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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目 休暇
98/241

バイオプラント狂想曲 中編

前回のあらすじ


サクラはバイオプラントを修理した。

動かなかった。

つまり修理できなかった。

 私はブレーカーを切ると、顎に手を当てて考えた。

 何が駄目なのかしら?

 テレメーターの情報が受け取れているという事は、配線自体に問題はない。ちゃんと正しく接続され、システムが構築されている。

 なら答えはシンプルだ。

「サン! リリィ! 水道管を全部チェックして! どこかが水漏れしているか、異物が詰まっているわ!」

『おー!』

 二人はレンチを片手に立ち上がる。そして左右に分かれると、要所の水圧計をチェックしてから、レンチで叩いて詰まってないか確認した。私も自分のレンチを取り出して、現場に駆け付ける。そして一番怪しそうな元からある水道管を叩いた。

 問題個所の捜索は一時間を費やし、徹底して行われ水の供給元である貯水施設まで及んだ。そして異常ナシの判断が下された後、私は管理施設に戻った。

「テイク2行くわよ」

 ブレーカーをオン。そして即座に水やりを指示する。私はうんともすんとも言わない植物プラントを見て、コンピューターに拳を叩きつけた。水道管じゃないとしたら、次に考えられるのが駆動系だ。

「水道の開閉バルブがへたっているのかもしれない。チェックお願い!」

『りょーかい!』

 二人はレンチを工具箱に持ち替え、左右に散った。バルブをチェックし、一つずつ手動で開閉する。その作業で植物プラントの放水装置から勢い良く水が出た。という事は水道管に問題はないのは確実だった。

 問題個所の捜索は、45分を費やし徹底的に行われた。そして異常ナシの判断が下された後、私は管理施設に戻った。

「テイク3行くわよ」

 ブレーカーを戻して、水やりを指示する。

 駄目だ。動かない。

 私はコンソールに肘を付き、頭を抱えて蹲った。配線は正しく繋がっている。水道管も正常、バルブも異常ナシ。じゃあ何が駄目なの? やっぱり配線に何かしらの問題があるのかしら……。

 考えを整理しているうちに、いつの間にか私の隣にアジリアが並んでいた。彼女はディスプレイに映る情報を一瞥して苦笑した。

「セーフティを全部切ったのか? セーフティの異常報告がないと、どこに問題があるのか分からんだろ――」

 私が止める間もなく、彼女はおもむろにコンソールに手を伸ばし、全てのセーフティをオンにする。

 バイオプラント内に、警報音が鳴り響いた。

 私は悲鳴を上げる。アジリアは想定外だったのか、背筋をピンと跳ね伸ばし、頭を肩の間にうずめた。

『メインシステムの破断を確認。接続に不正なバイパスが確認されました。フェイルセーフ起動。全ての接続をロックします』

 スピーカーから合成音声で、そのようなアナウンスが流れた。同時にバイオプラントのあちこちから、錠を閉じる様な金属音が響く。そしてダメ押しと言わんばかりに、ディスプレイに洪水のごとく、異常個所の情報が羅列された。

「わざと切ったのよ! 勝手に触らないで!」

 私はアジリアをコンソールの前から突き飛ばすと、急いでセーフティを切った。だがもう遅い。やかましい警報は止んだものの、私が今日敷いた配線は全て供給がストップしてしまった。

 さっきも言ったが、私がしたのはバイオプラントの完全復元ではない。とりあえず動かせるようにしただけだ。セーフティなんていれたら、私の不正なツギハギを破損だと誤診断され、安全装置が全部起動するに決まっているでしょ!

