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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
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邂逅‐4

 俺は二人の返事を聞くと、まずドームポリスの屋上へと向かった。地図に従って通路を歩き、天蓋へ続く階段を上っていった。やがて階段は行き止まり、目の前には屋上に続くハッチが現れる。ハッチはロックされていたが、パスワードを入力する必要なくあっさりと開いた。ハッチをいくつか経て、最後の隔壁を開ける。

 屋上に出ると、海から吹く潮風が俺を包み込んだ。鼻の奥に染み込む塩の香に、俺は鼻を手で覆う。鉄錆の匂いは慣れているが、こういった感覚は不慣れで未だに戸惑う。やがて鼻が匂いに慣れると、俺は手を離して辺りをざっと見渡した。

 屋上は白く滑らかな金属で覆われていた。表面は長年の風化を経て歪んでいるが、月光を反射し煌びやかな光沢を放っている。俺がその上を歩くと、金属は軽薄な反響を返す事無く、しっかりとした硬さを足の裏に返した。地球の環境再編中、ドームポリスを守るために開発された特殊な金属だ。

 この下には太陽光発電パネルがあるはずだ。そのためにはこの頑強な金属板を除けなければならないが、電気不足で中央制御室から切り離しを実行できない。だがコンピューターには非常時の措置が記載されていた。実行する前に安全確認をしなくては。

 俺は屋上の縁をぐるりと回り、ライフスキンの送信機を使って、要所に埋め込まれているセンサーで、屋上のブロックの状態を確認していった。センサーは、ほとんどが異常ナシの報告を送ってきた。

 屋上を回り終えてハッチに戻った時、俺は風鳴りの中の異音に気付いた。

 俺は反射的に、化け物を撃ち殺した草原に目をやった。そこでは森から出てきた化け物たちが、仲間の死骸に群がっていた。そして少し離れた所にある叢雲を、オモチャを弄るように小突きまわしていた。

「死体を始末するべきだったな……」

 俺は舌打ちをしてそう吐き捨てた。仲間から託された機体を、化け物のおもちゃにされるのは面白くない。ハラワタが煮えくり返る様だ。あの糞共、明日ドタマをブチ抜いて、脳ミソをぶちまけてやる。

 だがまずは太陽光パネルを開くか。屋上からハッチに降りて、その脇にあるコンソールを開く。中には一丁のピストルと、ピストルの銃口と同じ形をした点火プラグがあった。俺はピストルを取り出し、備え付けの点火剤を装填する。そして点火プラグに銃口を押し込んで引き金を引いた。

 コンソールはドームポリスの屋上に張り巡らされた導火線に火を配り、導火線は設置された爆薬へと火を送り届ける。やがて小爆発が連続して起こり、ドームポリスが細かく揺れた。少し間を置いて、金属同士がすり合う音がする。続いて地面に何かが落ちて、想い地響きを立てた。

 轟音が一通り終わり、辺りが静けさを取り戻すと、俺は再び屋上に出た。天蓋を覆っていた金属はもうない。屋上を頂点にいくつもの三角形のパーツに割れて、地面へと滑り落ちていた。いくつかのパーツが滑り落ちず、屋上に残っているが、後でどうとでもなる。そして金属板の下からは、防護ガラスに守られた、太陽光パネルが露出していた。

「ひとまずこれで良し。電気が溜まれば後は自動で何とかしてくれるだろう――後は」

 俺はじろりと横目で、草原を睨んだ。正確には草原にたむろしている化け物どもを。俺は怒りに大股になりながら、倉庫へと向かった。

 倉庫ではダストボックスに女たちが寄り集まっていた。どうやら天蓋を切り離した轟音に怯えているらしい。だが俺が倉庫に入って来ると、蜘蛛の子を散らすように倉庫の影へと逃げて行った。

 俺は女たちを無視して、先程組み立てた五月雨の整備に取り掛かった。まずはOSだ。ざっと確認したところ、この機体のOSは、新品同様で何の経験も積んでいない。これでは動かせても戦闘は難しい。俺のライフスキンのメモリにあるOSを、五月雨のOSに上書きした。これで随分とマシになったはずだ。だがこのOSは、叢雲という躯体で経験を積んだ。五月雨とは構造的な相違が多すぎる。その誤差を洗い出すために入念な動作チェックを行う。

