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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目 休暇
97/241

バイオプラント狂想曲 前編

 ナガセは帰って来られると、真っ直ぐバイオプラントに来られた。彼は私の手により甦ったバイオプラントを一目見て、感嘆の息を漏らす。それから細部を視察していき、最終的に私の前で足を止めた。緊張で固まる私とは違い、彼は感心と喜びで表情を綻ばせていた。

「素晴らしい。予想以上の出来だ。よくやった」

 お褒めの言葉を受けて、安堵に胸を撫で下ろす。それから何事にも代えがたい達成感が沸いてきた。ああ。私はこのために生きているんだなァ――と、改めて思うのだった。

 褒められたことで、バイオプラント修復の苦難が、じわじわと脳裏に甦ってくる。私は熱くなる目頭を押さえながら、今まであった事をつらつらと口にした。

「ええ。無事こうしてお披露目する事ができましたが、結構大変でした。アジリアがなかなかパーツを届けてくれなかったり、アジリアが作業中に冷やかしにきたり、アジリアが作業員をとっていったり、アジリアがアジリアがアジリアが――」

 一度口を開くと、あの雌猫への不満が洪水のように溢れてくる。仕方がない。私のやることなすことに文句つけて、いちいち邪魔してくるんだから。

 私が愚痴を吐き出していると、不意にナガセが肩に手を置く。そして驚く私の顔を、覗き込んできた。

 真っ直ぐな瞳が、私を捉える。私はその眼差しに心を奪われ、息を飲んだ。しかしそれも一瞬のこと、すぐに我に返り、今の状況ににわかに心臓が高鳴り始めた。

 互いの息がかかりそうなほど、ナガセの顔がすぐ近くにある。しかもいつものしかめっ面じゃない。時おり見せる、人を気にかける優し気な表情だ。

 今、ナガセは私の為だけに、その顔をしてくれている。心臓の脈動がより強まり、頬が熱を帯びた。

 ナガセは一度私から視線を外すと、労わるように肩を撫でた。

「アジリアめ……目をかけて自由にさせたが、ここまで協調性に欠けるとはな……」

 ナガセは落胆したように呟く。そして肩に置いた手に力を込め、私を抱き寄せた。

「俺が間違っていた。やはり俺の相方はお前に任せるべきだった」

 これは――ハグってやつじゃないですか。ナガセが意図的に避けてるあれですよホラ。突然のことに私の頭が真っ白になるが、ナガセは気付かぬまま続ける。

「今まで苦労させたな……これから俺のために働いてくれるか?」

「もちろんですとも!」

 即答。というかむしろその言葉を待っていた。だって私はそれだけの為に、頑張ってきたんだから。これで私はナガセのパートナーになれた。つまり対等の関係という事になる。ってことはアレよね。私とナガセは先生と生徒、上官と部下ではない。オトコとオンナの仲に――

「フヒっ……フヒヒヒヒヒヒ……」

 これが現実になると考えると、笑いが止まらない。

 私は自室のベッドで、等身大ナガセ人形を抱きしめながら妄想に耽っていた。余談だがこの人形、ローズが作ったものだけど出来がいい。あの仏頂面がいい感じにデフォルメされて、子供が拗ねたような愛嬌のある顔になっている。服がライフスキンで固定なのは残念だが、中にいい塩梅で詰め物がしてあるおかげで、抱けば心地よい弾力を返してくれた。おかげでもうこれを抱いていないと寝られないようになってしまった。

 もう少しこれを抱いて妄想に入り浸っていたいが、そろそろ2時になる。バイオプラントの修理の時間だ。

 私はナガセの人形をベッドに寝かせると、名残惜しさを断つためその頬をひと撫でする。そして身支度を整え、資料類をまとめ持ち、部屋を後にした。

 バイオプラントを直せば、食糧事情が一気に良くなる。そうすれば皆の尊敬を集められるし、ナガセの私を見る目もかなり良くなる。今日であんな金髪雌猫の時代を終わらせてやるわ。

 私は気合いを入れるために、両頬を強く張った。

「よぉっし! やってやるわよぉぉぉ!」

 これからはこの私、サクラの時代よ。


バイオプラント狂想曲


 バイオプラントはヘイブンの最上階にある。階をまるまる一つ使った巨大な施設だった。

 時刻は2時30分。集合は50分だから、まだ時間に余裕がある。私はぐるりと室内を見渡して、状況の再確認を始めた。

 奪還当初、バイオプラントは散々なものだった。床には異形生命体の糞が絨毯のように敷かれて、あちこちに奴らの死体が転がっているのなんて序の口に過ぎない。植物プラントは草が伸び放題で、異形生命体に汚染された訳の分からない植物が育成されていたのだ。そして極めつけは中央の食肉プラントである。階下のコントロールルームに貫通する、巨大な大穴が空いていたのだ。無論この穴は甲一号目標のいた名残である。

