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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
9/237

邂逅‐6

 俺は躯体を引きずりながら、ドームポリスの中へと入った。ドームポリスの床に、引きずった脚がひっかき傷の軌跡を残す。癇に障る音に口元を引きつらせながらも、駐機場に向かった。格子の中に入り、脇の下に支柱を滑り込ませて、躯体を支えさせる。後は駐機場を遠隔操作し、降着姿勢をとらせた。例の尻をつけた正座だ。

 俺はスロットルを、ミリタリーからオンに入れた。クッションが萎んでいき、俺にぐったりと黒髪が寄りかかって来る。俺は彼女の肩越しにモニタを覗き込み、簡単に躯体の状況を調べた。

 右足がオシャカだ。足首から先を取り換えなければならない。だが軽く半日は時間を取られるだろう。別の人攻機を一から再調整するのにはもっと時間がかかる。

「アイアンワンド。今俺が駐機した人攻機のコンディションを、別の人攻機にコピーすることは可能か?」

『サー。可能です。人攻機の情報にアクセスする許可を下されば、今すぐにご用意できます。プリセットとして登録しますか?』

「そこまではいい」

『使用する人攻機を指定なさいますか?』

「シャッター前の人攻機を使え。それと人攻機のセンサーを今すぐに起動。森からの侵入者を警戒し、反応があればシャッターを閉めろ」

『サー。イエッサー。ではアクセス許可を求めます』

 モニタにアイアンワンドからの許可申請が表示される。俺はそれを認めた。すぐにシャッター前の駐機場に、コンテナからシャフトが伸びていき、五月雨の人工筋と装甲を取り付け始める。俺はそれを横目に見ながら、黒髪を抱きかかえて人攻機から降りた。

「立てるか?」

「う~……すわる~……つらい~……」

 黒髪は焦点の合わない眼で俺を見上げる。

「分かった。良く案内してくれた。ゆっくり休むといい」

 俺は黒髪を倉庫の壁まで運び、横にさせるとその懐に果実を幾つか置いた。その後、人攻機の後ろに回り、ちょうど人間でいう尻の割れ目にあるボックスを開けた。一杯に詰め込んだ果実がぼろぼろとこぼれ落ち地面に転がる。それが大体の量になると、ボックスを閉じて鍵をかけた。

次にダストボックスに近づいて鍵を開けた。中から勢いよく金髪が飛び出し、俺に掴みかかって来る。俺はその腕を掴み、再び背負い投げ、地面に叩き付けた。金髪がまたもやのたうち回る。俺はその襟首を引っ張って、果実が散らばる人攻機の後ろまで引きずった。

「おまえ! ゆるさないぞ! ぜったいにころしてやる!」

 金髪が喚き、腕をぶんぶん振り回した。

「そうか。精々頑張れ」

 俺は適当にあしらうと、彼女の口に果実を一つ押し込んで黙らせた。

 さて。後は放っておけば、女達で勝手に食うだろう。問題は重症の女達だ。ポッドに入れて、メディカル機能を使おう。そのためにドームポリスに給水してやらねば。

「アイアンワンド。ここの水はどこで管理している? 倉庫から搬入するようになっているのだろう?」

『サー。倉庫の壁に給水口があります。警告。接続口は二つあり、片方は下水のシステムと繋がっていますので、お間違えの無いよう』

「パスは?」

『サー。サーは設定なさっておりませんが?』

「ここもか……水を汚染したらドームポリス全体が死ぬのに……ここを作った奴は何を考えている……」

 俺は壁にある鈍重な鋼鉄のカバーを開けた。少し離れたシャッターに近い場所にも、同じ鋼鉄のカバーがある。そちらが下水処理用だろう。俺は水の入ったタンクからホースを引っ張ってくると、ノズルを差し込んで注水を開始した。

「蒸留する時間も電気も無いし、水が綺麗だという言葉を信じる他あるまい……な」

 倉庫が騒がしくなる。振り返ると、物陰から女が出て来て、果物に群がっていた。彼女たちは目を剥きながら、一心不乱に果肉を貪っている。金髪も表情に苦々しいものを浮かべながら、果物をかじっていた。

