ナガセの発見
陽光が瞼を通して、瞳に差し込んだ。
俺は微睡から覚めて、大きく伸びをする。そして今いる場所から、周囲を見渡した。
眼下には波のようにうねる森の波があり、地平線の彼方まで続いている。それは我々の本拠地ヘイヴンと、衛星を攻撃した勢力のいるAEUドームポリスを隔てている森である。その中でひたすら、散布したaceLOLANを見つけ出しては、偽装と親機設定を繰り返しつつ海側へ進んでいた。
俺はデバイスが受信する信号を元に、山側から回り込む形で、森林に侵入し、海へと抜けるルートを選んだ。山から全貌を確認し、そして森に入って送受信機を確認し、それから海で前進基地のロケハンをしようということである。
あくびを噛み殺しつつ、水筒の水をちびりとやる。そして未だにぼんやりとする頭で、任務の遂行具合を再確認した。
「え~と……予備のオストリッチはヘイヴンとAEUドームポリスの中間地点に隠して、リカバリーポイントにした。親機設定も順調、今ひぃ……ふぅ……みぃ……十八基目か。これぐらいだと、冬が来る前に全て終わり、AEUを偵察する余裕もできそうだな」
ここで酷く憂鬱な気分になり、大きなため息を吐く。そしてつらい現実と直面するため、デバイスに視線を落とした。
俺はaceLOLANの通信網を確認する。我々と奴らの土地の間には、aceLOLANの送受信機が星のようにちりばめられ、蜘蛛の巣の如く相互に連絡を取り合っている。そしてネットワーク内に入り込んだ異物を、赤い光点にして表示していた。
森の中央に、大きな反応が一つ。大きさはゼロ・ドームポリスよりやや大きく、動く気配はない。
最初は気象の乱れか、故障した送受信機によるノイズかと思ったが、反応に変化がない事からすると、違うようである。となると、敵の前線基地の可能性が高い。
現場はここから近かった。
「触らぬ神に祟りなし――下手に刺激せず、こちらの準備が整うまで放置したいところだが――向こうが放っておいてくれるとは限らん。最低限の情報収集はすべきだろう。どこまでするべきかが問題か……」
ぶつぶつと独り言を繰り返し、思案に暮れる。仮に基地だとすれば、もう一刻の猶予もない。冬を控えた今、敵は短期決戦を仕掛けてくるだろう。そして基地があるとすれば、攻勢は既に始まっているのだ。
「aceLOLANを使って、情報資料をヘイヴンに送るか。これなら仮に俺が帰れなくなっても、彼女らが対策を立ててくれるだろう。いくか」
俺は偵察することを決心して、樹上から飛び降りた。
オストリッチに跨り、森の中を慎重に駆け抜けていく。何が待ち受けているか分からん。現地には風下から向かい、一キロ圏内に入ってからはオストリッチを降りて移動した。
目的地が近づくにつれ、俺の心音が高鳴っていく。果たして待ち受けているのは、領土亡き国家なのか、それともAEUの人間なのか。どっちに転んでも、あまり嬉しい状況ではない。
危険な接触になる。
俺は森の茂みに身を潜め、匍匐前進でレーダー反応のある場所を観察した。そこは大樹が乱立しており、とても野営地を構える余裕などなさそうだった。木々はどれもが齢100以上を数えていそうな立派なもので、直径20メートルはある幹を、地に深く張った根で支えている。一瞬偽装を疑ったが、不審点はなかった。
やはりノイズか? しかしあんなにでかい虚偽標的、アルミのパラシュートが枝にぶら下がりでもしない限り、映りそうにないんだが。
ひょっとしたら、俺をおびき寄せる罠かも知れない。にわかに不穏な雰囲気を感じて、背中を冷や汗が伝った。
俺は威風堂々と天を衝く大樹を目で撫でながら、そっとこの場を後にしようとする。その時、大樹の根で何かが、光を反射している事に気付いた。
まさかと息を飲み、双眼鏡を取り出す。そして遮光フィルタ越しに、光を反射する物を覗いた。
それは白い滑らかな外壁で、表面にはキリル文字が刻印されている。どうやら大樹の根元に、何かが埋まっている様である。慎重に大樹の周囲を回り、あらゆる角度から観察する。大樹は合計で三本、少しズレはあるものの、縦一列に並んでいる。そしてどうやらその真下に、小型のドームポリスが、身を横たえているようだった。
待ち伏せ(アンブッシュ)の心配も無さそうだ。俺はそろりと茂みから出ると、大樹の根元に屈みこんだ。ドームポリスは大樹に押しつぶされて、どうやらほとんどが地中に没してしまっているらしい。見えるのは根の隙間から覗く外壁だけで、更にその根が邪魔をして近づくこともできなかった。
