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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
60/241

幕間-1

 覆い被さって来るマシラに太陽が遮られ、視界が暗くなる。俺は狂喜の笑みを浮かべながら、モーゼルを抜いた。

 嬉しいやら悲しいやら。ようやく戦って死ねると思ったら、相手は彼女らではなく、イカれたゲノム野郎ときたか。だが贅沢は言うまい。

 モーゼルの引き金を絞る。マシラの胸部に、黒点が穿たれた。当然それでは死なない。奴は拳を振りかぶり、着地と同時に俺へ叩き付けようとした。

 衝撃が俺を襲い、立っていられず尻餅をついた。しかしそれは殴りつけられた事によるものではない。空気の震えが衝撃となって、俺を打ったのだ。そして俺が見上げる中、飛び上がったマシラが変形していった。まるで見えない重力場に捕まったかのように、縦に潰れつつ拗じ曲がったのだ。そして肉片を撒き散らしながら急に加速して、俺の頭上を飛び越えていった。

 俺は訳が分からず、地面に叩き付けられたマシラを振り返る。その肉体は捻じれて血を絞り出し、ケツには大きな穴が一つ増えていた。こんな事が出来るのは砲弾だけだ。一体誰が。俺の視線は反射的に海に注がれる。

 そこにはドームポリスが悠々と航行していた。ブラボーチームだ。デージーに集中して気が付かなかったが、予定通り合流場所に現着していたのだ。

 ドームポリスは腹部の倉庫シャッターを解放しており、そこから腹ばいになった段平が見える。段平はマテリアルバスターを構えており、発射後によって崩れた姿勢を補正している最中だった。

 さらにカットラスが一躯、ドームポリスの牽引を止めて、MA22を乱射しながら揚陸してきた。

『ナガセェ!? あ! あ! 当たった!? いや当たってない? そうじゃなくて! え?! 当たったけど当たってないよね! サササ……サクラに殺されるゥ!』

 衝撃波でキンキンする鼓膜が、辛うじてアカシアの声を拾った。全く頭上に大砲なんざぶっぱなしやがって。全身がムチ打ちしたかのように、身じろぐだけで鈍痛が走った。

 俺は尻餅をついた身体を立たせようとする。しかし不意の眩暈に襲われ、その場で四つん這いになってしまう。そこで俺は盛大に吐血した。吐いている最中だと言うのに、どんどん血が込み上げて来る。口から出せない血が、鼻から吹き出て来る。

 俺は血を抑え込もうと、口と鼻を手で覆った。そして溢れる血を飲み込んで、何事も無かったように立ち上がって見せた。血のカス交じりの咳をして、必死に呼吸を整える。そしてデバイスで通信を送った。

「よくやった」

 貧血でふらふらする。それでも現状を確認しなければ。

 機動戦闘車には、事切れたマシラが寄りかかっている。揚陸したカットラスが仕留めたようだ。荷台の近くには、蜂の巣になったジンチクが転がっていた。こちらは荷台の連中の反撃だろう。

 シャスクには、瀕死のマシラが身体を引きずって、取りつこうとしている。デージーは外部スピーカーで悲鳴を轟かせながら、スポッティングライフルで反撃をしていた。だがマシラはシャスクの下半身を掴んで振り回し始め、腕にもジンチクが食らいつき始めた。シャスクの足が捩じられ、腕は溶解液に溶かされ白煙を上げる。デージーの悲鳴がより甲高くなった。

 その時、丘の頂きから銃撃が降り注いだ。銃弾の雨はマシラにとどめをさし、ジンチクを蟻のように潰した。アジリアのダガァが追いついたのだ。

 アジリアは崖を滑りながら、マシラに念入りに弾丸をぶち込む。そしてスポッティングライフルで、残ったジンチクを始末すると、シャスクの傍らに立った。ダガァは判断を仰ぐように、頭部を俺の方に向けた。