 俺は五月雨が納められているケージを操作して、腰を支えに躯体を浮かせた。こうすれば四肢が地面から離れ、自由に動かすことができる。

 機体を踏ん張らせ、腕を振り、歩かせ、走らせる。そして前転やスライディングなどの動作もやらせてみる。もっともこれらはコンピューターシミュレーションで済ませるしかないが。

 あらかた機体の整備が済むと、今度は武器だ。倉庫の隅にある武器コンテナへと俺は歩いた。途中通った物陰では、女が二人、眠りこけていた。どうやら結構な時間がたったらしい。

 武器コンテナの中に足を踏み入れて、またもや俺は溜息をついた。

「ここもか……」

 このコンテナは銃器を中心に収められているらしい。人攻機用のアサルトライフルやハンドガン、ショットガンが、専用のラックにかけられている。武器は一種類につき三丁ずつ用意されていた。そして、その規格には統一性が無かった。

「世界中のメイン火器が納められている……分からんな……」

 俺はぼやくと、戦時中愛用していたアサルトライフルを探して、コンテナの中を彷徨った。俺の祖国、日本が盟主を務めるミクロネシア連邦のメイン火器だ。きっとあるだろう。

 目的のアサルトライフル、八八式戦歩ライフルは、コンテナの中央にかけてあった。見慣れた長方形型のライフルだ。銃身が短く、弾倉は上から差し込み、銃口のすぐ下に排莢口がある独特なデザインだ。八八式の後ろには薬莢がケースに入れて、ずらりと並べてあった。

 俺は五月雨のケージに戻ると、八八式が収められていたラックの番号をコンソールに入力した。ついでに弾薬も。武器庫からシャフトが伸びて、八八式と弾薬を一ケース、ワイヤーで吊って運んでくる。

 俺は八八式を一度ばらしてから、ケージ内にある給弾装置の上でもう一度組み直した。給弾装置は大きめのラックのような形をしていて、躯体に武装を乗せる懸架装置を兼ねていた。次に弾薬ケースを給弾装置の供給口の上まで引っ張り、下ろした。後は自動で装填してくれる。同じ要領でサブアームである拳銃を一丁用意する。

「後は水をどうやって運ぶかだが……給油機を流用するか。あれにはコンプレッサーもついてるしな。これだけ備蓄が揃えられていれば、多分あるだろう」

 俺はコンテナを捜し歩く。そして武器以外の備品が収められているコンテナを見つけた。そのコンテナの中には農機具や工具、予備の部品、そしてマテリアルなども収められていた。俺は五月雨を整備するときに、工具を探さず緊急の修理キットを使ったことを後悔した。

 目的の給油機はすぐに見つかった。円筒型のタンクに、コンプレッサーが取り付けられたごく一般的な物だ。だがこれは人攻機のバックパックにも装備できる。ケージに戻ってラック番号を入力。これも五月雨に取りつける。

 ふと眩しいものを感じて、俺はその方に向いた。気が付くと夜が明けていた。地平線の彼方から太陽が昇り、倉庫の外壁にある光の取り込み口から日が差し込んでくる。

 丁度いい頃合いだ。

 俺はタラップを引っ張ると、躯体の下腹部にある搭乗口に置く。そして整備の終わった五月雨に乗り込もうとした。そしてはっとした。

「まてよ……狩場が分からん……」

女たちは普段どこに水や食料を取りに行ってるのだろう? 

 俺は苦しそうな寝息を立てている倉庫の女たちを見渡した。案内してくれるだろうか? おそらく恐怖に駆られて案内はしてくれるだろう。だが恐怖で引き出した情報は不正確だ。何故なら必要な情報を与えないと、危害を加えられると相手は焦る。だから出鱈目を言われたり、取り繕うような嘘を吐かれる。それでは困る。

 協力的な女と言えば――

 俺の足は中央の冬眠施設に向いた。そこではあの黒髪と黒い長髪が、ベッドに寄り掛かるようにして眠っていた。出来うる限り励ましの言葉をかけていたらしい。ポッドに横たえられた女たちの顔は、少しずつ表情を取り戻し、温かみを帯びていた。

