幕間-3
キャリア隊は一回目の行軍で大地に刻印された、人攻機の足跡を辿るようにして疾駆した。異形生命体の姿は見当たらない。先の戦闘に引きつけられこの場から離れたのか、それとも巣であるアメリカドームポリスに戻ったのかは定かではない。結局部隊は異形生命体と会敵することなく、アメリカドームポリスへと戻って来た。
この時、作戦開始から九時間が経過。時刻は三時を過ぎ、太陽は進行方向である西の空に、大きく傾いていた。
俺は盆地の縁沿いにキャリアを走らせつつ、眼下の景色を見下ろす。盆地には僅かに残った死体の山と、その周辺で眠りこける異形生命体が多少残っているだけだ。マシラの数は異様に少なく、代わりにジンチクが大多数を占めている。それは速度に劣るジンチクが、誘引に付いて行けず取り残されたからだろう。ショウジョウは、ここから離れるつもりが無かったかのように、依然として陣取っていた。
いずれにしろ異形生命体の数は激減した。盆地をひしめいて波を作り上げていた群れは、今やハンカチに付いた丸い染み程度しか残っていない。これなら練度の低い彼女たち、そして小回りの利かないキャリアでも、盆地を駆けて倉庫に到達できる。
「これよりアメリカドームポリスに侵入する。二号車は一号車に追随。護身以外の攻撃はするな。降りかかる火の粉のみ払え!」
俺は無線機に吠える。そして大きくハンドルを切って、再び盆地へと舞い降りた。
キャリアは砂煙を立てて、盆地を横切っていく。その行く手を遮るものはない。少し進んだところで、ジンチクが数匹ほど舞い立つ砂埃に気を引かれたようだ。顔をあげて這い寄って来る。だがキャリアの速度についてこれず、引き離された。ショウジョウも異変を感じ取り、立ち上がってキャリアを視界に収める。しかし奴らがジンチクを掴んだ頃には、俺はキャリアを射程外へと逃していた。お前の攻撃範囲は、先の戦いで把握済みだ。それに今度は数が減り、どこに何がいるかしっかり把握できるのだ。もう驚かされるのはナシだ。
キャリアは順調に進んでいき、やがて開け放たれた倉庫の入り口が目前に迫る。中の空間は闇を蓄えつつも、作動する回転灯に赤い点滅を繰り返していた。
「サクラ。照明弾放て!」
『承知しました』
2号車から、ポップコーンがはじけるような銃声がした。飛翔体が煙の軌跡を残しつつ、倉庫の闇へと消えていく。やがて弾頭が燃焼する音と共に、倉庫の黒は白い光で払われた。
「倉庫に侵入したら、中央と奥に一発ずつ放て」
俺はそう言って倉庫に突入した。ライトは付けない。光に反応したジンチクに飛び出され、それを跳ねて擱座したら困る。人攻機とは違い、車は急に止まれないのだ。
倉庫の入り口付近は、照明弾で明るく照らされている。回転灯の赤は、強烈な白に塗りつぶされて、自らの近くを僅かに照らすだけになった。だが奥は依然暗いままで、そこではまだ赤い光がちらついている。
サクラは照明弾を左右に分けて、居座る闇に向けて放つ。三発目の照明弾が床を転がり、燃えて白く輝くと、倉庫内は完全に闇から引き揚げられた。
内部は一年前と大差ない。格子状の駐機所が整然と並び、あちこちにマシラやジンチクが徘徊している。変わったところと言えば、壁面のコンテナに幾つか穴が空き、奇妙な肉袋が顔を覗かせているぐらいだ。照明弾の強烈な光に照らされる中、その肉袋からジンチクが数匹飛び出して来た。
「キモ! 何アレ!」
マリアの悲鳴が上がった。俺はバックミラーに視線をやる。すると荷台から飛び出た銃身が、小刻みにぶれて狙いを定めようとしている。
「まだ撃つんじゃねぇ! 下手したら後から来る連中に群がっからな!」
俺が叱責する前に、プロテアが怒声を上げる。そして一号車の行く手を遮るマシラに、機関掃射を浴びせた。そのマシラは光を浴びて呆然と立ち尽くしていたが、銃撃を受けて仰向けにひっくり返る。マシラが立ち上がる前に、俺はその脇をすり抜けた。背後から銃撃音がする。サクラが起き上がろうとするマシラを、銃弾で叩き伏せたようだ。
