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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
84/241

処理-1

 ロータスの反乱から一二日が過ぎた。

 最初の五日間は彼女たちの回復に丸々使い、それから七日間は荒み切ったアメリカドームポリスの回復を行っている。

 端的に言えば異形生命体の死体の処理、勝手に運び出された物資の確認と収納だ。異形生命体が徘徊している区画は危ないので、最初に決めたように餓死を待つ事にした。とにかく今は、使える区画を住めるように改築するのが最優先だ。

 色々あったが作戦は完了。ドームポリスが二つに増えたので、俺はアメリカドームポリスを避難地ヘイヴン、彼女たちの居たドームポリスをゼロと呼ぶことにした。

 ここを新たな拠点に、さらなる奥地に人類を探しに行かなければならない。

 その日、俺は松葉杖をつきながら、ヘイヴン内部を見回っていた。

「ヘイブン内の戦力で、一個戦機(人攻機を中核に据えた部隊)中隊は運営できる。バイオプラントも再稼働の見通しが立ったし、飼料の栽培もできるようになった。家畜を囲えるな……これで前より楽が出来るはずだ。リリィとサクラが全快したら、そちらも考えるか」

 作業用デバイスをペンで突きつつ、俺はぶつぶつと独り言をこぼす。そして廊下を曲がった時、ばったりサンと出くわした。

 彼女は廊下に屈みこんで、隅っこで激しく吐いている。何事かと思ったが、その理由はすぐにわかった。彼女は異形生命体のフンを詰めた、死体袋を引きずっていたのだ。フンはただでさえ臭いのに、それが腐敗しているのだ。かなりきつい仕事だ。

 サンは俺に気付くと、無理やりえづきを抑え込む。そして口の周りの吐きカスも拭わずに、気を付けの姿勢をとった。

「ちゃんと……仕事してます……」

 それを見た俺の心は、強烈に傷んだ。そして彼女をそうさせているのが俺への恐怖だと分かっているので、とてもやるせない気持ちになった。だが表情に出してはいけない。俺より遥かに、彼女たちの方が傷んでいるのだから。俺は口元をきつく引き締めた。

「今吐いただろ……少し休め……」

「でも……」

「いい。もう脅かすような敵はいないんだ。ゆっくりやれ」

「でも……! ぇう!」

 サンはその場で蹲り、両手で口元を覆う。間を置かず彼女の両手から、吐しゃ物がぼとぼととこぼれ落ちた。

 分かっている。俺がいる。俺が脅かしている。でも守りたいのは本心なんだ。だけど俺では守れないのが現実なんだ。だから他の人類を見つけないと。

「いい。続きは俺が運ぶ。休んで来い。他にも無理している奴がいたら休ませろ」

 俺はサンから無理やり死体袋を奪い、ゲロが付くのも構わず、彼女に気を付けを止めさせた。

 サンは俺から距離を取り、びくびくと顔色を窺っている。やがて遠慮がちに聞いてきた。

「ロータスは……」

 それだけは譲れん。俺は視線を尖らせると、殺意を込めて彼女を睨んだ。

「お前も死にたいのか……」

「失礼しまぁす!」

 サンは地面に頭をぶつけそうな勢いでお辞儀をすると、俺の前から逃げていった。

『サー。何も驚かせる必要はないのでは?』

 サンが完全に視界から消え、その足音も聞こえなくなったころ、アイアンワンドが話しかけてきた。覗き屋め。一部始終を見ていたらしい。俺は死体袋を引く紐を肩にかけて、松葉杖での歩みを再開した。