 俺は最も付き合いが長い、黒髪を揺すり起こした。黒髪は目を擦りながら起き上った。

「食料を取りに行く。場所を教えてくれ」

 黒髪は最初寝ぼけまなこで、きょとんと俺を見つめていた。だが脳に意味が染み込んでいったのか、怯えの色が顔に広がった。俺は付け足した。

「俺が絶対に守る。どか~んって、あいつらぶっとばしてやる」

 女の顔から怯えの色が消えた。そして満面の笑みを浮かべると、大きく頷いて見せた。

 俺は女の手を引いて倉庫へと戻った。タラップを登り、その下で待つ女に手を伸ばした。

「よし。掴まれ」

 俺は先にコクピットに潜り込むと、がに股になって両手をタラップに差しのべた。黒髪がその手を握ると、思いっきりコクピット内に引き上げてやる。

「うわぁあ~すごい~」

 黒髪はコクピット内できらきら光るコンソールを見て、感嘆の息を吐いている。そしておもむろにスイッチに触ろうとした。慌てて手を払いのける。

「今度動かし方を教えてやる。今日は見てるだけだ。それが出来ないなら叩きだすぞ」

「え~……う~……うん、わかった~」

 黒髪は残念そうに口元を歪めたが、素直に頷いた。

 俺はさっそくコクピットシートにどっかりと腰を下ろし、その上に女を座らせた。ちょうど父親が娘を膝に座らせたような感じだ。そしてベルトで二人の身体をしっかり固定する。次に俺の使っていたヘルメットを黒髪にかぶらせた。操縦中のコクピットは揺れる。女の頭で顎をかちあげられてもいいようにクッションを敷くよなものだ。それに――

「うわぁ~なにこれすごいきらきら~」

 黒髪は無邪気にはしゃいでいるが、数十分後には地獄を見ることになるだろう。

 最後にコクピットを閉鎖。搭乗口が閉まり、コクピット内のクッションが膨らんでいき、俺達を優しく包んでいく。そして正面モニタに外部カメラの映像が映し出された。

「そとだぁ~」

「喋るな。舌を噛むぞ!」

 俺は初陣戦士の補佐人のように、顎で女の頭を押さえながら言った。

 両足付近の超音波センサーに感アリ。人型。三人。恐らく興味本位で近づいて来た女だろう。

「足元どけ! 踏み潰されるぞ!」

 俺が吼えると、足元から蜘蛛の子を散らすように女たちが走り去っていった。

「なんでわかったのぉ~」「ぎゃあ~!」「ころされるよ~」「きょじんがしゃべった~」

 俺は溜息をついた。先が思いやられる。だがチンタラしている暇はない。

 AUX(外部接続端子)確認。給油タンクOK。八八式OK。拳銃OK。コンディションオールグリーン。次。

 躯体の四肢のロック解除。地面に立たせる。バランス設定OK。五月雨が地面に立った。ケージのロックを解除。五月雨を固定していた檻の格子が次々に抜けて行く。

 最後にドームポリスに、発進信号を出す。信号を受けたアイアンワンドが、発進許可を返して来た。同時に警告も。今現在一回しかシャッターの開閉ができないそうだ。

昨晩から月光をエネルギーとしてコツコツと集めてきた甲斐があった。一回で十分。俺はアイアンワンドにシャッターを開けるように命じた。

 ドームポリスが揺れた。そして、目の前にある稼働シャッターが上に登っていく。同時にその向こうにあるドームポリスの外殻が下がっていき、スロープを形成した。

 日の光が倉庫内に差し込み、俺は思わず目を細めた。

「はえ~……」

 俺の胸元では黒髪が感嘆の吐息を漏らしている。俺は顎で黒髪の頭を叩き、注意を引いた。

「案内頼むぞ」

「うん。まかせて!」

 五月雨の脚を、一歩前に進めた。躯体が軽く揺れ、景色が一歩分前に進む。五月雨のショックアブソーバーが倉庫の床を踏みしめ、ズムッと特徴的な音を立てた。二歩、三歩、進み、スロープを下っていく。そして柔らかな大地を踏んだ。躯体が軽く沈む。人攻機の自重は五トン。プラスチックやCNCカーボンナノチューブを駆使して驚異の軽量化に成功している。地盤がしっかりしていれば、足場に悩むことはないだろう。

だが念には念を。人攻機の足裏からスパイクを出す。そこから音波を発し、地中の状態を探りそれをレーダーに反映する。弱そうな地面は歩かないようにしよう。そのまま歩き続ける。

俺は操縦に自信を持った。この機体を使いこなせるという自信だ。

 歩みを走りに変える。人攻機は歩きよりも走った方が燃費はいい。

 躯体は風を切り、速度を増していく。

 俺は森へと人攻機を走らせた。

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