ユートピア開拓精神 その2
アジリアは自らの背後にある、ホワイトボードをひっくり返して裏面を見せる。そこには綺麗な字で作戦概要が綴ってあるほか、陣形や標的の写真などの視覚資料が貼り付けてある。
アタシは見慣れた光景に、ナガセがこの部屋にいる錯覚に陥った。アジリアの作戦会議の手法は、ナガセのそれとよく似ているのだ。アタシは喉の奥で、低く唸るようにして笑う。こいつナガセの事が嫌いなくせに、どんどんナガセに似ていくなぁ。アイツの事化け物呼ばわりする癖に、当の自分がアイツを真似るんだから世話が無い。馬鹿じゃねぇの?
アジリアは私の忍び笑いを無視して話を進めていく。
「この第一次遠征の目的は大きく二つ。動植物の捕獲、そして水源地の探索だ。今回は初めての遠征なので深入りはせずに、探索の感覚を掴むだけにしようと考えている。ここ一帯の異形生命体はナガセが殲滅したが、森には何がいるかまだ分からんからな」
アジリアはホワイトボードに張られた画像の中で、キャリアをポインタで示した。そこには各々の配置が、マグネットで表されている。図によるとキャリアはアジリアが運転し、マリアが助手席、アカシアが銃座だ。そしてアタシはプロテアと、荷台で待機だった。
キャリアの装備は、ドームポリス奪還作戦時の機動戦闘車と同じだ。荷台には兵員輸送用のシェルターが積載され、両サイドには機関銃座が設けられている。マシラの群れに襲われても安心だろう。
だけどマリアが不安そうに手を挙げる。
「あんのー。人攻機で乗り入っちゃ駄目なの?」
「ここの森は我々のいた南の森より密集している。人攻機が入るには道を作らねばならん。それに下手に音を立てると動物が逃げる。だから森に近づいてからは、徒歩での探索になるな」
徒歩と聞いて、マリアの表情が凍った。
「危なくなぁい? やめといた方が良いと思うんだけどぉ……。無茶しなくてもナガセが帰って来てから、一緒に行って貰えばいいじゃない」
アジリアはナガセの名を聞いて、ムッとした。張り合ってんのか? やめとけやめとけ。アタシですら勝てなかったんだぞ。
「危なくない。人攻機が入らんという事は、マシラとショウジョウも身動きが取れないという事だ。よって注意すべきはジンチクとムカデで、これは小火器で対処できる。身軽なアカシアとロータス、そして私で森に入る。マリア。お前はプロテアと機動戦闘車で待機だ。我々が異形生命体に襲われ退避したら、積載した重火器で対処してくれ」
へぇ。機動戦闘車の火力でマシラとかのデカブツを仕留めるって寸法か。それはいいんだけど、アタシの配置おかしくねぇか? 何でキャリアじゃないのよ。
「アタシは良くねぇぞ~。銃撃てねぇのに森に入るとかアブないでしょ。アンタらだけでイけや」
「では次だ」
アジリアはアタシを無視して、捕獲対象である動植物の写真にポインタを移す。思わず机に拳を叩き付け、注意を引こうと躍起になった。
「聞けよポンポコリン! アタシは嫌だって言ってんだろ!」
アジリアは軽く溜息を吐いて、うるさそうにアタシを振り返る。そして冷たい声で言った。
「私からの仕事だ。十回遠征する予定でいるが、私の指揮下で働け。そうしたら許してやる」
「は? じゃあテメェの許しなんていらねぇわ。あとはアンタらでテキトーにやってれば?」
こんなふざけた仕事やってられるか。分かってんだぞ。そうやってアタシのことを、死ぬまで使い潰すつもりだろ。そんなのはごめんだね。ナガセはこいつらに許してもらえとか何とかほざいていたけど、これは無理だろ。こうなりゃナガセが帰って来るまで、こいつらをのらりくらりと躱して過ごそう。んでナガセが帰ってきたら、媚びへつらって守ってもらえばいいや。