 シャスクの腕はジンチクにやられ、装甲は崩れ落ち、人工筋まで侵されている。溶けた筋繊維がまくれ上がり、異臭と共に煙を噴き上げていた。その切れ端が電気信号を受けて、火花を散らしながら宙を踊っているのだ。完全に断線している。マシラに弄ばれた足も骨格が捩じれ、あらぬ方向に曲がっていた。回収するには時間がかかる。

「シャスクは棄てろ。アジリア。そのバカタレと武器を回収しろ」

 俺の命を受けて、ダガァはシャスクに屈みこむ。そして手を股下の搭乗口に伸ばした。すぐにシャスクの股下の装甲が、小爆発と共に剥がれ落ち、号泣するデージーが這い出て来た。

 俺の方にも揚陸したカットラスが近寄って来る。そして人攻機の首の付け根にコクピットを押し上げて、サクラが顔を覗かせた。

「ナガセ! ご無事ですか!? 血が! 血が出ています!」

「化け物の血だ。大げさに言うな。機動戦闘車が擱座した。牽引してくれ」

 俺はそれだけ言うと、機動戦闘車へと戻り、荷台の中を確認した。中は空薬莢が散乱している。そして硝煙と異臭の漂う中、プロテアとサンが肩で息をしながらアサルトライフルを構えていた。

「怪我はしていないか? 返り血を浴びなかったか? 頭を打ったりしていないか?」

 俺が聞くと、呆然としていた二人が浅く頷いた。そして改めて俺を見直し、痛ましく表情を歪めた。俺は彼女らに釣られて、自分の姿を確かめる。自分の吐いた血でベッタリ汚れている。それどころかよくよく見れば、肩にマシラから飛び散った、骨片が突き刺さっていた。俺は不快そうに鼻を鳴らすと、無造作に骨片を引き抜いた。

 サンは軽い悲鳴を上げて視線を反らす。プロテアは苦笑いを浮かべて、力無く首を振った。

「お前が……そんな事言うんじゃねぇよ……ばかやろう……」

 とにかく無事ならいい。ここに長居は無用だ。俺は機動戦闘車の運転席に戻った。

「各車両フロートを展開せよ! アジリア機はフロートを電磁吸着せよ!」

 俺はダッシュボードのボタンを押し、フロートを展開した。しれっと隣に並ぶ指揮車もそれに倣う。アジリアのダガァも、カットラスがドームポリスから引っ張ってきたフロートを、磁力で引きつける事によって装着した。

 指揮車が真っ先に海へ進出する。カットラスが機動戦闘車を牽引して後に続く。最後にダガァが動く。そのフロートはドームポリスとロープで繋がっており、巻き上げられる事で運ばれた。

 ドームポリスは部隊を回収したのち、体制を立て直して陸から離れていく。そして静かに南下を開始した。

 作戦の第一段階は無事に終了した。



 カットラスは機動戦闘車を倉庫内に引き上げると、すぐに海に出てドームポリスの牽引を再開した。倉庫の端では邪魔にならない様に、アカシアが段平を片付けている。彼女によると、支援の為にカッツバルゲルの運転を、ローズと交代しているそうだった。

 俺は出ていくカットラスを見送ってから、ドームポリスに戻った部隊を確認した。

 人攻機二躯とMA22を一丁損失。機動戦闘車、損傷。戦闘継続が怪しいものが3名。被害甚大だな。人死が無かっただけましか。もう少し命令を聞いてくれれば、問題なかったんだがな畜生が。

「全員集合しろ」

 俺が呼ぶとキャリアから彼女たちが、ぞろぞろと降りてくる。その中にはリタイアしたリリィとマリアの姿もあった。二人の足取りはしっかりとしているが、顔色は悪く機嫌を窺うように俺の事を盗み見ていた。アジリアもダガァを駐機させて、俺の元に走って来た。