 この全てが甲一号撃破時の爆風によって、ミキサーにかけたようにぐちゃぐちゃになったのだ。そこら中にこびり付いた肉片、焦げた血、備品と絡み合う気色の悪い植物。これを地獄と言わず、何というのだろうか。

 後始末は、実に困難だった。私はグッと拳を握りしめる。

 バイオプラントは綺麗に掃除された。植物プラントのビニルハウスを立て直し、栽培用トレイを乗せる棚を綺麗に並べた。もちろんトレイの一つ一つに、水と太陽光の配管を設置してある。この作業が一番地味できつかった。

 ちなみに大穴は階下の天井に布を張って、周りを柵で囲っただけである。正直さっさとコンクリートで埋めたいけど、バイオプラント制御端末のケーブルがここに格納されていたのだ。

「今日ちゃんと配線を繋ぎ直して、無事バイオプラントが動き出せば……ようやく努力が報われるわ」

 床の大穴からは、様々な色の配線が雑草みたいに飛び出している。一目見て何が何だか分からない、眩暈のする光景だ。だがどれがバイオプラントの配線かは調査済みである。寝る時間を削って、配線を一本一本地道に辿ったかいがあったというものだ。

 そして2時50分丁度になった。

「サクラ。きたよ」

 サンが工具箱をガチャガチャいわせながら、バイオプラントにやってくる。私が伝えた通り、作業着姿だ。彼女は工具を大穴の縁に置くと、ちょっと不安そうに私を見つめた。

「ねぇ。これすんだら外出許可くれるってホント?」

 何を言うかと思えば。私が約束を破ったことがないのは知っているはずだ。私はその不安を、くだらないと笑った。

「ええ。もちろんよ。装備の使用許可もあげる。キャリアと機関銃のね。それでまるまる一日海で釣りさせてあげるわ」

 もともと肉を食べないローズの為に、魚を捕る計画はあった。でもこういう使い方をするだけで、士気や能率が上がるなら安い。私はナガセからそれを学んだ。

 だけど気を付けなきゃ。私は唇をきゅっと噛みしめた。ナガセに権力をもらったけど、それを振りかざすような真似だけはしない。あの女と違って。

「わぁい」

 私の返事に、サンがばんざいをする。喜んでくれるのは嬉しいけど、遊びで許可したんじゃない事は念を押しておく。

「だけど一定の成果は上げてよね? じゃないと完璧な浪費になるから」

「うん。頑張るよ」

 サンは鼻息荒く頷くと、スパナを両手にはしゃぎだした。

「ごめんちょっと遅れた!」

 次にリリィが、白い包みの乗った台車を転がしてきた。彼女は台車を私の目の前で止めると、額に浮いた汗を拭って一息ついた。

 私は台車の包みをめくる。そこには電力分配器、ケーブル、テレメーター、パイプなど、私が要求した修理に必要なパーツが揃っていた。

 何よ。やろうと思えばすぐ揃えられるんじゃない。それをつまらない意地で妨害するなんて、子供じゃないんだから。

 私は布を叩きつけるようにして戻すと、リリィとサンに用意した資料を渡した。

「さて、人数とパーツが揃ったところで、修理を始めましょうか。これは私が確認した、配線の図面ね。あなたたちの担当の所にマークがつけてあるから、一個一個確認して同じようにつなげていって。ゆっくりでいいから、間違いのないようお願いするわ」

 二人は手渡された資料に軽く目を通す。正直この図面は煩雑極まりない。このバイオプラントの配線と、階下のコントロールルームの配線が、知恵の輪のように入り乱れているのだ。

 リリィは普段こなしている機械的作業のおかげで、戸惑いつつも図面を読めたようだ。「あー」とか、「うー」とか唸った後、「うげぇ。まぁた眼が痛くなるよ」と愚痴をこぼして、大穴の縁に屈みこんだ。

 サンはと言うと、思考を放棄して立ち尽くしていた。

「ごめん。私これわけわかんない」

 正直で宜しい。

「対応する線に目印のタグが付けてあるから。同じ色同士繋げて。だけど中継と分配については、ちゃんとその図面通り引いてね。分からなかったら聞いて」

 サンはそれを聞くと、図面を役に立たないものと言わんばかりに尻ポケットに捻じ込み、大穴から飛び出る千切れたケーブルを、一本一本確認する作業を始めた。こっちはちょっと時間がかかりそう。折を見て補佐しますか。