「何て事してくれたのよ!」

 私は手元にあった資料を鷲掴みにすると、苛立ち任せに地面に叩き付けた。

 これにはあの生意気な雌猫も、返す言葉が無かったらしい。態度はふてぶてしく堂々としたままだが、表情は曇っていた。

「すまない」

「すまない!? やかましいわよこのアホ! 謝って済む問題じゃないでしょ!」

「その通りだ……復旧を手伝う」

 アジリアは気まずそうに頬を掻くと、私の工具に手を伸ばそうとした。

 おだまり! そうやってまた邪魔する気なんでしょ! 図々しく私の工具に手を出すんじゃないわよ。私は思いっきりアジリアの手を叩いた。

「余計な事しなくていいからとっとと出ていきなさい!」

 アジリアは叩かれた手を、不機嫌そうに見つめた。やがて口をへの字に曲げると、出口へと歩いていった。

「そうだな。私には分からんもんな~……どうせ馬鹿だからな~……完璧な作業が一時間もまごまごしてる理由なんて――」

 その時、彼女がぼそぼそとこぼした言葉が、私の耳に届いた。

「今何て言ったのよコラァ!」

 地面を強く蹴って、アジリアの背中に飛び掛かかる。すぐに管理施設の外に控えていたサンとリリィが、身体を使って私を引き留めた。私が伸ばした腕は、アジリアの襟首を掴む直前で、虚しく空をかいた。

 アジリアは私の気配を感じて、肩越しに振り返った。

「助けがいらんと言ったのはお前だぞ」

「そりゃ今みたいに台無しにされるからよこのタァコ!」

「それは謝ると言っただろ。名誉挽回のチャンスすらくれないのか?」

「一人で汚名でも挽回してろ! ウガーォ!」

 いいでしょう。こうなったら戦争よ。私は抱き付いてまで邪魔するサンとリリィを引き剥がそうとした。

「ちょっとアジリア! あっちいってよ! 事態に収拾がつかないでよ!」

 サンが悲鳴を上げる。アジリアは二人に抑えられている私を見ると、溜息を一つつく。そして歩く速度を緩めぬまま、バイオプラントを出ていった。

「ちょっと邪魔しないでよ! あなたたちに関係ないでしょ!」

「落ち着けってサクラぁ! アジリアも悪気があった訳じゃないんだよ! サクラも悪いんだぞ! 完璧って言っといてまごついているからぁ!」

 リリィが絶叫する。この薄情な上に裏切り者……完全にアジリアの犬になりさがったか。

 ならば遠慮する必要はないと、リリィを思いっきり撥ねつけようとする。そこでサンが畳みかけてきた。

「待って! 喧嘩はご法度! ロータスの反乱でそう決めたでしょ! ドームポリス内の管理を任されたあなたが、ここで自分を見失っちゃ駄目よ! ナガセの期待を裏切る事になるよ!」

 ぐうの音も出ない正論に、私の身体から力が抜けた。だが怒りが頭の中を、ぐるぐると渦巻いている。アジリアに馬鹿にされたままだから、すぐに追って名誉を取り戻すべきだと、怒りが急かしてくる。だけどそれよりも恐ろしい事がある。ナガセの信頼を失う事だ。

 私は唇をきつく噛み締め、気持ちを落ち着ける。そして二人の肩を軽く叩く事で。もう大丈夫だとをアピールした。

「もう大丈夫。もう大丈夫よ」

 二人は恐る恐る私の顔を覗き込む。多分私は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう。彼女たちはほっとして私から離れたが、気まずそうに視線をそらしてしまった。

「こっちからロック解除できないの?」

 サンが話題を変えるように、管理施設のコンピュータを指した。

「できるわけないでしょ……工員を現場に行かせて、手動で戻させるためのロックよ……」

 これから手動で全てのフェイルセーフを外さないといけない。だけど修理の予定時間はとっくの昔に終わっている。長時間の作業でサンとリリィは疲れている様子だし、本来なら自由時間を楽しんでいるはずだ。彼女たちは頑張ってくれたし、このまま付き合わせるのは忍びなかった。

