制圧-B3
監督区画は、迷路のような造りになっていた。蜘蛛の巣の様に通路が走り、意味のない曲がり角が多く設けられているのだ。視線だけで先を見ようとしても、曲がり角で遮られる。曲がり角まで歩いたとしても、また別の曲がり角が視界を塞いでくる。そして所々ある部屋や曲がり角には、案内表示など優しいものはない。ただ無骨にアルファベットと数字が、記されているだけだった。
唯一の救いは、床がジンチク共の糞で汚れていない事ぐらいか。
ここの地図はナガセも持っていなかった。だがサブコントロールルームの、大体の位置は分かる。
天井を舐めるように見ると、通風孔パネルがある。私はそれを指さして、皆の注目を集めた。
「このダクトを進めば、空調システムまで辿り着ける。その近くに最も重要な冷却対象である、サブコントロールルームがあるはずだ。サクラ」
私はサクラを呼び、通風孔の真下で屈みこんだ。そして跨ったサクラを、天井の近くに押し上げてやった。
サクラはねじ回しで手早く通風孔のパネルを取り外し、上半身を通風孔の中に突っ込んだ。
「風が吹いてくる方に進め。それとデバイスで移動方角と距離を測るのを忘れるな」
ダクトに潜り込んでいくサクラの下半身を、見送りながら叫ぶ。サクラは返事をするように、通風孔の口を二回ほど蹴りつけていった。
後は下手に動かず、結果待ちだ。サブコントロールルームが、独立した冷却装置を備えていたならどうしようもない。撤退するだけだ。私は腕を組んで、その場に立ち尽くした。
「えへへぇ……最初は絶対無理だと思ってたけど……上手くいきそうだねぇ……ナガセはすごいなぁ……こんな化け物相手に勝っちゃうんだもん」
手持無沙汰になると、アカシアが誰にと言う訳でもなくそう呟いた。その顔はまるで自慢でもするかのように、満足感と誇りで溢れていた。
「余り奴を持ち上げるな。あいつ自身も言っていただろう。『俺一人ではどうにもならない』とな。我々の力でもあるんだ。もっと自分の力を評価しろ」
私はそれを苦々しく思い、つい陰口を叩くような口調で言ってしまった。アカシアはと言うと、私の意見を聞いた風も無かった。
「えへへぇ……でもナガセのおかげで一人前になれて、ここまで来れたんだもん。私の出来るトコ見てくれて、伸ばしてくれたんだもん」
それはナガセの基準で言う、『一人前』だろうが。奴にとって戦えなければ、『一人前』足りえないんだ。そしてお前はナガセを権威的に思い、それに認められることで満足しているに過ぎない。承認欲求の固まりか?
それよりも自分がどうしたいか、どうありたいかを実現するのが大事だろうに。
そう思いつつも、この状況下ではそれが難しいのも事実だ。それにナガセと面と向かって論破された話を、奴のいない所で吹聴する気も無い。恥ずかしすぎるからな。
「でも。ここの。制圧。終わった。どうする。つもりだろう?」
ふと、パンジーがそのような事を言った。
それもな。考えなければなるまい。あいつが死んでから、我々はどうするべきだろう? 私には、明確な未来のヴィジョンはなかった。
アカシアもそのようで、間の抜けた顔になった。
「へ? あの……その……それは……もう終わりなんじゃないの? だってここをお家に出来たら、もう安全なんでしょ? 食べるものに困らないし、化け物を逐一警戒しなくて済むようになるんだからさ」
パンジーは首を振って見せる。
「あいつ。私たちと人類を合流させる。言った。ここにはいない。だからきっと探すの続ける」
私は唇を軽く噛んだ。私はそれに未だに賛成できない。果たしてそれは、良い事なのだろうか? 私には恐れがある。化け物と戦う恐れと、外に出ると言う恐れがだ。ひょっとしたら、私は化け物と人類を、同一視しているのかもしれない。
しばらく、痛々しい沈黙が場を支配した。やがてアカシアがふっと表情を和らげたかと思うと、とうとうと語り始めた。
「なんとなぁく。分かったことあるよ。私たちって……私たちだけでは不完全なんだ。蝶々も柄の違うものがつがいになって、鹿も大きいのに小さいのがすり寄ってるんだ。鳥だって二羽が一緒になって、卵を温めてる。そういうことなんでしょ。それで……ナガセみたいな種類が、私たちの他にもいるんだと思うよ」
