ユートピア開拓精神 その3
アジリアが積み荷を点検し、運転席に乗り込む。マリアが助手席、アカシアが銃座に腰を下ろし、アタシとプロテアで荷台に上がった。キャリアがのろのろと動き出し、下階の倉庫へと続くエレベーターに載る。
「リリィ! やってくれ!」
アジリアが叫ぶと、管制室の窓からひょっこりとクソ奴隷が顔を出す。そしてアタシにあかんべぇをした後、エレベーターを倉庫へ降ろした。
倉庫はまだ掃除が済んでいないから、運用できる状態にない。化け物の死体や糞尿はあらかた片付けたけど、そいつらが壊した備品はそのままだ。歪んだ駐機所に壊れた人攻機、使い物にならない備品がそこら中に転がっている。それもこれも、あの馬鹿が機能の復帰より死体の埋葬を優先したのが理由だ。
全く。死んだらニンゲンもマシラも変わらねぇ、ただの肉なのになァ……。
キャリアが立てる砂と床が擦れる音を耳にしながら、アタシは倉庫を整理するピオニーとローズをぼんやり眺めていた。
倉庫のシャッターを抜け、キャリアは盆地にでる。今日もいい天気。憎たらしいほどお日様がさんさんと輝いている。そこで頭上から、耳に障るヒス共の喚き声が聞こえたので、アタシは顔を上げた。
ドームポリスのテラスから、サンとデージーが身を乗り出している。彼女らは虚空に垂らした釣竿を、まるで憑りつかれたように振り回していた。
「海が無いよォォォ! 魚がいないよォォォ! 釣りが出来ないよォォォ!」
デージーが気でも狂ったように、竿を右へ左にやっては、見えない水面に浮きを叩きつけようとしている。隣に座るサンはそれを見守りながら、乾いた笑みを浮かべていた。
「せっかく人攻機の指のシャフト貰えたのにね……残念だね……」
「こんなのって有りなのォォォ!? 頑張ったよォォォ!? ご褒美これぇぇぇ!?」
「大丈夫だよデージー……きっと大雨が降れば、この盆地は水に沈んで、大きな海が出来るからね。気長に待とうね」
「馬鹿かお前! こんなでっかい穴が水で埋まる訳ないだろ! うぇええええ! 釣りたい! 折角新しい竿ができたのに! こんなのないよぉぉぉ!」
「今度サクラに外出許可貰おうね。そうすればアジリアが海に連れて行ってくれるよ」
「サクラが許可するわけないだろォォォ! アジリアにそんな暇ないだろォォォ! うぉぉぉナガセぇェエ! ゼロを返せぇぇぇ! 海を返せぇぇぇ!」
そのまま落ちて死ね。アタシは興味を失くして鼻を鳴らす。そして隣のプロテアの肩を叩いた。
「あの馬鹿共放っておいていいの?」
「落ちなきゃいーだろ。ほっとけ」
さいで。
*
キャリアは砂塵を巻き上げながら、盆地から緑溢れる草原にのる。そして西の森へと向かい、狩猟場を求めてふちを彷徨った。探しているのは、草原に残るキャリア班にとって見晴らしが良い場所。そして探索班が入りやすい、森の密度の低い所だ。やがてお眼鏡に適う場所が見つかって、キャリアは停車した。
アジリアとアカシアが車から降り、プロテアがアサルトライフルを手に運転席に移る。そしてマリアが銃座に陣取った。アタシは我関せずと膝を抱えて座っていたが、アジリアに呼ばれて渋々荷台から降りた。
アジリアはデバイスを片手に、確認を始めた。
「全体の目的としては、以下の動植物を採集する事だ。牛、豚、鶏、雌雄各四頭ずつ。そしてムギ、トーモロコシ、レタス、マメ、ニンジン、ブロッコリーなどの穀物、野菜だな。今回は周囲を観察しつつ、適当に植物を採取するぞ」
『はぁい』
女どもが気の抜けた返事をする。あ~もうつまんねぇなクソ。アタシは小馬鹿にした笑みを浮かべつつ、猫なで声を出した。
「へーい。隊長殿。質問があります」
アジリアが少しムッとしてアタシを見た。
「そう言うのは会議で言って欲しいな……それでなんだ?」
「ムギとかマメとか以前チ○ポ野郎が持って来たけど、全然量が実らないし、味もそんな良くなくて結局駄目だったじゃないですか。探すの無駄なんじゃないですかぁ?」
