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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
58/241

進撃-6

 転進したキャリア隊めがけて、ジンチクが降り注いでくる。一回目の投擲では、それらはキャリア隊のはるか後方に着地した。連中は自らの腹で、大地に血のスタンプを押しつける。それからのそりと蠢き、キャリア隊を追って来た。これは振り切れる。問題ない。

 ショウジョウは次々に、ジンチクを投擲してくる。今度のジンチクは頭上を通り越していった。これは進行方向に着地するな。轢き殺したいところだが、タイヤには炭素繊維が含まれている。ジンチクの血で溶けちまう。

「アルファ! シエラの尻にぴったりつけろ! チャーリー! ショウジョウは放っておけ! それよりキャリア隊の脱出を助けろ!」

 俺がそう叫ぶと、ショウジョウを追撃していた人攻機が、困惑したように挙動を止めた。そして転進したキャリア隊を阻む、小規模なマシラの群れに気付く。彼女らはそれを蹴散らし始めた。

 俺は運転席の天板を、またもや銃把で殴りつけ、ロータスの気を引いた。

「ジンチクが降って来るぞ。指示を出すからその通りハンドルをきれ。まず右だ」

「へいへい。あー、やっと帰れるのね」

 ロータスはそう言って、早速ハンドルを切る。しばらくして、かつて指揮車の進行ルートだった場所に、ジンチクが墜落して血を撒き散らした。それはすぐに新しい足を生やすと、動き出す。そしてキャリアを追わず、引き返していった。

 ジンチクが向かった先には、攻機手榴弾で出来た死体の山がある。そこには先に死体に噛り付いていたジンチクを押し退けて、西側のマシラの群れがなだれ込んでいる。マシラに押し退けられたジンチクは、そのおこぼれに預かろうと飛び跳ねている。それすら出来ない遅れた異形生命体は、新たな獲物を求めて一丸となり、キャリアを追撃し始めた。それは凄まじい光景で、まるでモンゴルの騎馬隊が一斉に押し寄せて来るようだった。

 今や盆地に存在する異形生命体の群れの中心は、アメリカドームポリスから、先程の攻機手榴弾による爆心地に移っていた。

『ナガセ! プロテアから攻機手榴弾の使用許可が来てます!』

 急にアイリスから通信が入った。流石のプロテアも、押し寄せる異形生命体群に、胆を冷やしたようだ。だがまだ早い。もう少し離れた場所に死体を作らないと、群れがその場に留まって誘引できなくなる。

「合図を待てと言え」

『直接掛け合うと言って聞きません』

 相も変わらずジンチクは降りそそいでくる。忙しいことこの上ない。俺はロータスへの指示を、口頭命令から天板を叩く方法に切り替える。右折なら右側を殴り、左折なら左側を殴る。そしてアイリスに言った。

「替われ」

 アイリスの落ち着いた呼吸音が、すぐにプロテアのゼイゼイ声に変わった。

『ナガセ! 流石にこんなに目をつけられたら、いなすのは難しいぞ! 二、三個転がす許可を寄越せ! 一番後ろにいる俺らが危ねぇんだよ! いいな! 転がすぞ!』

 俺はプロテアの声より、その後ろで微かに聞こえる物音が気になった。プロテアの荒い息に紛れるようにして、しゃくりあげる音、鼻水を啜る音、そしてむせび泣く声が聞こえる。

 リリィ……それに息継ぎからして一人分じゃない。多分マリアもべそをかいている。暴力的な数の異形生命体に追いかけられて、心が折れたようである。気持ちは分からないでもないが、状況は絶望的ではない。むしろ良好である。勝手に悲観にくれてもらっては困る。

「駄目だ。合図を待て。少し進めば、行く手を遮っていたマシラが、チャーリーの攻撃を受けて死体となって転がっている。それがしばらく群れを鈍らせる。落ち着いて判断しろ」

『だから何だってんだ! 二発投下するぞ!』

 あァ。これは軽いパニックになって、理屈が効かなくなっているな。優しい言葉はつけあがるだけで無意味だ。俺は口の端を歪めると、凶悪な笑みを浮かべた。

「分かった。好きにしろ。だが勝手な投下を確認次第、こちらで荷台にある攻機手榴弾を遠隔起爆する」

 プロテアが一瞬黙り込む。そしてリリィが狂ったように泣き喚き始め、マリアが口早に許しの言葉を紡ぎ出した。こういう無線をスピーカーでするな。まぁこのケースだと好都合だがな。