「それは。分かるけど……ナガセみたいなの。いないと。子供が。出来ないのか?」
アカシアはこくりと、頷いて見せた。
「ナガセって、私たちと違うじゃない? おっぱいないし、ごつごつしてるし……だからそうだと思うんだけどさ……だからナガセも必死で探してるんだと思う」
そしてアカシアは何を思ったか、顔を耳まで真っ赤にして、俯いてしまった。
「だけどさ。あの……その……私は……それでいいと思ってる……ん……だ……だから……危ない事して……探さなくても……いいのになぁ……って」
お前もサクラと同様に毒されたか。私は組んだ腕を強張らせる。そして唇の先を尖らせた。
「お前が良くても私は良くないぞ。皆の意見もあるんだからな」
「分かってるよぉ」
アカシアは申し訳なさそうに頭を掻いた。
だが待てよ。私の脳裏に、何かが浮かび上がろうとする。同時に私の意識は、深層心理へと吸い込まれていった。皆の意見? そう皆の意見を聞いて決めた。ポッドは七つ。七人選び、そして六人が残った。何を。相応しき人をだ。それで繁栄できたはずなのだ。
という事は、ナガセと同じ種類が六人いたはずだ。
「ナガセみたいなの。いただろ。あの七人。どこに行った? ナガセが来るまえに。死んだっけ?」
パンジーも覚えているものがあるのか、唐突にそんな事を言った。
「いや? 六人だろ?」
私は反射的に答える。そこでお互いの記憶違いが鮮明になり、双方ともその真偽を探るかのように顔を見合わせた。だがポッドに入る前と、ナガセと会うまでの記憶は、どうもははっきりとしない。まるで霞がかかったようにぼやけている。
きっと私の顔は、確信の無い頼りない物になっていた事だろう。当のパンジーも、いつもの無表情を、僅かに曇らせていた。
「え……へ? そんな人いたっけ? 昔の事あまり覚えてないんだけど……」
アカシアが見つめ合う私とパンジーに、そう声をかけて来る。
「確かなことは言えないが……いたような気が……」
「私も。いたと思う。けど……」
私は過去の記憶を、掘り起こそうと躍起になる。頭がムズムズし、時折脳を掻き回されるような痛みが走った。だが頭が悩むだけで、一向に埒が明かない。
そのうち頭上の通風孔から、サクラの声が聞こえて来た。
「サブコントロール発見!」
彼女はそう叫ぶと、ダクトから私たちの元に飛び降りる。
「空調システムへの道中に、柱型コンピューターのある部屋を見つけたわ。そこで間違いないわよ」
そしてダクトの移動記録の映ったデバイス画面を、私に突き付けて来た。それによるとサブコントロールルームは現在地より北東へ、十数メートル移動した場所にあるようだった。
「通路を確認してこい」
話を中断し、パンジーを顎でしゃくる。彼女は北東方向に近い通路の先を、駆け足で確認しに行った。しばらくして戻ってきたパンジーは、首を左右に振った。
「駄目。違う方向に曲がってる」
ならば道を開けてやる。私は目的地に近い壁をノックした。
「この壁だ。吹き飛ばせ」
素早くパンジーが背嚢からC4を取り出し、壁に設置し始めた。私は近くに隠れられそうな小部屋が無いか探す。スライドドアを発見。入るとそこは資料室の様で、書類で満載の棚が陳列してあった。
設置を終えたパンジーが、私の元に戻って来る。私はヘッドギアの通信機能を使い、見張りのサンとデージーに発破を予告した。そして部屋に隠れ、見張りから退避完了の報を受け取った後、パンジーに発破を命じた。
轟音がして、部屋の外が激しく揺れる。外に出て見るとC4を仕掛けた場所には、人とアイアンワンドが通れるほどの穴が空いていた。壁の中からはパイプや電線などが、無残な姿で露わになっている。だが多少は仕方ない。
「今度はドンピシャだな」
「えっへん」
私の賛辞に、パンジーはおどけて答えた。我々は穴をすり抜け、アイアンワンドを運び、より奥を目指していく。途中壁が立ちふさがると、同じ要領で通路を空ける。その作業を何回か繰り返していき、サクラが調べた場所までの距離を詰めていく。
