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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
81/241

嗜虐-5

 まずい! このままだと俺はミンチになって、あいつのションベンで料理される!

 自律誘導爆弾の初期設定は単純だ。ロックオン対象の一メートル内に侵入し、三秒後に起爆する。つまりこの忌々しい金属ダルマは、一メートルの距離を保っていれば爆発しない。

 問題は誘導方式だが、この銃撃の中で俺に狙いを定めたのだ。熱源探知だ。

「クソが……」

 身に纏う装備から、工具とライト、デリンジャーを取り外す。そして匍匐前進をしつつ、まるで芋虫が脱皮するようにライフスキンを脱ぎ始めた。床にスキンを抑えつけ、身体で擦るように器用に脱衣する。スキンと身体の隙間にはオイルが塗ってあるので、まるで茹でたソラマメの皮をむくように、二秒もかけずスキンを脱いで全裸になれた。

 心残りがある。回収した手紙が……ライフスキンの中に……だが今は命が大事だ!

 俺は工具からマッチを取り出すと、床に擦って火を点ける。そして真後ろに残した、スキンの抜け殻へと放り投げた。スキンのオイルが燃え、そこに人型の炎が上がった。

 自律誘導型爆弾は突如現れた熱源に、一瞬戸惑ったようである。急停止し、狙いを定めるようにその場で回転する。やがて燃える抜け殻の傍に、転がり寄って静止した。

 俺の残した抜け殻を、目標と誤認知したようだ。元々人じゃなくて、基地の機関部を吹き飛ばすもんだからな。高い熱源の方に食いついてくれたか。

 俺はその隙に、爆弾から数メートル先の、部屋の中へ逃げ込んだ。ドアを閉めて数秒後――廊下が爆音とともに揺れる。そして部屋の壁の中央が割れて、内側へとめくれ上がった。

 伏せていた俺が、めくれた壁に傷つけられることはなかった。だが衝撃波が室内で荒れ狂い、俺を滅多打ちにしていった。まるで金づちで頭を殴られたように、視界が何重にもぶれる。耳鳴りで音が良く聞こえない。混濁した意識が、身体の動きを酷く鈍いものにする。だが停まる事は出来ない。

 俺は埃の舞う中を、手探りで這って廊下に出た。

 廊下は先程の爆発で、完全に破壊し尽くされていた。爆発現場の床は崩れ落ち、下階に続く大きな穴が空いている。その近くの鉄の壁は爆風で剥がれおちており、代わりに僅かな火の粉を散らすだけだった。空気が焼けて、非常に息苦しい。何度か呼吸をするうちに、のどが焼けて軽くむせた。

「火薬の量が……グレネードとは段違いだ……」

 俺は呻きながら、泥のような身体を何とか立たせる。そしてふら付く足取りで、現場から離れる事にした。

 レイルライフルによる攻撃は止んでいる。きっとすぐに俺の死体を確認しに来るだろう。その間に距離をとらないと。

 暗闇の中、壁に体重を預けて廊下を進んだ。眼に入る小部屋のドアを、片っ端から確認していく。そして鍵のかかっていない一つの部屋へ、仰向けになって倒れこんだ。

 俺は薄暗闇を見上げながら、乱れた呼吸を整える。そして目だけで部屋の内装を調べた。

 掃除用具室らしい。部屋の両脇にはロッカーが並べられており、キャディトレイ(掃除用具を持ち運ぶ入れ物)がその近くに置かれていた。奥には新品の段ボールが積んであり、表面にはモップや雑巾の絵がプリントされている。そして隅には、水溜と蛇口があった。

 ここで道具を調達するか。俺は立とうと足に力を籠めようとして――激痛に呻いた。顔をゆがめつつ痛みを感じる足を見ると、そこは鉄片を踏んで血が滲んでおり、焼けて黒く煤けていた。太腿から腹にかけても、幾つか切り傷が出来ている。

