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街角組合親分襲撃事件についての詳細(その4)





 カゲフサがアロハシャツの袖をまくり上げた瞬間、再びホイッスルが鳴り響く。


「はい! カゲフサさん! またイエローカードです!」

「なんでニャン!?」


 タロットカードを指に挟んで手を挙げるあかねに、今度こそカゲフサは食ってかかる。


「守役さん! なんかおかしくねえか? さっきからなんで俺ばっかり警告するんだよ。不公平じゃねえか!」


 二度にわたる警告に、カゲフサはついにたまりかねたようだ。


「審判に抗議しちゃ駄目ですよ。あんまりひどいとイエローカードもう一枚です」


 対するあかねは、大まじめな顔でタロットをイエローカード代わりにカゲフサに渡す。今度の大アルカナは月に吠えるイヌと、水から上がるザリガニが描かれている。「月」のカードだ。


「おい、ハンゾー。これ持ってろ」


 イエローカードは二枚で退場である。このままでは、ここから退場する羽目になってしまう。それを避けるために、カゲフサは月のカードを側にいたハンゾーに押しつける。


「ニャ? な、なんでですニャ?」


 反射的に受け取ったハンゾーは、困った顔でカゲフサを見上げる。


「馬鹿野郎。親分を身を挺してかばうのは、子分の仕事だろうが」


 なかなか外道な返答が返ってきた。


「ええい、いつからここはサッカー場になったんだ! やりにくいったらありゃしねえニャ!」


 カゲフサは耳の後ろをかきむしる。ジェーニョ兄弟にはからかわれ、あかねにはイエローカードを突きつけられ、踏んだり蹴ったりだ。


「おお、怖い怖い」

「そんなに怒ると寿命が縮むぜ?」

「そうそう、もっと笑わないと。なあ?」

「スマイルはハッピーにつながるぜ?」


 イエローカードとは現状縁のないジェーニョ兄弟は、ふざけた調子のままだ。だが、もはやカゲフサが口喧嘩に乗ってこられるほど余裕が残っていないようなのを見て取ったらしく、説明を始める。


「最初からコタローを泳がせておいて、見事アンタがひっかかった。そういうわけさ」

「コタロー程度の素人じゃ、最初からぼろが出ると思っていたからなあ」

「つまり、コタローは囮さ」

「そういうことさ」


 二人の言葉に、足元で「そんニャ…………」という顔でコタローが固まっている。しかし、目ざとく二人はそれに気づいたようだ。


「ああ、でも昔から言うだろ?」

「キャッチ&リリースって。囮だからといって、切り捨てたりはしないさ」

「その証拠に、ちゃんと来てやっただろ、コタロー?」

「ちゃんとお前を助けてあげただろ、コタロー?」


 そう言われると、確かにそうだ。


「ニャ……ニャン」


 とコタローは、多少首を傾げつつもうなずく。


 そもそも、捕まるや否やあっさりとファミリーの内情を吐きそうになったのはコタローである。自分のことを差し置いて、二人を非道だと非難することはできない。どうにもこのジェーニョ兄弟は、狡猾で子分を子分と思わないような節もあるが、だからといってアフターケアを一切行わない外道なネコでもないようだ。


 恐らくはその中間だろう。基本的にファミリーの子分は大事にするが、時折非道なこともする。良くも悪くも、野心的で手段を選ばないボスと言えるだろう。


「まあ、すべては演出さ」

「そうそう。世界は舞台、人生は芝居だ」

「子分のピンチに颯爽と現れる組織のボス」

「格好いいじゃないか。なあ?」


 ジェーニョ兄弟はお互いの顔を見合わせて笑い合う。どうやら、この二人はかなりのナルシストのようだ。そして、同時にこの一連の行動に深い意味はないことがよく分かる。コタローには可哀想だが、完全に彼は二人の踏み台だ。要するに、コタローが捕まって絶体絶命の時に、映画やドラマのシナリオのように登場したかっただけなのだ。


 格好つけもここまでいくと、もはや迷惑を通り越して一種の執念さえ感じる。


「だから! なんなんだお前らは! ここまで街角組合を、その親分を舐めくさった真似して、ただですむと思ってるのかニャ!」

「思っているさ」

「思っているとも」


 茶番劇につきあわされているカゲフサは、ただ怒鳴るしかできない。完全に二人の思考が理解できないようだ。


「はい! ジェーニョ兄弟のお二人!」


 だが、のらりくらりとかわそうとするジェーニョ兄弟に対して、突如ホイッスルが吹き鳴らされる。


「お二人には、イエローカード一枚ずつです!」

「なんでニャ!?」

「どうしてニャ!?」


 手を出していないのに反則扱いされ、二人の語尾に「ニャ」が付く。


「ここはきちんとお話しする場所です。さっきからお二人とも全然会話する気がありません。だからペナルティです。きちんと日本語でお話ししましょう!」


 これ以上はないほどの正論である。二人にとってはダンディズム溢れる言葉の応酬でも、あかねにとっては「全然会話する気がありません」という風にしか見えなかったのだ。


 例えるならば、鏡の前であれこれとポーズを取っていたナルシストに対して、「それ、全然格好良くないから」と冷や水を浴びせたようなものだ。カゲフサの怒気を浴びても一歩も引かないジェーニョ兄弟だったが、人間の、それもまだ中学生の女の子にそう言われては立つ瀬がなかったようだ。さすがの二人も恥ずかしくなったらしく、黙ってしまう。