ひょっとしたら、中に人が閉じ込められ、助けを待っているかもしれない。俺は諦めずに大樹の周りを、どこか近づける場所はないか探した。すると大樹の根の一部が、不自然に弱っているところがある。そこは根が不自然に、左右に反れてアーチを描き、木の根の洞窟を産み出していた。
毒ガスかも知れん。俺は洞窟のアーチの上に立ち、持ってきた検知器を真下に垂らした。中では風が吹いており、検知器がゆらゆらと揺れる。警報が鳴る気配はない。引き上げてセンサを確認すると、高温の風が中から吹き出ているようだ。
俺は洞窟の前に飛び降りる。すぐに洞窟から噴き出す生ぬるい風が全身を覆う。同時に聞き覚えのある、送風ファンが回転する小さな金属音が耳朶を打った。
「排気装置……これで植物を枯らしているのか? 閉じ込め予防……?」
洞窟内は暗くて何も見えない。俺はライトとモーゼルを取り出すと、それを構えて洞窟内へ入っていった。ライトが闇を円形に切り取り、内部を断片的に浮かび上がらせる。中は天井も根、壁も根、床も根という、大自然の珍しい洞窟となっている。そして奥の方から、生ぬるい風が吹き付けていた。
やがてライトの光が、突き当りである白い外壁を闇から引き上げた。外壁を懐中電灯で撫でていき、入れそうな場所を探す。そして『OPEN HERE』と刻印された、黄色と黒のストライプ柄の壁を見つけた。その壁と他の壁の境目は、深いスリットが入っている。ここから風が噴き出ているようだった。
「ここから開けろ……だと? さてはこいつ、ドームポリスじゃあないな」
何かの保管庫に違いあるまい。大抵中に保管しているのは、工場か兵器、それか資材だ。
俺は壁の隅から非常開放ボタンを探り出し、強く押し込んだ。壁の内側で火薬が爆発する。壁を固定するボルトが吹き飛ばされ、壁は剥がれ落ち、その向こうにドアが姿を現した。中央にハンドルのついた、エアロックへの入り口である。ハンドルにはワイヤーでしっかりと、カーボンナノシート製の手紙が結わえられている。
曰くそこには、
『我が友よ。共に新しき歴史を歩もう。約束された、約束の地に、約束されたものを。ユートピアへようこそ。ユーラシア共産主義共存体』
とあった。
これは嬉しいサプライズだ。ECO(ユーラシア共産主義共存体)はユートピア計画で、環境再生後の世界での食糧難に備え、総合バイオプラントの開発を担当していた。どうやらこの施設はその一つのようだ。どうやら時間の経過と共に、大地に呑まれてしまったのだ。
俺はドアのハンドルを指でなぞる。ちゃんとそこには、シリアルナンバーが打刻されていた。
「シリアルもちゃんとある。ヘイヴン内の情報で、照合できるかもしれん」
思わず顔がほころぶ。偵察で出てきたが、思わぬ拾いものをしたな。
「これを交渉材料にすれば、AEUの連中とも交渉の余地があるかもしれんな。もう食うのも困らんくなる」
どうするべきか。先に入ってみて、様子を見てきた方が良いだろうか? だが俺一人では動作確認はできんし、木のせいで持ち帰る事もできん。それに下手に動かして、AEUの連中に気付かれるのが怖い。連中とこれを巡る事で、交戦の危険性が増す。
「横取りされると困る……皆と合流するまで、保留すべきだな」
外目に分からないよう、偽装工作だけ施しておくか。この洞窟の入り口を隠し、レーダーに映らないよう、木の根の隙間を土で埋めてしまおう。
「っと……その前に」
俺はライフスキンの胸元を捲りあげ、カメラをエアロックに向けた。
「ハイ。チーズ」
吉報はあいつらにも知らせてやらんとな。
*
はえ~。今日のご飯さんどうしましょう~。
私は食堂で包丁片手に悩んでますぅ。だって結局メニューは、注文さんじゃなくて、献立さんになっちゃいましたからぁ~。皆さん自分の好きなものしか食べないんですもの~。
サクラとアイリスからぁ、栄養バランスのいい献立は手元にありますぅ。ですが馬鹿正直にこのまま出すとぉ、他のみなさんぷんぷん怒りますからねぇ~。しかもサクラとアイリスじゃなくてぇ、私にですよぉ~。酷いですねぇ~。
いい考えが出ないまま、うんうん唸っていますと、廊下が急に慌ただしくなりまぁす。足音さんドタバタ、まるでマシラが出たような騒ぎですぅ。気になって廊下さん出ると、ちょうど食堂を通り過ぎようとするリリィと鉢合わせましたぁ。