ここでアジリアは不安を隠そうともせず、唇を尖らせる。そしてあいつにしては珍しく、歯切れの悪い口調になった。
「遺伝子補正すれば、実りが良くなる――らしい。私にも良く分からんはずなんだが……まぁ、やってみればわかるだろう。質問はそれだけか?」
何かあやふやな理由だなァ。プロテアの言う通りだ。明確なビジョンのないアジリアより、おっそろしい現実を突きつけるあいつの方が良いや。ナガセ様様だよ。
アジリアは異論がないことを確認すると、探索班にホイッスルを投げて渡した。
「何かあったら吹け。事前の通達通り、状況によって吹く回数を変えろよ」
ここでも仲間外れかよ。アジリアはアタシの分だけ寄越そうとしない。思わず苛付きを隠さないまま唸った。
「アタシのはぁ?」
「狼少女に角笛はやらん」
やかましい。あーもー無駄に抵抗するのもあほらし。さっさと終わらせよ。先陣を切るのはアジリアで、アタシはアカシアに促されてその後に続いた。そしてアカシアがアタシを見張りつつ、後詰めを担った。
鬱蒼と生い茂る草木をかき分けて、アタシたちは森の奥へと突き進んでいく。道中、何度か茂みが揺れて、動物が逃げていった。そのたびアカシアが反応し、猟銃を草むらに向ける。だが狙いを定める事もできないまま、森の奥に消えゆく足音を、聞き届ける事しかできなかった。
アカシアが頬を膨らませて、猟銃を担ぎ直す。
「動物が逃げちゃうね……」
当たり前だろ。動物はお前ほど馬鹿じゃねぇよ。
「あんねー。アタシたち金属身に纏ってるし、排気ガス浴びてるのよ。金属と火薬の匂いプンプンさせてたら、血の詰まった肉袋共が警戒するに決まってんじゃん。どんだけその匂い振り撒いて、ナガセが動物殺しまくったと思ってんのよ?」
アカシアは戸惑う様に、自らを頭のてっぺんからつま先まで見直した。そして腰に吊ったナイフや、煙幕手榴弾を邪魔そうに睨んだ。だが彼女は一番の問題である、猟銃に対しては何のアクションも取らない。それどころか大事そうに抱えたままだ。それがないと、こいつは何もできないのだ。
お前やっぱ粋がってるだけのくそガキだな。銃が無いと何もできないのさ。アタシはクスクスと忍び笑いを漏らした。
アジリアが咎めるようにアタシを振り返る。
「ロータス。頼むからそう言うのは会議で言ってくれ。それとアカシア。罠を仕掛けていくから、今回はそう気張らなくていいぞ」
「はぁい……」
アカシアは悄然と頭を垂れた。
やがてアタシたちは、森の開けた場所に辿り着く。そこは森を切り取ったかのように、小さな広場となっている。柔らかい草がくるぶしの高さまで生えていて、草に紛れるようにして果実を抱く植物がまばらにあった。
アカシアが植物に飛びつこうとするが、アジリアは素早く彼女を制する。そして辺りに視線を巡らせ、安全を確認してから広場に入った。
「これはいい場所だな。当面はここを中継として、探索をするか」
アジリアはそう独りごちると、広場全体をくまなく観察しだした。
一方アジリアの制止がとれたアカシアも、独自に探索を開始する。広場に散在する植物を、一つ一つずつ調べている。そして食べられるものを右腰のかごに、薬に使うものを左腰のかごに、どっちか分からない物を背中のかごに投げ込んでいた。
かくいうアタシはその辺の雑草を適当に毟って、口に咥えることで時間を潰すことにした。働くのは奴隷の仕事だもんね。
唐突にアカシアが、短く「あ……」と吐息を漏らす。何事かと顔を上げると、森の木々の隙間から、鹿が広場を覗き込んでいる。目標の動物じゃないけど、良い食料だ。アカシアは即座に息を殺し、猟銃を構える。そして鹿を撃つのに適した場所へと、屈んだままゆっくりと移動した。
鹿はアカシアの殺意を感じ取ったのかねぇ。ビクリと身体を跳ねさせて、身を翻して森の中に逃げ込む。アカシアはこれ以上獲物を逃したくないのだろう。鼻息を荒くしてその後姿を追おうとした。
「やめとけ。運べねぇだろ」