 私は顔を手で覆うと、二人を追い払う仕草をした。

「解散。続きはまた後日」

 リリィはすぐに私に見切りをつけると、バイオプラントから出ていった。私たちあんまり仲良くないからね。

 サンは残って、心配そうに私を見ている。そんな目で見ないでよ。惨めになるから。

「大丈夫よ。ちゃんとバイオプラントは動かせるようにするから」

 私の言い訳じみた言葉に、サンは首を振った。

「いやそうじゃなくて……大丈夫なの? サクラさぁ、監督の仕事もあるんでしょ? 少しは休まないと駄目だよ。冬まで時間はたっぷりあるし、冬が来たらナガセも帰ってくるんだからさ」

 何をいうかと思えばそんな事。私は顔を覆う手の平を上にスライドし、額に張り付いた髪をかき上げた。

「いつも仕事で埋まってる訳じゃないわよ。休む時間があれば、暇な時もあるわ。その時チマチマやる。それに今は秋。環境を整えるデータ取りに、この時期を逃せないのよ」

「でも私たち、ゼロにいた時と違って随分余裕があるよ。寝るのにシフト組まなくてよくなったし、非常食も武器もある。だからそんなに急がなくてもいいと思う。ナガセが戻ってからゆっくり――」

「それじゃ駄目なの! それじゃ認めてもらえない!」

 私は思わず大声を張り上げた。正直、耐えられないと思う。ナガセが戻られて、またアジリアを贔屓したら。だから今のうちに、成果を出さないといけない。

 口にしてから、私はしまったと口を手で塞いだ。だがもう遅い。サンは口をきつく結んで、痛ましい眼で私を見つめていた。

「そうよ。ゴマすりで悪かったわね。後は私の問題だからほっといて頂戴」

 ばつが悪くなった私は、ヤケクソになって喚く。そしてバイオプラントから出ていくよう、もう一度手を振って促した。

 サンは溜息をつくと、弱々しく首を振った。

「私はサクラじゃなくて、ナガセが悪いと思うよ。サクラの方が頑張って成功してるのに、アジリアを立てようとするからさ。躍起になったり、焦ったり、イライラするの分かるよ」

 思いもよらないサンの言葉に、私は双眸を見開き、彼女を見返した。サンは続ける。

「私はサ。サクラはよくやってると思うよ。模擬戦で助けてくれたの、忘れた事はない。何回間違っても、根気よく付き合ってくれた。忙しいのに時間を割いてくれた。皆口うるさいナガセの手下だと思ってるけどさ。私とデージーはサクラの味方だからね」

「そ……それはどうも。なら私も正直に言うけど、勝てるなんて思ってなかったから。それとさぁ、私を支持してくれるなら、もうちょっとナガセに愛想よくしてくれると助かるんだけど」

 サンは苦笑いを浮かべる。

「はっきり言っとくけど、ナガセのじゃなくてサクラの味方だからね。ナガセが立てようとするアジリアより、断然サクラの方が良いってことだから」

 それはちょっと困った応援だ――と思う。だけど私の頑張りを理解してくれて、それを評価してくれるのは嬉しい。ナガセも私のことを見ていて、頑張りを評価してくれてはいる。だけど今のサンのように、もうちょっと心からの言葉をかけて欲しいものだ。

「アリガトね」

 お礼をするが、虚しさが言葉をかすれたものにした。

「そろそろ再開しようか」

 サンは植物プラントをレンチで指す。私は疲れていたが、自然な笑みを浮かべる事ができた。

「いいって。私の問題なんだから。私一人でやるわ」

「そんなとこまでナガセに似るのは止めてね。これは皆の問題だから。で、何所から手を付ける?」

 サンは私にジト目を向けて、強引にバイオプラントに居座る。私は両手を顔の横まで上げて、やれやれと首を振った。

「嫌になったらいつでも抜けていいからね」

 そういう事なら、サンに迷惑をかけないためにも、早く終わらせてしまおう。サンと並んで図面を覗き、ロックの場所を確認しだした。

 私たちは図面に没頭していたが、不意に廊下が騒がしくなったのに気付く。誰かが雑談をしながら、バイオプラントに近づいているようだ。気になって入り口を見張っていると、パンジーとローズがバイオプラントに入ってきた。二人は作業着姿で、手に工具箱をぶら下げている。

