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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
53/241

進軍-1

 初夏。

 俺はあらかたの訓練を終えた。彼女たちは体力的にも精神的にも、成熟し鍛え上げられた。多少の障害なら自力で判断し、乗り越えてくれるだろうと、俺は彼女らを信用することが出来るようになったのだ。そろそろ頃合いだろう。

 俺は食堂に彼女たちの半数を集めた。

「これよりアメリカドームポリス奪還作戦の、ブリーフィングを開始する。ブリーフィングは見張りを考慮して、午前と午後に分けて行う。そして意思の疎通を徹底するため、午前組と午後組の半数を入れ替え、もう一度ずつ行う」

 俺がこの世界に来てから、一年の月日が経とうとしていた。

 俺は食堂に持ち込んだホワイトボードの前に立ち、レーザーポインターで板面をコツコツと叩く。そこには、ここからアメリカドームポリスまでの、略式地図が張ってあった。

「作戦期間は二十四時間だ。この期間にアメリカドームポリスの奪還ないし、この地点への帰還を完了する」

 ローズが訝し気に眉根を寄せる。

「あの……占領ないし帰還ってドユコト? これから取り返しに行くのよね……占領するまで戦わないの?」

「作戦が失敗した時、我々は戦地に留まることが出来ない。拠点が無いからだ。故にここまで撤退する他ない。そして総力戦になるため、ここは無人と化す。帰還時に異形生命体が侵入していた場合、排撃しなければならない」

 マリアが略式地図を確認する。ここからアメリカドームポリスまで行くには、草原を通り、森を過ぎて、更に長い草原と荒野を越えなければならない。彼女は、はぁいと手を挙げた。

「アメリカドームポリスって遠くなぁい? 直線距離で百キロは離れてるんだけど、実際もっとかかるよね。それにここは無人と化すって……マシラに帰るところ壊されたら終りでしょ?」

 事実ここからアメリカドームポリスまで、直線で約百キロは離れている。そして俺は森を経由せず、海を迂回するつもりなので、その倍はかかる寸法だ。

 俺はポインターでこのドームポリスを指すと、海岸線をなぞって北へと持ち上げていく。そしてアメリカドームポリスの真東である、ポイントBでピタリと止めた。

「だからこのドームポリスごと北上、ポイントBへと接岸して上陸する」

 パンジーがぎくりと表情を強張らせた。

「ここ! 動く!?」

「ドームポリス自体に動力はついていない。今ここにあるのも波に打ち上げられたからだろう。つまり水には浮くんだ。それをカットラスとカッツバルゲルで曳航する」

 カットラスは水陸両用で問題ない。カッツバルゲルは空用だが、シーアンカーを垂らしてロケットを噴かせば使えるだろう。

 俺はポイントBに、ドームポリスを模したマグネットを移動させる。そして三つの部隊を上陸させ、一つの部隊をドームポリスに駐留させるよう、マグネットを配置した。

「ポイントBにて我々は二手に分かれる。アルファ(リーダー:プロテア)とチャーリー(リーダー:アジリア)、そしてシエラ(リーダー:アイリス)が上陸。ブラボー(リーダー:サクラ)がドームポリスに駐留する。上陸部隊は西進し、アメリカドームポリスを目指す」

 アジリアが手を挙げる。

「陣地を構築しないのか? そうすれば失敗した際のリスクが少なくて済むし、再出撃も容易だ」

「残念ながら維持するのが難しい」

「何故だ? 我々は見張りのシフトを三人で行い、もっぱらその人員だけでの撃退に成功している。ここは腰を据えてとりかかった方がいいのではないか?」

 俺はポインターを、今ドームポリスが位置する半島先端へと移した。

「この拠点は半島の先端に位置し、三面を海に囲まれているため、正面を防御するだけでいい。しかしアメリカドームポリス周辺には、防御に適した地形がない。必然的に正面と左右の防御を行うことになり、必要な労力が三倍になる。防御だけで総力戦をすることになる」

 アジリアが指で横に払う仕草をし、海を示した。

「ドームポリスを動かせるなら、安全な海上を拠点にしてはどうだろうか?」

「お前らが持たない。それに陣地を構築する戦略的価値が全くない。何故なら陣地の構築は戦局の長期化を想定しているが、長引けば負けるのは我々だ。備蓄の弾より異形生命体の方が多いのだからな」

 至極当然な説明に、アジリアは顎を引いて黙った。だが瞳は納得しかねるように、じっと俺を覗き込んでいる。俺が生き伸びたいがために、短期決戦を強いようとしているのではないか疑っているのだろう。彼女が信じているのは俺ではなく、俺の物事に対する姿勢だ。