う~ん。こんな騒ぎは滅多にありませんから、何が起こったか限られているはずです~。皆さんこぞって私のこと馬鹿にしますからぁ、ここは一つ当てて見せて、日頃の汚名挽回と行きましょう~。
私はリリィを捕まえて聞きましたぁ。
「またリリィが排水溝に挟まったんですかぁ?」
リリィはまず驚いたように目を丸くします。それからムッとすると、引き留める私の手を乱暴に振り払いましたぁ。
「またって何だよまたって! つーか私目の前にいるでしょ! ンな訳なかろうがァ!?」
はずれの様です。なんではずれただけで、そんなに怒るのでしょうかぁ? リリィカルシウムが足りてないようですね、虫さんのふりかけ、内緒で追加しておきますねぇ。
でもこれが違うとなると~、
「はえ~……ひょっとしてまたロータスの反乱ですか!?」
途端に、脳天に雷が駆け抜けましたぁ。誰かさんが私の頭を、思いっきり殴ったようです。顔をあげますと、ロータスが凄絶な表情で私を睨んでいましたぁ~。
「冗談でもヤメロやボケ。アタシの生活環境一変するだろうが――ってそれどころじゃねぇ!」
リリィとロータスは私に見切りをつけると、足をもつれさせながら走り去ってしまいました。
はえ~……皆さん失敗に厳しいですねぇ~……クイズ大会とか開いたら、死人が出るんじゃないでしょうかぁ~……。
ぽけ~っと後姿を見送っていると、誰かさんが今度は背中を叩きました。今度は優しく、注意を引くようにです。振り返ると、マリアがいました。彼女は喜び半分、恐怖半分といった感じの、何とも言えない表情をしていましたぁ。
「ピオニーも来なよ! ナガセから通信が来たってさ!」
「はえ!? 何でそれを言ってくれないんですかぁ! ナガセの事なら私も心配していたんですよぉ!? 私寝坊さんしてお見送りできなかったんですからぁ! 心残りもたくさんあってぇ!」
私は包丁を放り出して、わたわたと廊下を走りましたぁ。そして階段の踊り場に来たところで、ヒタと足が止まります。
あれ~? 皆さんどこに行ったんでしょうかぁ? そもそも通信ってどこに来るんでしたっけ?
とまる私の背中を、もう一度マリアが叩きますぅ。そして登り階段に足をかけつつ、私に手招きをしました。
「サブコントロールルーム。アイアンワンドのいるところ。早くいくよ!」
私はマリアの後を追って、サブコントロールルームに向かいますぅ。その道すがら、彼女はぼそぼそと、不安そうに呟きましたぁ。
「旦那さぁ、張り切るのはいいんだけどさァ……喧嘩腰でジンルイに相対してなきゃいいけどさァ……また敵を作ってないかねェ――」
まぁたそんなコト。皆さんナガセのこと怖い怖いと言ってますけどぉ~、ちゃんとルールを守ればプンスカしたりしないんですからねぇ~。悪い子が悪い事して、お仕置きされたってぇ、それは仕方ないんじゃないんですかねぇ~。
サブコントロールルームでは、日直を除くほとんどの女の子たちがいましたぁ。皆さん部屋の入り口で張り付いて動かず、緊張に凝り固まった表情でじっと柱型コンピュータを見守っていますぅ。どうやら怖がってるみたいですねぇ。
そんな彼女らの視線を背中に受けて、サクラがコンピューターに噛り付いていますぅ。その周りをアカシアが、一喜一憂と言った感じでうろちょろしていましたぁ。
しばらくするとサクラはキーボードを打つのを止めましたぁ。したり顔で、コホンと一つ咳を払いました。
「どじゃーん! ナガセからの吉報よ! 心して見なさい!」
サクラがばっと諸手を広げると同時に、室内の照明が落ちますぅ。そして壁面をモニターにして、この島の地図が映し出されましたぁ。
女の子たちが騒めく中、地図上のヘイヴンから赤い矢印が伸び、北の方へずんずんと進みましたぁ。どうやらこの赤矢印が、ナガセの歩いた軌跡のようです~。矢印は途中で動きを止め、その先々で撮った写真を、次々に映し出しましたぁ。
サクラは赤矢印をレーザーポインタで追いつつ、送られてきたメモを読みながら、表示された写真を説明し始めましたぁ。
「ナガセはまず西の山に登り、そこから北の森全体を偵察しました。そしてそのまま東に向かい、探索をしつつ海に向かっているようです!」
アカシアが「お~!」と感嘆の息を漏らします。固まっていた女の子たちも、未知なる外の写真にはしゃぎだしましたぁ。見たことの無い動物や、魚がたくさん取れる湖、変な花を咲かせる植物などに、目を輝かせていますぅ。
そんな中、ロータスが青い顔になって、いきなり喚き出しましたぁ。
