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街角組合親分襲撃事件についての詳細(その3)





 入り口付近の壁に、ちょうど左右対称になる形で二人の青年がもたれ掛かっていた。きざったらしく口にシガレットチョコをくわえ、わざと気怠げなポーズを取ってカゲフサに挑戦的な眼差しを向ける。その高級そうな黒のスーツと鋭角なサングラス。おまけに胸元からのぞく濃い胸毛。間違いなく、ジェーニョファミリーのマルコとアントニオだ。


「はッ! なにが推参仕るだ。海老で鯛を釣るとはこのことだぜ。三下捕まえてもてなそうとしたら、まさか本命がのこのこやって来るとはなあ」


 怒気を隠すことなく全身から発しつつ、カゲフサが椅子と机(元)から離れて二人に近づく。一方その横で、すっかり混乱しているハンゾーが、カゲフサの財布を抱えて右往左往している。


「ボスさんたちごめんニャー! 見つかっちゃったニャー!」


 ニャーニャー鳴きつつ、コタローが二人へと駆け寄る。裏切り者の帰還だが、二人は「黙れこの役立たず!」と足蹴にすることはなかった。


「やれやれ。しょうがねえなあ」

「セ・ラ・ヴィ。人生なんてそんなもんさ」


 とまったく気にすることなく、コタローの頭を交互に撫でる。


「ニャーン。とっても怖かったニャン。でも次はがんばるニャ。チャンスはまだあるニャ。コタローの武勇伝はこれからニャン」


 コタローもまったく悪びれる様子はなく、目を細めている。この二人が部下の失敗に甘いのは、一見すると懐が深いからのようにも見えるが、明らかに不真面目なのがその理由だ。とてもファミリーのボスとは思えない。


「おい、守役さん」


 しゃがんでコタローの耳を軽く引っ張ったり、頬を指先でつついたりしているジェーニョ兄弟を横目で見つつ、カゲフサはあかねを自分の側に招いてから囁く。


「一つここは、運命共同体といこうじゃねえか、なあ?」

「運命共同体?」


 あかねが首を傾げると、カゲフサは喉を鳴らしつつ続ける。


「そうだよ。俺とあんたで、あの高慢ちきな二人組の鼻っ柱をへし折ってやるのさ。鬼灯町の先輩として、生意気な新入りに世間の厳しさってモンを骨の髄まで叩き込んでやろうぜぇ?」


 どうやら、ここに来てカゲフサはあかねを自分の側に取り込むつもりのようだ。守役のバックアップを受けて、ジェーニョ兄弟との対決を有利に進めたいらしい。


「却下します」


 けれども、そのたくらみは水泡に帰する。あかねがあっさりと、カゲフサの提案を蹴ってしまったからだ。


「そんな薄情なこと言わんでな、な? 守役ってのには義理や人情は欠かせないだろ? 義理を欠く、人情を欠く、おまけにもう一つ恥もかく。そんなつまらん守役じゃあ、皆さん付いていかないぜ?」

「私、暴力反対ですから。机をパンチで壊しちゃうような人とは一緒にお仕事できません」


 わざとらしくそっぽを向くあかね。飼い主に叱られているネコが、ぷいっと目を逸らすのとそっくりの動きだ。ちなみにネコが目を逸らす動作は、飼い主を舐めているのではなく、抵抗の意思がないことのアピールらしい。


「ああもう、まったく、本当に守役さんのお人好しにも困ったもんだぜ。なあ、若いの?」


 調子が狂ったらしいカゲフサは、ノリトに同意を求める。


「説得が必要ですか?」


 ノリトはそう言うものの、態度からはやる気のないのが一目で伺える。


「悪いが、引っ込んでてもらおうか。守役一人動かすのに助けがいるほど、落ちぶれちゃいねえよ」

「それを聞いてほっとしました」


 見栄を張って大言壮語を吐くカゲフサに対し、あくまでもノリトの態度は冷たい。表面上は敬意を払っているが、相手がネコなので格下に見ているのが丸わかりだ。それも無理はない。大社はハクメンのみを絶対視し、ハクメンのみにひざまずく。当のハクメンは、それを良いとも悪いとも見なしていないのだが。