 さて私も自分の仕事をしなきゃ。自分に割り振った配線を繋げつつ、植物プラントがオートメーションで運用できるようにしなければならない。一番大変で重要な作業だ。これぐらいやらないと、ナガセに振り向いてもらえない。

「ほう、修理を始めるのか」

 ものすっごく、耳障りな声がした。肩越しにバイオプラントの入り口を振り返る。すると鉄扉に背中を預けて、アジリアがこちらにいやらしい視線を向けていた。

「何よ?」

 残念ながら、言葉の棘を隠すことはできない。アジリアは私の敵意をせせら笑う。そして懐からリンゴを取り出すと、服で擦ってからかぶりついた。

「何ってご挨拶だな。せっかく私がパーツを用意してやったんだ。それがどういう風に使われるか気になってな」

「あなたには分からないわよ。お馬鹿さん」

「では天才とやらの手法を、とくと拝ませて頂こうかな?」

 彼女はそう言って、ずかずかとバイオプラントに足を踏み入れる。そして隅に避けたガラクタの山に腰かけると、じっと私たちの作業の観察を始めた。

 構うだけアホらしい。軽く鼻を鳴らして、無視してやる。事前に何度もチェックを重ねたんだ。修理できるのは間違いない。そこでせいぜい待っていなさい。吠え面をかかせてあげるわ。

 私は黙々と作業に没頭する。色タグのつけられた配線を選んで、アジリアが用意したパーツで繋げる。途中私が設計したセンサーや分配器を噛ませて、システムを構築していく。

 こんな事、私にしかできない。むしろ私にしかできない事を、進んでやって磨いてきた。ムカつくけど、確かにアジリアは優秀だ。だけど私も劣らず――いや、従順な分、私の方が優秀なはずだ。これは自惚れじゃない。

 ナガセの為に自分を磨いたのに。

『アイアンワンド……お前はこれからアジリアに従え』

 ヘイブン奪還作戦時の、ナガセの遺言が脳裏に甦る。

 私は手に握るテレメーターを、軋むほど強く握りしめた。

「私の……一体何が駄目なのよ……」

 差別? ナガセに限ってそれはない。それだけはあり得ない。絶対に。この命を懸けて。

 区別? スキとキライの。私にはない物を、あいつが持ってて、ナガセはそれに恋してる。

 それは何?

 生意気さ? ナガセはパギが好きだけど生意気だから苦手だ。気まぐれ? ナガセは柔軟な対応をするが、計画を外れる事を嫌われる。じゃあなに?

 白い肌、輝く金髪――

「サクラ!」

 背後からの大声に、私は飛び上がった。

「何なにナニ!? 一体何なの!? 何がどうしたの!」

 声をかけてきたサンを、大げさな手ぶりで相手する。サンは面食らって瞳をしばたたかせつつ、渡した図面を見せてきた。

「何ってぇ……分からない所があったら、聞いてって言ったでしょ。ここの中継機だけどさ、ハブが二つあるんだけどどっちにつなげるの? 大丈夫? 熱中してたみたいだけど、邪魔だった?」

 サンが心配そうに私の顔を覗き込む。私はぶんぶんと首を横に振った。

「え? そんなことないわよぉ。ごめんよく聞いてなかった。どこが何だって?」

 私は自分の心中を悟られないよう、強引に仕事の話に戻した。

 ナガセのことは好きだ。愛している。ナガセのためになら自分は変われるし、何でもできる。だけどそれは認める事になる。ナガセにとって、ありのままの私に、なんの魅力も価値も無いって。

 事実はとっても辛い。だけどどうしようもない。私が、私を見て欲しいんだものも。

 だから早く、別の人間になろう。こんな私なんか全て捨て去って。

 作業は着々と進んでいき、新しい配線が敷かれていく。電気回線良し。これで電気が供給され、テレメーターの情報を管理コンピューターに送れる。水道管、太陽光ケーブルを外部供給源と接続完了。これも管理コンピュータと繋げて、自動で水やりと太陽光を与えるようにする。