キャリアは碁盤状に並ぶ駐機所の合間を縫い、奥へと走っていく。駐機所にも昨年以上に、ジンチクの住まう肉の袋が詰まっていた。何らかの方法で連中も繁殖したのだろう。そこからジンチクが這い出して、ぞろぞろとキャリアに這い寄って来る。後追いのジンチクは問題ない。だが行く手を遮るジンチクはどうしようもない。
右前方の駐機所内で、肉袋が蠢きだした。このジンチクが出てきたら鉢合わせになる。
「プロテア! ジンチクが完全に駐機所に出る前に殺せ!」
俺が叫ぶと同時に、肉袋が爆ぜた。そして小さな人間の手足をばら撒きながら、床に血の池を産み出す。それは次第に範囲を広げ、俺たちの進む通路にまで広がった。
俺はウィンカーで、二号車に左側に寄る事を伝える。そしてハンドルを切った。
「ジンチクの血だまりは踏むな! 一発で終わりだぞ!」
俺は二号車を駆るアジリアに叫んだ。
『分かった――左側注意しろ! マシラがいるぞ!』
その通信が切れるとともに、二号車で20ミリ機関銃の轟音が上がる。そして重い肉が崩れ落ちる、重々しい音が後に続いた。
キャリア隊は中央主柱を通過する。最奥まであと半分だ。異形生命体どもは照明弾の輝きに戸惑いつつも、倉庫を走るキャリアに反応して追いかけて来る。駐機所をいくつか隔ててマシラが二匹ほど並走し、背後からは二桁に達するジンチクが押し寄せていた。
「二号車! 後追いのジンチクはさっさと殺して構わん! 帰りは別の通路を通る!」
二号車から銃声と、空薬莢が飛び散る音がする。少し間を置いて爆発音と、甲高いジンチクの悲鳴が上がった。手榴弾を転がしたのか。いい判断だ。
倉庫の最奥部が見えて来る。そこにはエレベーターシャフトと、管制室が交互に並んでいた。中央のエレベーターシャフトのボックスは、以前俺が乗ったために保管庫にある。俺はハンドルを切って、右端のエレベーターシャフトへと通じるレーンにキャリアを移動させた。窓から手を出して、二号車に右に寄るよう指示する。そして射線を空けるように、一号車を左側に寄らせた。
「アカシア! エレベーターの右脇だ! 開閉ボタンを押せ!」
俺はバックミラーをちらりと見た。サクラが銃座から降りて、代わりにアカシアがひょっこりと顔を出す。彼女はリングマウントに、アサルトライフルの銃身を乗せて構えると、引き金を絞った。
銃声は三回した。一発目は着弾点を計ったのか、ボタンのやや下に着弾する。発射された非殺傷用ゴム弾は、壁に弾んで床に落ちた。二発目は見事に開閉ボタンに命中する。そしてダメ押しと言わんばかりに、三発目がもう一回ボタンを叩いた。
間の抜けた音と共に、エレベーターの金網が開く。一号、二号キャリアは並列して、ボックスの中に滑り込んだ。その際残った攻機手榴弾を、いくつか落としておいた。
俺は運転席から飛び降りて、ボックス内の上昇ボタンを押しに走った。その合間に彼女たちが、20ミリ機関銃を担いで荷台から飛び出す。そして床に伏せて構えると、迫り来るジンチクに乱射した。並走するマシラが飛びかかって来るが、攻機手榴弾を遠隔起爆させて、一撃で吹き飛ばした。
エレベーターの金網が閉まり、のろのろとボックスが上昇していく。彼女たちはぴたりと射撃を止めて、気を抜くように床の上に突っ伏した。
俺は倉庫の中を見下ろす。照明弾の光に照らされて、異形生命体がそこかしこを走り回っていた。それは右側エレベーターシャフトに続々と集結し始め、金網を殴りつけて鳴らしたり、奇妙な雄叫びを上げたりした。やがて照明弾が燃え尽きる。おぞましい異形生命体の姿は、暗闇の中に沈んでいき、再び薄暗闇を赤い回転灯が切り裂くようになった。
