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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
61/241

幕間-2

 俺は倉庫に戻り、機動戦闘車のタイヤ交換に取りかかった。

 そこで苛立ちに、女々しく唇を噛んだ。機動戦闘車が床に固定されて、前輪がジャッキで持ち上げられていたのだ。そしてリリィがホースを伸ばし、水でジンチクの血を洗い流していた。

「何をしている。とっとと休め」

 リリィは俺に声をかけられ、身体を強張らせた。だがその場を動こうとはしない。脅威に瀕した人間が現実逃避をするように、俺を無視して作業を続けた。

 勘弁しろよ……これじゃ待機させた方がいいな。俺は彼女の手からホースを奪い取ろうと手を伸ばす。するとリリィは仕事を続けながら、俺の手から逃れた。

「いくら小さいからと言って、パギのようにわがままが許されると思うなよ」

 リリィはしかめっ面になり、「それだけは言うなよ」とこぼす。それからおどおどと、俺に顔を向けた。

「ほら……私たち……途中でサボったから……十分休んでいるし……私機械いじり好きだし」

 私たち? 俺はふとコンテナへ視線を向けた。扉が開け放たれており、そこからマリアが予備のタイヤを転がしながら出て来る。彼女は俺を見ると、避けるように迂回して、機動戦闘車まで戻って来た。

「どうせ張り切るなら戦場で頼む。向こうでばててもらっては困る」

 俺は腰に手を当てて仁王立ちになると、厳しい視線を二人に投げかける。

『ちゃんとやれるよ!』

 二人が声を揃えて叫んだ。そこに勇健さは見当たらず、人を痛ましくさせるほどの必死さで溢れていた。さながら、屠殺を恐れる鶏のようだった。

「まだやれるんだ。だから……」

 リリィの声は、そこから先細り、やがて黙りこくった。

「今度は……ナガセが一緒なんだよね……」

 マリアが確認してくる。彼女はジワリと、恐怖に涙を浮かべていた。

 俺はポーカーフェイスのまま、物思いに沈んだ。先の戦闘で酷い言葉と、銃弾を浴びせたからな。御機嫌を取りに来たのだろう。

 サンと違って俺と動くのを恐れているのは、状況が違うからだ。サンは俺の命令で生き残った後、それに背けば殺すと脅した。マリアとリリィは俺に背いて生き残ろうとし、二度はないと脅した。要するに成功体験と失敗体験の違いだ。俺の傍で失敗する事を、恐れるようになったのだ。これでは動きが鈍る。

「あの暴言は忘れろ。手が届かない。まともに話も聞かん。だからああする他なかった。お前らもあの時は、ああするしかなかったんだろ? それと同じだ。次から気を付ければいい。分かったら休め」

「でもさぁ……私……でも……さぁ」

 マリアが作り笑いを浮かべながら、タイヤの溝を指でなぞった。分かっている。言葉で収拾がつくような問題ではない。でもそれで押し通すしかない。

 かちゃりと、金属が床を引っ掻く音がした。皆の視線が一斉に、音のした方へ集まる。そこではプロテアが、床のレンチを拾い上げたところだった。

「俺たちアルファチームで、キャリアの整備とタイヤの交換はやるよ……どけ」

 彼女は赤く腫れた顔を厳しさで凛とさせ、レンチの先を使って俺を追い払うジェスチャーをした。

「このままじゃあ、他のチームにメンツが立たないんだよ。それに全員体力は余ってっから大丈夫だ。リーダーの俺がそう判断して決めたんだ。文句あるなら言えや」

 そう言う事情があるなら、俺もこれ以上何も言わん。俺はキャリアに背中を向けた。

「終わったら教えろ。点検は俺がする」

 なら俺は指揮車を確認しておくか。俺はシェルターを開けて、中に入ろうとした。

「ナガセ」

 プロテアに呼び止められた。俺が振り返ると、プロテアは怒りと悲しみの間で、揺れ動いていた。やがて彼女は感情を爆発させるように、手に持つレンチを足元に叩き付けた。

「俺はあの行動を悪いとは思っちゃいねぇ。あれはお前が悪い。それだけは間違いない。譲らねぇ!」

 プロテアの剣幕に驚いたのは、マリアとリリィだった。二人はプロテアが俺に殴りかかれないように、両側から挟みこんでその腕を抑える。そしてなだめるように話しかけた。

「やめときなって……実際あんとき何が何だか分からなくなってたしさ」「そーだよ……サンもデージーも死ぬほどじゃなかったって言ってたじゃん。あれは私たちが――」

「冬と違うだろ! 全然違うだろ! 寝て起きて急に変わって! 俺はお前が化け物と入れ替わったって言われても驚かねぇよ! そんぐらいおかしいんだよ! 俺たちに何か説明したか!? してねぇだろ逃げんなカス!」

