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街角組合親分襲撃事件についての詳細(その5)





「で、どうするつもりだ? 今この場で手ェついて不徳を詫びるってなら、俺も講和の席につくのはやぶさかじゃねえが?」


 当然続くのは、ノリトの言葉を借りるならば「やりたいこと」だ。果たしてそれは、街角組合をジェーニョファミリーに取り込もうという脅迫か。あるいは、縄張りの一部をもらおうという交渉か、それともただの親交を深める懇談か。


 そのどれであっても、カゲフサの態度は変わらない。まっさきに出た言葉は、相手が徹底的に下手に出るならば交渉に応じようという高飛車なものだ。それも多少はうなずける話だ。何しろ、ジェーニョ兄弟はそもそも、彼の縄張りの中で突然自分たちのファミリーを立ち上げたのだ。ここまでカゲフサが大きく出ても仕方がない。


「はっはっはっは!」

「ははっ! あははははっ!」


 一歩も譲らないカゲフサの態度は、ユニゾンする嘲笑によって迎えられた。挨拶の時にかいま見えた真面目さは再び雲散霧消し、二人は大口を開けて品のない笑い声を周囲に響かせる。笑いつつも、二人は一応あかねの方を気にはしている。もう一枚イエローカードをもらうのは、さすがに嫌なようだ。


「何がおかしい! 挨拶交わしておきながらまたふざける気かい!」


 激怒するカゲフサを尻目に、二人はサングラスをはずして涙を拭く。


「いやいや、親父が若い時分からこう言っていたそうなんだよ」

「そして、オレたちもそれを忠実に守る気満々なんだよ」


 そう言うと、ジェーニョ兄弟はサングラスをかけ、動きを合わせて半ば背中合わせになる。


「親父の金言さ。『あいさつはほほ笑みと共に。そして――――』」


 次の瞬間。稲妻の如き速さで二人の右手はスーツの内ポケットに伸びると、中から抜きはなったものをカゲフサに突きつけた。それはマテバと呼ばれるイタリアのリボルバー、つまり拳銃だ。格好をつけて、わざわざ九十度に傾けた形で構えている。まるで、アクション映画の俳優である。

 突きつけただけで終わることはない。二人は何一つためらう様子もなく、安全装置をはずしたリボルバーの引き金を引く。二度、三度、四度。さらに五度、六度。乾いた銃声が、休憩所の空気を振るわせた。


「『――――別れは銃弾と共に』ってな」


 それぞれ三発ずつの銃弾を顔色一つ変えることなく、ジェーニョ兄弟はカゲフサの巨体に撃ち込んだのだ。


「Arrivederci,Sayo-naraだ」

「八代目石上なんとなかんとかカゲフサさん」


 銃口から立ちのぼる煙の向こうに、かっと目を見開いたカゲフサがいる。アルファベットの「O」の形に口を開け、手を伸ばして二人に向ける。足がゆっくりと持ち上がると、一歩前に踏みだそうとして揺らぐ。そのまま前進することなく、どうとカゲフサは仰向けに倒れた。


「親分ニャァァァァアン!」


 目の前で敬愛する親分を銃撃されたハンゾーが、カードと財布を放り出して駆け寄る。しかしちょっと遅い。もし本当にカゲフサの子分ならば、せめて弾丸からカゲフサをかばって盾になるくらいの気概は見せて欲しいところである。もっとも、のんきなネコにそれを期待するのは無理な話でもあるのだが。


「ハ、ハンゾー…………」

「親分ニャン! しっかりするニャ! 傷は浅いニャ! かすり傷ニャ!」


 肩口の辺りにすがりつくハンゾーを、胡乱な目でカゲフサは見つめる。


「へ……へへっ……このカゲフサ様ともあろう者が……ドジを踏んだぜ…………」


 舌もろれつが回っていない。


「駄目ニャ! ボクたちを置いていっちゃ嫌ニャ! 親分さんがいなくなったら街角組合はおしまいニャア!」


 殊勝なことを口にするハンゾーだが、見方によっては街角組合の経営をカゲフサに丸投げしているとも取れる言い方だ。ハンゾーの言葉にも反応せず、カゲフサは視線を天井に向けて呟く。