そうして我々は、銀色の光沢を放つ鉄扉の前に辿り着いた。その鉄扉は両閉じのスライドドアで、一見して分厚いと判断できるほどの圧倒的存在感を私たちに放っていた。扉の面には奇妙なマークが、二つペイントされている。一つは赤と青のストライプで、左上に星がちりばめられたもの。もう一つは中央に星があり、上半分には星から放射状に放たれる光が、下半分は青色で塗りつぶされたものだった。
「吹き。飛ばすぞ」
連続で爆発させて、すっかり気持ち良くなってしまったのだろう。パンジーが私の命令を待たず、C4の成形を始めた。
私は慌ててその手を払いのけ、C4を地面に叩き落す。それを引っ手繰る様にサクラが回収した。
「よさんか馬鹿者!」「駄目に決まってんでしょ!」
私とサクラが声を揃えて叫ぶ。私たちは揃ってパンジーに詰め寄り、怒鳴り声でまくし立てた。
「この中のデリケートな機械に用があるんだぞ!」「コンピューターが壊れたらどーすんのよ!」
パンジーがあまりの剣幕に気圧されて、気まずそうに視線を伏せた。反省したならいい。
それとお前だお前。私は妙に息の合ってしまった、サクラを横目で睨みつけた。すると彼女も面白くなさそうに腕を組んでいる。本当に腹の立つ奴だ。
私はふいとサクラから視線を離すと、アカシアを手招きした。
「テルミットで溶かしてみろ。場所はドアの合わせ目と、その下の床付近だ」
アカシアは背嚢からテルミットの入った缶を取り出すと、私の指示した場所にダクトテープで貼り付けた。そして導火線に火を点けた。
テルミットが燃焼し、眩く輝きながら白熱を発生させる。スライドドアは熱を帯びて、赤く変色していく。だが一向に溶けだす気配がない。やがてテルミットが燃え尽きると、スライドドアも元の銀色を取り戻し、ススの跡だけを残した。
やはりそう簡単にはいかないか。私は軽く唸った。サクラも短い嘆息をつく。
「駄目みたいね……」
「撃つ?」
パンジーがアサルトライフルを持ち上げる。私はその銃身に手の平を当てて、下げさせた。
「跳弾したら危ないだろ。止せ」
「あの……その……通風孔から入っちゃ駄目なの?」
アカシアが天井を見上げながら呟いた。サクラが考えるように爪を噛んだ。
「格子で塞がれていたのよ。デトコードでも中に爆風が抜けて、下手したら駄目になっちゃう。テルミットで溶かせるかしら……?」
何か打開策はないか。私は周囲に注意を配った。
スライドドアの脇にコンソールがある。見てみると液晶とテンキーが設置されており、画面にはIDと名前の打ち込み欄があった。液晶脇にはカメラのような装置と、指を押し当てる装置も付随している。何かのセキュリティだろうな。
他に開ける方法と言えば、これぐらいしかなさそうだ。やたらめったらに打ち込んでみるか? だとしても開く可能性は皆無だろう。そもそもこれに使えそうな、IDと名前に心当たりが――待てよ。
そう言えばアイアンワンドの所で発掘した鉄の筒に、コードと名前があったな。あれほど大層に隠してあった物の持ち主だ。ひょっとしたら通用するかもしれん。
「物は試しかな」
私はIDに「17459」と、次いで名前の欄に「コニー・プレスコット」と打ち込んだ。
するとカメラのような装置と、指を押し当てる装置が、緑色の光を明滅させた。どうやら入力自体は通ったらしい。だが見たことの無い装置にぴかぴか光られても、私もどうしていいか分からない。
私は装置をじっと見つめていたが、ふいに天井のスピーカーがうなりを上げた。
『本人確認を行います。網膜スキャンと、指紋照合を行ってください。五秒経過か、一致しない場合、セキュリティに通報します』
部隊の全員がスピーカーを見上げる。そしてじわじわと表情に焦りを滲ませていった。
「ちょっと……どういう事……これって……まずいんじゃない?」
「あの……その……セキュリティって……ビリビリされるんじゃないの……アイアンワンドみたいにさぁァァァ! アレやだァァァ!」
「いや。チョーカーの。情報。合わないはず。だから――え? 実力行使……!?」
各々が不安を次々に口にし始める。かくいう私も、冷や汗で背中をぐっしょりと濡らしていた。ここまで来て、こんなつまらんことで被害を受けてたまるか!