「嘘だ! ンなはずねぇ! これは嘘情報だ! だってアタシは! その……おかしいだろ! 誰がマシラの手ェぶっとばしたんだよ!」
訳の分からない事を言って、感動さんをぶち壊すロータスを、サクラとアカシアが睨みつけましたぁ。
「ちょっとー! ナガセの頑張りにケチつけるんじゃないわよー!」
「そうだよ。それにマシラの手って……それ何の話?」
アカシアに突っ込まれてぇ、ロータスは口を手で押さえて黙り込みます~。そして混乱して、頭を抱え込んでしまいましたぁ。
「え……いや……その……お前には関係ねぇ! え……ええ~?」
「どうしたんですかぁ? お化けでも見たような顔してますけどぉ」
気になって、ロータスの顔を覗き込みます。彼女は目を白黒させて、物思いに沈んでいましたぁ。
「お化け……ハッ!? もしやあのチ○ポ野郎二人いやがるのか……? アタシをボコったクソヤロウと、皆に激アマのションベン小僧と……え? でもいつすれ違ったんだ? ン? 怖い……何か怖いぞ!」
はえ~……これは何かよからぬことを考えていそうですねぇ~。後でサクラとアジリアにちゃんと報告しておきましょう~。
「そしてこれが大発見! とくとご覧あれ!」
サクラが一際大きな声で叫びましたぁ。私の視線はロータスから、モニターに移りますぅ。
そして、そこにでかでかと映し出された、金属の扉を見てしまいました。
私の周囲で騒めきが巻き起こりますぅ。「すごぉい! 新しい建物だ」「えぇ~。今度はあれ取り戻すために戦うの~?」「人類いたんじゃない? もう戦わなくていいんじゃない?」女の子たちは好き勝手に喋ります。サクラはそれらを的外れだと一笑に伏し、扉の詳細を説明しましたぁ。
だけど私の耳には入って来ませんでした。私の意識は、写真に吸い込まれてしまったからです。それも写真にある扉にではありません。その扉の向こうにある、『何か』に釘付けになっていました。
あれぇ~……何かあの建物さん見たことありますぅ~。確かご飯さんたくさん積んである建物ですぅ~。あれ? 作れる奴でしたっけ? 確か二つ。作れる奴と、たくさん積んだ奴の二つ。何かが違う。決定的に違う。
なんだか頭さんゾワゾワして、変な考えが浮かび上がってきました。
う~ん……う~ん。
私の知らない変な思い出さん出てきますぅ。これ私の思い出さん違いますぅ。正直思い出したくありませぇん。ですけど、出てくるのが、止まらない――。
私の知らない思い出さんで、私は椅子に縛られてて動けませんでした。唯一見える手は、ライフスキンさん纏ってます。それも他の女の子たちが着てる奴じゃありませぇン。ナガセがここに来た時に着てた、紋章の付いたエラソーなあれですゥ。わ。でも私の紋章の星! ナガセのより多くてぴかぴかです! なんか誇らしいです!
誰かが囁く。私の耳元で。
『麗虎。私は言った。貴様だけは殺したくないと。言ったのだ』
知るか。このような事を考えた奴が、人並みの慈悲の心を持ってると? 笑わせるな。
『積荷を知ったか? ああ、答えんでいい。知ったかもしれない。それだけで十分に死に値する。残念だ。本当に残念だよ』
カタリと、トレイの上で、注射器を転がす音がする。殺さずに廃人にする気か? お優しい事で。
『だが私は、貴様を殺したくはないのだ』
腕に鋭い痛みが走り――私は我に帰りましたぁ……。
何か物凄くムカムカしてきました。すごく嫌な気分です。
「笨蛋(愚か者め)……矛雅因此(やりやがった)」
無意識のうちに呟いてましたぁ。するとほんのちょっと、イライラさん無くなりましたぁ。だけどやるせなさが強くなりましたぁ。
「ん? 今何か言った?」
皆さんが話してるのに混じらず、一人で棒立ちになっていたからでしょうか。マリアが声をかけてくれましたぁ。私は額に薄っすらと浮いた汗を拭ってぇ、ふるふると首を振りましたぁ。
「えっ? あっ……ええ……言っちゃいましたねぇ~……物凄く下品な言葉ぁ~」
「そうなの……? 別にマシラ人間とかブリキヤロウとか、冷血漢とか言ったようには聞こえなかったけど……」
「ええ~私ちゃんと言いましたよぉ~!? ちゃんと言ったんですぅ~!」
私がややムキになると、マリアは肩をすくめました。
「なんだいつものキチか」
「キチじゃありませぇン! 私は誓ってキチじゃありませぇ~ん!」
とにかくいろいろ考えるべきことがあると思いますぅ。ですけど今の頭じゃ無理そうでぇす。