「事を急いては身に危険が及ぶのは承知だ。しかしこれしか方法が無いのだから仕方ない」

 俺はアジリアに堂々と構えて、腕を組んで見せた。俺は看破された策を、ゴリ押ししたりしない。アジリアは唇をへの字に曲げる。やがて鼻を軽く鳴らすと、その先を促して来た。

「続けるぞ。上陸部隊は西進し、敵の前線と接触する。ここで人攻機は援護射撃を行い、車両は西進を続行して敵の内部まで切り込む。そして機を見て北東に転進。異形生命体群を誘引して、アメリカドームポリスから引き離すのだ」

 ロータスが目を剥いた。

「それからどうすンのよ! 北東ってアンタそこは海だし遮蔽物もないしドームポリスからさらに離れるし、逃げ場が無くなるだけなんだけど!」

 ロータスはシエラチームの所属で上陸するだけあり、しっかりと話を聴いていたようだ。深く体重を預けていた背から、慌てた様子で身を起こした。俺は落ち着いて、ポインターをポイントBからアメリカドームへと移す。そして北東にある海岸――ポイントCへとスライドさせていった。

「我々は煙幕をたきながら、北東に進軍する。煙幕でより多くの異形生命体を引きつけつつ、ポイントCへと機動するのだ。ポイントCではポイントBで分かれたドームポリスと合流し、戦域を離脱する」

 おお~っと無意味な歓声が食堂に巻き起こり、拍手を添えて褒められる。そうじゃないだろ。俺は額に手を当てる。

 アジリアが頬を引きつらせながら、俺に聞いてきた。

「アメリカドームポリスはどうした?」

 一瞬の沈黙の後、食堂がブーイングで満ちる。俺はホワイトボードをポインターでノックして、ブーイングを止めさせる。そしてポインターをポイントCからBへと、海に弧を描くように動かした。

「ドームポリス内に収容後、我々は全部隊をアメリカドームポリス占領に再編成しつつ、ポイントBに戻る。ドームポリスは守護部隊ピオニーとローズが海に牽引。残り全ての部隊は上陸する。異形生命体は北東へ誘引され、全体の数が減少しているはずだ。我々は今度こそ、アメリカドームポリスへと突入する」

 彼女たちは成程と納得する。

「歓声と拍手はイランぞ。むしろここからが問題だ」

 俺は今まで使っていた略図を捲り、その下のアメリカドームポリス内部の地図を露わにした。そして集中するように、腰に手を当てた。


 *


 午後になり、俺は午前と同じブリーフィングをサクラたちに行う。そして後半の説明に入った。ドームポリス内部の地図は、全体を二つに割るようにして描かれている。俺は一番下で進入路でもある倉庫に、ポインターを滑り込ませた。

「我々は倉庫より侵入。最奥部にあるエレベーターシャフトを使用し、保管庫まで上昇する。エレベーターはワイヤ式で、それぞれ左右中央に三つある。中は人攻機を二躯並べられるほどのスペースがあるので、一度の運搬で内部への侵入は完了できるだろう」

 サクラたちはこくりと頷いて見せる。俺はホワイトボードに三つの項目を書き足した。

「アメリカドームポリスでの達成目標は三つ。アイアンワンドの接続によるコントロールの掌握。異形生命体の掃討。そして異形生命体の新たな侵入を塞ぐことだ」

 俺は手にマジックを持ったまま、倉庫のエレベーターに円を描いた。

「アメリカドームポリスはこことは違い、地上からの侵入手段はエレベーターに限られているため、中に入るだけで異形生命体を閉めだすことが出来る。だが内部に異形生命体が跋扈していることから、亀裂もしくは非常口などの侵入経路が存在すると考えられる」

 俺は唯一異形生命体がいなかったと確信できる保管庫に、SAFEと書きこむ。そして周囲に広がるように矢印を足した。

「そこで我々はアイアンワンドの管理の元、安全区画を拡張する形で異形生命体の殲滅と、侵入経路の捜索を行う。そのためまず行うのが、アイアンワンドのサブコントロールへの接続と、メインコントロールにいる異形生命体の母体――『甲一号』の撃破だ。それから掃討と捜索を並行して行う」

 俺はホワイトボードに二枚の写真を貼り付けた。一枚は昨年俺が見た、マザーコンピューターを押し潰していた白い肉塊――甲一号目標である。もう一枚はそれを取り巻き生殖行為に及んでいたショウジョウだ。

 彼女たちは総じて、ごくりと固唾を飲みこんだ。

「ここでは三手に分かれる。ブラボーチームとチャーリーチームは、アイアンワンドの接続の為サブコントロールへ向かう。アルファチームと俺は、甲一号目標の撃破に向かう。そしてシエラチームは保管庫に残り、アイアンワンドがシステムを掌握次第、必要な物資を供給可能にしておけ」

