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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
69/241

予兆

 はぁ~……ナガセ……遅いんデスケド……。

 ナガセが出た時、まだ太陽は空に輝いていた。だがもう山の向こう側に消えて、その残光が空を紫に染めるだけである。このままだと、辺りは真っ暗になっちゃう。

 私はカットラスのコクピットから、静けさを保つ浜辺を見つめていた。

 ショージキこのままカットラスを動かして、様子を見に行きたいんデスケド。でも私の技量じゃ、異形生命体に囲まれても脱する自信がない。それにドームポリスをほっておくわけにもいかない。そして動くなって言われてるし。

 私はヤキモキしながら、カットラスのカメラの倍率を弄る。そして浜辺を見渡したり注視したりを繰り返していた。

『はぇ~……遅いですねぇ~』

 ピオニーから通信が入る。私が横に視線を向けると、カッツバルゲルを挟んで、もう一躯のカットラスが腰のフロートで海に浮いている。ピオニーの乗る躯体だ。ナガセが出てすぐは快活だった彼女も、今やすっかり消沈して静かになっていた。

「そうね……遅いわね……」

 私はそう呟いて、浜辺に視線を戻した。小波の音が耳朶を打ち、それに煽られ躯体が揺れる。

『皆さんむしゃむしゃされてしまったんでしょうかねぇ~』

 ピオニーの無神経な一言に、私の頬は引きつった。

「縁起でもない事、言わないで欲しいンデスケド……」

 いらいらと操縦桿を指で叩く。ピオニーは何か外したように、「はえ~?」と意味のない声を漏らした。

「じゃあ私たち、見捨てられちゃったんでしょうかねぇ~」

「縁起でもない事! 言わないで欲しいンデスケド!?」

 怒鳴りつつ心の何処かで、不安が首をもたげる。でも……ナガセは例の模擬戦で、アカシアたちを殺すつもりだったって言ってた……のよネェ。目的の為なら私たちに手をかけるのかな。でもでもあれは、そうしないとまともに戦えないからで――そうなると自分の為に、私たちを使ってる事になるのかなぁ……そうして自分の目的の為に、私たちを使い潰すつもりでいるのかなぁ……。

 今回の作戦。成功させるために何人消費するとか、考えてたのかな? 皆、無事かな?

 いやでもナガセに限ってそんな事は。あんなに優しかったんだし。でも最近また怖くなった。私たちじゃない何かを見てる。

 ナガセが分かんない……。

 冷たいものと、熱いものを一緒にしたよう。影が日向にあり、表の中に裏がある様な、奇妙な存在。ナガセが私の中で、そうありつつあった。

「そんなに怒らなくていいじゃないですかぁ。場を和まそうとジョークを言っただけでぇ」

 通信機から、ピオニーが言い訳する声が聞こえる。私はそれで我に返り、反射的にマイクに苛立ちをぶちまけた。

「そんなのジョークじゃなくて皮肉って言うんデスケドォ!? オワカリ!? それドユコトか分かる!? マシラと握手すればお友達になれるってのと一緒!」

「……死んじゃいますよ。そんなことしたらぁ」

 やや引いた声で、ピオニーが返事をする。私はちょっと発狂しそうになった。

「だからそう言うコトデショ! あー! もう! ナガセ早く帰って来てぇ!」

『あ! 戻ってきましたぁ~』

 舌の根も乾かぬうちに、まだ言うのかコンチキショー。

「糞みたいな気休めも冗談も、いらないんデスケドォ! え――」

 カットラスのセンサーが、何かを拾った。私はモニタに食い付くように確認すると、高速でこちらに向かってくる反応が一つ。対象が近づくにつれ、音響センサは銃声を拾い始めた。

 何? 帰ってきたの? でも何で一つ? それに銃声って! 襲われてるんじゃ!