「手伝い。来たぞ」

「早く終わらせて、さっさと寝ましょう」

 パンジーとローズは意気揚々と声をかけてくる。だけどあまり嬉しくない。こいつらはアジリアの取り巻きだから、信用できないのだ。

 面向かって嫌いと言えれば楽なのだが、私は管理者だ。態度には出せない。

「ありがとう。だけどこっちは問題ないわ。今日も一日大変だったでしょう? おやすみ」

 私は二人から視線をそらす。だが二人は笑いながら、ずかずかと私に近寄ってきた。

「そんな。はずない。アジリアがミス。大変。じゃないか」

「接続がロックされて、手動で解除しないといけないんでしょ? 私たちで解除しておくから、二人はご飯を食べてて」

 アジリアは自分の尻拭いに、この二人を送ったらしい。まぁ私と顔を合わせるより、賢い選択だとは言える。だけど余計に疑念は増すばかりだ。アジリアは無理やり修理を手伝うために、わざとセーフティを起動して邪魔したんじゃないのかしら。そうすれば私一人の成功じゃなくなる。ナガセに認められるのを邪魔しようとしているのだ。

 ローズが私の手から図面を取り上げようとするが、渡すまいと持つ指に力を入れた。

「本当に……人手はいらないのよ……」

 頑なに拒む私を安心させるように、パンジーとローズは朗らかに笑った。

「邪険に。するな。私たちのご飯。ここでつくる」

「そうよ。手伝わないと罰が当たるわ。ちゃんとあなたの言う事キクワヨ」

 だからいらないって。私は露骨に溜息をつくと、ローズの手を図面から離させ、彼女たちに背を向けた。すぐにサンが私の前に回り込み、小声で耳打ちした。

「サクラ。そうやって一人で空回りして、カットラス乗り回したでしょ。めちゃくちゃナガセに怒られたの忘れたの?」

 本当に痛いことついてくるわね。その分私のことを理解してくれているってことかも知れない。確かにあの時、私は責任の取れない事をして、皆に迷惑をかけた。あのころと比べたら、私の責任は比べ物にならないほど大きくなっている。同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。

 過去の自分を思い出すことで、一気に冷静になった。また感情的になっている。自省しないとだめだ。

 私は大きく深呼吸を繰り返してから、パンジーとローズを振り返った。

「ごめん。私の態度が悪かったわ。じゃあ手伝ってもらえるかしら」

 二人はさっきの無礼がなかったように、あっさりと頷いてくれた。

「よし。きた」

「任せて。こう見えても手先は器用だから」

 どたどたと廊下から新しい足音が聞こえてくる。どうやらまた誰かが来たようだ。

 ほどなくして飛び込んできたのはピオニーだ。彼女は両手に料理の載ったトレイを持っており、文字通りバイオプラント内に飛び込んできた。

「サァン! サクラぁ! 二人の晩御飯持ってきましたよぉ~! 今日はご馳走ですよぉ~」

 ピオニーは走る速度を緩めず、そのまま私とサンに突っ込んでくる。そして私たちの目の前で、敷いたばかりの配線に足を引っかけた。

 ピオニーが甲高い悲鳴を上げる中、幾つかの配線が根元から千切れる耳障りな音がする。そして彼女が持つトレイは、その手を離れて宙に舞い、真っ直ぐに私とサンの顔目がけて飛んできた。

 視界が黄色いペーストで埋まる。ああ。この臭いと味、非常食のコーンとチーズを使ったシチューだ。確かに滅多に食べられないご馳走だ。それが今私の顔面に塗りたくられ、胸元へとこぼれ落ちている。

「あのぉ~……私に何かできる事わぁ……ありますかぁ……」

 おずおずとピオニーが聞いてくる。急に目頭が熱くなって、私は一筋の涙をこぼした。

「お願いだから……あなたは何もしないで……」

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