 マリアとリリィの声は、プロテアの怒声に遮られた。プロテアは持ち前の剛健さをもって、二人を振り払う。そしてぼろぼろ泣きながら、俺に指を突きつけて、まくし立てた。

「お前がハラにイチモツ隠してなぁ……! 俺たちの事! 俺っ……俺たちの事信じてるだのなんだのぬかしたってなァ! それ……そんなの! クソなんだよクソ! クソなんだよぉ! 前に言ったよな! 気持ちの分だけ信じてくれないと、信じている分だけ不安になるって! お前が隠してる何かを言わねぇのに、お前に教えられた何を信じろってんだ馬鹿野郎ォ!」

 言い終えると、プロテアは肩で息をしながら、濡れた眼で俺の事を睨んで来る。彼女は作戦の前からは想像が出来ないほど、弱さをさらけだしていた。俺が思ったより、彼女は繊細だった。

 だからこそ何も言えない。

「甘えるな」

 俺はシェルターに乗り込んだ。

 それと、何故自分レッド・ドラゴンを隠すかだって? 決まっている。

 あんな事を、本気でしでかすからだ。

 そしてそんな事を、忌み嫌わせるためだ。


 アメリカドームポリス占領は、白兵戦が主になる。狭い通路や、出入り口が限られた部屋で戦うことになるのだ。必然的に数が多く、タフな異形生命体が有利である。数で圧倒していけば、やがて袋小路に追い詰め、そこで決着をつける事が出来るからだ。

 我々はドームポリスと言う環境を、最大限活用しなければ勝ち目はない。上手く非常ドアや通路、部屋、ダクト、シャッターを使いこなす必要がある。

 夏の訓練で、このドームポリスを使ってみっちり仕込んだんだ。さっき口にした通り、うだうだ言わず彼女たちを信じよう。

 作戦の再確認だ。

 今度はキャリアのみで、アメリカドームポリスに向かう。指揮車のシェルターを降ろし、機動戦闘車と同じ装備に換装する。そしてそれぞれ弾薬と、ドラム缶に詰めた推進剤を積載する。我々はアメリカドームポリスの倉庫エレベーターから保管庫に侵入し、そこから各部隊が個別に動く。

 甲一号の撃破は、俺とアルファチームで行う。俺がここに就いたのは、例え撤退する事になっても、このクソッタレだけは確実に殺し、これ以上異形生命体を増やさないようにするためだ。そのため装備は強力なものを携える。全員をオストリッチに乗せて、マリアとプロテアは12.7ミリ機関銃を持たせる。リリィは甲一号を吹っ飛ばす推進剤を運んでもらい、俺はそれらの補佐だ。

 アイアンワンドのサブコントロール接続は、ブラボーとチャーリーチームが行う。統率に若干不安があるが、サクラは今回に限りアジリアの命令を聞いてくれるだろう。このチームはアサルトライフルを装備させ、虎の子であるプラスチック爆弾と導爆線デトコード、そしてテルミット(火をつけると鉄をも熔解する高熱を発する)を持たせる。これで多少の障害は突破できるだろう。

 シエラは速やかに再攻撃と撤退の両方が出来るように、保管庫で準備をさせておく。ロータスを抑えられる人間がいなくなるが、流石に保管庫で暴れることは出来まい。それにアイリスが余計なおせっかいをやけないよう、閉じ込めておけるわけだ。一石二鳥だな。

 今度は元指揮車を一号車と呼称し、俺とアルファ、シエラが搭乗。元機動戦闘車を二号車と呼称し、アイアンワンドとブラボー、チャーリーを搭乗させる。こいつらをアルファが整備した車に乗せるのは、ただの老婆心だ。