「ロータスを処刑する時、言ったはずだ。奴の話はするなと、した奴も処刑すると。サンは処刑されなかっただけ、ありがたく思って欲しい」

 アイアンワンドは、溜息に似た雑音を漏らす。強情な俺を、やれやれと言っているようだった。

『そろそろ許されてはいかがですか?』

「分かってないなポンコツめ。俺はロータスに許しを請う側だ。無力化以降、無意味な暴力を振るったのだからな。ロータスを許すのは、彼女たちの仕事だ」

『もし許さなかった場合、如何なさるので?』

「人を殺そうとしたんだぞ? 処刑する。心配しなくても形式上俺が手を下したことになる。彼女らの罪にはならん。どの道奴には『一度』死んでもらう」

 ここでアイアンワンドの声が、俺を皮肉るような調子になった。

『やり方が文明的ではないと思えるのは、私だけでしょうか? 皆の意見を求めず、サーの独断でこの裁きは下されました。余りにも独善的だと思えます』

「重々承知だ。人治など人の形をした猿のすることだ。だが法治を実現するには、人手がないし、環境も悪いし、規模が小さすぎる。それに何の法を採用する? 今できる最善の選択がこれだ――と記録に残しておけ」

『サーだけは、人類と合流後、法の裁きを受けると。ご自分だけ文化の恩恵を受けるのは卑怯ではありませんか?』

「一応俺は法が定めている、全体の幸福の追求と、公正さ、そして正義に則っている。それに俺は、ロータスの裁きにノったんだ。こっちの裁きにもノッてもらう」

 話すうちに、非常階段に辿り着いた。エレベーターが故障中である今、彼女たちは非常階段を使って階を移動している。当然人通りは多く、デージーやマリアとすれ違った。彼女たちは一様に、俺を見て肩をびくつかせる。その後自分の仕事が分かるように運ぶものを見せたり、雑巾を広げたりした。

 ピコの時も似たような状況になったが、今回は和解なぞ出来そうにない。ピコの時は子供の駄々に近いものがあったが、今回は自分の身に危険が及ぶと心底怯えているからだ。

 彼女らは自分が仕事をしているとアピールした後、ちらと階段の踊り場に置かれた『それ』を一瞥する。そして『いつまで放っておくのか』と、暗い視線で訴えて逃げていった。

 彼女らの視線の先には、存在感のある黒いボックスがある。正方形で、大きさは人一人がくつろげるくらいだ。鉄でできているが、一面が鏡張りになっていて、俺の姿を映していた。ボックスの下部には穴が空いており、真下に受け皿となるトレイが敷かれている。そこには人糞と尿が溜まっており、辺りに異臭を放っていた。

 俺はボックスに歩み寄り、トレイの汚物を死体袋に移し替える。その際ボックスがガタリと揺れて、何者かの呻き声がした。

 無視だ。非常階段の踊り場にあるダストシュートへ、汚物をまとめて捨てる。そして空になった死体袋を持って、その場を後にした。

 自分がいかに、非人道的な処罰を与えているか分かっている。だが俺はこれ以外の方法を知らない。そして手を抜くことはできない。ここで失敗すれば、ロータスはきっと復讐のため、皆を殺すだろう。

 俺には愛がない。温かくロータスを更生させる術を忘れてしまった。人を愛せず、自分すら愛せないから。

「アイアンワンド……俺はイカれている……俺を殺してくれ……」

『サー。私では、まだサーに勝つ事が出来ません』



 アタシは身動ぎする。すると全身を鈍痛が襲い、一瞬で意識は微睡まどろみから覚めた。

「……てぇ! 痛ッ……いてぇぇぇ!」

 のたうち回ったけど、四角い箱か何かに閉じ込められているみたい。手足は硬い壁を蹴り、自由に動くことができない。そのうえ動く度に、鈍痛が酷いものになっていく。仕方なくアタシは自分の体を抱きしめて、痛みを耐える事にした。

 何でこんなに身体が痛いの――ってそうだ! あのチ○ポ野郎に好き勝手身体を弄ばれたんだ。よくもアタシを辱めやがって。このお礼は絶対にしてやる。

 痛みが引いて余裕が出てくると、自分の置かれた状況が気になるモノ。アタシはきょろきょろと周囲に目をやった。

 どうやら鉄の箱に入れられているらしい。上下左右背後は鉄張りだが、正面だけがガラス張りで、そこから外の景色が見える。察するにこの箱は、階段の踊り場に置かれてるようだわ。

