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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
63/241

制圧-A1

 俺とアルファチームは廊下の薄暗闇に、オストリッチを走らせる。ジンチクの糞が塗りたくられた床には、所々人骨が散乱している。それは床近くに埋め込まれた非常灯に照らされて、不気味な影を浮かび上がらせていた。

 俺が無言で駆け抜ける後ろで、彼女たちが小さな悲鳴を上げている。かつて異形生命体に凌辱された記憶でも、呼び覚まされたのだろうか。

「狼狽えるな。今のお前らなら、そう容易く死体にはならん」

 俺はすかさず檄を飛ばした。

 ひとまずの目的地は、保管庫を出た通路を、左に行き当たった所にあるエレベーターだ。それは人員運搬用で、一階上の研究施設まで続いていた。そこにドラム缶を入れて上まで運ぼう。

 行く手に丸いボールが幾つか転がっている。ジンチクの群れだ。いつかは遭遇すると思っていたが、こんなに早いとは思っていなかったぞ。

「撃ェ!」

 号令を下しつつ、オストリッチにマウントされた機関銃を撃った。射撃にはプロテアとマリアが加わり、オストリッチの前面に鉄の嵐が巻き起こる。ジンチクは床ごと爆ぜて潰れた饅頭のようになり、辺りに血をばら撒いた。

「跳べェ!」

 俺は叫んで、手綱を思いっきり引く。オストリッチは僅かに翼を広げ、ロケットを噴かした。俺とプロテア、マリアのオストリッチは宙を舞い、ジンチクの血だまりを跳び越えた。

 俺は跳びながらも背後を振り返り、隊の状況を確認した。マリアは余裕が無いように、ただ前を見つめている。プロテアは俺と同じ心配をしているようで、最後列のリリィに視線を注いでいた。

 そして問題のリリィはと言うと、真っ青になりながら手綱をきつく握りしめ、血だまりに臨んでいた。

「リリィ頑張れ! コイツの頭を上に向かせるように、手綱を引くんだ!」

 プロテアがたまらず叫ぶ。リリィは慌てて手綱を下に引いて、オストリッチの腹を蹴った。リリィのオストリッチがふらりと飛翔する。そして壊れかけのハングライダーのように、揺れながら血だまりを飛び越えた。そのすぐ後ろでは牽引するドラム缶が、血だまりの上を滑っていった。

「やった? やった! 私だってやれば……あ? あ! あ!?」

 リリィは足をばたつかせて喜んでいたが、すぐにそれは焦りの呻きに塗り変えられる。どうやら飛び越えたはいいが、今度は着地できないらしい。リリィのオストリッチは飛翔したまま、次第に速度をあげて、プロテアたちを追い抜こうとする。そしてついに、リリィがプロテアの真横に並んだ。

「お前はいつだって詰めが甘いんだよ!」

 プロテアが器用に、リリィの手綱を掴んだ。そして慎重に手綱を操り、オストリッチを降着させる。リリィは何とか持ち直し、オストリッチのコントロールを取り戻して、安定した走りを再開させた。

 マリアは手綱から手を離すと、力いっぱいリリィの背中を叩いた。

「やったじゃんかリリィ!」

「うるさい! もう無理! もうあんな奇跡起こせない!」

 リリィが涙声になって泣きわめく。

「無理でも嫌でもするんだよ、死にたくなければな!」

 俺は正面に向き直ると、冷たく言い放った。

 廊下を真っ直ぐ進んでいくと、目的のエレベーターが見えて来る。俺はプロテアとマリアを先行させる。自分は速度を落として、リリィが牽引するドラム缶の後ろに回った。そしてオストリッチの速度を下げて、ドラム缶の慣性を少しずつ殺していった。

 エレベーターの前はT字路になっており、すでにプロテアとマリアが、通路をオストリッチで塞ぐ。プロテアはエレベーターに敵が近づかないか警戒しつつ、狂ったように開閉ボタンを連打していた。

 追いついた俺は、プロテアの脇に駆け寄った。

「どうだ?」

「反応した! 動くぞ!」

 エレベーターの文字盤をちらりと見上げる。『STUDY(研究区).A』で点灯している光が、一つ下のここ、『RESIDENCE(居住区).A10』へと降りて来る。

 その時、エレベーターを横切る廊下、俺とプロテアの眼の目の前に、肉の袋が数個転がり込んできた。ジンチクだ。敏感な事で。

「プロテア! 抑え込め!」

 俺が吠えると同時に、ボックスの到着を知らせるベルが鳴る。俺はオストリッチをエレベーターの正面に移動させて、機関銃を構えた。ビックリ箱よろしく、ジンチクが飛び出てきたら洒落にならん!

