ユートピア開拓精神 その1
はァい。アタシロータス。
ダイナマイトボインのイケイケガール。しかもただの美人じゃないの。このドームポリスで一番賢くて、一番強いの。も~最強ってカンジ。
銃を持たせたら一発で一〇〇匹のマシラを殺せるし、オストリッチを駆らせたら山だって飛び越えちゃう。人攻機に乗らせたら、あのチ○ポ野郎にだって負けないわ。
そんな最強のアタシが、今何をしてるかっつーと――
「ねぇ……バカガキには大した事してないだろ。許してくれよ。な?」
談話室でパギに頭を下げていた。
パギが頭を下げるアタシを、鼻で笑う気配がする。顔を上げると案の定、夢中になってたお絵かきを中断してまで、腕を組んでアタシを見下していた。
このバカガキが。お前は追いかけ回して、ビリビリしただけだろぉん? 別に穴に棒突っ込んだり、便所に叩き落したりしてねぇだろ、いちいち喚くんじゃねぇよアホ。
ぶん殴ってやりたいけど、今は我慢しなきゃ。他のメンヘラ共は、このバカガキに甘い。だからこいつが許すっていえば、なし崩しに他の連中も許してくれるに違いない。それまでの、それまでの辛抱よ。それが終わったらお前のケツに爆竹差し込んで、炸裂させてやるからな。ケツの穴がデカくなって嬉しーだろ、この役立たずが。
今アタシの待遇は最悪だ。他の女は仕事の時以外、好きな服を身に纏える。実際パギが着ているのは、ローズが作ったシャツとスカートである。だがアタシは監視の為、このライフスキンを脱ぐことができない。こんな窮屈な生活は嫌だ。
パギはわざとらしく迷って見せ、考えるように唸る。もうこれだけで分かる。許す気はさらさらねーな。記憶にはないが、いつの日か、どこかで見た気がする。この顔は今のおいしい状況を、どれだけ長引かせようかと考えるツラだ。反吐が出る。
アタシは道具じゃない。アタシはゴミじゃない。アタシは役立たずじゃない。
そんな出所の分からない想いと、尽きることの無い怒りが感情を支配する。アタシは無意識のうちに握り拳を固め、パギの脳天に振り下ろそうとした。
不穏な空気を察したのだろうか。パギはさっとアタシから距離をとると、お絵かき道具から絵の具をいくつか掴む。それをアタシに差し出してきた。
「これ食べて、七色のうんち出して。そしたら許してあげる」
「できるわけねーだろ! ナマ言ってんじゃねーぞこのバカガキが!」
拳を振り回して、パギを追いかける。パギは顔を青ざめさせて逃げ回り、大声を張り上げた。
「お! おねっ! おねぇちゃ~ん! ロータスがまた虐める!」
人を呼ぶんじゃねぇよバカガキ! アタシは丸腰だけど、あいつらは全員、拳銃で武装してるんだぞ! 下手したら殺されちまうだろ!
「虐めてねぇだろ! それはできませんよって、行動で示しただけじゃねぇか!」
「絶対今ぼかって殴ろうとしただろ! お姉ちゃん! 怖いよ! お姉ちゃん!」
「あー分かった! 殴らないから止めろ止めろ止めろ! おっそうだ! アタシ七色のうんちは出せないけど、ケツの穴で煙草を吸う事が出来るのよ。それならいいでしょ! 何なら葉巻(葉巻は吸い終えるのに一時間弱かかる)でやってやってもいいわよ!」
これはマジだ。人間暇になると、いろんなことを試したくなるモノ。あくる日煙草を見てたらふと思いつき、煙をふかす事ができたのだ。ケツの穴と腹が痛くなるが、四の五の言ってられる状態じゃない。このクソガキ覚えてろよ。以前の待遇を取り戻したら、真っ先にビーンバック弾(非致死性弾。死ぬほど痛い)ぶち込んでやるからな。
パギは軽蔑を隠そうともせず、アタシにあっかんべーをしてくる。だがその途中で、瞳を興味にきらめかせた。
「バーカ。さっさと絵の具食べて七色のうんち――それホント? お尻で煙ぷかぷかできるの!? プロテアお姉ちゃんやパンジーみたいに、煙のわっか作れるの!?」
食い付いた? このバカガキ食い付いたぞ!? そういやこいつ、プロテアとパンジーといる時、あいつらが作った煙のわっかで遊んでたからな。いやでも、こんな汚ェわっかどうするんだ? くぐるのか? ついでに地獄のゲートもくぐれバーカ。
「モチのモチ、作れるに決まってんじゃな~い。いくらでも作ってあげるわよん。た・だ・し、葉巻一本分コッキリねぇ~。それが済んだら、アタシのこと、許してくれるのね?」
アタシの言葉に、パギの表情が固まった。おいおい。ただで物をあげるわけねぇだろ。アタシが働いた分、相応の礼をするのがスジってもんでしょ。ケツの穴だけに。
アタシはにひひと笑うと、優しく馬鹿にも分かるよう語りかけた。
