制圧-A3
プロテアたちのいる向かいの施設から、銃声が響いてきた。向こうにもジンチクが出たようだ。女々しく泣き喚いていないので、一応は無事の様である。しかし銃声は断続して止む事がなく、囲まれつつあるようだった。
かくいう俺の方にも、わらわらと湧き始めた。殺したジンチクに食らい付いたかと思いきや、顔を上げて俺に気付く。そして涎を垂らして飛びかかって来るのだ。施設の出入り口はジンチクの死体と、大きな血だまりで埋まっていった。
やがて二本目のドラム缶の充填が終わった。手早く投入口を閉鎖し、供給パイプへのバルブを解放する。タンクは緩く回転し始め、内容物を甲一号へと送り出した。
目的は達成した。後はプロテアたちだけだ。
俺は一体のオストリッチを卵に戻すと、空のドラム缶の中に投げ込む。そしてその側面に足をかけて、出入り口の血だまりを渡っていった。もう一体は置き去りだが、必死になって回収するほどではない。遺棄だ。
外に出るとすぐにオストリッチを展開する。そして背中に跨って、プロテアらの元へ走った。
想定外と言うか、予想通りと言うか。彼女らの供給施設の出入り口にも、ジンチクの大きな血だまりが出来ていた。中では彼女たちが立ち往生しており、マリアとリリィがプロテアに身を寄せて震えていた。
マリアがオストリッチに乗る俺を見て、顔をくしゃくしゃにする。そして必死に懇願してきた。
「ナナナ……ナガセ! でれないよぉ! ちょと待て……おいてかないでよぉ!」
「見捨てたりせん。その上で聞け。作業は無事終えたか?」
「全部ぶち込んでバルブも回したよ!」
「確認しろ。後戻りはできん」
彼女らは慌ててタンクに飛び掛かる。そしてメーターと弁に視線を走らせた。
「終わった! 大丈夫だ!」
プロテアが返事をする。なら結構だ。
俺は手早く自分がした事と同じ指示を出した。彼女らは言われた通りに、ドラム缶に卵に戻したオストリッチを入れる。そしてその側面にしがみ付くと、ロープを投げてよこした。俺はそれを牽引して、バイオプラントを後にした。
階段の踊り場まで来ると一度足を止めて、オストリッチを展開する。それぞれをプロテアとマリアに乗せ、リリィを俺の膝の上に乗せてやった。リリィはよっぽど怖かったのか、オストリッチの首ではなく、俺にしがみついてきた。
そのまま成果を確かめに、階下の冬眠施設へ降りていく。その最中、プロテアが不安そうな声を上げた。
「上手くいったのか!? 血やバイヨウエキと混ざったんじゃないのか!」
「それはな。だが推進剤は血液と混ざったくらいで不活性化せん。反応は鈍るが、むしろそのおかげで身体中に行き渡ってから、一気に気泡化してくれるだろう」
部隊は冬眠施設の踊り場に降り立つ。俺はプロテアたちと扉の脇に潜み、冬眠施設で変化が起きるのをじっと待った。
彼女たちは緊張に固唾を飲み、銃を持つ手に力を込める。その心臓が早鐘を打っているのが傍目にも分かるほど、彼女らの息は荒く胸を小刻みに上下させていた。
数分立った。だがまだ変化はない。冬眠施設は平穏なままだ。彼女たちの顔色が暗くなっていき、俺もこれ以上留まるべきではないと考え始める。やむをえん。断腸の思いで撤退を指示しようとした。
その時、冬眠施設から屁のような音がした。俺はハッと顔を上げる。甲一号が体の割れ目から気体が吹き出たのか。俺の期待に応えるように、屁の音は次第に大きくなっていく。そして下痢でもひり出すかのような、下品な水音を立て出した。
冬眠施設からは、悲鳴とも泣き声ともつかない奇妙な呻きが響いて来る。しばらくすると水が飛沫を上げる音に、ショウジョウの騒ぐ金切り声が混じり始めた。
「効いてるの?」
ぼそりとマリアが呟く。俺は唇に人差し指を立てて、静かにするよう仕草で示した。
冬眠施設では何かが身悶えし、筋肉の軋む音がし始める。それに骨が砕ける音が続くと、水音がにちゃつく不快な物に変化した。きっと甲一号の割れ目から吹き出る汁に、肉や内臓が混じって詰まり出したに違いない。その証拠に屁の音と何かがひり出る水音が、鳴りを潜めていく。やがて完全に穴が詰まったのか水音が止み、ぎゅるぎゅると腹の鳴るような音が響き出した。
そして――限界を迎えたように、破裂音がした。
まるで溜め込んだものを吐き出すかのように、びちゃびちゃと血肉が飛び散る音がする。それから重い肉が床に落ちる、重苦しい音と振動が響いてきた。
無事吹き飛ばせたようだ。さてトドメだ。冬眠施設には推進剤が反応して、発生した気体が充満している。当然それは燃焼する。
「ロケットランチャー」
俺が短く言うと、プロテアが背負っていたランチャーを差し出して来た。俺はランチャーの柄を取らず、彼女の肩に手を置く。そして引き寄せると、プロテアにそれを構えさせた。
「お前が撃つんだ。これで名誉挽回だ」
