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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目 休暇
93/241

ユートピア開拓精神 その3

 アジリアが積み荷を点検し、運転席に乗り込む。マリアが助手席、アカシアが銃座に腰を下ろし、アタシとプロテアで荷台に上がった。キャリアがのろのろと動き出し、下階の倉庫へと続くエレベーターに載る。

「リリィ! やってくれ!」

 アジリアが叫ぶと、管制室の窓からひょっこりとクソ奴隷が顔を出す。そしてアタシにあかんべぇをした後、エレベーターを倉庫へ降ろした。

 倉庫はまだ掃除が済んでいないから、運用できる状態にない。化け物の死体や糞尿はあらかた片付けたけど、そいつらが壊した備品はそのままだ。歪んだ駐機所に壊れた人攻機、使い物にならない備品がそこら中に転がっている。それもこれも、あの馬鹿が機能の復帰より死体の埋葬を優先したのが理由だ。

 全く。死んだらニンゲンもマシラも変わらねぇ、ただの肉なのになァ……。

 キャリアが立てる砂と床が擦れる音を耳にしながら、アタシは倉庫を整理するピオニーとローズをぼんやり眺めていた。

倉庫のシャッターを抜け、キャリアは盆地にでる。今日もいい天気。憎たらしいほどお日様がさんさんと輝いている。そこで頭上から、耳に障るヒス共の喚き声が聞こえたので、アタシは顔を上げた。

 ドームポリスのテラスから、サンとデージーが身を乗り出している。彼女らは虚空に垂らした釣竿を、まるで憑りつかれたように振り回していた。

「海が無いよォォォ! 魚がいないよォォォ! 釣りが出来ないよォォォ!」

 デージーが気でも狂ったように、竿を右へ左にやっては、見えない水面に浮きを叩きつけようとしている。隣に座るサンはそれを見守りながら、乾いた笑みを浮かべていた。

「せっかく人攻機の指のシャフト貰えたのにね……残念だね……」

「こんなのって有りなのォォォ!? 頑張ったよォォォ!? ご褒美これぇぇぇ!?」

「大丈夫だよデージー……きっと大雨が降れば、この盆地は水に沈んで、大きな海が出来るからね。気長に待とうね」

「馬鹿かお前! こんなでっかい穴が水で埋まる訳ないだろ! うぇええええ! 釣りたい! 折角新しい竿ができたのに! こんなのないよぉぉぉ!」

「今度サクラに外出許可貰おうね。そうすればアジリアが海に連れて行ってくれるよ」

「サクラが許可するわけないだろォォォ! アジリアにそんな暇ないだろォォォ! うぉぉぉナガセぇェエ! ゼロを返せぇぇぇ! 海を返せぇぇぇ!」

 そのまま落ちて死ね。アタシは興味を失くして鼻を鳴らす。そして隣のプロテアの肩を叩いた。

「あの馬鹿共放っておいていいの?」

「落ちなきゃいーだろ。ほっとけ」

 さいで。



 キャリアは砂塵を巻き上げながら、盆地から緑溢れる草原にのる。そして西の森へと向かい、狩猟場を求めてふちを彷徨った。探しているのは、草原に残るキャリア班にとって見晴らしが良い場所。そして探索班が入りやすい、森の密度の低い所だ。やがてお眼鏡に適う場所が見つかって、キャリアは停車した。

 アジリアとアカシアが車から降り、プロテアがアサルトライフルを手に運転席に移る。そしてマリアが銃座に陣取った。アタシは我関せずと膝を抱えて座っていたが、アジリアに呼ばれて渋々荷台から降りた。

 アジリアはデバイスを片手に、確認を始めた。

「全体の目的としては、以下の動植物を採集する事だ。牛、豚、鶏、雌雄各四頭ずつ。そしてムギ、トーモロコシ、レタス、マメ、ニンジン、ブロッコリーなどの穀物、野菜だな。今回は周囲を観察しつつ、適当に植物を採取するぞ」