ナガセはその……ヤバいけど、オイタが過ぎなきゃキレない。そして基本的に守ろうとしてくれる。一番ボコられたアタシの言う台詞じゃないけどサ――いやぁ……だから分かるのかな? キレさせなきゃ大丈夫。つーかアイツどっかで見たことあるんだよなァ……チマミレになって、鼻息荒くして泣きながら『どこだァ! どこにいる!』て叫んでいるのを見たことある気がする。
ま。気のせいでしょ。正直キレたのはあれが初めてだから、大方クスリで幻覚見たんだわアタシ。
アタシは蹴るように席を立ち、大股で会議室を出ようとする。するとアカシアがぼそりと呟くのが聞こえた。
「僕。あいつを撃つ実弾……サクラに申請しようかな……」
アタシは険しい顔をして、アカシアを振り返る。だがあの野郎、素知らぬ顔でそっぽを向いている。そしてアジリアはアタシを見ながら、はっきりと言った。
「口添えしてやる……あいつが戻るまでにな……」
それはシャレになんねぇぞ。アタシの顔が引きつる。お前サクラとプロテアと並んで、この中でも偉い奴だろが。そのお前がゴーサイン出したら、アタシの生存率がガクッと下がんでしょ。
「冗談……だよね……」
アタシの声は、流石に恐怖で震える。だがアジリアは鋭い視線に侮蔑を上乗せするだけで、取り消そうとはしなかった。
「お前……冗談でリリィの腹を吹き飛ばしたのか? おちゃらけるのも大概にしろ。そして許して欲しければいう事を聞け」
やっぱそうくるのかよ……このままいきゃ、アタシは死ぬまでこいつらの奴隷だ。そんなのは嫌だ。何が何でもナガセが帰るまで生き残ってやる。そしてナガセにこいつらブチのめしてもらおう。
「おい……ちょっと脅しがきつすぎねぇか……?」
プロテアが不穏な空気を察して、乾いた笑いをこぼした。どうやらプロテアは、まだ寛容な方らしい。エライッ! あとでアタシの足舐めさせてやる。
だが肝心のアジリアとアカシアがこれじゃあどうしようもない。つーかマリア。あんたにやにやしながら見てんじゃないわよ。アタシの不幸を楽しむなボケ。
でも他に方法はないのも事実。アタシは拳を握りしめて、力任せに壁を殴りつける。そして腹いせに大声で吠え猛った。
「わーったわよ! 銃持たせろ! だったら付き合ってやる!」
「ハハハ。その冗談は面白い」
アジリアが苦笑する。
アタシは身悶えしつつ、絶叫した。
*
翌日早朝。アタシは通風ダクトで寝ていた所を、アジリアに叩き起こされた。
「おい。せっかく部屋をあてがわれているんだから、ベッドで寝たらどうだ?」
アジリアは通風孔から顔を覗かせるアタシを、呆れた眼で見上げてくる。うるさいわね。寝首かかれたらたまったものじゃないでしょ。
「何でここにいるのわかったのよ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、アタシはぶっきらぼうに言い放つ。アジリアは笑いをこらえるように、唇を歪ませた。
「昨日早朝に荷物を積むことをお願いしたはずだ。頼んだぞ」
アタシの質問は無視かよ。彼女は激励するように壁をノックして、廊下を去っていった。
メンドクサイから寝坊を理由にバックレようと思ってたのに。仕方なしにあくびを噛み殺しつつ、保管庫に足を向ける。そこにはすでに一両のキャリアが駐車していて、機動戦闘車に改装してあった。昨日の夜の、アジリアとマリアの仕事だ。そして猟銃が数丁と重機関銃、獣用の檻がずらりと並べてあった。
その檻の一つに、プロテアが腰を掛けてじっと誰かを待っている。何だよ。奴隷がいるならもうアタシいらないじゃん。慌ててダクトに戻ろうとするが、運悪く顔を上げたプロテアと目があった。
「お~来たか! こっちきて荷積手伝えや」
彼女はにっこりとほほ笑んで、アタシを手招きする。アタシは歪んだ笑顔で応えながら、もうヤケクソになって彼女の隣に並んだ。
プロテアが重機関銃を銃座に取りつけて弾倉を運ぶ間、アタシは小動物用の檻をキャリアに載せていく。一人じゃとても運べないものは、プロテアが仕事を終えるのを待って、手伝わせることにした。