『おいコラテメェ。聞き間違いか……? 投下した、攻機手榴弾を、遠隔起爆すると言ったんだよな……』

 プロテアは確認するように、言葉を区切り区切りにして聞いてきた。

「俺は、汚い花火を、上げると言ったんだ、このボケ」

 俺は大きなため息をわざとつく。その時胸から不快感が込み上げ、胃液が逆流しようとしたが、俺は必死で堪えた。

「いい加減ウンザリしているんだ。アカシアといい、マリアといい、リリィといい。やる事もせずにうだうだ文句ばかり垂らす。だからせめて俺の役に立って『死ね』。嫌ならせいぜい頑張るんだな」

 通信機の向こう側から、人の出す物音が消えた。号泣を通り越して、遂に感情を出す事すらできなくなったようだ。俺にも経験がある。喜怒哀楽をいくらぶつけてなお、理不尽な現実を突きつけられると、人は自分が何故感情を露わにするか分からなくなる。そうして人形のようになってしまうのだ。

『お……お前なんて大嫌いだ! 嫌いだ! 嫌いだァ!』

 その言葉を最後に、通信は切れた。

 俺は悩んで顎を掻いた。許可を求めてくる当たり、プロテアはまだ冷静だ。だがもう少ししたら、独断での行動を始めるだろう。プロテアは味方を守るためなら、自分に出来る事を何でもする。俺に逆らうことを屁とも思っていない、優れた戦士だ。だがその利点は経験が少ないため、今はまだ欠点となっている。そこら辺も計算に入れなければなるまい。

 キャリア隊は黙々と、北東へ向かって進んでいく。ほどなくして、降りそそぐジンチクの数が減った。ショウジョウの投擲範囲から脱出できたようだ。キャリア隊はチャーリーが撃ち倒したマシラの群れをすり抜けながら、なおも追って来る異形生命体の群れを、機関銃で撃退した。やがてキャリアは崖の裾野に到達して、傾斜に車体を上向かせる。そして坂を上り切ると、盆地から脱出した。

 崖の上にはチャーリーチームが待機しており、横列に並んでいる。キャリア隊はその隙間を縫って、草原を海へと走り始める。そしてチャーリーも転進し、キャリア隊の後ろについてきた。

 後はポイントCに戻るだけだ。隊が崖を離れて東進する。僅かな時間をおいて、盆地から崖の上へ、異形生命体も這い上がって来た。その勢いはすさまじく、まるで盆地から赤い湧水が溢れだしたようだ。マシラが跳ね上がり、ジンチクが放り出され、ムカデが這い出て来る。群れは崖のおかげで横に広がっており、非常に相手をしやすくなっていた。こいつらと200から300メートルの距離を維持して誘引だ。

 キャリアが離れた事で、ショウジョウも距離を詰めて来た。盆地の中からショウジョウの頭が、幾つかこちらの様子を窺っている。ショウジョウは銃を理解しているようだ。そうして遮蔽物に身を隠し、そこからひたすらジンチクを投擲してきた。

 ジンチクの降雨が再開する。今度の狙いは正確だ、進行方向に落とすか、確実にぶつけて来る。焦ったチャーリーが、人攻機の頭部だけを180度回転させ、スポッティングライフルで迎撃を始めた。

「チャーリー! 投げられたジンチクは無視しろ! それより地上のマシラに気を払え! アルファ! 煙幕弾投下!」

 怒鳴りつつ、俺はロータスに回避を指示するため、運転席の天板を左右に分けて殴り付ける。天板は度重なる衝撃に、ボコボコに歪んでしまった。

 チャーリーは見上げていた人攻機の頭を俯かせ、追い縋るマシラへと攻撃対象を変えた。後は煙幕をたき、盆地に潜むショウジョウの視界を閉ざせば、ジンチクの雨は止む。

 俺はアルファが荷台から煙幕弾を転がすのを待った。だがいつまでたっても反応が無い。徐々に投擲されるジンチクの量が増え始める。崖の下にショウジョウが集結しているに違いない。

「アルファ! 早く投下しろ! チャーリー! 崖下に向けて攻機手榴弾発射! 狙いはデタラメでいい! その後アルファの煙幕を支援するように、左右に煙幕弾を発射だ!」

 人攻機隊の腰にあるウェポンラックが、後方斜め上へと発射口を向ける。同時にアルファの荷台からも、何かが転げ落とされた。人攻機の攻機手榴弾が、宙に弧を描いて崖下へ飛んでいく。そしてアルファが地面に転がした何かも、炸裂して中身を吐き出した。それは煙ではない。鉄片の嵐――攻機手榴弾だ! 