「まったくだ」


 それまでよそを向いていたノリトも、あかねの正論で興味がわいたのか、二人の方を見て口を開く。


「話したいことがあるなら、順を追ってきちんと話して下さいよ。やりたいことがあるなら、さっさと手短にどうぞ。三流コントにつきあうほど、俺たちは暇じゃないので」


 あかねよりもノリトの方が、さらに辛辣である。


 あかねは黙り込んだ二人に、容赦なく二枚のカードを渡す。大アルカナはそれぞれ「愚者」と「吊された男」だ。


「はっはっは、ざまぁないぜ。調子に乗りすぎなんだよこの青瓢箪が」


 あかねからイエローカードをもらったジェーニョ兄弟を、ここぞとばかりにカゲフサが挑発する。だがそれだけではない。


「……守役さんもやっと調子が出てきたな。奴らの鼻っ柱が折れた顔、たまらねえなあ。はははっ」


 席に戻ったあかねの耳に、カゲフサがそう囁く。


「あんまりいじめちゃ駄目ですからね」

「分かってるって。ちょいと焼き入れて二度と生意気な口をきけなくするだけだって」


 充分物騒なことをカゲフサは言う。


「ん……じゃ、じゃあ……」

「えーと……その……ゴホン」


 一方で、興が冷めたのか、それとも毒気を抜かれたのか。改まった感じでジェーニョ兄弟は姿勢を正す。


「慈悲深きサンタマリアの名において」

「小鳥に説教した聖フランチェスコの名において」


 二人は息の合った動きで十字を切る。どうやらジェーニョファミリー式の挨拶が始まるらしい。


「父には名誉を」

「母には安寧を」

「友には我が生命を」

「家には我が忠誠を」

「我ら非道をもって非道を越え」

「悪徳をもって悪徳を断じ」

「正義の鉄鎚が下されぬものを」

「血と刃をもって裁くものなり」

「我らこそがジェーニョファミリー」

「我らが法」

「我らが力」

「我らこそがこの家の土台にしてレンガの一つなり」


 それまでの嘲りでにやついた表情と、自己愛でべとついた態度とは打って変わった、まるで祈りを捧げる聖職者のような真摯な態度で、二人は言葉を連ねた。人種(というものがネコの化外にあるのならば、だが)も国籍も異なるが、挨拶にかける真剣さはイタリアも日本も変わらないようだ。


 さて、こうなると黙っていられないのがカゲフサである。それまでの苦虫を噛み潰したような表情は消え失せ、むしろその目はキラキラと輝き始める始末だ。すっとカゲフサは腰を落とし、見得を切る歌舞伎役者のようにして肩をいからせた。相手に負けじとばかりに、その口からは滔々と挨拶の台詞が流れ始める。


「ごめんなすって お控えなすって 手前 家柄姓名紋所 まとめて合わせて発せさせていただければ 名乗らせていただきます 石上は八代目 数は五葉 守るは縁ノ下 名は五郎左衛門 通称景房 街角組合を預からせていただきます 若輩至極の親分にございます 以後どうぞよろしくお願い申し上げます」


 つらつらと、カゲフサの言葉は流暢で淀みがない。立て板に水とはこの事だ。不測の事態に備えて、日々練習を欠かさなかったのだろう。その努力に応えるように、すかさず横にいたハンゾーが、


「いよっ! 親分! 日本一ニャ!」


 と合いの手を入れる。そうなると、ますます増長するのがカゲフサだ。


「はばかりながらこのカゲフサ 若い時分よりおつむの出来より力こぶ 飼い猫様には指一本触れずとも 野良猫に売られた喧嘩は残らず買って買って買い尽くし 目指すは男の中の男 ネコの中のネコ 猫大明神様もご笑覧あれ 桜吹雪にサワラをくわえ 一人歩むは男の花道 雪見に熱燗を一杯引っかけ 猫背で語るは男の美学――――」


 悠々と余韻を残す形で挨拶を終え、カゲフサは姿勢を元に戻す。いかに格好良く、いかに粋に、いかに相手に感銘を与えるような挨拶ができるか。この辺りも、ネコたちにとっては真剣な勝負らしい。喧嘩の前に、背中をふくらませて唸り声をあげているようなものだ。実際、それなりに感銘を受けたのか、ジェーニョ兄弟がカゲフサの挨拶に口笛を吹く。


「……なるほど。それが海の向こうの挨拶かい。変わってるな」


 一方、立ち上がったカゲフサも、ジェーニョ兄弟の挨拶について感想を言う。確かに、日本から出ることのないネコの化外にとっては、イタリアのネコの挨拶というものは未知の文化そのものだろう。


「まあな」

「なかなか、決まっているだろ?」


 白い歯を見せて得意がる二人を、カゲフサは鼻で笑う。


「抜かせ。こぶしが弱いんだよ。こぶしが」

「こぶし? 何で拳骨があいさつと関係あるんだよ」


 首を傾げる兄に、すかさず弟が耳打ちする。


「――兄貴、歌の節回しとかのこぶしだよ、小節」

「あ? あ、ああ、そういえばあったな、そんな言葉が」

「ま、とにかく、だ。これでまずは挨拶は終わり」

「そうそう。以後どうぞジェーニョファミリーをごひいきに」


 二人は揃って両手を広げる。敵意はない、というようにも見える態度だが、あまりにも見え透いていて怪しすぎる。


「おう。まずはのこのこ親分自ら、このカゲフサ様に会いに来た度胸は誉めてやるよ」


 当然のように、カゲフサは二人のあけすけな態度に不審を隠さない。あかねも、やや冷めた目で二人を見ている。少なくともこれで、ノリトの言うところの「話したいこと」は終わっただろう。つまり、ジェーニョファミリーとしての街角組合に対する挨拶だ。控えめに言っても友好的とは言いがたいものだったが、それでも挨拶は挨拶だ。






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