『はぁい』

 女どもが気の抜けた返事をする。あ~もうつまんねぇなクソ。アタシは小馬鹿にした笑みを浮かべつつ、猫なで声を出した。

「へーい。隊長殿。質問があります」

 アジリアが少しムッとしてアタシを見た。

「そう言うのは会議で言って欲しいな……それでなんだ?」

「ムギとかマメとか以前チ○ポ野郎が持って来たけど、全然量が実らないし、味もそんな良くなくて結局駄目だったじゃないですか。探すの無駄なんじゃないですかぁ?」

 ここでアジリアは不安を隠そうともせず、唇を尖らせる。そしてあいつにしては珍しく、歯切れの悪い口調になった。

「遺伝子補正すれば、実りが良くなる――らしい。私にも良く分からんはずなんだが……まぁ、やってみればわかるだろう。質問はそれだけか?」

 何かあやふやな理由だなァ。プロテアの言う通りだ。明確なビジョンのないアジリアより、おっそろしい現実を突きつけるあいつの方が良いや。ナガセ様様だよ。

 アジリアは異論がないことを確認すると、探索班にホイッスルを投げて渡した。

「何かあったら吹け。事前の通達通り、状況によって吹く回数を変えろよ」

 ここでも仲間外れかよ。アジリアはアタシの分だけ寄越そうとしない。思わず苛付きを隠さないまま唸った。

「アタシのはぁ?」

「狼少女に角笛はやらん」

 やかましい。あーもー無駄に抵抗するのもあほらし。さっさと終わらせよ。先陣を切るのはアジリアで、アタシはアカシアに促されてその後に続いた。そしてアカシアがアタシを見張りつつ、後詰めを担った。

 鬱蒼と生い茂る草木をかき分けて、アタシたちは森の奥へと突き進んでいく。道中、何度か茂みが揺れて、動物が逃げていった。そのたびアカシアが反応し、猟銃を草むらに向ける。だが狙いを定める事もできないまま、森の奥に消えゆく足音を、聞き届ける事しかできなかった。

 アカシアが頬を膨らませて、猟銃を担ぎ直す。

「動物が逃げちゃうね……」

 当たり前だろ。動物はお前ほど馬鹿じゃねぇよ。

「あんねー。アタシたち金属身に纏ってるし、排気ガス浴びてるのよ。金属と火薬の匂いプンプンさせてたら、血の詰まった肉袋共が警戒するに決まってんじゃん。どんだけその匂い振り撒いて、ナガセが動物殺しまくったと思ってんのよ?」

 アカシアは戸惑う様に、自らを頭のてっぺんからつま先まで見直した。そして腰に吊ったナイフや、煙幕手榴弾を邪魔そうに睨んだ。だが彼女は一番の問題である、猟銃に対しては何のアクションも取らない。それどころか大事そうに抱えたままだ。それがないと、こいつは何もできないのだ。

 お前やっぱ粋がってるだけのくそガキだな。銃が無いと何もできないのさ。アタシはクスクスと忍び笑いを漏らした。

 アジリアが咎めるようにアタシを振り返る。

「ロータス。頼むからそう言うのは会議で言ってくれ。それとアカシア。罠を仕掛けていくから、今回はそう気張らなくていいぞ」

「はぁい……」

 アカシアは悄然と頭を垂れた。

 やがてアタシたちは、森の開けた場所に辿り着く。そこは森を切り取ったかのように、小さな広場となっている。柔らかい草がくるぶしの高さまで生えていて、草に紛れるようにして果実を抱く植物がまばらにあった。

 アカシアが植物に飛びつこうとするが、アジリアは素早く彼女を制する。そして辺りに視線を巡らせ、安全を確認してから広場に入った。

「これはいい場所だな。当面はここを中継として、探索をするか」

 アジリアはそう独りごちると、広場全体をくまなく観察しだした。

 一方アジリアの制止がとれたアカシアも、独自に探索を開始する。広場に散在する植物を、一つ一つずつ調べている。そして食べられるものを右腰のかごに、薬に使うものを左腰のかごに、どっちか分からない物を背中のかごに投げ込んでいた。

 かくいうアタシはその辺の雑草を適当に毟って、口に咥えることで時間を潰すことにした。働くのは奴隷の仕事だもんね。

 唐突にアカシアが、短く「あ……」と吐息を漏らす。何事かと顔を上げると、森の木々の隙間から、鹿が広場を覗き込んでいる。目標の動物じゃないけど、良い食料だ。アカシアは即座に息を殺し、猟銃を構える。そして鹿を撃つのに適した場所へと、屈んだままゆっくりと移動した。

 鹿はアカシアの殺意を感じ取ったのかねぇ。ビクリと身体を跳ねさせて、身を翻して森の中に逃げ込む。アカシアはこれ以上獲物を逃したくないのだろう。鼻息を荒くしてその後姿を追おうとした。