無駄な行為を鼻で笑ってやる。
「邪魔しないで」
「オイチビコラ。態度改めねぇと殺すぞ?」
「うるさい」
アカシアはアタシをキッと睨み付けると、草葉をかき分けて森の中に飛び込んでいった。
「けっ。そのまま戻って来るんじゃねぇぞボケ」
テメェの部下が暴走してんのに、リーダーは何してんだ? アジリアの方に視線をやると、彼女は罠の設置場所を検討している最中だ。アジリアの悪い癖だ。自分の事に集中しすぎる。昔から全く成長していない。
ナガセが来るまでは、皆がアジリアの命令を聞いていた。ナガセが来てからは、皆いう事を聞かなくなった。だけどどちらの時でも、アジリアは『私がやるしかない』と考えている。何をするにしても自分。まず自分だ。偽善者の皮を被った自己チューめ。
何にしろ、アカシアが孤立した今って、チャンスなんじゃないの? アタシはアカシアの背中を追いかけながら、急いで計画を立てる。まずアカシアをブチ殺す。次にアジリア、最後にプロテアとマリアだ。探索隊が戻ってこないとなれば、サクラは救出隊を出すだろう。それも殺して行けば、あのビッグなハウスがアタシの物になる! そしてナガセが帰ってきたら……ウン。殺されるなアタシ。もうヤダ。
瞬く間にアカシアを追う足から、力が抜けていく。基本アタシ無駄な事しない主義だからね。だからと言ってこのまま引き返したら、アジリアに見捨てたと怒られるに違いない。仕方なしにそのままアカシアについていく。見ればアイツ、枝を切り払い、倒木を乗り越えて、後先考えず突き進んでいる。こりゃナガセに褒めてもらおうと必死だな。
やがて木々が途切れて視界が広がり、岩場へと辿り着いた。そこでアカシアは片膝を付き、猟銃を構えた。アタシはアカシアの隣に並んで、ひとまず様子を見る事にした。
どうやらこの岩場は、山からの落石が積もってできたらしい。鋭角を保った岩がゴロゴロと転がっていて、苔むした樹を何本か下敷きにしている。山は地滑りが多いらしく、赤茶けた土が剥き出しになっていて、それが川のように裾野へと伸びているのだった。
鹿はその岩場を飛び跳ねて斜面を駆け上がり、山の方へと逃げている。
おとりこみの所悪いけど、ここに来るとき倒木を越えた。戻るのに手間がかかる。距離を加算すると、安全域を脱したと考えられる。悠長に鹿狙ってる場合じゃねえぞ。
「ネ。戻るわよ。そろそろ」
アカシアの肩を指で叩く。だがこの野郎、鬱陶しそうに身動ぎしやがった。
「もうちょっと……もうちょっと……」
そうしている合間にも、鹿はジグザグに飛びつつ、山の斜面を登っていく。もう百メートルは離れた。この距離じゃ無理だろ。アカシアを力づくで立たせようとしたその時、彼女が引き金を絞った。
銃声が轟き、鹿の後頭部に大穴が空く。鹿は前のりに倒れた後、ずるずると斜面を滑り落ちてきた。
や……やるじゃないのよ。
「へへ! やったぁ! 褒めてもらえる!」
アカシアは諸手を上げての大はしゃぎだ。だが同時に岩場の中から、砂利をぼろぼろ落としつつ、それがムクリと起き上がった。
赤茶けた肌、ゴリラの様な体躯、強靭な上半身に貧弱な下半身。顔中に散らばった大小まばらな目が、一斉にアカシアを捉える。
マシラだ!
そのマシラは右腕と下半身が潰れており、あらぬ方向に捻じ曲がっている。だから怪我のない左腕で地面を掴み、這いずるように動いていた。落石に巻き込まれ、埋もれて気絶したところを、銃声で叩き起こされたってとこね。体長は2メートル程で小型だが、遮蔽物のない場所で白兵できる相手じゃない!
「ハイ撤収」
アタシはさっさと踵を返して、来た道を引き返した。森の木々に紛れ、アジリアのいる広場に戻ろうとする。
背後からアカシアの悲鳴が聞こえるが、知ったこっちゃねぇ。ちゃんとナガセには、お前がアホな事して無為に死んだって伝えてやるから成仏しろや。うざいメスガキが一人減ったな。これでアタシのストレスも減ると言うものだ。




