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古くは「傾城」あるいは「傾国」。今は「傾ファミリー」(その1)





 ジェーニョファミリーの拠点は、イタリアンレストラン・デルフィーノの異界側にある建物だった。ボスであるジェーニョ兄弟にとっては、自宅から通勤しないで済むのでとても楽な立地だろう。二人が越してくるまではただの小さな家屋だったそこは、潤沢なファミリーの資金を惜しげもなくつぎ込まれ、華麗にして壮大なるリフォームを遂げていた。


 文字通り、異界の一角が完全に作り替えられているのだ。周囲の建物は、京都や金沢の古風な町並みに幻想を加味したような、不可思議な和風のものだ。けれども、ファミリーの拠点は違う。周囲もろとも絵に描いたような洋風、それもイタリアの温暖なリゾート地に建つ、おしゃれな別荘を思わせるデザインとなっているのだ。


 ネコたちが転げ回って喜びそうな緑色の芝生が敷かれた庭の中央には、イルカとトリトンをかたどった噴水があり、常時水を噴き上げている。その隣にあるのはプールだ。三階建ての建物は大きく窓が設けられ、三滝川の方角から差し込む陽光を室内に精一杯取り入れようとしている。日なたに置かれたクッションは、ネコたちにとって最高のベッドだ。


 真っ白な壁には、もちろんしみ一つない。ネコをかたどったノッカーが備え付けられた扉の前には小さな黒板が置かれ、そこにはしゃれた筆記体でこう書かれている。「Benvenuto!(ようこそ)」と。ここは確かにジェーニョファミリーというネコの無法者の拠点ではあるが、同時にあらゆる化外にイタリアの美味を振る舞うレストランでもあったのだ。


 それにしても、ジェーニョ兄弟は拠点を飾り立てることに惜しげもなく資金をつぎ込んだようだ。いくら見栄っ張りとはいえども、まだ二人は鬼灯町の新参者である。それなのに、ファミリーが地盤を固めて一端になる前からこの大盤振る舞いである。イタリアから持ち逃げした資金のほとんどを、この拠点に費やしたのではないかと思えるほどだ。


 ここまで書いてきた通り、ジェーニョ兄弟は決して善人ではない。口から先に生まれてきたかのようなお調子者で、金に汚い野心家であり、しかも見栄っ張りで俗物。おまけに非道で卑怯な一面さえ持ち合わせている。調子のいい時は陽気なムードメーカーに見えるかもしれないが、調子が悪くなれば一転して親でも裏切りかねない危険な二人だ。


 彼らが唯一背中を預けられるのは、鏡に映ったかのようにお互いそっくりに生まれた、実の兄弟だけなのだろう。一卵性双生児であるかたわれだけが、この浮き世で心から信頼できる相手に違いない。だが、それも半ば自業自得だ。ファミリーの金を持ち逃げして高飛びするような本性の兄弟が、身内以外に愛想を尽かされるのも当然である。


 しかし、こんな化外のクズにも美点はある。その一つが、大変に料理が上手なことだ。


「ニャー! とってもおいしそうニャ!」

「これ、全部オイラたちが食べていいニャ? 本当ニャ?」

「すごいニャ! さすがはボスニャ!」


 階下に降りてきたネコたちが、テーブルに所狭しと並べられたカラフルなイタリア料理に、両目を輝かせて跳び上がる。


 ネコたちが大喜びするのも無理はない。子分たちの空腹を満たすために、ジェーニョ兄弟は存分に腕を振るったようだ。テーブルをいくつか連結した特大のそれには、イタリアンレストランで注文できる料理のほとんどがずらりと載っている。ここまで大盤振る舞いをされれば、子分のネコでなくても跳び上がりたくなること請け合いだ。


 食欲をそそる、チーズとトマトの香りがするピッツァ。粉チーズとミートソースのコントラストも素敵なパスタ。宝石のような輝きの生ハム。湯気の立つリゾット。新鮮な野菜を贅沢に盛りつけたサラダ。焼きたてのラザニアなどなど。テーブルの中央には、山盛りのフルーツまである。イチジク、サクランボ、マンゴー。さらにパッションフルーツまで。


