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中学生には荷の重いお話と、早すぎる仇討ち(その2)





 自分でそう言っていて、だんだんあかねは恥ずかしくなってきた。


「ノリト君は自分の責任だって言うけど、それは嘘です。やっぱり、守役の私がしっかりしてなきゃ駄目だったんです。だから、やっぱりごめんなさい。カゲフサさんとジェーニョ兄弟さんの間を取り持つのは、私の役目だったんです」


 改めてもう一度、あかねはおキヌに謝った。ノリトとおキヌの気遣いが、かえってあかねには辛かった。どんなことがあっても、自分が守役の見習いだという事実は変わらない。それなのに、自分は何もできなかった。あかねは自分の頭と要領の悪さに、珍しく自己嫌悪を覚える。さすがにいつもは脳天気なあかねも、今回は責任を感じざるを得ないようだ。


 しかし、あかねにかけられたおキヌの言葉は、変わらず穏やかだった。


「そんな背伸びしたことを言うもんじゃないよ、守役見習いさん」


 語尾に込められた優しさは、どことなく孫をなだめる祖母のような響きが混じっている。


「守役さん、いいや三枝あかねさん。この元跳ねっ返りの馬鹿娘だったネコの言葉をよくお聞き」


 顔を上げたあかねの目に、こちらをまっすぐに見据えるおキヌの顔が写る。


「時の氏神っていうのはね、本当に難しい仕事なんだよ。何しろ、いきり立った二つの勢力がいたとして、その両方の顔を立てるんだ。あたしたちだってそうそうできるもんじゃない」


 時の氏神とは、ちょうどよい時期を見計らってあらわれる仲裁者のことだ。


「良くて一時的な休戦、悪けりゃ火に油を注いで終わりってことだってざらさ。大抵は、余所モンが口を出すんじゃない、って一蹴されて終わりだねェ。これができるお人なんて、それこそ金のわらじを履いてでもそうそう見つからないのが当たり前さ」


 確かに、今まさに犬猿の仲となった二者の間を取り持つのは、そうそうできることではない。


 巧みな交渉力。豪放磊落な侠気。そして豊富な語彙と人生経験。さらにコネや顔の広さも必要だ。これらをどれ一つとしてあかねは備えていない。一応ハクメンにコネがあるのだが、それは言わばジョーカーである。常にハクメンの権力をちらつかせて圧力をかけるのは、調停や仲裁では歓迎されない。ただの親の七光り、虎の威を借る狐が関の山だ。


「だからあたしは、いきなり腕っこきの守役になれなんて無茶なことは言わないよ。安心しておくれ」


 あかねの顔を見て、おキヌはほほ笑む。


「今のあかねさんは、いろんなことを見聞きして、いっぱい経験を積んでいく時期なのさ。あたしたちは、その手助けを喜んでさせてもらうよ。そうして大人になればきっと、誰もが一目置く立派な守役になっているさね」

「本当? 私、ちゃんと守役になれるのかな?」


 あかねの言葉に、おキヌは力強くうなずく。


「ああ、大丈夫。同じ女だから分かるさ。あかねさんは、どこに出しても恥ずかしくない守役になれるに決まってる。あたしが保証するよ」


 おキヌのその力強い励ましに、あかねは顔を輝かせてこぶしを握りしめる。


「そ……そうですよね! 私ならきっとできますよね!」


 ただ、そうなると途端に増長するのが、三枝あかねという人間の性分である。


「あ~あ、何だか心配して損しちゃったみたい。ねえノリト君?」

「知るかよ。その下らん人生が終わるまで言ってろ」


 政治家顔負けの速度で方針を転換したあかねの態度に、ノリトは三白眼を歪めてそう言い放つ。


「そうそう、その意気さぁ。女々しく右往左往して、口先だけはさも責任を感じているようなせせこましい態度は守役さんには似合わないねェ。さっさと嫌なことは明日の糧にして、後はきれいさっぱり忘れちまいな」


 けれども、あかねの手のひらを返すような態度を、おキヌはむしろ気に入ったらしい。


「よし! 守役さんがやる気を出してくれたのなら、あたしだってのんびりはしていられないよ。亭主がいつ起きてきたって問題ないくらい、しっかり組合を切り盛りしておくのがあたしの務めさ」