「お……おキヌに……すまねえって……伝えてくれ…………」

「分かったニャ! ちゃんと伝えるニャ! だから……だから……死んじゃ嫌ニャァァァアアア!」

「しっかり……あいつを支えて……組合を守……るんだ……ぜ…………」

「もちろんニャ! いっぱいがんばるニャ! 任せるニャ! でも親分さんがいないと駄目ニャアア!」


 泣きじゃくるハンゾーをよそに、カゲフサは震える手を真上に伸ばす。


「くそっ……目が……かすんできやがった……。耳も……よく聞こえねえ……。そろそろ……年貢の納め時だぜ…………」


 なんだか、だんだんわざとらしくなってきた。テレビドラマの最後で瀕死のはずの俳優が、いっこうに死なずに延々と喋って尺を稼いでいるような感じだ。


「男一匹……死ぬまで喧嘩……ひと……す……じ……ニャ…………」


 だが、ようやくカゲフサの台本は終わったらしい。伸ばした手が力なく倒れ、カゲフサは大の字に横たわる。その目が閉じると、もう一度開くことはなかった。


「親分ニャァァァァアン!!」


 再び、申し合わせたかのようなハンゾーの絶叫が上がった。


「ギリシャの異界には、〈モルフェウスの庭園〉って場所がある」


 動きを止めたカゲフサを見下ろしつつ、ジェーニョ兄弟の兄が口を開く。


「そこに生える幻想のケシから精製した、最高級の睡眠薬さ」

「エーゲ海の青い海と白い雲でも夢に見ながら」

「当分の間おねんねしてな」


 そう。二人がマテバを使ってカゲフサに撃ち込んだのは、本物の鉛玉ではなく強力な麻酔弾である。どうやら、異界で取れる特殊なケシを原料とするもののようだ。その効果はてきめん。ジェーニョ兄弟が黙ると、たちまちカゲフサの高いびきが皆の鼓膜を振るわせる。カゲフサは仰向けになったまま、それはそれは気持ちよさそうにぐうぐう寝ていた。


 けれども、その高いびきがたちまち別の音でかき消される。それは、あかねの口にくわえられたホイッスルの発するかん高い音だ。


「反則! 反則でーす!」


 マテバを構えた二人に、あかねはホイッスルを吹きつつカードを突きつける。


「銃なんて使ったらレッドカードです! お二人とも退場して下さいっ!」


 あかねは真顔で退場を勧告しているが、いかんせんちょっと遅すぎる。それをするなら、二人がカゲフサに拳銃を突きつけた時点でホイッスルを吹くべきだったのだ。やはりあかねは詰めが甘すぎる。二人の有無を言わさぬスピードでの実力行使に、完全にあかねはイニシアチブを取られていた。


 けれども、ジェーニョ兄弟は突きつけられたカードを、ごねることもなくきちんと受け取る。それぞれのカードは「星」と「太陽」だ。二人とも、自分たちのしたことが暴力禁止というルールに真っ向から反抗していることは分かっているようだ。そして同時に、もうやるべきことは終えたのだ。退場などペナルティでも何でもない。


「どうやら、とんだ痴話喧嘩に巻き込んでしまったみたいだな」

「悪かったな、せっかくの休日を血生臭い抗争で上書きして」


 二人はそれまでとは打って変わった、文字通りの猫なで声であかねに話しかける。


「だが、これが俺たちの言いたいことだ」

「そして、オレたちのやりたいことさ」

「所詮俺たちは法の陰に隠れて暮らす日陰者。マリア様の慈しみも届かぬ無法者」

「だけどやりたいことがある。だけど譲れぬものがある」

「一国一城の主になって、ジェーニョファミリーここにあり、と知らしめる」

「その気持ちだけは本物さ。胸を張って誇れる名誉だぜ」


 相変わらず、二人とも口だけはたいそうよく回る。巧言令色すくなし仁という故事成語をまさに体現している。


「……だが、女の子の前でいきなりピストルを振り回すのはちょっとやり過ぎたかな」

「悪かったな。怖い思いをさせて」

「それは謝るぜ」

「だけど、これしか方法がなかったんだ」


 しかし、目の前で拳銃を発砲したのはさすがに良心が咎めたようだ。二人は眉尻を下げてあかねに詫びる。


「別にいいよ」


 それに対するあかねの答えは、案外とドライなものだった。


「お父さんやお母さんだったらもっと上手にできたと思うけど、やっぱり私一人じゃうまくいかないな」


 ホイッスルをしまいつつ、あかねは寝ているカゲフサを見つめる。


 そもそも、ジェーニョ兄弟は勘違いしているようだ。あかねのことを、抗争の現場に巻き込まれた一般人くらいにしか思っていないことが言動に表れている。無垢な少女に浮き世の荒事は見せたくない、とかなんとか思っているのだろう。けれども、それは二人の愚かな思い込みに過ぎない。