仕事が終わると朝食だ。地べたに座って汗をタオルで拭う。そしてピオニーが持ってきたジャガイモと肉の料理を貪った。
くそが。アタシがいっち番偉かったころは、美味い保存食を食いたい放題。それにこんな体力仕事しなくて済んだのによ。アタシは嫌になって、ロクに味わいもせずに口に飯をかきこんでいく。
ふと視線を感じて、アタシは顔を上げる。するとキャリアの荷台で朝食をとっていたプロテアと視線が合う。奴はまるでパギの無邪気を眺めるように、うっすらと目を細めて笑っていた。
気持ち悪い奴だな。
「何笑ってんのよ。馬鹿マッチョ」
プロテアは暴言を聞き流すように、軽く笑い声を漏らす。そして腰を上げて私の隣に腰かけた。
「今のお前。俺は好きだぜ」
近寄るんじゃねーよボケ。お前いきなり切れるらしいから嫌なんだよ。精一杯の嫌悪を顔で表して、プロテアを睨み付けてやる。
「お前もドMかよ。じゃあその顔ムカつくから一発殴らせてよ」
プロテアは無視して、トレイの料理を黙々と口に運んでいる。やがて一息つくと、ポツリとこぼした。
「猫被るのやめただろ。あの気色悪い裏声で媚びるのをサ。俺ぁ裏表のない奴は好きだよ」
「アタシは無駄なことはしない主義なの。じゃあ何? 媚びて股開けばアンタは許してくれるの? キメーんだよ変態野郎。ナガセの萎びたアレでもしゃぶりな」
「暴言吐くのやめろよ。みんなお前が怖いんじゃないんだ。お前に傷つけられるのが怖いんだよ。お前と一緒だよ。傷つけられるのが怖いんだよ。だからお前が喚くのやめるだけで、少しはましになるぜ」
「誰が怖いって誰がテメェアタシをなめんな!」
「はいはい。つよいつよい……ハハ。ハハハ……俺もお前とそんなに変わんねぇな。だからサンを殴ったんだ。俺もお前も強いぞアピール。似た者同士。似た者同士だな……」
プロテアはから笑い浮かべて、それっきり何も言わなくなった。ただ過去の苦い思い出を押し流すように、ひたすら口元に食事を運んだ。
アタシもそれ以上、間違いを訂正する気にはなれなかった。アタシは怖がってるんじゃないぞ。正々堂々と戦えばアタシが勝てるんだからな。卑怯な不意打ちをされないよう気を配ってるだけだよ。ああっクソ! こんなこと考えたら余計に惨めに思えてきた。
アタシらは朝食をとり終えて、満腹の余韻に浸る。そのうちアタシはあることが気になった。
「裏表がない奴が好き……ね。ナガセはどうなんだよ。アイツも自分の事最強だって思ってんよ――まぁあながち間違いでもないけどさ……。それに闇が深そうよ」
だってそうだろ? 口先だけは聖人君子、やってる事は勇猛野蛮。そして心の奥底には――残虐な悪魔を飼っている。裏表どころの話しじゃない。鳩と犬と蛇のキメラみたいな奴だ。
それに奴のことは何一つ分かっていない。どこから来たのか。何のためにここで何をしているのか。そして私たちをどこに連れて行こうとしているのか。
プロテアは多分アイツの事が好きだ。だからあいつの仕事をするし、同じ境遇の仲間をよく手伝う。だけどその信頼は裏切られ続けている。だって信頼してる分、信頼されないんだもん。
プロテアも同じことを考えていたらしい。思い悩んでいた表情は、より深刻に歪んだ。
「ちょっと付き合えや」
彼女は短くそう言うと、アタシをキャリアの陰に引きずっていった。そして息がかかるほど顔を近づけてきた。
「なんつーかさ……あれから派閥みたいなものができてて、ヤなんだよ俺……」
「と言うと? これからどうするか的な話しで割れてんの?」
「いやぁ……何に従うかかね? サクラのナガセ派と、アジリアの反ナガセ派、んでどっちでもいいやの中立派。それで事が終わった後もちょっとギスギスしててね。メンドクセーし……ギスギスするし……腐るんだよ……」
プロテアはそこまで言うと、大きなため息を吐いた。
「ナガセ派ってゆーと……しょうもな。サクラとアイリス、アカシアぐらいだろ。そんな酔狂な奴」