 私は混乱しつつもMA22を構えて敵襲に備えた。

 やがて丘を乗り越えて、一両のキャリアが姿を現した。運転しているのはサクラで、助手席にいるのはナガセだ。

 運転席真上の銃座には、サンとデージーが座っている。彼女らは堪え切れない喜びを体現するように、明後日の方角に向けて銃をぶっ放していた。

 これは失敗した顔じゃない。そして彼女らは、仲間が一人でもかけたら喜ばない。

「作戦成功!?」

 私は外部スピーカーでそう聞いた。助手席でナガセが、通信機に手を伸ばすのが見える。やがて用意した回線から通信が入った。

『お前らを連れ帰って、中の異形生命体を駆逐したらな。遅くなってすまなかった。申し訳ないが、今日はもう暗い。一日そのドームポリスにて海上で過ごし、翌日アメリカドームポリスに向かう事になる。それでもいいか?』

 わ……私はそれでイイケド……それより心配なのは他の娘たちだ。あんなところに残してきていいはずはない。だってこんなこと、初めて経験したはずだ。身体も心も、疲れているに違いない。ここで待てるだけだった私ですら、くたくたで、不安でたまらなくて、頼りに出来る人――ナガセにしがみ付きたいほど弱ったのだ。

 戦場に出た人は、もっと弱ったはずだ! ナガセはそこにいるべきだ。そして傷ついた娘を癒さなくちゃ駄目じゃない?

「残して来た娘は……ダイジョブなの……?」

 私の声は自然と震えた。ナガセは無用な心配を笑う様に、明るい声で言った。

『一日分の食料を持たせてある。誘引した異形生命体が戻り孤立するだろうが、武器を解放し運用できるように倉庫を一掃した。問題ない』

「問題ないってぇ……ナガセ! 何度もイウケド! あの娘たちはあなたとは違うのよ!」

『重々承知だ。だからたてこもるように言っておいた。掃討戦に入れとは言っていない』

「ソユコトじゃない……ソユコトじゃないよ……あの娘たち……初めて戦ったんだよ……」

 するとナガセは自分の事を棚に上げて、まるで攻めるような口調に変わった。

『訓練したんだぞ? 信じてやれ』

 信じられない! 人として、思う所が欠片もないの!?

「馬鹿ぁ!」

 私は通信を殴るようにして切った。しばらくしてオープンチャンネルより通信が入って来る。スピーカーから、困惑したナガセの声がした。

『決して煽っている訳ではない事を、念頭に置いてくれ。お前が何を言いたいか分からん。今そちらに行くから、詳しく聞かせてくれ』

 その時。私はナガセにこっちに来て欲しくないって思った。私たちと違う、私たちと感情を共有するとこの出来ない、何かが近寄って来る。そう感じた。

 コワイ。オソロシイ。そしてキモチワルイ。その感情がハッキリとした。

 やっぱり私には……ナガセが分からない。




「アジリアぁ。確認終わったぞ。生きてる奴ぁ、いないみたいだ」

 遠くでプロテアの声がする。すると私の隣にいたアジリアは、眉間に寄せた皺をより深くした。

「ロータス。私はあいつの乗った人攻機を片付けてくる。オストリッチをしまっておいてくれ」

 そう言って彼女は、私にオストリッチの手綱を投げて来た。私はアンタの召使いになった覚えはないんだけど。きょろきょろと辺りを見渡すと、ミサイルケースを台車で運ぶリリィが目に入る。クソ奴隷発見。私はそいつの首根っこを掴んで捕まえると、オストリッチの手綱を押し付けた。

 そして改めてここ――異形生命体で溢れていた、一階倉庫を一望した。

 うじゃうじゃいたはずの化け物は、全てがただの肉になって床に横たわっている。総数を一瞥する事は出来ないが、かなりいたようだわ。床の半分はペンキをぶちまけたように、赤く染まっていた。

