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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
73/241

亀裂-4

「アイアンワンドの全権だと……? そんなものの為にこんな事をしたのか!」

『そんなもの程度なら、私に捨ててくれてもいーんじゃないの?』

 冗談ではない! 貴様が力を持つと、碌なことにならないのは分かり切っている!

「貴様には過ぎたオモチャだ!」

 私が吐き捨てると、ロータスは気分を害したように声を潜めた。

『聞き訳のない糞バカヤローだなぁ。ま、別にいいんだけど。次はローズね。今度はお腹じゃなくて、四肢の先端からにするわ』

「待て! 早まるな!」

『私に言われてもぉ……死にかけてるのは私じゃねーしさ……』

 風を切る音がした。きっと受話器を動かしたのだろう。そしてスピーカーから、引きつった呼吸音が聞こえて来た。

『たすっ……たすけてぇっ……痛い……痛いんだよぉ……しにたくなぁい……しにたくなぁい!』

 リリィだ。まるで激しい運動をしたように、苦し気な呼吸を繰り返している。それに反してすっかり元気をなくした声色が、彼女の命が危うい事を暗に示していた。

 プロテアが怒りをぶちまけるようにして、壁を激しく蹴りつける。そして「ちくしょう」と大声を上げた。アイリスがヒステリックに、「クソヤロー」と連呼する。

 ロータスは痛くもかゆくもないように、遠くからケラケラとその様子を嘲笑い続けた。

『後六十秒で決めてね。それすぎたら切るから』

 廊下に出ていた私とプロテアが、互いに顔を見合わせる。できればみんなと相談したいが、そんな暇はない。ロータスを打ち負かすチャンスはあるかもしれないが、リリィに次はないのだ。サクラにも同意を得ようと、私は隣へ視線をやる。するとそこには誰もいなかった。

 まさか――廊下の奥を見るとちょうど暗闇の中に、走るサクラの背中が消えたところだった。

「サクラ! どこに行く!」

 廊下で駆け足の音が止む。そして感情の籠らない、彼女の声が返って来た。

「七階の消防管理盤の前でしょ……終わらせて来るわ」

 ふざけた事を言うな。その軽率な行動で、人の生き死にが決まるんだぞ!

「リリィはどうなる!」

「自業自得。ナガセを殺そうとした罰よ。ローズも……ロータスもね」

 再び駆け足が始まる。このままだと取り返しがつかなくなる。お前とは喧嘩をしたくはないが……致し方ない!

「アイアンワンド! サクラは暴徒だ! 暴徒鎮圧! 気絶するまで電気を流せ!」

『マム・イエスマム』

 廊下の闇が、空中に迸る紫電で払われた。そして走るサクラの姿が浮き彫りになる。彼女はその姿勢のまま凍った様に固まったところだった。そしてうつ伏せに倒れ込み、四肢を魚の様に跳ねさせる。しばらくすると紫電は収まり、廊下には静寂が戻って来た。

『バイタルチェック完了。マム・サクラは気絶しました』

 私はプロテアの背中を押した。

「縛って達磨にして近くの部屋に放り込め! これ以上ややこしくするな!」

 自らの蛮行に、やや口調が荒くなる。くそっ! くそっ! くそっ! どうして私はこんな事を……。皮肉だな今ではローズの気持ちが痛いほどわかる。昔持っていたはずの躊躇いを、目的の為なら捨てられるようになったのだ。

「後でヒデー喧嘩になるぜ……?」

 プロテアがサクラを回収しに行く途中で、私にそう言い残した。

「後があればの話だがな……」

 問題は腐るほどある。ロータスのタガが何処まで外れているか分からない。そしてこのドームポリスに、どんな危ないオモチャが眠っているかもわからない。それらを好きに出来るロータスが、一体何をしでかすのか想像することすら難しい。

 それにアイアンワンドを奪還するチャンスがあるとは思えない。私はナガセを相手に刃向かえたが、それは奴が許したからだ。そして今のアイアンワンドも奪ったものではなく、譲られたものなのだ。

『あと十秒~』

 ロータスが時間の経過を告げてくる。私は今出来うる限り考えを巡らせて、一つの案を捻り出した。

「アイアンワンド。私の最上級アカウントをロータスに譲れ。だがその命令の成立前提は、『我々全員の存命』という『状況の限り』だ。いいな」

『マム・イエスマム。最上級アカウントを、マム・ロータスに委譲します。この命令は『マム全員の存命』という『状況に限り有効』となります』

 これで奴は我々を殺すことはできまい。それにリリィを殺す訳にもいかなくなった。これが今私に出来る精一杯だ。

 ロータスが不機嫌そうに唸り声を上げる。だがしばらくすると、虚に向かって呼びかけた。

『アイアンワンド?』

『はい。何でしょうか。マム・ロータス』

『鏡よ鏡、鏡さん。あなたの絶対服従相手はだぁれ?』

『ロジックを推察するに、それは童謡を流用したジョークで御座いますね? アイアンワンドはあなたに対して絶対の服従と忠誠を誓います』

『ホント? じゃあアジリアは暴徒よ。暴徒鎮圧。レベル3』

 次の瞬間――私の身体に、裂けるような衝撃が走った。叫ぶ間もない。計器の針の様に四肢が振れ、肉体が言う事を聞かなくなる。肺が引きつり呼吸ができず、視界で星がちらついた。