 プロテアによる機関掃射の騒音が響く中、ボックスはドアをスライドして中をさらけだした。中には何もない。綺麗なもので、うっすらと埃が積もっているぐらいだ。多分冬眠後ここを開けたのは、俺が最初なのだろう。

 俺はリリィに、オストリッチごとドラム缶を中に入れさせた。それが済むと、リリィの首根っこを猫でもつまむように持ち上げて、俺のオストリッチに移し乗せる。そしてボタンを押して、ボックスを研究区へと送った。

「次だ。冬眠施設へ向かうぞ」

 俺はオストリッチを繰って、北の非常階段へと向かう。マリアがすぐ後に続き、プロテアも駄目押しの掃射を放ってから、続いてきた。

 道中、同じ階の遥か遠方から、爆破音がした。強烈な衝撃に通路全体が揺れて、天井から埃が舞い落ちる。一拍遅れて爆風が吹きすさび、廊下の塵を巻き上げていった。

 この威力は――C4だな。結構な量を使ったな。

 俺たちは空気中に散る粉塵を吸い込むまいと、口に手を当てて疾駆を続ける。俺の胸の下では、リリィがオストリッチに噛り付いている。彼女はポツリとこぼした。

「皆……大丈夫かな……」

「自分の心配をしろ」

 俺はリリィの頭を、顎で一喝する。そして非常階段のある区画に入った。そこには僅かな踊り場があり、上下に延々と階段が続いている。その場で二、三度旋廻し、プロテアとマリアの到着を待つと同時に、隊列を縦一列に編成する。それから階段にオストリッチを突っ込ませた。

「オストリッチの足は、階段の幅に合わんが気にするな。足の裏面が変形して対応してくれる」

 俺たちは何者に邪魔される事無く、研究施設へと上がっていく。その時、二回目の爆破音が、下の階からこだました。今度の爆発には金属の悲鳴に、化け物の断末魔が混ざっていた。

 きつく唇を噛みしめながら、非常階段の継ぎ目となる踊り場に到達する。そして研究施設へと入った。

 この区画は、去年俺が侵入した場所より西側だ。よって俺たちにとっては、未踏の地である。緊張に気を張りつめさせて、左右に並ぶ研究室のドアの間を抜けて、先に続く大きな廊下をひた走った。

 大きな廊下はこの階の中央へと、真っ直ぐに伸びていた。最奥部には巨大な鉄球の形をした冬眠施設がある。今はそこに用はない。大きな廊下と垂直に交わる通路を、右に曲がる。そして突き当りにあるエレベーターで足を止めた。

 エレベーターのドアは開いており、ドラム缶を乗せたボックスが見える。俺はリリィをエレベーターの前に放り出した。プロテアとマリアには、通路から敵が来ないか警戒させる。そして自分はエレベーターの隣にある、四角い小部屋に寄った。

 それはまるでシェルターのように、鉄製で堅牢な造りをしている。側面には厚いガラスが張られた窓が一つあり、鉄のシャッターが下りていた。その向こうには、検問所のようなカウンターが見えている。

 この先にはバイオプラント直通の、エレベーターがある。栄養物と収穫物の搬送をするためのものだ。だが毒物を混入されたら、ドームポリスは死滅する。そこでこのように固く守られているのだ。

 俺はシェルターの入り口で足を止める。そこには頑丈そうな、シャッターが下りていた。シャッターを軽くノックして、その厚さを計る。五ミリぐらいだな。これはC4で吹き飛ばさずとも、デトコードで切れるか? 俺は糸巻に巻かれたデトコードを、バックパックから取り出した。それをシャッターに、ドラム缶が通れるほどの輪を作って張る。そしてデトコードの末端に雷管を取り付け、起爆装置を手に物陰に隠れた。