 全員が疲れ切っていた。ぐったりと肩を落としていた。だがもう一戦交えなければならない。しかも次は建物内での戦闘だ。各部隊は完全に独立して動く。俺は何もできない。完全に彼女らの判断に委ねるしかないのだ。

 慎重に言葉を選ばなければ。

「俺は言ったはずだ。上の命令には絶対服従だと」

 静かに、重く言い放つ。彼女たちは気まずそうに視線を伏せた。

「何故逆らった? 聞こうじゃないか。言ってみろ」

 彼女たちが小さく身じろぎをする。そして痛々しい沈黙の中、誰かが釈明するのを待った。

「私はさぁ。こいつらがウジウジしてて心配だったからさァ……」

 ロータスが私は関係ないと言いたげに、リタイアしたアルファチームを一瞥した。

「人を盾に取り、俺とまともに口もきけない弱虫は黙れ。誰か。『俺に説明して』みろ」

 ロータスはムッとして俺を睨んで来る。だがこれ以上作戦中見せた弱みを、暴露されたくないと思ったのか黙り込んだ。代わりにプロテアが息巻いて話し始める。

「うるせぇ! 俺たちは生き残るためにしゃあなしでやったんだ! 文句言われる筋合いはねぇよ! あのまま何もしなかったら、俺たちは今頃化け物に殺されていたんだぞ!」

 よくもぬけぬけと。俺はプロテアに歩み寄ると、思いっきりその頬を平手打ちした。プロテアは隣のリリィごと床に倒れこむ。しかしすぐに立ち上がると、眼を血走らせながら、俺に掴みかかって来た。

 俺は半身になってプロテアの伸ばした手を躱し、その足に蹴手繰りを入れた。まるで石に躓いたかのように、プロテアは前に倒れそうになる。俺はその前に襟首を掴み、彼女を立たせてやった。そしてもう一発平手打ちを食らわせて黙らせると、胸倉を掴んで引き寄せた。

「戦況を確認したか!? してないだろ! 貴様はナメクジみてぇにメソメソしていたメンバーしか見てねぇだろ! それに釣られて自分を見失っただけの奴が偉そうな口を利くな! リーダーなら正しい認識を与え、導けと言ったはずだ!」

 俺は突き放すように、プロテアの胸倉から手を離した。彼女は自らを支えることが出来ず、後ろ足に数歩進んで、尻餅をついた。

 俺はプロテアを中心に、彼女たちを見渡した。

「いいか。貴様らは恐怖に負けたんだ。恐怖から逃れたくて、命令を、役割を、何より仲間を捨てて目の前の選択に飛びついたんだ。仲間がそれらを忠実に果たしていると信じることができず、自分にその力があると信じることもできずにな! 恥を知れ!」

 俺が叱責を終えると、彼女たちは消沈して俯く。命令違反を犯した者はもちろん、そうでない者も心にやましいものがあるのだろう。あのアジリアですら、唇を噛んで、視線を反らしていた。

 俺は床を踵で叩き、俯いた彼女たちの顔をあげさせた。

「だがこれだけは言っておく。貴様らは俺の訓練をこなし、俺にその実力を認めさせ、この作戦を立案させた。貴様らは等しく、想定される困難を乗り越える力を持っている。それは間違いない。事実ここまで一人も欠けることなく戻った」

 彼女らが、信じられない様に目を丸くした。訓練で散々つらく当たり、突き放して来たのだ。俺にそのような事を言われるとは、思っていなかったのだろう。ごくりと生唾を飲み、さっきとは違う意味で俺に注目した。