 以前あかねがしっかり主張したように、彼女はれっきとした化外と人間とを結ぶ調停者、つまり守役である。果たして、二人は分かっているのだろうか。あかねが二人の暴挙に眉一つ動かさないのは、ただ単にお人好しなだけではないことを。彼女が懇意にするハクメンという圧倒的存在に比べれば、こんな争いはただのおままごとであることを。


「――だから、一つお願いがあるんだ」


 続いてあかねが発した言葉に、既に一仕事終えて肩の荷が下りているジェーニョ兄弟は、あっさりと安請け合いする。


「もちろん、何でも言ってくれ」

「ファミリーに仇なすこと以外なら、何でも聞いてやるぜ、お嬢ちゃん」


 二人の肯定の言葉に促され、あかねは自分の要求を告げる。


「ゴミはちゃんとゴミ箱に。出したらちゃんとあった場所にしまう。それに倣って――」


 彼女の指が、床に大の字になって横たわるカゲフサのお腹を指す。


「ちゃんと、カゲフサさんのお家にまで運んであげてね」


 実際、カゲフサの足元では「重いニャ、重たいニャ」と言いつつハンゾーがカゲフサを運ぼうとしているが、まったく持ち上がらないでいる。


「え? でも……」

「その、それは……」


 敵の親分を、しかも自分たちが倒した親分を、敵地のど真ん中にまで運ぶ。そんな無茶を守役から要求されたのだ。二人が口ごもるのも無理はない。だが、それはあかねにとって既に想定済みだったようだ。


「『何でも言ってくれ』って言ったよね。あれ? ジェーニョファミリーのボスって、口だけなの?」


 そう言われたら、ますます尻込みするわけにはいかない。ここであかねの要求を渋ったら男が廃る。


「と、とんでもねえ! やるぜ! なあ兄弟?」

「と、当然さ。ほら、兄貴、そっち持ってくれよ!」


 一瞬の逡巡はどこへやら。二人はきびすを返すや否や、カゲフサの肩口と両足を分担してつかむと一気に持ち上げる。


「ニャー! 待つニャ! 何するニャ~」


 突然の宿敵の暴挙に、ハンゾーが抗議の声を上げるのだが、二人は耳を貸そうともしない。


「いいからいいから、さあ、こいつの家がどこか教えてくれよ」

「オレたちがそこまで運んでやるから、な?」

「アフターサービスって奴さ」

「行くぜ。ジェーニョ宅急便、発進!」

「抜錨!」

「離陸!」


 景気のいいかけ声と共に、ジェーニョ兄弟は熟睡しているカゲフサを持ち上げると、ダッシュで休憩所の出口から外へ出て行った。ノリがいいというか、お調子者というか、あかねの言葉一つでここまでアグレッシブに行動できるのだからたいしたものだ。ただ、その行動一つ一つがあまりにも軽薄なのが難点なのだが。


「そっちじゃないニャ~。こっちニャ~。追いつけないニャ~」

「コタローをおいてかないでほしいニャー! 寂しいニャー!」


 窓から外を見ると、あっという間に二人は遠ざかっていく。その背中を追いかけて、ハンゾーとコタローが四つ足歩行になって走っていく。無事カゲフサは、自宅まで送り届けられるのだろうか。どうにも少々疑わしい出来だ。


「行っちゃった…………」


 しかし、あかねとノリトの心配は、カゲフサの安否ではなかった。二人は顔を見合わせた後、視点を落とす。そこには、無惨にも真っ二つに割れたテーブルがある。


「……このテーブル、どうしよう…………」


 あかねが困り果てた声を上げるのも、無理はない。


 肝心のカゲフサは人事不詳だ。そして、カゲフサの財布を預かったはずのハンゾーは、ジェーニョ兄弟を追って外に走り出てしまった。あかねの目には、しっかりとハンゾーが財布を口にくわえていたのが見えている。深々とため息を一度ついてから、ノリトは肩をすくめてこう締めくくった。


「街角組合のツケってことにしておくか」






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