「リリィ! ボックスの中にいろ! 爆発させるぞ!」

 俺はそう言って、起爆装置のボタンを押し込んだ。

 爆音がして、熱風の風切りがした。そして短い沈黙の跡、金属片が床に落ちる音がした。

 シャッターの正面に戻ると、その板面はデトコートで綺麗にくりぬかれ、部屋の中へと落ちていた。

 俺はリリィを呼びつつ、空いた穴を潜って個室に入った。中には不審物の有無を検査するゲートがあり、その向こうにエレベーターが鎮座している。リリィもオストリッチを引きながら、ドラム缶を運んで来た。

 エレベーターの開閉ボタンを押すと、すぐにドアが開き、ボックスが姿を現す。俺はその中にオストリッチとドラム缶を押し込んで上へ送ると、リリィを連れて来た道を引き返した。

「ナガセ!」

 戻るや否や、マリアが甲高い悲鳴を上げた。俺は反射的に、冬眠施設へと続く大きな廊下に、視線をやった。曲がり角からゆったりとした足取りで、そいつが出て来る。二足で床を踏みしめて、歩く度に粘液のにちゃつく嫌な音を立てている。赤茶けた肌をしており、その身体にはたっぷりと筋肉がのっていた。そいつは首を巡らせて、巨大な単眼をそこら中に向ける。やがてエレベーター付近で固まる俺たちに気付くと、剥き出しの歯をさらに剥いて笑った。

 ショウジョウだ!

 身長は5メートルぐらいか? 他のショウジョウより一回り小さい。それが成長過程にあるからか、生まれつきのものかは分からない。しかしそのおかげで、狭い冬眠施設の出入り口から、苦も無く出てこられたようである。

 そのショウジョウは歩速を次第に速める。やがて俺たちを捕まえようと手を伸ばし、小走りでこちらに寄って来た。

 走っている今は足を狙いにくい。致し方ない。

「目を潰せ!」

 俺はプロテアとマリアに命令する。マリアはすくみ上って動けない。代わりにプロテアがオストリッチの機関銃を乱射した。

 銃弾はショウジョウの腹に命中し、皮膚を爆ぜさせながら頭を目指して上っていく。しかし射線はショウジョウの胸元でピタリと止まり、上がらなくなった。仰角の限界を迎えたらしい。

 ショウジョウは20ミリの弾丸を食らい、口の端から血を垂らし、銃弾で裂けた腹胸部から臓物と共に噴血を上げる。それでも足を止めようとしない。粗悪品の腰振り人形のように、上体を小刻みに揺らしながら、俺たちへと突っ込んできた。

 俺は手榴弾をショウジョウの目の前に放り投げる。そしてモーゼルを抜き、宙を浮く手榴弾に狙いを定めた。

 腕よ。鈍っていてくれるなよ。

 引き金を絞る。ショウジョウの目の前で、手榴弾が爆発した。奴の巨大な眼玉には、鉄片がいくつも突き立つ。これにはさしもののショウジョウも怯み、顔を手で覆って蹲った。

 俺はリリィを抱きかかえて、自らのオストリッチに飛び乗る。そして手綱を引いて走らせた。

 マリアの隣を通り過ぎざまに、その背中を叩いて我に返らせる。彼女はすぐに俺の後ろに続き、プロテアが後詰めを担った。

 ショウジョウは既に痛みを忘れて、立ち上がりつつあった。俺はその脇を過ぎる際、足元に手榴弾をいくつか転がした。数秒後、落とした手榴弾が爆発する。そのショウジョウの足には鉄片が食らいつき、一部の肉が吹き飛ばされる。奴は立っていられなくなり、前のりになって倒れ伏した。

「ナガセすんごぉい! やっぱサイキョーじゃない!」

 俺の胸の下でリリィがはしゃぐ。俺はリリィの懐をまさぐり、吊ってある手榴弾をいくつか回収した。

「やかましいわ! もう無理だ! あんな奇跡起こせないからな!」

「嫌でも無理でもするんだよ! 俺たちを守りたけりゃな! こんな無茶させやがって!」

 プロテアの怒声が背後からかかった。

 何度か爆音を立てた。どんなに鈍臭い奴でも、異常に気付いた事だろう。事実冬眠施設からは、生き物が這いずり身じろぐ音がハッキリとし始めた。

 俺は面倒になる前に、大きな通路を戻って非常階段の踊り場に出た。そしてもう一つ上の階にあるバイオプラントへ、階段を上っていった。

 その時階下から、三度目のC4の爆発音がした。

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