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街角組合親分襲撃事件についての詳細(その2)





「まったく、胸くそ悪い奴らだぜ。はなっから日本のネコに、日本の組合に、日本の掟に対する敬意ってモンがありゃしねえ。自分たちのやりたいようにやるだけさ。鬼灯町に昔っからあって、先代や先々代が築いてきた伝統に後足で砂をかけるような行為だ。いや、それより悪い。奴らはこの街角組合とこの俺に、真っ向から喧嘩を売ってきたんだぜ」


 不快そのものといった感じで、カゲフサは口をへの字にして閉じる。


「じゃあ、どうします?」


 カゲフサが、ジェーニョ兄弟を非常に嫌っていることはこれでよく分かった。そしてジェーニョ兄弟もまた、カゲフサを心底バカにしていることも。けれども、ここでまた以前カゲフサとマサツナが喧嘩をしたように、鬼灯町で大喧嘩が起こっても困る。


 ネコたちはその喧嘩に半ば困り、半ば楽しんでいるようだが、あかねとしてはあまり放ってはおけない。とりあえずネコたちの喧嘩は流血沙汰になることはないが、これからもそうとは言い切れないからだ。特にジェーニョ兄弟は、イタリアからやって来た海外の化外である。向こうとこっちで喧嘩のルールが違ったら目も当てられない。


「やっぱりここは、ハクメン様に仲裁を仰ぐべきかな。もしカゲフサさんがそう思ってるなら、私相談しますよ」


 あかねは気安く請け負おうとする。あの恐ろしいハクメンを、まるで自分の親しい友人くらいに思っているのがよく分かる口の利き方だ。ハクメンを大社の最奥から呼び出すことを、ちょっと電話を掛けるくらいにしか考えていない。


 そして事実、それがあかねにはある程度可能だからまた恐ろしい。なぜかハクメンは、あかねにだけは妙に甘いのだ。祟リ大蛇として畏れ敬われるハクメンだが、あかねに対してはまるで気のいい保護者のような態度を見せている。普通ならば首が飛んでもおかしくないようななれなれしい態度を示されても、本気には程遠い声音で苦笑いするだけだ。


 もっとも、あかねは自分がハクメンと対等に会話できる、極めて珍しい存在であることにまったく気づいていない。その立場を私的に濫用して、守役としてのし上がろうなどとはつゆほども考えていない。だからこそ、ハクメンはあかねのしたいようにさせているのだろう。


「いや、いい。それは、それだけはやめてくれ」

「え~、でも、ハクメン様ならばジェーニョ兄弟の二人も敬意を払うと思いますよ。やってみましょうよ。ものは試し、って言うじゃないですか」

「お、お嬢ちゃんは守役だから平気なんだろうけどな! ハクメン様と向き合うのがどれだけ恐ろしいのか分かってないだろ!」


 カゲフサは本心から恐ろしそうに、首を左右に振り回す。実際、カゲフサはマサツナと仲違いしていた時、ハクメンの御前に引き出されたことがある。あまつさえ、ハクメンと戦うようにあかねから命じられたのだ。なけなしの勇気と度胸と侠気おとこぎをすべて燃焼させてカゲフサはマサツナと共にその命に従ったが、そんなことは二度としたくないらしい。


 あかねにとっては大きくて立派で素敵なハクメンでも、カゲフサにとっては畏れ多いどころか正真正銘の動く祟リである。そんなものがもう一度こちらの私情に首を突っ込んでこられたら、今度こそ寿命が縮むだろう。子供同士がおもちゃを取り合って喧嘩をしているところに、戦車が120ミリ滑腔砲をぶっ放すようなものだ。


「そうかなあ。じゃあ、ハクメン様はなしで考えなきゃ駄目ですか」

「おう、是非そうしてくれ。今回はハクメン様にお出ましになるほど、俺は困っちゃいないぜ」

「そのわりには、すごく怒っているみたいでしたけど」

「と、とにかく、ハクメン様はなしだ。なし。いいな? OK? オッケー?」

「わ、分かりましたけど…………」


 あかねは自分の案がむげにされたのと、ハクメンに判断を仰げば一番簡単なのに、という二つの不満から露骨にがっかりした顔をする。しかし、とりあえずカゲフサがそう言っているならば仕方がないとばかりにうなずく。それを見て、カゲフサは胸をなで下ろしたようだ。


「じゃあ、どうしましょうか。あ、でも、喧嘩は駄目ですからね。ハクメン様に言いつけちゃいますよ」

「守役さん、そうは言うけどな。こっちとしても顔面にビンタ食らった上に唾まで吐かれて、そのままはいそうですかって済ますわけにはいかねえんだよ」


 ハクメンから話題が逸れたおかげで、再びカゲフサは息巻く。


「そんなの気にしちゃいけませんよ。バカにされたってカゲフサさんはカゲフサさん。街角組合のボスなんだから、もっとどっしり構えていればいいんです。ね? ラブ&ピース。ねっ?」