 プロテアが挙手する。

「仮にだ……サブコントロールの接続ができなかったり、甲一号が殺せなかったらどうすんだよ……」

「どちらか片方でも達成不可能だったり、タイミングに著しいズレが生じた時は、即座に撤退する。ここで強調したいのは、お前らが常に考えるべきことは、どうすれば達成できるかではない。少しでも想定と違った場合、どうやって逃げるかだけを考えろ」

 俺はしっかりと伝えた。駄目なものはどうやっても駄目なのだ。それに俺は、そこまで彼女たちを信任することは出来ない。眼を瞑れば慌てふためいて、絶叫する様が浮かんでくるほどだ。

 俺は特にサクラを注視した。出来ればサクラは手元で運用したい。彼女は俺の命令を実現させるために、その柔軟さを使うからだ。だが感情に動かされやすいプロテアの制御を、俺は優先する事にした。アジリアではプロテアを止めることは出来ないし、それならサクラにアジリアの命に従うようにする事の方が簡単だからだ。だがサクラにストレスが溜まる。この編成はこれっきりにしないといけない。

 サクラは俺の視線を受けて、不満そうに唇を尖らせた。彼女は模擬戦での勝利に寄与し、徹頭徹尾俺の支持を続けた。それにも関わらず指揮権を貰えずに、自分が負かした相手に従わされているのだ。どんなに聞き訳の良い人間も拗ねだす頃だ。

 俺はサクラの方を向くと、腰を曲げて深々と頭を下げた。

「頼む……」

 俺は今まで口でしか頼んだ事が無かった。何故なら無理やり言い聞かせることが出来たからだ。しかし今のサクラには出来ない。食堂がにわかにざわつき出した。その騒音の終止符は、サクラの動揺した声で打たれた。

「えっ……あっ……? はい! もちろんですとも。お任せ下さい!」

 一応これでまとめることが出来た。しかしこのままではいけない。次からは不信感が募り、面従腹背になる。サクラはリーダーになれない。どれだけ俺の言うことを聴こうと――いや……だからこそなれない。彼女にそれを理解してもらうのに、残った時間を使うか。

 おずおずとアカシアが手を挙げて、甲一号の写真を指さした。写真には電子処理で、被写体までの距離と、その大きさが描きこまれている。それによれば甲一号は見えている部分でも、全長十五メートルはあった。

「あの……その……ショウジョウはともかく……甲一号。そんなでっかいの殺せるの? これどう見ても、マテリアルバスターでも三発以上撃ち込まないと、死にそうにないよ。アサルトライフルやショットガンなんて効きそうにないし……」

 いい質問だ。俺は冬眠施設の上部に位置する、バイオプラントをポインターで示した。

「甲一号目標はバイオプラントから垂れ下がっており、成長の過程で中央コントロール室を侵食したと推測できる。つまりバイオプラントから栄養を供給している可能性が高い。そこに推進剤(無毒性)を流し込む。そうすれば体内で反応を起こし、爆散するだろう。周囲のショウジョウに関しては、ロケットランチャーで脚部を破壊後、一斉射撃での撃破を狙う」

「上手く行くの?」

 サンとデージーが、声を揃えて聞いてきた。

「時間は多少かかるが、十中八九な。仮に栄養供給元が推測を外れた場合、本体と分離する事を優先。そして毒物を使用する」

「最初っから毒でいいんじゃねーか?」

 プロテアが言う。俺は首を振った。

「奴らは複数の臓器を持つ。ここまでデカイと肉体の一部が独立している可能性もある。毒を打ち込んだ場所だけ死ぬという事も考えられるのだ」

「じゃあそれをバイオプラントに流し込めばいいじゃねーか」

「同じ毒で俺らが死ぬことを忘れるな。現状アイアンワンドがどの程度コントロールを掌握できるか分からん。換気も浄化もできなければ、我々は化け物と檻の中で悶え死ぬことになる」

 プロテアは納得いったように、椅子の背もたれに寄り掛かった。

 俺は説明を終えると、ブリーフィングの締めにとりかかった。

「各自地図とルートを再三確認。作戦の全容を把握し、信号並びに遂行時間に間違いがないようにしておけ。時間異形生命体のレポートも繰り返し読んで、生態を頭に叩き込むんだ」

 最後に、俺は全体を見渡した。

「他に質問はあるか?」

 彼女たちは、何も言わなかった。


「作戦決行は翌0300時。各自0230時に行動開始、0250時には見張りを含め、全ての準備を完了とする。各自のライフスキンには、時計が付属している。0030時に一斉に同期するので、以後の行動はこの時計を基準とする事。以上。解散」

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