「アイリスはアジリアに付いたよ」
意外な答えに、アタシの目は丸くなった。サクラに張り合ってまでナガセナガセ言っていたヒスやろーがなんでまたそんな事に。
「あいつがお前の治療したんだけどよ。すごかったぞ。えんえん泣きながらよ、こんな事する人じゃない。こんな事する人じゃないって。で寝かしといた所を、ナガセは引きずって行ってあの箱ン中に閉じ込めたんだ。アイリスを突き飛ばしてな。そのあとナガセが分からなくなったって、アジリアとよく相談するようになった」
アタシは納得すると同時に、太腿がチクリと傷むのを感じた。まだアイリスに診てもらってるが、傷跡が黒い痣として残っている。アイリスはそれを見ながら、「一生消えないかも」と震える声で呟いていた。医者のアイリスにとって、それが許せなかったらしーわね。
ま、素っ裸にならなきゃ見えない傷だしべつにいーけど……それに文句言ったら、あのチ○ポ野郎にもっとひどい傷をつけられるに違いない。アイツには絶対服従。くわばらくわばら。
アタシは虐待の暗い記憶を思い出す前に、話を進める事にした。
「じゃあ反ナガセ派っていうと――アジリア、ローズ、リリィ、パギ。そしてアイリスか」
「そこにパンジーも追加な。あとの連中は、今のままならどーでもいいと思ってる」
あはん。つまり残ったピオニーと、デージーとサンは中立ってことか。つーかその話だとアタシも中立なのか。陰気な奴らの事だ。アタシがナガセを嫌いだと知ってるけど、アブネー奴だからハブいてるってことか。
「お前は?」
「俺ェ? 俺なぁ……どっちでもねえけど……どっちかと言えばナガセ派かねぇ……あいつはすごいよ。強いし、賢いし、勇気がある。そして率先してきつい事やってるかんな。だけど何でも自分でし過ぎるよ……アタシらを大事にするけど、道具か何かだと思ってる。宝物みたいな扱いさ。大事にしてくれるのは嬉しいけどサ。それはちげぇよ」
「ふ~ん。じゃあアイツが変わるのを期待して、ずっとこのままでいるってことね。アイツがいつキレるかビビりながらさ?」
プロテアは慌てて首を振った。
「いや! あれは状況が特別だっただけだ! だからああせざる得なかったんだ! (ここでアタシは顔を歪め、プロテアはすぐ気づいた)いやっ! 待て待て待て! お前に喧嘩売ってる訳でも、お前がされた事正当化してる訳でもねぇぞ!」
プロテアは上手い言い訳を考えるように、顎に手を当ててうんうんと唸り出した。そしていい文句が思いついたのか、指をぴんと立てた。
「アジリアは反ナガセだけどよ! これからどうするかはっきりしてねぇだろ!? そんな奴に安心して付いてけねぇよ! ウン! それに俺らが不甲斐ないから、ああするしかなかったんだよ! だからナガセ! 俺はどちらかと言うとナガセ派なんだよ! 俺が強くなれば、きっと俺らを見る目も変わるさ。そうすればさ……そうすればさ……」
自分で言ってて虚しくなってきたのか、プロテアの言葉は次第に尻窄んでいく。やがてがっくりと項垂れてしまった。
無理だと分かってるのに期待してるのかアホだなコイツ。ちょっとムカついているから、もっと不安を煽ってやれ。
「だからと言ってナガセの進む先がいいとは限らないでしょうン?」
アタシはプロテアの耳元で囁いてやる。これが上手くいけばこいつらの注意が散漫になって、一転攻勢のチャンスが生まれるかもな。そしてあのチ○ポ野郎が帰ってきたら殺して――いや……それは多分無理だ。アイツには絶対勝てない。アタシの身体が一番よく知っている。
アタシは連ねたい悪罵をぐっと飲みこんで我慢した。
「俺……今までやめてたけど……もう少し自分で考えるようにするよ」
プロテアは項垂れたまま、力なく手で追い払う仕草をする。程なくして、アジリアとマリア、アカシアたち探索チームが、保管庫に入って来た。