「胸を張れ。貴様らは立派に育った。その力を存分に、己の良識と良心のあるままにふるえ。あともう一息だ」

 俺はそう言うと、ひと区切りつけるために、手を打ち鳴らした。

「アルファ、チャーリー、シエラ。ご苦労だった。各自アイリスの検診を受けた後、休息をとれ。2時間やる。それが済んだら再出撃準備だ。行け」

 彼女らを顎でしゃくり、動くのを待つ。しかし彼女たちは固まったままで、食い入るように俺の顔を見つめている。やがておずおずとアイリスが口を開いた。

「ナガセ……血の涙が……」

 言われて俺は、目頭を親指で拭った。指先にはやや粘度の高い、どす黒い血がこびり付いた。色んな意味で脆くなったな。

 俺は鼻で笑う。

「何度も言うが化け物の血だ。人間の血が、こんなに黒い訳なかろうが。さっき叱ったばかりだ。ちゃんと現実を見ろ。行け!」

 彼女たちは納得がいかない様に、動かなかった。しかしどうしていいか分からず、その場に立ち尽くすだけだ。やがてアジリアが複雑そうな顔をして、一足先にドームポリスの中に戻っていった。すると残りの女たちも、足を引きずるようにして、アジリアに付いて行った。

 俺は機動戦闘車へと視線を移す。フロントガラスには未だジンチクの血が残っている。ジンチクを轢いた右側前輪に至っては、ゴムが溶けてホイールが剥きだしになっていた。整備が面倒だ。かといって再突入にキャリアは欠かせない。俺の休みはナシだ。

「ピオニー。帰った連中に飯を食わせてやれ」

 俺は厨房で待機させている、ピオニーに通信を送る。そして自室に戻った。

 しこたま血を吐いたから、貧血で体が鉛の様に重い。それに砲弾の衝撃波を受けて、動く度に全身が痛む。俺は机の引き出しを乱暴に開けて、空の輸血パックと生理食塩水を取り出した。そして点滴台の代わりに棚にパックを吊るし、身体に流し込んだ。

 この生理食塩水は、海水を何倍かに希釈したものである。海水の成分と血液の成分は似ており、薄めて体液に近づけてやると血液の代わりになるのだ。大戦末期では血の代わりに、汚染の届いていない深海の水がよくよく用いられた。

 輸血が済むと、新しい向精神薬のビニルを剥いて静注する。鉛のように重かった体が、幾分か軽くなる。そして先ほどまで全身を苛んでいた鈍痛は、どこかへと吹っ飛んでしまった。

 用事を手早く済ませて、俺は部屋を出た。そして薬箱を抱えるアイリスとはち会った。彼女は俺を恨むように見つめて、逃すまいと立ちはだかった。

「身体……やられていますね? 血を吐くのを見ましたよ。外傷じゃないですね。内部が痛んでいるという事はガンですか? 免疫系ですか? いずれにしてもすぐに安静にするべきです」

「彼女らを診ろと言った」

 俺は露骨に嫌そうな顔をして、アイリスを押し退けようとした。しかし彼女は踏ん張って、頑なに俺を通すまいとした。

「終わりましたよ。次はあなたの番です」

「終わったなら、こんなところで無駄口叩いてないで休め」

「皆に言いふらしますよ……ナガセが死にそうだと。すると指揮が乱れるんじゃないですか?」

 俺はアイリスを押し退けるのをやめて、足を止めた。アイリスはシェルターの中にいて、外の様子は抽象的な信号でしか分からない。俺が何したかまで、知る術はないはずだ。それに俺が血を吐いたのを、別に見た奴がいる。

「ロータスの口車に乗せられたか……」

 今頃彼女たちは、不安に駆られて士気が下がっているかもしれない。それに命令の大元である俺が信じられなくなったら、指揮系統は崩壊する。俺の健在を喧伝しなければならない。

 俺は邪魔なアイリスを、突き飛ばそうとした。

「アジリアがまとめました」

 アイリスは突き飛ばされては敵わないと、早口にそうまくし立てた。意外なアイリスの言葉に、俺は思わず聞き返す。

「何だと?」

「ええ。素っ気ない仕草で、苦虫を噛み潰したような顔をしながら――そう、あなたにしてやられた時のいつもの様子で、先程の訓辞を確認するため、わざと不安にさせたのだと言いました」