「爆破現場を……すっぽんぽんで歩いたからな……」

 俺は足に突き刺さった鉄片を、無造作に引っこ抜いた。

 これだとロータスが血の跡を追って来るな。痕跡を消さないと。

 俺は段ボールからモップと雑巾を取り出した。モップの糸状の毛先をほぐし、細長い紐にする。それで傷口の近くの血管を縛り、簡単に止血した。それから雑巾で血を拭って、脇の下に挟んで体温で温める。それはこの部屋の通風孔に投げ込んで囮にした。今度は別の雑巾を水で濡らし、それで身体を擦って体温を下げた。最後に雑巾を足と腰に縛り付け、質素な衣服とした。

 もう少し物色していたいが、いつまでもチンタラしている訳にはいかない。俺は掃除用具入れから飛び出すと、全走力でその場から逃げ出した。

 俺が廊下を走って数分後、掃除用具室のある方角から、レイルライフルの銃撃音が響いてきた。囮を蜂の巣にしたのだろう。

 正直今のロータスに近づくことはできない。だがあまり離れすぎるとアイツは標的を俺から彼女たちに変更するだろう。そうさせないために、ちょくちょく挑発を入れないといけないな。

 俺は廊下を駆けながら、防火戸を何枚か閉じて時間稼ぎを行った。

 そこで閃いた。

 消防設備……待てよ……待てよ! さっき資料室があったはずだ! 俺が通風孔から引きずり出された時、降り立った廊下だ!

 そこの消防設備は消火による資料の汚損を塞ぐため、スクリンプラーに水や薬剤を散布しない。ハロンガスを使っている!

 ハロンはオゾンを破壊するが、人体に有害ではない。吸ってもヘリウムの様に声が高くなるだけだ。しかしこの状況を上手く使えば、奴を昏倒させる事ができるかも知れない!

 俺はロータスの気を引くように、防火戸を弄り大きな音をわざと立てる。シャッターが下りる音を聞きつけて、彼方からレイルライフルが壁を吹き飛ばす音がする。だが距離をとれたのか、ここまでは届いてこない。

 ロータスはアイアンワンドから情報を受け取り、シャッターの稼働場所と、弾がそこまで届かなかったことを知ったのだろう。急に銃撃が止み、ゴムで床を擦る様な不気味な足音が微かにし始めた。俺は彼女と鉢会わないように細心の注意を払いつつ、資料室に戻るルートを探すことにした。

 複雑怪奇な通路を、迷う様に行き来する。気分はミノタウロスの迷宮に置いて行かれた生贄そのものだが、多くの道を歩むにつれて頭の中の地図が埋まっていく。ある程度土地勘を身に着けると、電気が生きている区画に身体を晒して、アラートを鳴らして撹乱しておいた。

 暗闇に警報が鳴り響き、赤の回転灯が目まぐるしく稼働する。このやかましい音だ。音響センサで俺の立てる音も拾いにくくなる。今のうちに資料室へ急がねば。

 十分程をかけて、俺は最初銃撃を受けた、縦に長い廊下へと戻って来た。その頃にはアラートは切られて、再び闇にしじまが広がっていた。

「一番デカい部屋……一番デカい部屋……」

 失血と疲労で、上手く頭が働いてくれない。俺はうわ言の様に繰り返しながら、整然と並ぶ資料室から、一番ドアとドアの感覚が大きいものを選んだ。

 資料室へのドアはスライド式で、脇にカードリーダーが備えられている。カードは持っていない。暗号も知らない。当然ロックがかかっていて、力を込めてもドアはスライドしなかった。

「だが……一度アイアンワンドがここを支配したんだ……俺たちが使えるようになっているはず……」

 カードリーダーのパネルを開き、その中にある非常用コンソールを露出させた。コンソールが緑の光を放ち、八ケタの暗号を要求してくる。まずは12345678と打ち込む。標準的なプリセット番号だ。アラート。駄目。なら00000000か? アタリ。コンソールが電子音を鳴らし、スライドドアで錠が外れる音がした。

「あのブリキ痴女め……生き残ったら……キスして……油を差してやる……」

 俺は笑みを浮かべると、倒れ込むように資料室に入った。すると床に埋め込まれた非常灯が点灯し、内部を微かに照らした。

 室内の広さはテニスコート四枚分くらいだろうか。格子状の通路を作るようにパイプ棚が整列し、そこに資料の入った段ボールが乗せられていた。

 俺は気力を振り絞ってキリキリと動いた。棚を固定するネジを工具で抜いて、引き倒すことで入り口にバリケードを築き上げる。パイプ棚なので隙間だらけだが、そこには資料の入った段ボールを詰めた。