 数が減っていくと、女たちは取り合いを始める。余力のある女の中で、我の強そうな奴が、弱そうな奴の手元から食いかけの果実をもぎ取ろうとする。すると金髪がすっくと立ち上がり、思い切り我の強そうな女の頭を殴りつけ、離れさせた。そして残った果実を均等に分配した。

 成程……ね。ただの力自慢ではないみたいだ。おまけにあの女、自分の分の果実を残している。今後の為だろう。

 ドームポリスでやることは山積みだが、人手が足りない。使えるものは使った方がいいな。あいつと従順な黒髪は、早めに教育したほうがいいだろう。

 何を思ったのか、我の強そうな女が、俺の所に歩いてきた。彼女は人攻機を指さすと、俺に頭を下げた。

「ねぇ……あやまるから……もっとちょうだい。おなかすいたの。もっとちょうだい」

「食い過ぎると弱くなる。残りは後でやる」

 給水が完了した。俺は壁から離れて、ポッドのある中央室へと向かった。

「それと……俺はそいつに果物をいくつ食べたか聞く。その数が一つでも少なかったら、お前を閉じ込めるぞ」

 俺は黒髪の懐から果実を持ち去ろうとする女に釘を刺した。

「かえってきたぁ! どこいってたの!?」

 中央に部屋に戻ると、黒長髪が俺を出迎える。

「飯を取りにな……ほら。ゆっくりと食え。アイアンワンド」

 俺は持っていた果実を黒長髪にいくつか投げて、ベッドに横たわる女たちをぐるりと見た。

『サー。ご命令をどうぞ』

「タンクの水を確認しろ。使えそうか?」

『微生物が確認できます。データ照合不能。殺菌しますか?』

「そうしろ。それが済んだらメディカル機能を使え。対象は#4、#5、#8、 #10、#12だ。問題なければドームポリスに水を循環させろ」

 俺は空いたベッドの一つに腰を下ろして一息をついた。

『それはメディカル対象者で、水の安全性チェックを行うという意味ですか?』

 突然、アイアンワンドが命令以外の言葉を発した。俺は何が起こったか理解できず、聞き直した。

「何? どういう事だ?」

『サー。イエッサー』

「おい! 貴様!」

 俺は怒鳴るが、アイアンワンドは無視した。

「アイアンワンド!」

『サー。ご命令をどうぞ』

 名前を呼ぶと反応を返す。しかし、先程のような意図的な反応ではなかった。

「さっき何と言った!」

『サー。ご命令をどうぞ』

「違う! 水の循環命令の後だ!」

『サー。ご命令をどうぞ』

「くそ!」

 俺は壁に拳を叩きつけた。そして言い訳するように吠えた。

「アイアンワンド。その通りだ。この水が駄目ならもう水は海水しかない。他の水を探せるまで、こいつらは持たん! 無い時間で意味のある仕事を出来るだけするだけだ!」

『命令及び質問の意味不明。回答不可』

 アイアンワンドは拒絶するようにそう告げた。俺は冷静になった。得体の知れない施設を支配している人工知能だ。利便さにかまけて忘れていたが、こいつも化け物と同じくらい十分な脅威だ。

「アイアンワンド。お前から外部に接続しているすべての権限を剥奪する」

『現段階で、人攻機のセンサーの管理、水の洗浄、メディカル機能の使用を委任されています』

「水とメディカル機能は任せる。実験は続行だ!」

 俺は吐き捨てるようにして言った。

『サー。イエッサー。水の殺菌を完了。水を使用して洗浄液を作成します。メディカル機能を使用』

 ポッドのカバーが降ろされ、閉鎖される。そして中に水が満たされ始める。それは特殊な水溶液で、殺菌と洗浄の効果があった。酸素を多量に含んでおり、水に沈められても窒息することはない。人間用の洗濯機みたいなものだ。癌や腫瘍以外を全て洗浄してくれる。