俺の言葉にプロテアは、いつもの豪胆さが嘘のように目を丸くする。遠慮している様子ではなさそうだ。視線をそらし、不安そうに俯いている事から、自信が無いようである。誘引での失態、サンに対する暴力で、まだ自分を見失っているのだろう。再突入時も不安定だったからな。彼女は問答を避けるように、俺にランチャーを押し付けた。
「気体がここまで来たら、俺らも吹き飛ぶぞ。時間がない。早くしろ」
俺は無理やりプロテアを座らせる。彼女は観念したのか、初々しい動作で膝を付き、ロケットランチャーを肩に乗せて構えた。
「お前ら伏せろ。きついのが来るぞ」
俺はマリアとリリィにそう指示すると、プロテアと共に狙いを定めた。標的は球体の冬眠施設内部、深い闇を湛えるその入り口だ。プロテアはちゃちなスコープを覗き込み、ランチャーを小刻みに動かして標的へ向けた。俺は長年の経験をして、それに微調整を加えた。
プロテアは引き金を絞ろうとする。だが緊張に震える指に、力がこもらないようだ。その指はトリガーに引っかかったまま動かない。俺はそっと屈みこむと、プロテアの背中から手を回す。そして彼女の手に、自分の手を添えてやった。
ピタリと、プロテアの震えが止まった。そして彼女は、引き金を絞った。
卵型の飛翔体が風を切って飛んでいき、冬眠施設の中へと吸い込まれていった。
結果を確認する暇も余裕も安全もない。俺は素早くドアを閉めて、鍵をかけた。ぼぅっとするプロテアを、ドア脇の影へと引きずり込む。そのまま彼女を押し倒して、庇う様にうつ伏せに覆い被さった。
ロケット弾の爆音がし、それを塗りつぶすほどの激しい爆発が巻き起こった。冬眠施設全体が激しく揺れる。閉じたドアはこちら側に大きくへこみ、枠が部品を飛ばして軋んだ。歪んだドアの隙間から、抑えきれなかった爆風が零れる。それは音としてではなく、キンッとした耳鳴りとして鼓膜に届いた。
爆発が収まると、俺は耳をほじくりながら体を起こした。耳鳴りのせいで、良く音が聞こえない。他の彼女たちも同様の様だ。リリィがふらふら立ち上がる横で、マリアが耳に手を当てながら口をパクパクとさせていた。
プロテアものそりと身を起こして、音を確認するように耳元で指を鳴らしている。だが彼女はすぐにそれを止め、成果を気にするようにひしゃげたドアに視線を注いだ。
俺はライフスキンのライトを明滅させて、彼女たちの注意を集めた。そして聴覚が戻るまで周囲を警戒するよう促す。自分は歪んで開かなくなったドアの蝶番を、デトコードで焼き切る事にした。
歪んだ鉄扉を剥がし終える頃には、俺の聴覚は片方だけ戻ってきた。右耳の鼓膜はイカれたらしい。まあいい。俺は彼女たちを見渡してみる。彼女らの聴覚は全員無事に戻って来たようで、サムズアップでそのことを伝えて来た。
「戦果を確認しに行くぞ。続け。くたばり損ないがいるかも知れん。警戒を厳にせよ」
俺はひらりとオストリッチに跨ると、リリィを膝元に抱える。そして剥がした鉄扉を踏み越えて、冬眠施設へと踏み入っていった。
冬眠施設外縁部にある、研究施設はさして変わりない。ただショウジョウが何匹か、爆発の衝撃に煽られて気を失っていた。仕留めておきたいが、相手にする余裕がない。
そして肝心の冬眠施設内部だが、ここは凄まじい様相の変化を見せていた。陳列する冬眠ポッドのガラスには、目につく限り亀裂が入っている。そして壁面にはそこかしこにススの跡が残っていた。通路には生焼けのショウジョウが転がっており、身体から湯気を上げていた。
やがて俺は、甲一号が我が物顔でのさばっていた、中央コントロール室前で足を止めた。
中には垂れ下がる巨大な肉塊も、それに腰を打ち付けるショウジョウも見当たらなかった。ただサイズの不均一な肉の塊が、部屋中に散らばっている。大きいものは車ほど、小さいものはサッカーボールほどである。それらは未だにくすぶっており、炎と共に黒煙を巻き上げていた。室内は血で雑に塗装されたようで、白を基調とした色彩が赤黒いものになっている。その血も爆熱で乾燥したようで、水気で粘る様子はなかった。しかし時折天井から、乾いた血の被膜が剥がれ落ちて来た。
上等だ。
満足する俺の膝元で、リリィが信じられない様に口をあんぐりとさせていた。
「あ……あんなでっかいの……死んじゃった……」
「わぉ……私たちすご~い……」
マリアも喜んでいるのか、驚いているのか分からない、気の抜けた声を上げる。
プロテアは自らの引き金が起こした戦果に、付いていけない様子である。一言もしゃべらず、ただ生唾を飲み込む音を一度だけ立てた。
とにかくこれで、クソ共が増える心配はなくなったな。俺はくるりと踵を返した。
「甲一号撃破を確認。任務完了。これより合流地点へ退避する。以降の方針は別動隊の状況をもって判断する。続け」
『了解』
彼女たちが声を揃え、大声で返事をした。この大仕事の後だと言うのに、そこには以前のようなはきはきとした活気が戻ってきている。自信を取り戻し、戦場に順応したのだろう。