 あかねのあまりに脳天気な物言いに、ノリトが額に手を当てて「やってられん」という顔をする。


「街角組合のボスだからこそ、売られた喧嘩は買わなきゃならねえ」


 カゲフサはひるまない。


「ここで俺が奴らを放置してみろ。組合の信用はがた落ちだぜ。町はジェーニョファミリーのバカネコどもが、大手を振ってのさばるようになる。組合の子分たちの肩身は狭くなる。街角組合は、縄張りが荒らされても何もできない腰抜けってレッテルが貼られる。ここで退いたら、俺と子分、それに組合の男が廃るんだよ」


「う~ん、難しいなあ」


 あかねとしては、やはりカゲフサの侠気への並々ならぬこだわりは理解できないらしい。それでも、即座に反論はできない。なにしろ、事態を平和的に、しかも双方納得するような形で収拾しなければならないからだ。そんな良案など、あかねの頭では到底思いつかない。


「ところで、一つ聞きたいんですが」


 あかねがない知恵を絞っていると、隣のノリトがカゲフサに向かって口を開く。


「おう、なんだ」


 カゲフサが応じると、ノリトは明後日の方向を指差す。


「あれ、おたくの子分ですか?」


 その指が示す方向には、テーブルの下からこちらをじっとうかがっている、一匹のアメリカンショートヘアのネコがいた。


「ニャッ!?」


 ノリトのヘビのような指に指され、その若いネコの耳が真上にピンと立つ。かなり驚いているらしい。


「いや、違うが……」


 カゲフサは首を左右に振る。


「おい、お前。何してる」


 ノリトがそう言いつつ椅子から立ち上がると、ものすごい勢いでそのアメリカンショートヘアのネコは、近くに立てかけてあったパネルの後ろに隠れてしまった。


「ニャ! ニャ! ここにはネコなんかいないニャ! 見間違いニャ!」


 パネルの向こうから、そんな声が聞こえてくる。おまけに本人は隠れているつもりだが、ぴくぴくと震えている尻尾がこちらから丸見えである。頭隠して尻隠さずならぬ、頭隠してしっぽ隠さずだ。