「信じたのか?」

「ロータスより信用がありますからね。あなたの訓辞も効いたと思います。アジリアの気遣いを無駄にしてもいいんですか? 分かったら診せて下さい」

 アイリスはそう言って、俺に迫って来る。どうする。気絶させて部屋に押し込むか? 作戦時間だけ拘束するのは簡単だ。だがもし俺の診察に来たアイリスが戻らなかったら、彼女たちは訝しむ事だろう。それに今は猫の手でも借りたいほどだ。

 俺は舌打ちをすると、自室にアイリスを招いた。彼女はほっと表情を綻ばせた。

 俺が椅子に腰かけると、アイリスはその向かいに座り、俺のライフスキンをはだける。そして黙々と診察を始めた。彼女は熱や脈を計ったり、胸に聴診器を押し当てたり、喉や脇などを見た。やがて深い溜息をついた。

「感染症ですね……それも一つや二つじゃありません……冬のアカシアみたいな状態ですよ」

 当然だ。免疫系が上手く働いていないのだ。今俺の中は警察のいない無法地帯で、細菌共が好き勝手に暴れている。何度かメディカルポッドを使用したが、落ちた免疫力や体力まで戻らない。

 俺は根本的に、壊れているのだ。

「だがそれが何かは分かるまい。アイリス。もう止まれないんだ。そしてどうしようもない。免疫不全の俺が、今何を患っているか確かめる時間も、それを治す時間も、そして根本的にどうする事も出来ないんだよ。分かっているなら邪魔をしないでくれ」

 俺は気が済んだかと、ライフスキンを纏い直そうとする。するとアイリスが強い力で、俺の手首を掴んできた。そして注射がしやすいように、真っ直ぐに伸ばさせた。

 俺がアイリスを見ると、彼女はまなじりを濡らしながら、嗚咽を堪えるように口元を引き締めている。彼女は俺がどんな状況にあるか、最初から分かっていたかのように、薬箱の中から一本の注射器を取り出した。

 俺は警戒に身を強張らせる。アイリスは緊張を和らげるように、そっと俺の腕を撫でた。

「栄養剤です……今私に出来る事は……これだけです……」

「そんな高価なもの俺にはいらん」

「ダマッテ! ウソツキ! ホラチカラヌイテ!」

 アイリスはヒステリックに叫んだ。そして俺の腕をチューブで絞めて、腕に注射針を刺した。

「誰にも、何も、言うな。そして気にも病むな。これは俺が招いた結末だ。俺に誓えるか?」

 俺は何でもないように言った。心地は明日の天気予報を知らせるように、避けられない、そして当前の事を語るようだった。そもそも俺は、ここにいて良いのかどうかすら分からない存在だ。そして彼女らには好ましくない人間なのだ。

 だがアイリスは動揺したようだった。注入中の針が、彼女の手の震えで動き、俺に痛みを与えた。彼女の腕の震えは、針を抜いてからよりはっきりとなった。まるで寒さに震えるように、腕がぶるぶると振動する。そのせいでアイリスが注射器をケースに戻すのに、かなりの時間がかかった。

 それから彼女は両膝の上に手を乗せて、俯いて黙り込んだ。彼女は頼って欲しそうで、縋って欲しそうで、何より必要とされたがっていた。

 だが甘えだ。それは捨てた。

 俺はライフスキンを纏い直す。そして席を立つと、一足先に部屋を出ようとした。

 アイリスが椅子を蹴って立ち上がる音がする。そして彼女は後ろから俺に抱き付いてきた。

「死なないで……」

 彼女は俺の胸に手を回し、きつく抱擁してくる。そしてついに泣きじゃくり始めた。

 俺は振り返ることは出来ない。それを見て、俺に何が出来るというのだ。俺にどうしろと。俺に出来る事はここにはない。それはアメリカドームポリスにあるのだ。

 俺はアイリスの腕を、出来るだけ優しく、しかし予断を許さぬ強さを以って離させた。

 そして外へと、一歩踏み出した。

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