女たちが水溶液漬けになると、ポッドが立ち上がり、壁にはめ込まれた。するとポッドのカバーがスモークになり、中が見えなくなった。

黒長髪が俺の腕を掴んだ。彼女は怯えており、その眼には明らかに俺に対する疑心があった。

「ナガセ……どうしたの? なにとけんかしていたの? あのこえはどこからきこえてきたの? だいじょうぶなの? みんなたすかるの?」

「分からん。あれが何なのか? こいつらが助かるのか……今は待つことしかできん」

 俺は黒長髪を連れて、再び倉庫に戻った。

 倉庫では女たちが、話し合っていた。どうやら議題は俺についてらしい。俺が倉庫に姿を現すと、彼女の話し声はピタリと止んだ。

もっともだ。俺は彼女たちにとって危険すぎる。俺自体も得体の知れないものなのだ。

金髪が俺に近寄って来る。

「おい。ここのとびらしめろ。もりからばけものがくる」

「俺はいいのか?」

「かってにしろ。どうせおまえにかてん。だけどへたなことをしたらころしてやる。ころされてもころしてやる。おぼえておけ」

 金髪はそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向いて、どこかへ行こうとする。俺は彼女を呼び止めた。

「なぁ。ドームポリス内のごみを、掃除しておいてくれるか? 他の女も手伝わせてくれ。弱いのはそこから来たんだ。綺麗にしないとまた来る」

 金髪は振り返り、俺のことを睨んだ。

「掃除したら果物がもらえると言え。働きに応じて数が増えると。分配はお前に任せるが、一人三個までだ」

「よわいのがうつるのがこわくて、そのかたづけをやらせたいだけじゃないのか?」

 俺は抗生物質を取り出すと、金髪に渡した。

「これで弱いのは死ぬ。一人一個。それ以上飲むとお前らが死ぬ。ゴミは一か所に集めておいてくれ。場所は入り口がいい。俺は別の仕事がある」

 金髪はフンと鼻を鳴らし、女たちを呼び集め始めた。そして、てきぱきと班組と担当区域を決め始める。

「道具は倉庫の隅にある鉄の箱からとれ。長い棒でゴミを受け皿に入れるんだ」

 俺はそう言って、アイアンワンドが用意した人攻機に搭乗した。

 コンテナからスコップを呼び出し、ドームポリスの外に放置されていた、肉袋の死体を埋めた。そして叢雲のスクラップをドームポリスに運び込むと、倉庫のシャッターを閉めた。

 今日はここまでにしよう。

 どっと疲れが体を襲った。思えば、昨日の朝から眠っていない。眠気が瞼を押さえつけて来る。俺は人攻機に搭乗したまま、睡魔に抗うのをやめて身を委ねた。今は休み、次の仕事に備えるべきだ。

 起きたら重症の女の経過観察と、ドームポリスの掃除、そして食料の確保だ。それに早いうちにドームポリスを要塞化したい。

 やることが山済みだ。

 そこで俺の意識は身体を離れた。




 その情景が浮かんだ時、俺はすぐにこれが夢だと分かった。

 見飽きた悪夢だ。

 酷く寂れた、放棄された機動要塞の中、俺は拳銃を片手に走り回っていた。

 女を探していた。アルビノの人だ。

 彼女は白い容姿に反して、黒い色を好んだ。自分の存在を覆い隠すように、全身を黒で覆い、なにも見せようとしなかった。

 俺は女を殺すつもりだった。

『何故こんなことをする!』

 誰かが叫んだ。俺は無視する。そいつがいつも酒をかっ喰らっていて、口からは酒臭い息と糞面白くない冗談しか出さなかったからだ。

『なんとか言え! レッド・ドラゴン!』

 また誰かが叫ぶ。俺は過敏に反応した。俺はそいつを信じていた。なのに裏切ったからだ。

「その名前で俺を呼ぶなァ! 貴様も殺されたいのか!」

 声のした方向をむくと女がいた。女は俺の探していた奴ではなかった。だが見知った顔だ。淫売だ。彼女がライフスキンの衣装用の布をまとっている所を見た事が無い。そうやって男を誘っていた。