「見え透いた嘘をつくな。バレバレなんだよ」


 ノリトがパネルに大股で近寄ると、観念したらしくそのネコは姿を現した。耳をぺったりと寝かせ、おまけに尻尾は両足の間に挟まっている。


「ニャ……ニャにかご用かニャ? 手短に済ませて欲しいニャ?」


 ノリトと話したくない、早く逃げたい、と露骨に訴えるネコに対して、あくまでもノリトは淡々と詰め寄る。


「お前、なんでこんなところにいるんだよ」


 三白眼で、ノリトはネコを睨む。


「え、え~と、……そう、運動ニャ! 運動に来たニャ! ボクはスポーツ大好きニャ!」


 口ごもったのもつかの間。そのネコは両手を振り回して、自分が元気なのをアピールする。


「そうか、運動か。ネコにも運動は必要だよなあ」


 ノリトは身を屈めて顔を近づける。


「ニャ……そ、そうニャ……」

「ふぅん……」


 意地悪そうな笑みをノリトは浮かべる。明らかに何か悪だくみをしている顔だが、ネコは目をドングリのように見開くばかりで抗議できないでいる。


「ここは、ゴルフ場だよな。そうだよな?」


 その口が開くと、素っ頓狂な言葉が出てきた。


「ニャ?」

「ゴルフだよゴルフ。お前もやったんだろ? なあ? ゴルフをやらずにどうしてこんなところにいるんだよ」


 なぜか間違ったことをノリトは言うと、しかもそのネコに同意を求めてきた。ネコはちょっとの間首を傾げたものの、すぐに大きくうなずいた。


「そ……そうニャ! さっきまでボクはゴルフをしてたニャ。いっぱいがんばったニャ!」

「へ~え。なるほどなあ…………」


 ネコに合わせてうなずいたと思った次の瞬間、ノリトは一喝する。


「見え透いた嘘をつくな! ここはバッティングセンター! ならば野球をしに来たはずだろうが!」

「ニャーッ!」


 ノリトの大声に驚いたネコは、四つ足歩行に戻るとくるりと背を向け、転がるようにしてその場から逃げようとする。


「逃がすか!」


 けれども、その必死の逃走もノリトにはお見通しだったようだ。彼の尾が槍のようにして突き出されるや否や、ネコの胴体をぐるぐる巻きにして持ち上げる。


「ニャー! 何するニャー! コタローが何したって言うニャー!」


 コタローという名前らしいネコは、半泣きになって身をよじる。


「やかましい! 何だお前は! どこから来た!」


 なおもコタローを詰問しようとするノリトだったが、その肩にカゲフサが手を置いた。


「おい、若いの」

「何か?」

「こいつ、思い出したぜ。たしか作家の爺さんの家に飼われている奴だ」


 あごに手を当てて撫でつつ、カゲフサはぐるぐる巻きにされたコタローをためつすがめつ見ている。


「街角組合の構成員で?」

「まさか。ただの飼い猫さ。だが……」


 ぐっとカゲフサが顔を近づけると、コタローのヒゲが全開になった。


「確かお前、うちの連中に貸しがあったよなあ。結構ツケがたまってるんじゃないのか?」

「ニャッ!?」

「今ここで、払ってもらおうか」

「ニャ……ニャにを……ニャ?」

「決まってるだろ。お前のツケさ。ないとは言わせないぜ」


 さすがはネコとは言え、組合の元締めである。コタローの乱費は、きちんとその耳に入っていたようだ。


「今払えないってなら、これからお前はうちの組合でお遊び禁止にしてやってもいいんだぜ」

「ニャン。それなら大丈夫ニャ」


 カゲフサにそう言われても、なぜか逆にコタローは胸を張る。


 ノリトの尾に縛られた上にぶら下げられた状態のため、まったく得意そうには見えないのが難点だが。


「だってツケは全部ボスさんが払ってくれたニャ。何しろこのコタローは、今ジェーニョファミリーの一員だからニァアアッ! 言っちゃったニャー!」


 コタローは両手の肉球を口に当てるが、時既に遅し。


 その口からは、よりによってここにいる全員が一番聞きたくない「ジェーニョファミリー」の名が出てしまったのだ。


「ようやく尻尾を出したな、このネズミ野郎」


 舌なめずりをするような音を立てて、カゲフサが凄みをきかせる。ご丁寧に、肩を鳴らし指(?)までポキポキと鳴らす念の入れ用だ。


「ごめんニャしゃいニャァァァァアアア!」


 御山のヘビと、町のボス猫の気迫。前門の虎後門の狼とばかりにその間に挟まれたコタローに、もはや耐える力など欠片も残っていなかった。みっともなく両目から涙をぽろぽろこぼして、コタローは命乞いをする。


「全部言うニャ! 言うニャー! だから命だけは助けてほしいニャー!」

「その言葉、本当だな」


 ぐい、とカゲフサがコタローに顔を近づける。鼻と鼻がくっつくほどの近距離だ。


「本当ニャー! 嘘じゃないニャー! 絶対、絶対に本当の本当ニャー!」


 宙づりにされたまま七転八倒するコタローを、しばらくカゲフサは眺めていたが、どうやら得心がいったらしい。


「若いの、離してやってくんな」


 ノリトの方を向いてカゲフサがそう言うと、ノリトは大人しく従った。きちんとコタローを床に降ろしてから、するすると尾がほどけ彼の背にしまわれていく。解放されたコタローは、すっかり腰が抜けているようだ。その場にへたり込んだまま、まだくすんくすんと鼻を鳴らしつつ泣きべそをかいている。


「それで? お前みたいなもやしがジェーニョファミリーの鉄砲玉ってわけかい」


 カゲフサが促すと、ぺたんと座り込んだままコタローは口を開く。


「ち、違うニャ……。ボクはただの見張りニャ。ボスさんが直々にボクを指名してくれたニャ……。だから……いっぱいがんばるつもりだったニャ……。それニャのに……それニャのに……ニャァァァ……」


 自分が情けなくなったのか、ジェーニョ兄弟のがっかりする顔を想像したのか。それともノリトに一喝された記憶がフラッシュバックしたのか、はたまたカゲフサの迫力がトラウマになったのか。再びコタローは、両手の肉球で目をごしごしと擦りながら、小さな声ですすり泣き始める。確かに、見ていて情けないことこの上ない。


 普通ならば、そろそろあかねのフォローが入るところである。前例から予想するならば、あかねがコタローを抱き上げて、ハンゾーのように優しく慰めるアクションがこの辺りで入る。それにころっとやられたコタローが、ジェーニョファミリーのボスやら地所やら構成やら金の出入りやら、ありとあらゆる情報を喋ってしまうまでが王道である。


 だがしかし。ここでコタローにフォローを入れたのは、あかねではなかった。ノリトやカゲフサでもない。ましてやハンゾーでもない。それは…………。


「ヘイヘイヘイヘイ、ジャパンの男はそう簡単に泣かないんじゃなかったのかい?」

「男が泣いていい時は三つだけ。ママが亡くなった時、娘が嫁ぐ時、そして……そして……なんだっけ?」


 休憩所のドアが大きく開け放たれるや否や、安っぽい軽薄そのものな声が響き渡った。


「兄弟、頭のネジが行方不明か? 最後はこれだ、『ワイフに離婚届を突きつけられた時』だぜ」

「そうそうそうだった。さすが兄貴。経験済みは違うよなあ」

「はあ? なに言ってやがる。この俺は万年ドンファンなんだよ。一人の女に縛られちゃほかの子が泣くぜ」

「お、お前らは…………!」


 ネコの手でありながらも、拳を握りしめてカゲフサが席を立った。声にどす黒いコールタールのような怒りが付着している。


「よう、街角組合の親分さん。メジャーリーグからお呼びはかかったかい?」

「リクエストにお応えてジェーニョ兄弟、ここに推参仕る、ってか?」






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