 ガラスから差し込む微弱な光で、箱の中は仄かに照らされていた。アタシは闇に浮かぶ自分の身体を見て、ものすんごいへこんだ。

 あの麗しきナイスバディが見る影もない。胴体は痣だらけだし、右指と左腕には添え木に包帯が巻かれていた。そして両の太ももには、大きなガーゼがベッタリと貼られている。

 つーかこのガーゼなに? この下がジンジンして物凄く痛いンだけど。興味がてら、ガーゼをめくってみる。

 アタシは短い悲鳴を上げた。太腿の皮膚が、まるで毒の沼の様に濁った黒に変色している!

 何すんだ! アタシの麗しいカモシカのような足が!

 原因はあのチ○ポ野郎で間違いない! ショットガンなんかで撃つからだ!

「ああ……アタシの足……足がこんな……あのチ○ポ野郎……何て事しやがるんだ!」

 立とうとしたが、痛くて立てない。嘘でしょ。じゃあこの箱から出れないじゃん。苛立ち紛れに、鉄の壁を拳で殴る。するとその衝撃が全身に伝わって、鈍痛を巻き起こし私は悶えた。

 馬鹿やってる場合じゃないわ。ひとまず助かったみたいね。さっさとここから出ないと。それから隙を見て、アタシをこんなにした童貞チ○ポ殺してやる。

 アタシはガラスに張り付いて、誰か来ないか気を配った。しばらくすると、階下からマリアが上がって来る。作業着姿でモップとバケツを担いでいるから、掃除でもしてんだろ。

 ちゃ~んす。こいつ日和見主義だから、舌先三寸で丸め込める。

「マリア! 助けてくれる!?」

 アタシが声をかけると、マリアは飛び上がって驚き、掃除用具を床に放り出す。モップが床を転がり、バケツの中の水がそこら中に飛び散った。

 ラッキー。こりゃ後始末に手間がかかるわね。その間に上手い事同情させてやる。

「ねぇ! やり過ぎたけどアタシたち友達でしょ! 助けて! 足が痛くてしょうがないの!」

 アタシは我ながら涙を誘う、悲痛な悲鳴を上げる。だがマリアはこちらに顔を向けず、せっせと溢した水をモップで拭き始めた。

「ねぇ! ねぇってば! 無視しないで! 脚から血が出て止まらないの! 指も腐って……変な匂いが……もう……意識が……」

 そして目を瞑り、気を失った芝居をする。これなら飛んできてここを開けてくれるでしょ。アタシは哀れな被害者になって、救いの手が伸びるのを待った。

「よし……っと」

 マリアの声がする。そしてそのまま、足音が遠ざかっていく。驚いて目を見開くと、マリアはこぼした水の始末を終えて、踊り場から廊下に出たところだった。

「えっ! ちょっ! ま! 待ってよ! 待てよこの尻軽マ○コ! 待てって! 無視するなァァァ!」

 次に階下から、アジリアとサクラが上がって来た。あの頭でっかちども、一つの作業用デバイスを互いに覗き込み、何かを話し合っていた。

「だから一生懸命探していると言っているだろう。欲しいコードと端子が見つかったらすぐ持って行く」

「へー。そー。ふーん。それで? 早くバイオプラントを復旧させる部品が欲しいのだけど」

 サクラは真顔のまま、機械的に答えている。かなり頭にきてるようだわ。アジリアも同じ問答を繰り返したのか、ピリピリしていた。

「だから――まず優先すべきは、今ある物資の確認と整理だ。バイオプラントは二の次! 再稼働に一月、収穫までに一月かかる計算だ。整理のついでに部品は探しておく」

「へー。そー。ふーん。それで? それはあなたの考えで、あなたの仕事の話しでしょ。私はナガセの考えで、私の仕事の話をしているのだけれど。早くバイオプラントを復旧させる部品が欲しいのだけれど」