 女は俺の持つ拳銃を、自分の顎に押し当てた。

『へ? もう殺したでしょ。ほら』

 彼女の指が、引き金を引かせた。

 女の頭が上へ跳ね上がり、後ろの壁に血の花を咲かせた。脳ミソが吹き出し、骨片が散らばり、異臭が鼻をついた。

 彼女は白目を剥いて、血の涙を流しながら、にっこりと笑った。

『ね』

 そう言うと女は懐からナイフを取り出した。それを俺の胸に突き立てる。それだけではない。胸から腹にかけてナイフを動かし、内臓を切り裂こうとした。

「止めろ! 止めてくれ!」

 俺は女を突き飛ばす。倒れた彼女に向けて、拳銃を撃った。死体がびくびくとはねた。

『今更スケープゴートぶるのはやめろ。おまえは生贄に捧げられたんじゃない。生贄を喰らったんだ』

 凛と、その声が響いた。

 奴だ。

 後ろにいる。その吐息が耳を撫ぜた。同時に安物の煙草の匂いが鼻をつく。

『お前は正しいと思うことをやったんだろ。その結果がこれだ。お前は間違ったんだ』

「じゃあなんだ! 見捨てろと言うのか! そんな事、そんな事!」

『お前はその責任が持てるのかと聞いている。出来ないだろう?』

 俺は核心をつかれて、押し黙った。俺はただ行動しただけだった。

『お前に……私が見えるか?』

 俺は女を見ることが出来ない。後ろにいるはずなのに、何処にいるのかもわからない。俺は恐怖心から絶叫した。

「頼む……殺してくれ……殺してくれ!」

『何をいまさら……お前はもう死んでいる……スケープゴートは死んだよ』

 目の前で、撃ち殺したはずの女がむくりと起き上がった。彼女は全身の穴から血を流しながら、俺に向かって歩いてきた。

『スケープゴートはレッド・ドラゴンが食べちゃったわ』

「俺には……未来を見通すことができない。過去を知る術もなかった。ただあの時点でやるべきことをやったんだ! それが……精一杯だったんだ! それしかできなかったんだ!」

『お前なりの正義か……お前は大義より正義を選んだのか』

「逆だ! 俺は正義より大義を選んだ! 俺は俺を棄てた!」

 死体がどんどん近づいてくる。と、死体の形が変わっていく。ミキサーに入れられた肉のように、歪み、うねり、形を変えていく。そして、何度も見た事のある男に姿を変えた。

『ほう? では俺に何が残っている? レッド・ドラゴン』

俺だ。酒臭さの中の人間臭さに気付けず、裏切りの背後にある信頼に気付けず、肉欲で隠していた愛情に気付けなかった、最も愚かな男だ。

『俺には何もない。何もできない。だから他の哀れな連中を扇動するんだろう? 同じ過ちを繰り返すつもりか? 今回もそうだ。女どもはほっておけ』

 そう言うと、俺は俺の頬を噛んだ。そのまま食いむしる。顔の肉を食いむしり、胸肉を平らげ、もも肉を嚥下する。俺は崩れ落ちながら、次第に膨れ上がっていく俺の身体を見上げていた。

 そこには――

「ナガセ!」

 呼ばれて俺は飛び上がった。いつかのように、額をコクピットの内壁にぶつけて、呻き声を上げる。

 俺は額を押さえながら、人攻機のコクピットから降りた。黒髪と黒長髪が走ってきて、俺を両側から挟んだ。彼女たちは目を白黒させながら、身振り手振りで何かを必死に伝えようとしている。

「どうした……?」

 俺は眠気で鈍る頭を動かしながら、黒髪たちが指さす倉庫の出入り口を見た。

 女が立っていた。ポッドに入れて、治療を施した、赤い髪の女だ。その後ろから茶髪の女が続く。また一人、また一人と数は増えて、やがて治療を施した人数全てがそこに揃った。

 彼女はふらつく足取りだが、しっかりと二本足で立ち、顔には血の気が戻っていた。

「なおった! ナガセ! よわいのやっつけた! すごいすごい!」

 黒髪が俺の腕をぶんぶん振り回して喜びを表現した。

 治療した女たちが、おずおずと俺の所に歩いてくる。そして、目の前まで来ると、俺に抱き付いてきた。

「こわかったよぉぉぉぉぉ!」「ありがとう! ありがとう!」「ふぇぇぇぇええ!」

 俺は複雑な気持ちになりながら、されるがままにされていた。

「俺は……俺は……」

 冷徹な判断と、非情な決断を下した俺に、ここまで無垢な感謝は筋違いだった。だが彼女はそのことを理解する知能はない。また過ちが繰り返される。

 俺は女を突き飛ばそうとした。

「あの……わたしもたすけて!」

 倉庫に声が響いた。見ると金髪の取り巻きの一人が、俺の所に走ってきた。

「わたしおなかいたいの! あたまもがんがんするし! からだのまがるところがいたいの!」

「わたしも! おなかいたいし! くだものたべてもはいちゃうの!」

 その数はどんどん増えていく。やがて金髪を除く生き残った全ての女たちが、俺の所に集まってきた。

 俺は少し怖くなってきた。何か見えない力に突き動かされているようで。俺の中にいる赤い竜が目覚めるようで。俺は責任を取れるのか。よしんば責任を取れたとしても、その先に何かが残るのか。

