姿を消していた。あの二人の青年と共にいなくなった、としか思えないタイミングだ。けれども、静香が何度周囲を見回しても、青年もあかねも、その姿を現すことはなかった。






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