 全てナガセがここを出る際に、始末していったのだ。当のナガセはと言うと、ドームポリスに残った役立たずを迎えに、キャリアに乗って行ってしまった。

「三十分もかけずこれか……これか……凄まじいものだな……」

 アジリアは目の前の現実が信じられないように、言葉尻を恐怖に上ずらせていた。

 でもショージキそんなにすごく無くない? だってダガァに武装ガン積みして、それに物を言わせてお掃除しただけだもん。まぁ確かにあいつらを片側に寄せて始末する事で、血に濡れないキャリアが通れる通路を残したことは褒めてやるわよ。同じように血を出さない、焼夷手榴弾を上手く使ったこともね。

「だけど私だって武器が使えりゃあ、それぐらいできるんだけどナ……」

 私はそう独りごちた。全てはナガセが武器を持たせてくれないのが悪い。内心私にビビりまくってんだろうな、しょーもねー奴。そうすりゃ日が暮れる前に、ここの制圧なんか終わったはずだ。

「ちょっとロータス。弾運ぶの手伝ってよ!」

 エレベーターからパギの金切り声が聞こえた。振り返るとあいつ汗まみれになって、銃弾の入ったケースを、エレベーターボックスから積み下ろしている。あ~あ~、顔を青くしちまって。慣れない事の連続で、精神的にガタがきてんなァ。

 ったく。ブラブラしてたらアジリアにどやされるし、ちょっとだけ手伝ってやるか。

 私はエレベーターへと向かい、そこに積まれたケースの一つに手をかけた。

 中々重いじゃないの。今日はもう疲れたから、さっさと眠りたいなァ。つーか何で私がこんな事しなきゃならないんだッつーの。あ~あの仕切り屋早く死なないかな~。そうすりゃ私の天下なんだけど。銃さえ手に入れば、私の器ならこいつらをまとめるの楽勝っしょ。

 ぶつぶつ文句を口に含みながら作業を続ける内に、エレベーターに積まれた全ての荷を下ろし終えた。

「次で最後だから。もうちょっと手伝ってよ」

 パギが肩で息をしながら、私を睨み付けて来た。お~怖。サクラとアジリアの悪い所を学んだな。私は軽く溜息をついて、肩をすくめて見せた。

「へいへい」

 私たちはエレベーターに乗り、倉庫から保管庫へと上がる。そして銃弾のまとめてある場所まで歩いた。

 道中、死体が幾つか、重なって横たわっているのが目に入る。それらは萎びて干し肉みたいになった身体を、ライフスキンで包んでいる。そして身体から滲み出た体液で、黒ずんで汚れていた。

 パギはそれを見まいと露骨に目を背けた。だけど私は足を止めて、それをじっと見つめた。

 なんか死体を見るとほっとする。生きてる奴って、何するか分かんないもん。ニコニコしててもさ、心ン中じゃきっと悪いこと考えてンだ。マシラみたいに……私の身体を――私もう騙されないから。それにね。死体を見るとこう思えるんだ。私の方が上だ。私が生き残った。ザマァ見ろって。

 自然と顔が笑みを形どる。この優越感。たまんない。賢いとか、偉いとか、そんなものここでは役に立たない。それより大事な強さが、私にはあるんだ。

 袖をくいっと引かれる。足元を見ると、パギが嫌悪を隠そうともせず、私のことをジト目で見ていた。

「よくそんなのじろじろ見れるね。どこかおかしいんじゃないの?」

 クソガキ。皆に可愛がられてるからって、調子に乗りやがって。ナガセもこのクソガキ殴りゃあいいのに、甘やかすからつけあがるのよ。

 私はパギの頭に拳骨を振り下ろす。するとそれで我慢の限界を迎えたのか、ぶわっとパギの眼から涙が溢れ出た。彼女は大声で泣きわめき始めると、足をもつれさせながらエレベーターへと逃げていった。