「ナガセも物資の確認に力を入れているだろ! ロータスみたいにまたアホが暴れんようにな!」

「でも私にはバイオプラントを直すようにお願いされたわ」

 アジリアは溜息をついて足を止める。そして階段の踊り場で、サクラと見つめ合った。

「電撃の件……まだ根に持ってるのか……謝っただろ……」

 サクラは冷たい視線でそれに応えた。

「奪還作戦の前、突入する時に言ったわよねぇ。『何でも一つ助けてくれる』って。今助けてもらおうかしら」

 するとアジリアはキレた。いい加減にしろと言わんばかりに、電子ペンを床に叩き付ける。

「今はそれどころじゃないだろ! いいか!? 私はあの化け物に興味はない! むしろ反吐が出る! お前の好きにすればいいじゃないか!」

「いきなり大声あげないでよ。はしたない。やっぱり部品はいいわ。見つかったら言って」

 サクラはそう言ってアジリアに見切りをつけると、すたすたとボックスの前を横切っていった。どうやら目的は嫌がらせだったようだ。やっぱイッてるわコイツ。

 おっと。メンヘラの醜い争いに見とれている場合じゃねぇ。こいつらは自由にはさせてくれないけど、もっと上の待遇にしてくれる。

「お二人さん乳繰り合ってるところ申し訳ないんだけど~。ねぇ! 助けてくれる!?」

 サクラはボックスの方を見ようともしない。まるで私が存在しないかのように振る舞っている。アジリアはアタシを一瞥して、軽く鼻を鳴らしただけだった。そして電子ペンを拾うと、サクラの後に続いた。

 ちょっと待てフザケンナ! このままアタシをほっとくつもりか! 閉じ込められるのはしゃーないけど、こんな檻の中の動物以下の扱いはヤだぞアタシ!

「ねぇ~お二人さんが偉いのは知ってるのよぉ~あれはほんとに謝る。謝るからお願い~ねぇって! おいタンポンにこびり付いた血ィ見たいな真似してんじゃないわよ! ここから出してって――」

「あら。ナガセ。仕事は私たちでやりますので、おやすみになって下されば宜しいのに」

 サクラが廊下の曲がり角で停まり、そのような事を言った。

 途端アタシは総毛だち、震えに襲われた。

 曲がり角の陰に。あいつがいる。

 先まで溢れていた闘志も、殺意も、生気も、あいつが傍にいるって分かっただけで、萎えてしまった。代わりにあいつに味あわされた苦痛の記憶が、恐怖となってアタシを押し潰す。

 ヤバい。何されるか分かんない。今私は身動きが取れない。怖い。逃げられない。

「用事だ。マリアがちょっとな。気にするな」

 アジリアも曲がり角に差し掛かり、サクラに並んだ。そして人間が表現できる限りで、最大の侮蔑の表情を作った。

「いいご趣味だ」

「ほざけ」

 三人はそれから小さな声で、何度か言葉を交わす。そしてアジリアたちは廊下を曲がり、入れ替わりにナガセが姿を現した。

 いつものライフスキン姿。だが松葉杖をついており、ザンバラだった髪型は、短く刈り上げられている。どうやら戦闘で焼けたため、切って揃えたらしい。ンなことはどうでもいい。アイツこっちに歩いて来る。

 ナガセはボックスの蓋を開けた。ボックスには完全に開かないよう鎖が駆けてあるのか、じゃらりと金属の鳴る音がした。

 隙間からナガセが、アタシの様子を窺っている。とっても冷たい目。マシラやジンチクを見る時の目。それも生きてる奴をじゃない。死肉を見るぞんざいな目だ。

 ナガセは溜息をついた。

「ちゃんと死んでいるようだな」

 ナガセはゴミを捨てるように、隙間から水の入ったボトルを入れる。そして蓋を閉じて、どこかに行ってしまった。

 残された私は、呆然とするしかなかった。いや。アイツに何もされなくて良かったけど、このまま放置もキツイッつーの。つーかアイツ、アタシをどうしたいんだ。アタシこれからどうなるんだ。

「な……なんなんだ……って出せよ! 出せよォォォ!」

 誰か。アタシの声を聴いてよ。

 アタシを助けてよ!

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