 異形生命体の先陣が、その場でもんどりうって倒れ伏した。すぐ後ろに控える異形生命体は、その肉体を乗り越えて迫って来る。だがそのさらに後ろでは、死体に気付いてその場に留まりだした。異形生命体の群れの中央が、僅かに鈍化する。そのせいで両翼の異形生命体が、徐々に先頭へ乗りだして、槍の様な尖った陣形を組み始めた。

「抑え込み過ぎたか……」

 たまらずアジリアがフォローを入れる。チャーリーチームが各々、一個ずつ煙幕弾を投下して、異形生命体と俺たちを隔てた。先頭の異形生命体は、煙幕を突き破って襲って来る。だが後続の動きは煙に撹乱されて、群れを鈍らせた。

 そして宙を飛んでくるジンチクには、そんな事は関係ない。一匹のジンチクが指揮車シェルターに墜落、もう一匹のジンチクがサンのシャスクの右肩にかぶりついた。

 俺はすかさず、シェルター上のジンチクにモーゼルの乱射を浴びせた。そいつはそれで蜂の巣になったが、まだピンピンしている。クリップ(モーゼル用の装填装置)を差し込みもう一回乱射を浴びせる。ジンチクは構わず、俺目がけて突っ込んできた。ロケットランチャーを取り出す。それをバットのように振り回し、キャリアの上から叩き落とした。

 肩口にかぶりつかれたサン機を確認する。判断良し。サンはジンチクごと、人攻機の肩を切り放していた。だが腕を切り放すのは、MA22を持ち替えてからにして欲しかった。切り離された腕には、貴重な銃が握られっぱなしだった。

 遠方で攻機手榴弾が起爆した音がする。そしてジンチクの投擲が弱まった。アジリアら人攻機隊は、追加で煙幕弾を投下しつつ、群れに向かってMA22を撃ち続けた。

 異形生命体の群れは尖った事で、縦に間延びし始めた。このままでは群れの最後列から、散って行き、現場に留まるか引き返してしまう。今一度引きつけ直さなければならない。

「一旦右折! この場で迂回機動をとり、異形生命体の後列が前進するのを待つぞ!」

 この場で『コ』の字を描き、群れの先端を撒きつつ、後続を待つことにしよう。

『もうヤダぁ! ヤダぁ! ヤダぁ! 逃げる逃げる逃げる!』

 リリィから悲鳴の様な通信が入った。俺はこの時、心底落胆した。無言で後ろからついて来る、機動戦闘車にモーゼルを向ける。そして運転席の青白い顔目がけて、引き金を絞った。

 キャリアのフロントガラスは防弾。モーゼルの弾は9ミリ。距離は結構離れている。フロントガラスは豆鉄砲を弾いて、ビシリと音を立てた。

『っぎゃぁぁぁあああ!』

 リリィがわたわたとハンドルを動かした。すぐにプロテアが脇からハンドルを抑え込み、安定させる。プロテアは凄絶な表情で、俺のことを睨んできた。俺は軽く鼻を鳴らす。そして今度はジンチクを叩き落とすのに使ったロケットランチャーを、機動戦闘車に向けて構えて見せた。

「次はないぞ……」

 俺はそう言って、ロケットランチャーを降ろした。

 その後部隊は大きくコの字を描く迂回機動をとり、異形生命体の群れを槍型から、横列隊形に戻させることに成功した。その頃になると死体もないのに、異形生命体の群れの鈍化が進んでいった。やがて群れは停止し、その場に留まり始める。

 俺は部隊を群れから東に一キロ離れた地点で停止させ、様子を窺うことにした。銃座から双眼鏡を覗き込むと、奴らは地面に横たわり、大多数が呑気に眠りについている。一分は負傷した異形生命体に群がって、止めを刺して死肉を食らっている。残りの一部は追いついたムカデを、その体内へと潜り込ませていた。