「お姉ちゃぁぁぁん! ロータスがぶったぁぁぁ!」

 だからガキは嫌いなんだよ。私はキンキンする悲鳴を、耳に指を突っ込む事で和らげる。そして気を紛らわせるため、再び死体に視線をやった。

 お? 身体の隙間からなんか見えた。私は死体を足で転がして除けてみる。するとその下から黒光りする拳銃が出て来た。さては拳銃自殺して、その上に倒れこんだのね。

 私はそれを手に取って、まじまじと確認した。

 や~ん。グロックじゃな~い。しかもいっちばん小さくて、9ミリ弾を打てる奴。26だったっけ? つーか私何で知ってるんだろ? まぁどうでもいいや。ちょっと血で汚れてるけど、プラスチック製だから期待できるわぁ。スライドと銃身さえ無事なら、暴発の心配はないかもぉ。もうヤダ~!

 私は慣れた手つきで銃をばらし始める。そしてパーツを綺麗に掃除した後、叩いたり鳴らしたりして、その耐久性を調べてみた。新品同様じゃな~い。これならあの馬鹿殺してもお釣りが来るわ~。たまんな~い。

 私は銃弾のまとめてある場所へと走る。そして9ミリ弾を探して、グロックに装填した。そして両手で保持し、正面に構えた。

 コレ! この感触! この感覚ぅ! イッちゃいそう! 私はまるで砂漠でオアシスを見つけたように、歓喜に打ち震えた。

 あ~撃ちたいぃ! ひっさびさに撃ちたいぃ! だけどここで撃ったらばれるしぃ……ちょと待て。これ上手く使えば、ナガセからアイアンワンドを奪えるんじゃね? ナガセったら、馬鹿みたいに私たちを大事にしてるからねぇ。あれくらいの訓練でおどおどしたり、苦しそうにしたりしてたから。こいつらを人質にとれば――

 エレベータの到着音がする。クソガキ。保護者を連れて戻って来たか。銃を見られちゃまずいわね。私は胸の谷間に、グロックを隠すように挟んだ。私ほどのボインなら、ばれめぇよ。ウシシシシ。

 今はまだ。今はまだ、私の城に化け物どもが徘徊しているから。ナガセに綺麗にしてもらってから、行動開始と生きましょうか。

 エレベーターからアジリアが、肩を怒らせながら歩いてきた。彼女は後ろに隠れるパギの頭を撫でつつ、物凄い剣幕で私に詰め寄って来た。

「パギはまだ幼い。労われと言ったはずだ。ナガセですらこの子には手をあげないんだぞ!」

「だから代わりに躾けてやってんのよ」

 めんどくせぇ奴だな。私はそっぽを向いてそれだけ言った。するとアジリアは私の胸倉を掴んできた。

「まず口で言え! それから罰として仕事を科せと、皆の総意で決まっただろう!」

 ムカつくなコイツ。ナガセの代理面してさ。お前を認めた覚えはないんだけどな。

 ここで殺すか?

 私は胸に挟んだ拳銃に意識をやる。

 だがアジリアの腰にはホルスターがあり、そこには9ミリ拳銃が収められている。こっちが圧倒的に不利ね。私がおっぱい揉みしだいてグロック出す前に、ズドンとやられちゃう。

 命拾いしたわね。私は舌を出して、こつんと自分の頭を叩いた。

「悪かったネ。あの腐れマシラにこき使われて、イッライラしてたの。そんでついプッツンしちゃったのよ。ごめんねクソガキ」

 当然アジリアは、このふざけた謝罪を受け入れた様子はなかった。怒りに胸倉を掴む力を強める。だけどそれ以上どうしようもないのは知ってる。アンタはナガセと違って、そこまでの力はないから。

 私の予想通り、アジリアは突き飛ばすようにして、私の胸倉から手を離した。そして私から目をそらすと、パギを連れてエレベーターへと戻っていった。

「一人で仕事を続けてくれ。文句は言うなよ」

「アイアイサー!」

 安心して。

 まだしばらくは、良い子ちゃんでいてあげるわよ。

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