「ナガセ質問! これって閉じ込められたんじゃないでしょーか!」
マリアがきびきびと手を挙げ、引きつった声を上げた。
「俺は出て帰って来た。策はある。心配するな」
倉庫の情景が、鉄の壁に遮られて見えなくなる。やがて「SK3」と、赤いペンキで書かれた鉄扉が見え、エレベーターは小さな揺れと共に止まった。鉄扉が開いて、保管庫へと繋がる。彼女たちは異形生命体がいないかと、床に伏せたまま銃を構えて固まった。
静寂の中、彼女たちの荒い吐息と、衣擦れの音が反響する。しばらくしてデージーとサンが、アサルトライフルを構えながら保管庫へと入り、周辺を改めていった。機関銃手もその後ろに続き、戦線を押し上げていく。やがて彼女たちは安全を確認し、肩の力を抜いた。
俺はキャリアを保管庫内に入れて、中央エレベーターシャフトの前――降着姿勢をとり項垂れるカットラスの前に駐車させた。そしててきぱきと彼女たちに指示を出した。
「サクラ。昨年俺が乗り捨てたカットラスだ。状態を確認してくれ。アルファ。教えた場所にオストリッチがある。六機、引っ張って来てくれ。シエラ。充電の準備だ。荷台からバッテリーをとってこい。残りは積み荷を降ろすのを手伝え」
俺は二号車の荷台に上がり、中に鎮座するアイアンワンドをゆっくりと床に降ろした。アイアンワンドのキューブは、特製のケースで保護した。まずキューブを保護シートで覆い、クッションを噛ませた上で鉄枠の中に収め、装甲板を張った。これならジンチクの溶解液にも耐えられるだろう。大きさは車椅子より少し大きいぐらいで、底面にはキャスターが取り付けてある。楽に床を転がして運べる。それに喋れないので静かでいい。
推進剤の入ったドラム缶も、同じように梱包してある。それらはアジリアの監督の元、荷台にスロープを掛けて、慎重に降ろされた。こちらは高さ一メートル、直径0.6メートルとやや大きい。推進剤は二種類で、百五十リットルずつ。合計三百リットルである。結構な量だが、オストリッチならぎりぎり牽引出来るだろう。
サクラがカットラスの点検を終えた。問題はないらしいので、撤退する時に囮で使うか。
その頃アルファチームが卵形態のオストリッチを、キャリアの前まで運び終えた。すぐにシエラチームが、バッテリーとオストリッチを接続して充電を始める。俺はリリィにオストリッチを起動させると、その武装を整える事にした。
オストリッチは頭のないダチョウに似た容姿をしている。その首の部分は、機関銃をマウントすることが出来るのだ。頭部に持ち込んだ20ミリ機関銃と、12.6ミリ機関銃を一機に一丁ずつ搭載し、脇の下のハードポイントに手榴弾を吊った。そして防護シートを、まるでよだれ掛けのように纏わせた。
オストリッチの配分は、俺とアルファチームで四機、チャーリーとブラボーチームで二機だ。
アルファチームは全員でオストリッチに乗り、20ミリ機関銃で武装する。リリィのオストリッチだけは丸腰で、尾部のフックでドラム缶を引かせて運搬に集中させることにした。
ブラボーとチャーリーチームのオストリッチは、もっぱら迎撃用だ。息の合うサンとデージーに乗せ、12.6ミリ機関銃で武装する。彼女らは前衛と後詰めを担い、進路と退路を切り開かねばならない。アイアンワンドは人力で運ぶことになるが、あれしき大玉を転がすよりより簡単な仕事だ。
俺はシエラチームに、再攻撃と撤退の準備の指示を出した後、アメリカドームポリス内に突入するチームを集めて、最終確認を行った。俺が持ち帰ったドームポリス内の地図をデバイスに映し、メインルート、予備のルート、敵の対処法、そして撤退ルートを確かめた。作戦目標を達成ないし、失敗した場合いかなる行動をとるべきかも、一つずつ確認していった。
確認の間、彼女たちは俺の質問に答えながらも、緊張で砂のように乾く唇を舌で舐めていた。