「ダイジョーブダイジョーブ。そりゃアタシは相変わらず口は汚いし、手が出ちゃうときもあるけどサ、それは仕方ない事なのよ。パギだってピオニーにムカついたり、ナガセを殺したいって思う時があるだろ? それと一緒。だけどもう反省してるんだ。もうあんな事はしないから。ナ? お互いこんなギスギスするの嫌だろ?」
「でも私お前の事嫌いだよ。だけど……う~……」
何迷ってるんだ。そうやって交渉するつもりか? らちが明かねえ。こう言う時は、商品を押し付けるに限る。
「お~し契約成立ね。待ってな。今見せてやるからよ」
アタシは両足首を肩よりあげて、首に引っ掻けると、尻をよく見えるようにした。そして煙草をくわえて、先端をライターで炙った。
横から手が伸びて、アタシの口から煙草を叩き落とす。アタシは反射的に身をよじり、回避行動をとる。言っとくけどこれはビビりじゃない。視角外から攻撃されたのよ。しょうがないじゃない。そうして距離をとってから、煙草を叩き落とした人物を視界に収めた。
ローズだ。彼女は休みなのか、シャツにジーパンと言うラフな格好をしていた。
彼女は叩き落した煙草を、ポーチの中に放り込む。そしてアタシを睨んできた。
「ここは禁煙よ。さっきパギが放送したのを忘れたの? それに子供に変なもの見せないで」
いいところを邪魔しやがって。食って掛かりたいが、ローズの手は腰の拳銃に置かれている。こいつナガセを殺そうとしたアブネー奴だし、下手に動かない方が無難ね。
アタシは唯一動く口で、鬱憤を晴らすことにした。
「やかましいぞメンヘラ。パギが見たいって言ったから見せるのよん。そしてアタシはそうしないと、許してもらえないの。邪魔しないでくれる?」
「他の方法になさい」
「でもぉ……お尻で煙ぷかぷか……」
パギが未練がましく呟く。思った以上に食いついてるな。これを逃す手はない。
「ホラ! パギも見たいって言ってるじゃないのよ! ナガセが言ったんだろ! チャンスをやれって! その邪魔をするなよ!」
すかさず反論する。だがローズは冷たい目でアタシを射抜き、それ以上の問答を許さなかった。
「私は絶対あなたを許さないわ。だからそれがいけないと思ったら、あなたの邪魔をするわ。だけどあなたをどうこうしようとも思わない。それだけよ」
アタシは真顔になった。
「許す気が無いだァ? じゃあ何しても無駄じゃない。そんなのおかしいでしょ? こうやって誠意を見せてるんだからさァ、お前も誠意見せろよ!」
ローズはここで、悲しそうに笑った。
「あなた……自分が何を壊したか、未だに良く分かってないのね……その事で苦しんでいるくせに、その事に気付いてないのね……」
な~にいってだこいつ。ナガセより訳の分からんことを言い出したぞ。
「ハイ謎ポエム頂きました~。ここはお花畑じゃねぇんだぞ。トチ狂ってないで現実見ろよバーカ」
悪罵を吐くが、ローズは気にした素振りも見せなかった。本当に悪口に堪えていない様子で、それどころか憐れみの色をより深くした。
「それさえ気づいてくれれば、私たち意外と気が合うかもね。残念だけど。行きましょ。パギ」
ローズはパギを手招きし、談話室を出ていく。パギは心残りに後ろ髪を引かれて、何度もアタシを振り返った。だが結局ローズには逆らえず、お絵かき道具と画用紙をかき集めて、ローズの後についていった。
取り残された私は、床に唾を吐いて蹴りつけた。
「何だよ……分かった風な口を利いてさァ……」
その時パギが、談話室にひょっこり顔を覗かせた。
「あっ。それとアジリアお姉ちゃんが呼んでたでしょ。私も三時に会議するって放送したしぃ。早く行けよバーカ」
こンのバカガキ……。アタシはぎりっと歯を食いしばる。そして肩を怒らせながら、会議室に足を向けた。
*
会議室に入るなり、中にいる全員の視線が、刺すようにアタシを貫いた。
その目付きは遅刻を責めるものより、アタシそのものに対する憎悪が多いように感じる。なんだよ。そんな目で睨むんだったら、はなから呼ぶんじゃないわよ。アタシだって忙しーのよ。
会議室にはアジリアを上座に、左側にプロテアが、右側にマリア、アカシアが席についている。全員がライフスキンではなく、緑の作業着に袖を通していた。その中で比較的敵意の少ないアジリアが、アタシに早く入るよう促した。
「遅刻だぞ。三時に集合と放送しただろう?」
アソコの穴の小さい奴だな。遅れたぐらいでキャンキャン喚くんじゃないわよ。アタシはオーバーなアクションで頭を下げる。
「ごめーん。アタシバカガキ言語分かんないの。あとで脳ミソ限界までダウングレードして、対応しておくからぁ許してちょん」
白けた雰囲気になる周囲を無視して、アタシはどっかりとアカシアの隣に腰を下ろした。即座にアカシアは、ドスの効いた声を捻り出した。
「近寄るな……あっちいけ……」