「やめとけ。運べねぇだろ」

 無駄な行為を鼻で笑ってやる。

「邪魔しないで」

「オイチビコラ。態度改めねぇと殺すぞ?」

「うるさい」

 アカシアはアタシをキッと睨み付けると、草葉をかき分けて森の中に飛び込んでいった。

「けっ。そのまま戻って来るんじゃねぇぞボケ」

 テメェの部下が暴走してんのに、リーダーは何してんだ? アジリアの方に視線をやると、彼女は罠の設置場所を検討している最中だ。アジリアの悪い癖だ。自分の事に集中しすぎる。昔から全く成長していない。

 ナガセが来るまでは、皆がアジリアの命令を聞いていた。ナガセが来てからは、皆いう事を聞かなくなった。だけどどちらの時でも、アジリアは『私がやるしかない』と考えている。何をするにしても自分。まず自分だ。偽善者の皮を被った自己チューめ。

 何にしろ、アカシアが孤立した今って、チャンスなんじゃないの? アタシはアカシアの背中を追いかけながら、急いで計画を立てる。まずアカシアをブチ殺す。次にアジリア、最後にプロテアとマリアだ。探索隊が戻ってこないとなれば、サクラは救出隊を出すだろう。それも殺して行けば、あのビッグなハウスがアタシの物になる! そしてナガセが帰ってきたら……ウン。殺されるなアタシ。もうヤダ。

 瞬く間にアカシアを追う足から、力が抜けていく。基本アタシ無駄な事しない主義だからね。だからと言ってこのまま引き返したら、アジリアに見捨てたと怒られるに違いない。仕方なしにそのままアカシアについていく。見ればアイツ、枝を切り払い、倒木を乗り越えて、後先考えず突き進んでいる。こりゃナガセに褒めてもらおうと必死だな。

 やがて木々が途切れて視界が広がり、岩場へと辿り着いた。そこでアカシアは片膝を付き、猟銃を構えた。アタシはアカシアの隣に並んで、ひとまず様子を見る事にした。

 どうやらこの岩場は、山からの落石が積もってできたらしい。鋭角を保った岩がゴロゴロと転がっていて、苔むした樹を何本か下敷きにしている。山は地滑りが多いらしく、赤茶けた土が剥き出しになっていて、それが川のように裾野へと伸びているのだった。

 鹿はその岩場を飛び跳ねて斜面を駆け上がり、山の方へと逃げている。

 おとりこみの所悪いけど、ここに来るとき倒木を越えた。戻るのに手間がかかる。距離を加算すると、安全域を脱したと考えられる。悠長に鹿狙ってる場合じゃねえぞ。

「ネ。戻るわよ。そろそろ」

 アカシアの肩を指で叩く。だがこの野郎、鬱陶しそうに身動ぎしやがった。

「もうちょっと……もうちょっと……」

 そうしている合間にも、鹿はジグザグに飛びつつ、山の斜面を登っていく。もう百メートルは離れた。この距離じゃ無理だろ。アカシアを力づくで立たせようとしたその時、彼女が引き金を絞った。

 銃声が轟き、鹿の後頭部に大穴が空く。鹿は前のりに倒れた後、ずるずると斜面を滑り落ちてきた。

 や……やるじゃないのよ。

「へへ! やったぁ! 褒めてもらえる!」

 アカシアは諸手を上げての大はしゃぎだ。だが同時に岩場の中から、砂利をぼろぼろ落としつつ、それがムクリと起き上がった。

 赤茶けた肌、ゴリラの様な体躯、強靭な上半身に貧弱な下半身。顔中に散らばった大小まばらな目が、一斉にアカシアを捉える。

 マシラだ!

 そのマシラは右腕と下半身が潰れており、あらぬ方向に捻じ曲がっている。だから怪我のない左腕で地面を掴み、這いずるように動いていた。落石に巻き込まれ、埋もれて気絶したところを、銃声で叩き起こされたってとこね。体長は2メートル程で小型だが、遮蔽物のない場所で白兵できる相手じゃない!

「ハイ撤収」

 アタシはさっさと踵を返して、来た道を引き返した。森の木々に紛れ、アジリアのいる広場に戻ろうとする。

 背後からアカシアの悲鳴が聞こえるが、知ったこっちゃねぇ。ちゃんとナガセには、お前がアホな事して無為に死んだって伝えてやるから成仏しろや。うざいメスガキが一人減ったな。これでアタシのストレスも減ると言うものだ。

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