 答えは出ない。俺は未来を見通す力を持って無いし、過去を知る力もない。

 それでも――

「薬は飲んだか? まずは身体を洗って様子を見よう」

 ここには俺しかいないのだ。

 俺がこいつらを助ける。俺がこいつらを無事他の人間の元へ送り届ける。俺がこいつらを守り通す。

倉庫にポッドから出て来た女を残し、俺は残りを引き連れて、シャワールームに向かった。水が循環しているので、今は使用できる。俺は女たちを並ばせて、洗うことにした。だが俺は恥知らずではない。まず従順な黒髪を洗ってやり、黒髪に他の女を洗わせることにしよう。金髪は……俺が無理矢理洗う他あるまい。

 俺はまず黒髪のライフスキンを脱がせることにした。

「その……大変失礼なことだが……許して欲しい。いずれ不快に思う時が来たら、償いをする」

 ライフスキンを繋ぎ止める、チョーカーのロックを外す。すると、バナナの皮が剥けるように、ライフスキンの薄い布が捲れていった。その下には特殊な洗浄オイルに濡れた、艶めかしい肢体があり、俺は反射的に目を背けた。

 黒髪は感嘆の声を上げる。きっとどうやっても脱げなかったものが、あっさりと剥がれたのだから、驚いているのだろう。すると何を思ったのか、黒髪は俺のチョーカーに手を伸ばした。

「ナガセも! ナガセも!」

「おいこらよせ!」

 俺は悲鳴を上げたが、間に合わなかった。ライフスキンが捲れていき、俺の身体を露わにした。

 俺の胸には大きな傷跡があった。胸から腹にかけて、鋭利な刃物で切り裂かれた傷だ。傷口は縫われており閉じている。だが荒い治療で、肉にはひだが出来ていた。

 黒髪は凍り付き、じっと俺の傷口を見つめた。俺は彼女の肩を掴むと、力ずくで後ろを向かせた。

「今見とことは内緒にしてくれるか?」

 俺は素早くライフスキンをまとい直すと、出来うる限り優しい声色で黒髪に言った。

「うん……ナガセ。どうしたの? それ」

「今は知らなくていい」

 俺は黒髪の身体を一通り洗うと、それと同じことを他の女にするように指示してから、シャワールームを出た。俺は金髪を探し出すと、襟首を引っ張って、無理やりシャワールームに連れて行った。

「いやだ! はなせ! なにをするつもりだ!」

「弱いのをやっつけるんだよ」

「うるさい! わたしはつよいぞ! よわいのになんかまけない!」

「そうか。言っておくが、弱いのは俺より強いんだぞ? 弱いのと戦うのは、まずは俺を倒してからだな」

 すると金髪はまた背負い投げされると思ったのだろう。急におとなしくなり、自分の脚で立った。

「わかった! はなせ! じぶんでやる!」

 金髪は俺を睨み付けながらシャワールームに入って行く。俺はそれを見送ると、顎に手を当てて思考した。

「ノミ、シラミ、寄生虫などはこれでカタがついた……か。次は飯だ」

 俺の目の前を鼠が走っていく。怯える様子はない。完全に人間に慣れて、舐めていた。そいつは廊下の真ん中で止まると、俺のことを見上げた。餌を見るような眼つきだった。

 俺は近くに転がっていた木っ端を拾い上げると、鼠に向かって投げつけた。ピィ、と短い悲鳴を上げて、鼠は串刺しになる。俺はまだ息のある鼠の尻尾を摘むと、目の高さまで持ち上げた。

「これが食えるといいんだが……今はよしておくか」

 俺は起きたばかりの女たちに、果物を与えるため倉庫に戻った。

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