「俺の確認は終わりだ。各自、チームリーダーともう一度確認をとり、意思の疎通を徹底しろ」
アジリアの元に、ブラボーとチャーリーチームがわらわらと集まる。サクラは少し不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、もったいぶってわざと最後に集まった。アジリアは怒りと言うよりも、不安の気持ちを眼差しに乗せて、サクラを見つめている。サクラも堂々とそれに応えた。
約束を守れよ。心の中で祈る。やがてアジリアがサクラに何かを言った。遠くてここからでは聞こえない。だが何度かやり取りを終えると、アジリアはサクラを隣に招く。そしてメンバーに向き直って話し始めた。何を言ったかは知らないが、俺はほっとして胸を撫で下ろした。
俺の元にも、アルファチームが集まって来る。彼女らは不安を隠そうとせずに、俺の事を見つめて来る。俺は彼女らを一瞥だけして、背中を向けた。
「プロテアから絶対に離れるな。目の前の敵だけを撃て。以上、時間まで休憩とする。プロテア。残れ」
背後で戸惑いに何歩か足踏む音がする。そして間を置いて、二人分の足音が離れていった。俺は足音が聞こえなくなるまで待ってから口を開いた。
「俺からはぐれたら、俺に付いて行けないと思ったら、何も考えず逃げろ。そして化け物を殺したと言え。以上だ、休憩とする」
足音はしない。背後には人の気配が残り続けている。俺が振り返ると、プロテアが仁王立ちになり、俺の事を睨み付けていた。
「何か問題でもあるか?」
プロテアはふいっとそっぽを向く。そして壁際に腰かける、アルファチームへと歩いていった。
半刻が過ぎ、オストリッチが充電完了を知らせて、その場で羽ばたいて見せる。時間だ。
ある女性は、あてがわれたオストリッチに跨る。ある女性は、アサルトライフルを手に取った。そしてある女性はアイアンワンドを牽引し、ある女性は背負う爆弾を確認した。彼女たちは黙々と、倉庫の出口へと集まった。
この先からは分かれて行動する。俺たちは廊下を右に走ってバイオプラントへ、アジリアたちは廊下を左に走ってサブコントロールルームへ向かう事になる。
俺はそっと保管庫のドアに耳を当てて、廊下の様子を探った。廊下に吹きすさぶ風鳴りに混じり、化け物の雄叫びがこだましている。だが戸板の向こうで生き物が蠢く気配はない。
俺は見送りに来た、シエラチームを振り返る。
「アイリス。ロータス。頼んだぞ。仮に装備を出すことになった時、死体には気を付けろ。真正面から見ず、絶対に素手で触るな。分かったな?」
アイリスは後ろから抱きしめるように、パギを抑えている。そして声を震わせながら言った。
「分かりました」
パギはアジリアが心配な様で、届かない手を彼女に伸ばしていた。それに気づいたアジリアは、引き締まった表情をふっと和らげると、パギに軽くウィンクして見せた。
ロータスはと言うと面倒臭そうに、ひらひらと手を振った。
「へいへいさっさと行って殺されて来いバーカ」
俺は本当にお前だけが心配でならない。くたばる前にその性格を矯正できるとは思えん。アジリアとサクラ、プロテアに、注意だけ促しておくか。
俺はドアの開閉ボタンに親指を当てる。そして彼女たちを見渡した。
「これが済んだら、パーティでも開くか。ご馳走にあり付き、派手に騒ぎたければ死ぬなよ。準備はいいか?」
『はい!』
「無理だけはするな」
俺はボタンを押した。そしてアルファチームを引き連れて、廊下を疾駆した。先頭を俺が切り、右翼をプロテアが、左翼をマリアが務めた。そして最後尾を、リリィがドラム缶を引いて続いた。彼女はオストリッチにしがみ付くようにして乗っている。猛特訓したが、未だに乗るのが苦手なのである。
続いてブラボーとチャーリーが飛び出す。彼女らは俺たちとは反対の方向へと、駆け出していった。