 だが、とりあえずあかねの放任主義とも言える平和主義は、歓迎されるべき思考だ。元より彼女は守役の見習いである。見習いの分際で、権力を振りかざしてあれこれネコたちに口出しするのは差し出がましいし、何よりあかねの背後にはハクメンがいる。ハクメンの後ろ盾を悪用して嵩にかかった態度を取るようなら、それこそ鼻持ちならない。


 まったく思い通りにならないあかねに対し、カゲフサは一度ため息をついてから、両腕を腰に当てる。


「仕方ありませんな。それが守役の筋って言うんなら、男カゲフサ、誓って今日は伝家の宝刀、泣く子ネコも黙る鉄拳制裁を封じようじゃありませんか。――――それでいいだろ? なあ?」

「う~ん。それなら一応やってみますけど、私何ができるんだろ? 言っておきますけど、気の利いたこととか無理ですからね」


 カゲフサから腕力による解決を封じる言質を取ったあかねだが、彼の期待に応えられるかどうかは不安らしい。たしかにネコとは言え、中学生に無法者の交渉に立ち会うのは少々荷が重いだろう。


「大丈夫大丈夫。お嬢ちゃんは俺の後ろに控えてな。それで、ここぞって時に啖呵を切って相手をへこませてやるのさ。不言実行、昔かたぎの頑固一徹ってのも男の魅力だが、やっぱり組合背負う親分にもなりゃあ、口も手も上手に使えなきゃいけないんでね。まあ気にするな、流れに任せていこうぜ。アドリブって奴だ」

「アドリブ……アドリブ……。う~ん、難しいなあ…………」


 気安く請け負うカゲフサだが、まだあかねの気掛かりは消えないようだ。一人で何度も首を傾げている。


「内緒のお話し合いは終わったかい? お嬢ちゃん」

「アイドル、おっと間違えた、守役との打ち合わせは念入りに行わないとな、プロデューサー、おっと間違えた親分さん」

「なんといっても、人と化外じゃあセンスも違えばノリも違う」

「オレたち双子のようにはいかないからなあ。リスペクトできなくてごめんな」


 そんなカゲフサとあかねに対して、向こうからジェーニョ兄弟の茶々が入る。


「おう、悪ぃな。つきあってもらって。だが、こっちだってお前らのその気色悪ぃ振り付けにつきあってるんだ。おあいこだろ?」

「やれやれ、俺たちのこの絶妙のコンビネーションが分からないなんて、ほとほと嫌になるぜ」

「まったくだ。審美眼ってものが育ってないよなあ」

「もっと芸術に触れて感性を磨きな。まあ、無理だろうけどな」

「こんな東のはずれの田舎町なんて、古代ローマから続くイタリアの美術の歴史に比べればノミの卵みたいなもんだからなあ」


 揃って小馬鹿にした態度を取るジェーニョ兄弟に、早速カゲフサが耳をピンと立てる。


「てめぇら! イタリアだかシチリアだか知らないが、人様の国を馬鹿にするのも大概にしねえか! その無精ヒゲを残らず引っこ抜いてやるぜ!」


 だが、吠えるカゲフサに対して横から待ったがかかった。突然、鋭いホイッスルの音色が空気を裂く。


「はい! カゲフサさん、イエローカードです!」


 カゲフサが横を向くと、あかねが口にホイッスルをくわえて手を挙げていた。まるでこれでは、サッカーの審判である。


「暴力は禁止ですよ。未遂なのでカゲフサさんはイエローカード一枚です」

「なんでニャ!?」


 思わず語尾に「ニャ」がついてしまうが、それでもカゲフサは突っ込みを入れる。


「私守役ですから。要するに審判だと思って下さいね。いいでしょ?」


 あかねは悪びれる様子もなく、そんなことを言う。


「そんな殺生な。さっき俺とお嬢ちゃんは運命共同体だって言ったじゃねえか」

「もちろん、私とカゲフサさんは運命共同体ですよ。だから、審判の言うことにはきちんと従わなきゃ駄目なんです。ね?」


 一方的にそう通達すると、あかねはポケットを漁る。


「えーとカードカード…………ないか、やっぱり」


 そもそも、ホイッスルを持ち歩いていること自体が珍しいのだが。あかねはどうも、いろいろな小物をアクセサリー代わりにじゃらじゃらと持ち歩く癖があるようだ。だが、さすがにイエローカードやレッドカードまでは持っていなかったようだ。