 これで準備完了だ。俺は消防設備のコンソールを使い、ハロンガスを噴射させた。

 ガス栓をひねったかのように、スクリンプラーからハロンが放出される。同時に資料室のドアと通風孔にシャッターが下り、室内は完全に密閉された。こうして室内にハロンを充満させて、消火を行うのだ。

 資料室には霧のような気体が充満し、徐々に視界を奪っていく。それは床の非常灯の光を弱め、足元に光のモヤを産み出した。

 俺は入り口のある壁の隅で床に伏せると、固定された資料棚にしがみ付く。そしてロータスが来るのをじっと待った。

 ガスに付与された腐った玉ねぎのような臭いで、頭がくらくらする。そして荒い息とともに漏れる声が、徐々に高音になっていった。

 死にはしないがキツイ。何をしている。気を失う前にさっさと来い。俺はメスで太腿を突き刺し、痛みで失神するのを何とか堪えた。

 やがて廊下から、ゴムで床を擦る様な、特徴的な足音が聞こえてきた。足音はボールの転がる音をいくつも引き連れており、俺の居る資料室の前でピタリと止まった。

 どうやらロータスの奴、自律誘導爆弾を調達してきたようだ。

「隠れたつもりか!? ばぁかじゃねぇの警報鳴らしたらばれるに決まってんだろ! そこにいるのは分かってるのよん! いまからタマタマ(自律誘導爆弾の事だろう。糞みたいなネーミングだ)を送り込んでやるから派手に逝けやばぁぁぁぁか!」

 ロータスは恐怖を煽るように、資料室のドアを殴りつけてきた。そしてレイルライフルの通電音の後、ドアにシャッターを貫通する大穴が空いた。

 次の瞬間。資料室に嵐が巻き起こった。

 室内の空気が一斉に暴風となり、ドアから室外へと流れていく。室内の資料が暴風に引きずられ、ドアに空いた穴に吸い込まれていった。穴に詰まった資料はズタズタに引き裂かれて、室外へと吐き出されていった。

 俺はとにかく資料棚にしがみ付き、暴風に攫われて穴に引き吊り込まれないように必死だった。

 暴風が吹き荒れたのは、ほんの一瞬だ。すぐに風は弱まり、穴には資料が栓のように詰まった。俺は資料が舞い散る中、のそりと身体を起こした。室外にはロータスがいるはずだが、資料室に乗り込んで来ることも、口汚く罵る事もしないでいる。あの暴風をまともに食らったのだ。吹き飛ばされて、背後の壁に叩き付けられたに違いない。ウリエルは頑丈だが、中にいるのは所詮人間だ。ショックで身動きが取れないのだろう。

 上手くいったな。最初にサーモを狂わせてなかったら、外から狙い撃ちにされていたかもしれん。

 この暴風の原理は簡単だ。密閉空間にハロンを入れたため、気圧が高くなったのだ。部屋を風船に例えると分かりやすい。風船には部屋の空気が入っているが、更にハロンガスを注入されて膨らんだ。そこに穴を開けたため、勢いよく吹き出して、巨大な空気砲となった訳だ。

 奴が動けなくなった今がチャンスだ。今のうちにウリエルに近づいて、強制排出ボタンを押すなり、装甲の隙間からメスで刺し殺すなりしなければならない。だがロータスは自律誘導爆弾を引きつれている。下手に近づけはこちらが危ない。

 俺は満面に、凶悪な笑みを浮かべた。

「自業自得だぞ……雌豚」

 俺は入り口に築いたバリケードに滑り込み、うつ伏せになって耳を手の平で覆う。すると室外から、電子音がした。

 起爆範囲。一メートル内。

「……なんで……なに……なにが……あの腐れチ○ポめ……ぁ? え? 何でそこで停まってんのよ……あぶないじゃない――――」

 ロータスの間抜けな声を最後に、凄まじい衝撃が俺を飲み込んでいった。

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