 ネコたちが座る席の前には、きちんと皿とナイフとフォークが置かれ、グラスも忘れられてはいない。


「さあさあ、手は洗ったな? 顔は洗ったな? 毛繕いは済ませたな?」

「支度が済んだら席に着け。慌てず騒がず、格好良くな」


 コック帽とエプロンをはずした裸眼の二人が手を叩くと、ネコたちはニャーニャー言いながらそれぞれ自分の席に着く。


 全員が椅子に座った(と言うより乗った)のを確認してから、ジェーニョ兄弟はテーブルの上に乗っていたビールの瓶を取る。とてつもなく気取った、まるでシャンパンを扱うかのような手つきでそれの蓋を取ると、高々と掲げてグラスの中に注いでいく。イタリアの化外が醸造したビールだ。


 二人が注ぎ終わると、一匹のネコが瓶を受け取り、他のネコのグラスにも注いで回る。


「紳士淑女の皆様方!」

「レディース&ジェントルメン!」


 全員の分を注ぎ終えたのを見届けると、ジェーニョ兄弟はぴたりと揃った動きでグラスを手に取り、演説を始める。


「今日はめでたい知らせをお前たちに知らせよう!」

「あのロートルが率いる時代錯誤のおんぼろ組合こと、街角組合との抗争の結果についてだ!」


 一斉にネコたちの視線が、二人に集中する。子分たちから敬愛と期待のこもった視線を向けられて、ジェーニョ兄弟の二人は内心では絶叫したいくらい幸福感に満ちあふれていた。


「俺たちは約束した! ファミリーに付いてくるのなら、栄光に満ちた道を歩ませてやると!」

「そして、オレたちの覇道を阻む奴は容赦しないと!」

「その約束は、先日果たされた!」

「オレたちは、対立していた街角組合の親分を倒し、組合を無力化することに成功した!」


 実質的な勝利宣言に、子分のネコたちは一斉に喜びの叫びを上げる。自分たちが何かする前に、ボスが目の上のたんこぶをあっさりと片づけてくれたのだ。


「すごいニャー!」

「格好いいニャー!」

「ボスさん万歳ニャ!」

「ばんニャーい! ばんニャーい!」


 子分たちの賞賛に、二人は小鼻をふくらませて存分に陶酔する。


 だが、実際はまだ親分のカゲフサを倒しただけだ。おキヌもハンゾーも、いやそれどころか街角組合の構成員は誰一人として欠けていない。二人の勝利宣言は、明らかに早すぎる。カゲフサをあっさりと沈めたことから、すっかりこの二人は調子に乗って乗って乗りまくっているのだ。自信過剰そのものと言っていい。


「だから今日は宴会だ!」

「さあ、食べて飲んで派手にやろうぜ!」

「ジェーニョ兄弟に栄光あれ!」

「ジェーニョファミリーに栄光あれ!」


 二人の言葉に、ネコたちは一斉に応じた。


「ジェーニョ兄弟に栄光あれニャ!」

「ジェーニョファミリーに栄光あれニャ!」


 ネコたちは揃ってグラスを手に取り、掲げる。


「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯ニャ!」


 全員が一斉にグラスの中身を干そうとした、まさにその時だった。軽やかなベルの音が聞こえる。そしてほぼ同時に、玄関のちょうつがいが動く音も。ベルは玄関のドアに取り付けたものだ。つまり、誰かが店内に入ってきたらしい。ここがファミリーの拠点であると同時にレストランであることを考えれば、来客はおかしくない。


 しかし。


「おいタマニャン、俺は言ったよなぁ。玄関に『本日貸切』の札を下げておけって」

「ニャッ!? ご、ごめんニャ。忘れてたニャ……」


 興が削がれたジェーニョ兄弟の兄の方が、不機嫌そうな顔で白黒のネコに耳打ちする。今まさに、自分たちが主人公でスポットライトを浴びていたのだ。突然シェフに戻されるのは腹立たしいだろう。


 当の忘れん坊の白黒ネコは、兄に言われて耳をぺったり寝かせてしまう。


「仕方ねえなあ。だけど、ちゃんと断るんだぞ」

「ニャ? ア、アタイが断らなきゃ、駄目ニャ?」

「イエス。ほら、さっさと行け。ゴーゴー」


 なぜか英語を交える弟の言葉に尻を押され、渋々タマニャンは席を立って玄関に向かう。






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