 生きのいい台詞回しは、まさに姐さん女房だ。おキヌは軽く和服の袖をまくると、肉球を打ち合わせて拍手をする。


「ハンゾー! ハンゾー! いるんだろう? ちょいと出てきな」


 どうやら、ハンゾーをこちらに呼んでいるようだ。恐らく、たった今思いついた何かしらの用事を言いつけるつもりなのだろう。しかし、親分の妻が呼んでいるにもかかわらず、襖の向こうはうんともすんともならぬニャーともニャンとも言わない。


「ハンゾー? いないのかい?」


 おキヌが手を打つのをやめて首を傾げた時、恐る恐るといった感じで襖が開いた。その影からやはり恐る恐る顔をのぞかせたのは、まだ子ネコと言ってもいいくらいに小さなネコだった。特に頭が小さい。明らかに雌のネコだ。飼い猫らしく、大きな鈴の付いた赤い首輪をしている。


「おや、イチゴじゃないか。なんだい?」

「……申し訳ありませんニャ。ハンゾー以下松組のネコたちはちょっと出払っておりますニャ」


 イチゴと呼ばれた子ネコは、耳を寝かせてぺこりと頭を下げる。どうやら街角組合のネコたちは、松竹梅にのっとって松組、竹組、梅組に区分されているらしい。恐らくハンゾーは松組の頭だろう。


「出払う? どういう意味だい? ハンゾーがあたしに断りもなく留守にするなんておかしな話じゃないか」

「ニャ……そ、それはですニャ……その……」


 イチゴの口調はたどたどしくて心許ない。明らかに、自分の分野ではないことを無理矢理説明させられている。多分、イチゴは組合員というよりは、ただの飯炊きやお手伝いなのだろう。


「別にあいさつ回りやお使いだっていうなら、いちいち口を挟む気はないけどさ。一応、聞いておこうかい。どこへ行ったんだい?」

「ニャア……い、言わなきゃ、駄目、ニャ?」


 おキヌの言葉は優しく、詰問する調子は一切ない。けれどもおキヌは、彼女の言葉を信じるならば、かつて般若と呼ばれた女傑だ。小さなイチゴが萎縮するのも無理はない。


「もちろんだよ。…………あ、もしかして…………!」


 なおもイチゴからハンゾーの行き先を聞こうとした矢先、どうやらその行き先に思い当たる節があったようだ。おキヌはぎょっとした顔でイチゴの方を見る。


「ご……ごめんなさいニャ! ア、アタシは止めたんですニャ! でもでも、でもでもでもハンゾーさんたち全然聞いてくれニャくて……!」


 大あわてで弁解するイチゴに何か言おうと、一度おキヌは口を大きく開けた。しかし、それが無駄だとすぐに分かったのだろう。それがどのような文句であれ、彼女が言うべき相手はイチゴではなくてハンゾーだ。すぐにそれが分かったらしく、おキヌは口を閉じると大きくため息をつく。


「やれやれ。亭主元気で留守がいいってのは、やっぱり嘘っぱちだねェ。勝手に子分たちが動いちゃ世話ないよ」

「ごめんニャ、ごめんニャ。姐さんに迷惑かけちゃったニャ」


 かいがいしくちょこちょこと近づくと、イチゴはおキヌの顔を見上げる。上目遣いでじっと見つめるその目に、悪気は一切ない。ただ純粋に困っているだけだ。


「いいよ、イチゴ。子分の不始末はあたしの不始末さ。それより、よく止めてくれたね。偉いよ、お前は」


 やや気の抜けた様子で、しかしそれを取り繕うように、おキヌは手を伸ばしてイチゴの頭を撫でる。厄介なことは事実なのだが、それを表に出さないよう気を遣っている。この辺りは、カゲフサよりもおキヌの方が太っ腹である。


「ねえ、イチゴちゃん。ハンゾー君たち、どこへ行っちゃったの?」


 おキヌの手の感触に目を細めていたイチゴに、側にいたあかねが尋ねた。その言葉に、イチゴは薄目を開けておキヌの方を見る。おキヌが許可するようにうなずいたのを確認してから、イチゴは口を開いた。


「ジェーニョファミリーのところニャ。親分の仇討ちだって言って、さっき松組のみんなで出かけちゃったニャ……」


 ハンゾーはきっと、今になってカゲフサを守れなかった自分を恥じて行動を起こしたのだろう。だがそれは、おキヌの望みとはかけ離れた、火中の栗を拾う行為にほかならない。恐らく、栗の代わりに銃弾がハンゾーに贈られることだろう。






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