 やがて電撃が止むと、私は切り倒された木の様に、地面に崩れ落ちる。耳鳴りでキンキンする中、ロータスの哄笑が鳴り響いた。

『オッケイ。ひとまずは良しとしましょ。リリィはこちらで助けておいてあげる』

 受話器の向こう側で、ごそごそと作業をする音がする。手当をしてくれているのか? だったらいいが。電撃で頭がぼうっとして、私は上手く物を考えられなくなっていた。

『あっ……それとぉ……我々の中にナガセって入ってるの?』

 途中でロータスが、思い出したよう呟いた。

『マム・アジリアの認識での『我々』とは、女性であると言う条件がございます。サーは男性です。よって含まれません』

 気の利かん奴だ。そこは嘘でもついておけ。これだからブリキヤロウは。

『七番ポッド……だったよね……それの停止。さっさと殺しちゃって』

『マム・イエスマム』

 私は朦朧とする意識の中、最後の気力を振り絞って顔を上げた。

「それは……よした方がいいな……」

『あのねぇ。手負いでも化け物は化け物なのよ。そんなミスは犯さないわ』

 私は息を吐くことで、辛うじて笑い声を上げた。

「死んでも化け物は化け物だぞ。サクラとアカシア、アイリスが、一斉に言う事を聞かなくなるぞ……ひょっとしたら他の奴も、命令をきかなくなるかもしれんな……死ぬ気でお前に襲い掛かるかも……奴はナガセの手ほどきを受けて、隔壁を乗り越え攻め上る術を知っているぞ……フフ……フフフフ……とめるには殺すしかなくなるな……」

 この台詞は、特に考える必要もなく口から滑り出た。だってそうだろ。私が常々危惧していた事だからだ。だから私は奴を生かそうとするのだ。だから私はまだあいつを殺せないのだ。

 殺したけりゃ殺せ。私は高みの見物をさせて頂く。あの化け物を拝む狂信者を、貴様がどうやって抑え込むのかをな。貴様は不器用でノータリンだ。ナガセの様なカリスマもない。殺す事しかできないだろ。

「お前……命令する人間がいなくなったらどうするんだ? 私は一向に構わんがな……ここで独りお山の大将を気取ってろ……」

 そしてお前は、その事実を無視できるほど、馬鹿でもないだろ? 仕事は山積み、人手がいる、権威を持てどそれを安全に振るえる状況にないはずだ。

 ロータスが思考を巡らせるように、唸る声がする。そして冷たい返事がした。

『アイアンワンド。こいつムカつくわ。レベル5』

 関節を力任せに引きちぎられたような衝撃が、私の全身を襲った。節々に切れ味の悪い鉈をゴリゴリ押し付けられているようだ。呼吸が出来ない。吸う事も吐く事もできない。代わりに口角から唾液が滲み、電撃に泡立って吐き出される。

 四肢は震えない。いや? 震えているか? 震えている。ただ余りに震えが細かいため、認知できないでいるようだ。

 強――烈――!

 少し経つと痛みが和らいだ。そして粉が水に溶けるように、全ての感覚が混ざり合っていく。それは良く分からない何かになり、私を暗い何処かへ連れ去ろうとした。

 だが私が完全にそこに落ちる前に、電撃が止んだようだ。良く分からない何かの感覚は、それ以上強まる事はなかった。その代わり痛覚が息を吹き返し、気だるさが瞼を抑え込んできた。

 上半身が冷たい。だが下半身は生暖かい。ああ。これは。ちびったな。クソ。まただ。恥ずかしすぎるぞ。パギを。同じことで。叱った。ばかりだと言うのに。あれ。私これと同じセリフ。でも状況が。おかしい。うまく。頭が。働かない。あれ。

 意識が。微睡に。引き込まれていく。

『七番ポッドの件は、如何なさいますか?』

 薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえて来た。

『そうね。今ナガセに何をしてるの?』

『DNAの解析と、外部免疫系による治療を並行して行っています』

『……どうせ直せないし……振りでもした方がいう事聞くわね……餌として使うか……っとぉ今の聞こえてた? ナシナシナシ! つっても忘れる訳ないよね。しょ~がねぇな~……』

 一拍おいて。

『こいつら全員暴徒。レベル4。やっておしまい』

『マム・イエスマム』

 衝撃。そして。私は落ちた。

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