「仕方ないな。ほら、これを使いな」

「貸すだけだぜ。後できちんと返してくれよ」


 だが、向こうにいたジェーニョ兄弟の兄が、あかねに小さな紙の箱を放り投げてよこした。自慢の運動神経を発揮してあかねはキャッチすると、疑いもせずにすぐに開く。


「トランプ……? 変なの」


 その内の一枚をめくって、あかねは不思議そうな顔をする。そこに描かれているのは、稲妻に打たれた塔と、そこから落下する人々だ。


「ノンノン、タロットカードさ」

「第十六番目の大アルカナ、『塔』だな」

「ふ~ん、ありがとう。使わせてもらうね。はい、どうぞ」


 あかねは二人にお礼を言ってから、そのカードをカゲフサに渡す。


 暗示としてはあまりよくない意味が多い「塔」を、カゲフサは抗議もせずに受け取った。恐らく、カードの意味を知らないからだろう。もし知っていたら、「いやいや、こいつは縁起が悪い。ほかの札を使ってくれ」と言うだろう。カゲフサも、古くからの伝統を守るネコたちの多分にもれず、かなり験を担ぐタイプだ。


「コタロー、とりあえずはここでお別れだ」

「オレたちは大事なお仕事があるから、お家にお帰り」


 そろそろ本題に入りたいのか、ジェーニョ兄弟は足元のコタローに声をかける。しかし、コタローは首を横に振った。


「嫌ニャ」

「ん?」

「え?」


 まさかの否定に、二人は揃って間抜けな声を上げた。


「ボクはまだ何も成し遂げていないニャ。だからせめてボディーガードを務めたいニャ。今度こそがんばるニャ」


 そう言ってコタローは胸を張る。


「おいおいおいおい、泣ける話じゃねえか、なあ?」

「まったくまったく、忠義者の子分を持ってオレは鼻が高いぜ」


 頼りない子分の殊勝な物言いに、二人は袖口で涙を拭う。もちろん、嘘泣きだが。


「ふん。お使いもろくにできない奴が子分なら、どじを踏んだ子分を叱りもしねえ奴が親分とは。仲良しこよしの組合ごっこもいい加減にしろよ、おい」


 目の前で茶番を繰り広げられ、カゲフサが歯をむき出して唸り声を上げる。同じ親分であるカゲフサの目には、ジェーニョ兄弟がどうしようもない軟弱者に写るのだろう。


「はっはっは、部外者に俺たちのやり方を指図されたくはないね」

「そうそう。オレたちは日本式と違って、誉めて伸ばすのがやり方でね。叩いて伸びるのはピッツァの生地くらいじゃないのか?」


 減らず口をたたきつつ、ジェーニョ兄弟は不敵な態度を崩さない。


「それにアンタ、今なんて言った?」

「海老で鯛を釣る、とかなんとか言ってたなあ?」

「いつから、釣り人はアンタだと思っていたんだ?」

「そうそう。自分が海に釣り糸を垂らしている。そう思い込んでいるんじゃないのか?」


 畳みかけるようにして、ジェーニョ兄弟は言葉を続ける。


「なにぃ……?」


 双子の粋のあったコンビネーションに、さすがのカゲフサもうまく口を挟むことができないらしい。どうにも歯切れが悪い。


「ところがどっこい。釣り人は俺たちなんだよ」

「そうそう。エビを放り投げてタイが釣れたのはオレたちなんでね」

「分かる?」

「分かるかなあ?」


 にやにや笑いつつ、二人はカゲフサをおちょくる。


「どういう意味だ! 男ならはっきりと言わんかい!」


 たまりかねてカゲフサは怒鳴る。


「もう勘弁ならねえ! 今ここでスルメみたいにのしてやるぜ!」






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