 一時間後、アルファが機動戦闘車の整備を終え、俺の点検をパスした。アルファチームは倉庫の壁に寄って休み、そこでピオニーの用意した軽い食事を口にした。

 一時間半を過ぎると、他の彼女たちが倉庫に戻ってくる。ドームポリスを誘引する人攻機からも、ブラボーチームが帰って来た。入れ替わりに、ピオニーがカットラスに搭乗し、牽引を引き継いだ。元からアカシアと交代していたローズには、もうしばらく頑張ってもらおう。

 この時ドームポリスは、アメリカドームポリスの東であるポイントBを、目前に控えていた。

 彼女たちは黙々と武装をする。アサルトライフルを担ぎ、腰に手榴弾を吊って、弾倉を身に纏う。そして各々の役割に応じた荷物を、背中に負った。ブラボーとチャーリーは工作キットと爆弾を、チャーリーは給弾ベルトを。

 俺は彼女たちを集合させて、その顔色を窺った。陰りは残っているが、全員気力を取り戻して、真っ直ぐ俺の事を見つめていた。サンとデージーに至っては、次はもっと上手くやると気合が入っている。その中でアイリスは歯痒そうに口元をうごめかせ、アジリアはしきりにプロテアたちを気にしていた。そのプロテアたちと言えば、居心地が悪そうに他の彼女たちを気にしている。負い目は消えなかったようだ。だが俺が甲一号の死骸というトロフィーをくれてやれば、皆から敬意を取り戻せるだろう。ちなみにロータスの機嫌はとても悪かった。信用もないのにいらんこと吹聴するからだ。少し反省しろ。

 俺は一つ咳を払った。

「各々、思う所があるようだ。だが今は目の前の事に集中しろ。それは今考える事ではない。終わってから考える事だ。目的はアメリカドームポリスの占領だ」

『はい』

 彼女たちは声を揃えて返事する。

「今回はさっきのように、俺は助け舟を出せん。だから分かっているな。独りで動くな。全員で動け。そしてどうするかを決めるのはリーダーだが、そのために何が出来るかを決めるのがメンバーだ。協力しろ」

 アルファを除く各チームが、お互いの気持ちを確かめるように、チームメンバーと軽く触れあうスキンシップをとった。

「最後にこれだけは守れ。想定と少しでも違った場合、すぐにその旨を告げ撤退せよ。繰り返す。想定と少しでも違った場合、すぐにその旨を告げ撤退せよ。死ぬことだけは許さん」

 それを聞いて、アイリスが唇を噛みしめる。口の端から赤い血が糸を引いた。アジリアは憐れむような視線を俺に向ける。そしてやるせない息を吐いた。プロテアは俺の態度に違和感を拭えないようだ。視線をより鋭くしながら、低く唸った。

「総員搭乗せよ!」

 俺は号令をかけた。彼女たちは素早く回れ右をして、キャリアに搭乗した。一号車にはプロテアが銃座に、二号車にはサクラが銃座に、運転席にはアジリアが陣取る。残りは荷台の中に入っていった。

 俺はそれを見届けてから、一号車に向かった。

「ナガセ。お具合は宜しいのですか?」

 サクラが銃座から、心配そうに声をかけて来た。

「あの……砲弾の衝撃波を受けましたし、あの後よろけるのを見ましたので。再び立ってお目見えするのに時間がかかりましたから……」

 結構。吐血を見られてないなら問題ない。俺は手だけを振って応えた。だがある懸念に、足を止めて彼女を見上げた。

「これで最後にする。だからアジリアの言うことは聞けよ。アジリアが上だ。理由は分かるな?」

 サクラは少し苦い顔をしたが、即答した。

「あなたの命令だと思って従いますよ。約束。守ってくださいね」

 俺は鼻息を鳴らしてそれを返事にすると、一号車に搭乗する。そしてフロートを展開し、時が来るのを待った。

 30分後、ドームポリスはポイントBに戻って来た。砂浜には、未だにキャリアのわだちと、人攻機の足跡が残っている。

 揚陸予定地にジンチクを数匹視認。俺は牽引をするカットラスに指示を出すと、それらはすぐに掃討された。しかし当てるのに手こずったな、ヘタクソめ。お留守番で正解だな。

 カットラスが再び急旋回し、振り子の要領でドームポリスを浜辺へと近づける。倉庫のシャッターが開き、青い海と、白い砂浜、その向こうの緑の草原が見えた。

「再突撃開始! 二号車は一号車に続け!」

 キャリアはドームポリスから飛び出して、水飛沫を上げた。そして砂浜のわだちを塗り変えて、再び西進を開始した。

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