網膜は目だ。指紋は指だ。このカメラを覗き込み、指を押し当ててやればいいのだな。私は『アジリア』だが、何もしないよりはマシだ。言われた通りにしてやる。私は認証装置に取りついた。
緑の光が、私の目と親指の先を、スキャンするように照らしていく。
そして――あっけなく銀の扉はスライドした。
『遺伝子補正プログラム開発チーム所属 コニー・プレスコット一級特佐 と確認。入室許可が下りました』
我々は唖然としながら、その電子音声を聞いていた。そして呆けたように、分厚い鉄扉の向こうの空間を見つめていた。電子音声はなおも続けた。
『プレスコット様。監督官より、物資についての確認要請がありました。至急監督官室へ出向して下さい』
サクラは信じられないといた顔を、私に向けた。
「何したの……? アジリア。あなたも一体……何所から来たの?」
その言い方は止めろ。まるで私がナガセと同じ所から来たようではないか。私は違う。私はあいつと同じ過去など持っていない。私はお前達と同じなのだ。
「……知るか。アイアンワンドを接続するぞ。急げ」
私はやや不機嫌になってそれを跳ねつけると、一足先に銀の鉄扉を抜けていった。
サブコントロールルームは、低温で保たれているらしい。冬のような寒さが体を襲い、吐く息が白く濁った。部屋の中央にはアイアンワンドと同じ、タワー型のコンピューターが安置してある。間取りもその位置も、我々の中央コントロールルームとよく似ていた。
違いと言えば、冬眠施設を兼ねていない事だろう。この部屋の壁面にメディカルポッドはなく、代わりにコンピューターキューブが棚に固定されて並べてある。それらの半分は沈黙しているが、残りの半分は駆動ランプを光らせていた。
私はコンピューターの足元を覗き込み、そこのパネルとフィルターを取り外して、キューブの取り出し口を露出させる。その作業の合間にサクラたちには、荷運びようのボックスからアイアンワンドを取り出させた。
取り出し口のテンキーを叩き、現在あるメインキューブを排出させる。そしてサクラたちから受け取ったアイアンワンドを、震える腕で中に押し入れた。
やった! やり遂げたぞ! 誰も死なせなかった! これでもう終わりだ!
「任務完了!」
私は達成感に、声を大にして叫んだ。釣られてアカシアが万歳をする。そして根暗なパンジーすら、自発的にサクラに抱き付いて喜びを表現した。
『グッドモーニング・エブリワン』
天井のスピーカーから、聞きなれたアイアンワンドの合成音声がした。私たちは騒ぐのをやめて、コンピューターに視線を注ぐ。だが笑みで緩んだ頬は戻る事はなかった。
『ここはアメリカ共和国、アリゾナ22ドームポリスです。これより管理システム、キュリオテテスとの通信を行い、状況を確認します――』
しばしの沈黙の後、アイアンワンドは再び動き出した。
『応答ナシ。最高意思決定機関の不在により、アイアンワンドが一部権限を代行します。アリゾナ22内の状況を確認――』
またもや声は止む。そして先程より時間をかけて、アイアンワンドは声を上げた。
『内部に、データリストにない生命体を確認。内12名を、メインキューブ・アイアンワンドのリストにより追加します。残りの対象群を、侵入者と定義します。加算方式による危機レベル極大。これより非常事態を宣言し、アイアンワンドが最高位の権限を代行します。戒厳令を発令。これにより各ブロックを封鎖。全ての行動を制限します。また州法により、義勇兵への武器の開放を提案。最高意思決定機関の不在により、アイアンワンドがこれを承認します』
最後に部屋中の監視カメラが、一斉に私の方を向いた。
『マム。近くに異形生命体はいませんが、念のためその場で待機なさってください。じきサーが武器を手に救援に駆け付けますわ』