ンだと? かち~んと来た。気弱なチビ糞が何ほざいてんだ。さんざん虐めてやったのを忘れたのか? ナガセがいなきゃ何もできないくせによ。アタシは背もたれにもたれかかると、彼女を睨み据える。
「おっ? なァに調子コイんてんだコラ。えらそーな口きいてんじゃないわよ」
するとアカシアが、流れるような動作でホルスターの留め具を外した。アタシは凍りついた。
こんなに沸点の低い奴じゃない。昔はいつまでもウジウジメソメソして、ナガセに泣きつくこともせず、自分の問題と我慢し続けていた。そんなこいつが、今アタシに銃を向けようとしている。
アタシは身体の重心を背もたれから前に移し、いつでも彼女に飛び掛かれるようにした。しかしそれをアカシアは嘲笑った。
「僕速いよ。ナガセが褒めるほどだよ。あなたが掴みかかる前に、終わらせられるよ」
「やれよ。大好きなナガセのお仕置きが待ってるぜ」
ハッタリだ。お前は撃てはしない。アタシは威圧感を強め、アカシアが謝るのをまった。だが彼女はアタシが飛びかかるのを待つように、頑として軽蔑を弱めず、態度を改めなかった。
このままだと撃たれる。アタシは助けを求めて周囲を見渡すが、他の女たちは成り行きを見守るだけだった。なんかおかしいぞ。
「おいおいおい。チ○ポ野郎が帰って、アタシがこの事チクったら、あんたら皆殺しになるわよ。見てないでこのアホなんとかしろよ」
女たちは何も言わない。まるで身をもって思い知れとでも言いたげに、口を閉ざしている。代わりにアカシアが上品に、口を手で覆って笑った。
「非致死性弾っていいよね。ナガセの言いつけを守って、あなたを撃てるんだから。プラスチック弾。痛いよ。自分で試したから」
そう言って彼女は、着ている作業着の裾を捲り上げた。良く引き締まった、細いウェストが露わになる。その滑らかな褐色の肌の中に、青黒く変色した部分があり、弾痕を形作っていた。
ああクソ。自分の身体で何度も見たよ。つーか今でもまだちょっと跡が残ってる。非致死性弾で撃たれた跡だ。何で自分で自分を撃ったんだ!? イカれてるぞコイツ!
だがそれは、何よりパンチの効いた脅しだった。アタシはもうアカシアに飛び掛かる気が失せてしまった。
アタシが怯んだことで、ようやく周囲の女どもが動き出す。アジリアが顎でアタシをしゃくり、他に移るように指示した。
「そこまででいいだろう。ロータス、余所に移れ」
そーか、そーか。ナガセが何もしなかったから、アンタらでこんな真似したって訳か。テメェら後で覚えておけよ。ナガセが帰ったら虐められたって訴えてやるからな。
アタシは不貞腐れて椅子を蹴るように立った。するとプロテアが手招きしてくる。
「こっち来い。ホラ俺の隣座れ」
あんたはアタシがヤだよ。お前さァ、作戦中にプッツンして、サンの事殴ったんだろ? そんなアブネー奴の隣お断りだッつーの。かといってマリアの隣はアカシアがいるし、アジリアの隣は論外だ。クソッタレ。仕方なしに、プロテアの隣に腰を下ろす。すると彼女は何を思ったか、自らの作業着を捲り上げて、腹を見せてきた。彼女の黒い腹は、鍛えられて割れている。そして皮膚に同化して見にくいが、そこには弾痕が青痣として残っていた。お前も自分で自分を撃ったのかよ。
プロテアはアタシが傷を見たのを確認すると、作業着の裾を戻す。そしてアタシに指を突きつけた。
「痛みを与えるだけじゃ。平気で人を傷つけるようになっちまう。与える痛みを知らなきゃな。んでアカシアと互いに撃ちあった。すんげぇ痛かった」
それがそのイカれた行動の動機か。意味が分かんねぇ。そこまでマゾなら大人しくアタシにこき使われていればよかったのに。アタシがその狂気の行動の意味を測り損ねていると、プロテアは顔を近づけて囁いた。
「だから変な真似はするなよ。わかったんだ。これは痛ぇが死にはしねぇ。俺もアカシアも、遠慮なくお前を撃つからな。何発も。何発も。お前が悪い事しなくなるまでな」
そういう事かよ。アタシ息苦しいの嫌いなんだよこのボケが。何にするにしてもお前らの機嫌を取らなきゃだめだってか。フザケンナ。
アタシが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、プロテアは場を和ませるようにからりと笑った。
「ガキじゃねぇんだ。脅したりはしねぇよ。ただ俺らが安心したいだけだ。じゃあ会議と行こうぜ」
アタシが安心できないんすけどそれは――納得しかねるように呻くが、誰も相手にしてくれない。皆、上座にいるアジリアの方に顔を向けて、この話はそれきりになった。
アジリアは皆の注意を集めたことを確認すると、レーザーポインタを取り出して振り回した。
「では第一次遠征の作戦会議としよう」