『どうなっている?』

 アジリアから通信が入る。俺は口をへの字に曲げた。

「疲れたのさ。中には腹が膨れた奴もいるだろうしな。群れが引き返そうとしたり、合流時間に遅れそうになったら、もう一度アタックして誘引するぞ」

 俺は銃座から飛び降りて、部隊の確認を始める。

 人攻機の火力はもう期待できない。MA22は一丁減ったし、残弾も約500ずつ、つまり千発しかない。煙幕弾並びに攻機手榴弾は使い果たした。スポッティングライフルはまだ余裕があるが取り回しが悪い。もうデクノボウだ。こうなったら足の遅い人攻機を、先行させておいた方がいいな。

 機動戦闘車に煙幕弾はまだ十数発あるが、攻機手榴弾があと三発しかない。それにアルファチームの士気は絶望的だ。戦力としてあまり期待できんだろう。先ほどの事件を鑑みて、攻機手榴弾はプロテアから取り上げて、アジリアに任せた方が良さそうだ。

 俺はアイリスを引き連れて、機動戦闘車に向かった。そして荷台の後ろから中を覗き込んだ。

「攻機手榴弾を人攻機に移す。手伝え」

 荷台の中は、機関銃の空薬莢が散乱し、むせかえる様な硝煙と汗の臭いがした。手前には煙幕弾と攻機手榴弾が積まれている。その中に身を隠すようにして、マリアが頭を抱えて蹲っていた。彼女は小刻みに震えているが、表情は能面のようにのっぺらだ。俺に気付いた様子も無く、自分の世界に引きこもっていた。

 俺は彼女に近寄ると、無理やり立たせて顔に飲料水を浴びせた。そして頬を平手打ちして、意識をはっきりさせた。

「攻機手榴弾を人攻機に移す。手伝え」

 マリアは瞳に意識を宿すと、怯えの色を見せる。そしてびくびくと攻機手榴弾に手をかけた。

 金属を殴りつける音がした。俺が音の方を向くと、プロテアが運転席側から荷台に入り、銃把で荷台のフレームを殴りつけていた。彼女は怒りに身体を戦慄かせながら、俺に凄んできた。

「俺にはお前が分からねぇ……作戦の時、もっと俺らを大事にするような口ぶりだったろ。どうしてこうなっちまうんだよ! お前誰だ。ナガセをどこにやった!?」

 何を言ってるんだこの馬鹿は? 俺は俺だ。俺以外の何物でもない。俺の指揮に御立腹のようだが、ここは娑婆じゃない。戦場だ。そんなところであんなふざけた事をする、お前らに問題があるのだ。

 ここが汚染世界じゃなくて命拾いしたな。ここが軍隊ではなくて助かったな。俺は――

 そこで俺はハッとした。ここは汚染世界ではない。ユートピアだ。ここは軍隊ではない。共に戦い生きる集団だ(俺は除外されるが)。俺は……一体何をしていたのだろうか?

 それを聞こうにも、先程まで心を占領していた、どす黒い何かはすでに消えている。俺は自分でもどうしていいか、分からなくなっていた。

 足元で物音がする。マリアが一人で攻機手榴弾を運ぼうと、もぞもぞと動いているのだ。俺は彼女の肩を優しく抑えて、作業を止めさせた。だがマリアは懲罰に怯えるように、びくりと身をはねさせた。俺は熱いものに触れたかのように、慌ててマリアから手を離した。

 酷く。居た堪れない心地になった。

『なにするね。仕事させればよろし。この女ヘマしたね。いい罰なるよ』

 分からん。どうして戦闘中、幻聴が聞こえなかったのか。どうして人道的になると、幻聴が聞こえるのか。安物の煙草の匂いが消えない。鼻をパイプにして吸っているようだ。頭がガンガンする!

 俺は一体何だ。俺は一体誰だ。そして俺は一体何処にいるんだ。そして俺はどうするべきなのだ!?

「ナガセ……わかんねぇよ……どうしてそんなに変われるもんなんだよ……何かあるなら言えよ……頼むよ……」

 プロテアが嗚咽混じりの声を出す。だが俺は、彼女と向き合うことが出来なかった。無言で攻機手榴弾を、床に固定する留め金を外す。そして一つ肩に担いで、荷台から飛び降りた。

「ご苦労だった。運搬は俺一人でやる。ゆっくり休んでくれ……」

 俺は捨て台詞のように、そう言い残した。

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