 アジリアは見ているだけで、手も口も出さなかった。まぁ邪魔しなかっただけ褒めてあげましょう。それよりアジリアの取り巻きが、しばらくしたら見に来たのが問題だ。あいつら分かりもしないくせに何をしているのか聞いてきたり、ヤジを飛ばすから性質が悪い。何が「ナガセに対するゴマすり」よ。ナガセに良くしてもらってるくせに、恩を仇で返している寄生虫どもに言われたくないわ。

 四時間後、作業が終わった。私は額の汗を拭うと、手伝ってくれたサンとリリィに微笑んだ。

「ありがとぉ~これで完了よ~!」

 サンは細々とした作業や、配線を繋ぐことには役に立たなかった。だが気配りができるので、パーツを運んだり工具を渡したりと、良いサポートをしてくれた。彼女はオイルまみれになった両手をぼーっと見つめて、「大したことじゃないよ」とだけ言った。リリィはかなり頑張ってくれた。大穴と言う作業現場において、彼女の小柄な体は大いに活躍したのだ。ぐったりと仰向けに寝て、足を振る事で私に返事をした。

「じゃあ早速試運転といきましょうねぇ~」

 私は両手をすり合わせると、意気揚々と管理施設に足を向けた。道中、アジリアたち野次馬の姿が視界の隅に見えた。アジリア以外の子たちは、飽きてこの場から去るか、ガラクタに埋もれて眠りこけている。ただアジリアは、来た時と変わらない姿勢で、じっと私のことを見つめていた。きっと私がミスするのを待っているのだろう。

 そこで指をくわえていなさい。見せてあげるわ。私があなたより優れている証拠を。

 管理施設のブレーカーを上げて、コンピューターの電源を入れる。それからバイオプラントの管理プログラムを呼び出した。私がしたのはバイオプラントの完全復元ではない。とりあえずの起動だ。プログラムは次々に異常を感知して、エラー報告を吐き出していく。やれ自己機能診断に必要なセンサーとリンクしていないだの、メインシステムが落ちて不正なサブバイパスと接続されているだの、どっかの雌猫みたいにグチグチ嫌味をいって、セーフティロックをかけようとする。これじゃ何もできない。黙れアバズレ! 私が設計した完璧な配線に、問題なんてあるはずないのよ! セーフティを全部オフ。これからは私の出すコマンドに従う事ね! 新しく配置したセンサーの情報を受けとらせ、今育てている植物に適した育成スケジュールをインストールした。

 植物プラントの太陽光ケーブルが、一斉に光を放ち始める。テレメーターからはどんどんビニルハウス内の情報が送られてくる。温度に湿度、照度を表すルクスまで。ついでに屋上に溜めた雨水と、太陽光パネルの挙動まで管理できる。全部うまくいっている。そしてここまで十分かからない。さっすが私!

 私は得意げな笑みを浮かべつつ、ライフスキンの時計を覗き込んだ。

「これで万事オッケーよ! さぁ今は17時46分! あと14分で、午後の水やりがオートで実行されるわ!」

 サンとリリィが拍手をしてくれる。アジリアも無表情だが、わざとらしい拍手を送ってくれた。誇らしい気分だ。きっと胸中では歯ぎしりをしているに違いない。

 さぁて。ナガセが帰られるまでに、出来る事は全部しておかなきゃ。まず食糧生産を増やすのはもちろんのこと、植物が最も育つ環境を研究しないと。これから毎日、温度や湿度、ルクスごとの成長記録とらなきゃ。そうそう、遺伝子補正した作物も試したい。アジリアの担当だから、また催促しなきゃ。

 私はボードを取り出して、バイオプラントの今のコンディションを仔細に記録する。今の環境と消費電力を記録にとって、それが大きく変動したら故障の兆しだ。バイオプラントのセーフティは切っているから、これで故障を見つけるしかない。

 時間はあっという間に過ぎていき、問題の18時が訪れる。私はペンを持つ手を止めて、ビニルハウスに視線を注いだ。釣られて休んでいたサンとリリィ、そしてアジリアも、バイオプラントに視線をやる。皆でパイプから水が出るのをじっと待った。

 出ない。

 おかしいわね。私は小首をかしげる。

「サクラ。出ないよ」

 サンが植物プラントを指さす。

「ちょっと待ちなさい。ここのコンピューターはアイアンワンドからも独立しているでしょ。だからきっと私たちの時計とずれているのよ」

 管理コンピュータを弄り、隅っこに小さく表示されている時間表示を見る。

 うん。18時3分だ。

「一回電気落とすわよ!」

 私は真顔になって叫んだ。

 ちらとアジリアの方を見る。あいつ、必死で笑いを堪えて、物凄く不細工な顔になっていた。

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