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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
51/241

進路-4

 これは夢だろうか、現だろうか。私には判別できない。それどころか、私は私が誰かすら分からない。もちろんここが何処かも、そして何時かも、判然としない。

 どこかのコンピュータールーム。とにかく私はそこに居た。そして周囲を取り巻く女たちに、こう言っていた。

「我々が二十三名。残ったポッドは七つ。七名だ。七名選べ」

 一人が手を上げる。私は彼女に顔を向けた。

「一人。白人。だけど。差別。嫌悪。しない。むしろ。それを。差別。嫌悪。してる」

「ああ。条件はクリアだ。連絡をつけろ」

 今度は別の一人が手を上げる。

「俺も一人見つけた。黒人だけどいいよな?」

「人種は考慮しない。あえてするならば全て満遍なくだ」

 そんなやり取りが続く。

「一人見つけた。黄色人種なんデスケド……いいかしら?」

「さっきも言ったはずだ。白人至上主義をユートピアで掲げるつもりはない」

「はいはいはい! 一人いい!? あ! でも彼、領土亡き国家なんだ……」

「もちろんだとも。我々の中にも領土亡き国家出身はいる。だが他と同じように、身辺を洗わせてもらうぞ」

 私の隣に並んでいた女が、急に手を挙げた。黄色い肌をした、黒いミドルヘアの、足の指で仕事をする女。あれ? こいつは……いけ好かない女だ。いや違う。親友だった気が……分からない。分からない。分からない。

 ズクリと脳の奥で、異物が動くような痛みを感じた。

 頭が痛い。

 女は私に構わず続ける。

「いるわよ! 絶対彼しかいないわ! 日本人だけど、決して贔屓していないわよ!」

「ユウ。前に言っていた、指輪を報酬にやった奴か? あの護衛の?」

 私も自分の痛み、そして動揺に構わず続ける。まるでステージで、劇を演じている様な感覚だった。

「そう。分かっているのは作戦時のコールサインだけ。スネーク4。スネーク4よ!」

 スネーク4? 奴はスネークヘッドだったから、奴の部下か? それは……危ない? 危ない。どうして。そう思う根拠は? 私はそいつを知らないはずだ。

 頭が痛い。頭が痛い。

「そいつは……666? 666だ。う? うう? そうだ。奴の部下だ……聞いてみる」

 奴に会おう。私は踵を返す。するとまるで暗転したかのように、周囲の風景ががらりと変わった。そこもどこかは分からない。寂れ荒れ果てた、ドームポリスのような場所だ。私の目の前には一人の女がいて、安物の煙草をふかしていた。

 不思議な奴だ。白い肌と髪に、真っ赤な瞳が栄えている。生まれ持つ白に反して、彼女は黒を夫のように好んだ。私は彼女に聞いた。彼女は666だからだ。

「リリス。お前の部下にスネーク4と言うコールサインを持った奴がいただろ? ユウを救出した時の作戦だ。そいつはどんな奴だ?」

 私の問いに、女は意外そうに眼を見開く。だがすぐに微笑を浮かべて、煙草の煙を吐いた。

「スケープゴート……? フフ。お目が高いな。そいつはスケープゴートだ。だが奴は生贄にならず、生贄を食らった。今では我等より、遥かな化け物だ」

 何を言っているか分からない。そうだ。もっと革新的な質問があった。

「リリス。そいつはこの地獄から、逃れる資格があるか?」

 女は軽く俯いた。そして今咥える煙草を、最後まで楽しむ。彼女は吸い殻を指で弾くと、だるそうに口を開いた。

「私は……な。だが奴は国際連合を、裏切らないだろう」

 決まりだ。

「分かった。精液だけ預かる」

 私はその場を去ろうとする。すかさず、女は私を呼び止めた。

「私に任せろ。なァに。今まで幾度となく、奴をハメて来た」

 私は今一度女を振り返った。すると人数が増えている。酒臭い男。猜疑心に目を細めた男。そして衣装用の布を纏わない女。それら三人が、いつの間にか女を取り巻いていた。

 当の女はと言うと、二本目の煙草を咥えて、その先端を火で炙っていた。

「それに例のブツは欲しいだろう? あれでさらに助けられる数が増えるぞ。上手い事やるさ」

 女が煙を吐きながら言う。

「確かに……な」

 それはどういう意味か分からない。私は話についていけない。しかし透明な台本が、私に役に徹する事を強要してくる。

 頭が……頭が痛い!

 私は三度踵を返す。またもや世界が様変わりした。今度はどこかの監視室の様だ。部屋の壁はモニタで埋めつくされており、手元にはそれらを操作するコンソールがあった。モニタは全て沈黙しており、画面の暗闇を映りの悪い鏡にしている。私は何をすべきかは知っていた。震える指先で、コンソールを操作する。だが私は、何をしているかは分からなかった。

「約束が……約束が違うぞ……リリス……リリス……何所だ? 何所にいる?」

 私の指が、あるスイッチを入れた。すると部屋中のモニタが一斉に点灯する。そしてどこかの光景を映し出した。

 そこは密室らしい。薄暗く、足元の非常灯の光が、うっすらと室内を照らしている。その中で一組の男女が、銃口を向け合っていた。女はリリスだ。男の方は初めて見る。だが好ましい人物ではなさそうだ。彼は口元に狂った笑みを貼り付けて、眼を狂気で血走らせていた。彼は酷く怒っていた。そして何かを否定していた。狂信者の呪詛のように、早口で何かをまくし立てている。しかし送られてくる情報は、映像だけだ。何を言ってるか分からない。

 私はモニタに食い入るように見入った。

「リリス……? リリス? そこで何をしている。お前達が二十三人目だ。何故そんなところにいる? 早く殺せ。殺してこっちにくるんだ!」

 リリスは笑っている。私は彼女が、あそこまで柔らかく笑えるとは知らなかった。そしてリリスは泣いてもいた。私は彼女の涙腺は塞がっているものと思っていた。リリスは観念したように、銃を投げ捨てる。そして懐から安物の煙草を取り出して火をつけた。彼女が一服して煙を吐くと、その頭が爆ぜた。

 男の銃が火を噴いたのだ。リリスは血を吹いて、地面に崩れ落ちる。それでも奴は止まらない。雄叫びを上げて、ナイフを抜いた。皆殺しにするつもりだ。

「やめろォォォ!」

 私は絶叫する。同時に全てのモニタから映像が途切れる。そして辺りが暗闇に包まれた。

 私から遠く離れたところで光が灯されて、二人の人間を暗闇から引き揚げた。二人ともライフスキンを纏った人間で、それぞれ男と女だ。彼らは光を引き連れて、私の方に歩いてきた。

 女はユウだった。彼女は頬を軽く染めながら、連れてきた男にしな垂れかかる。

「彼よ。彼しかいないわ」

 男は無機質な視線で、私のことを見つめて来た。

「サクラ。誰がここのナンバーワンだ?」

 その男は七つの頭を持ち、赤色の体皮をしていて、背中には大きな翼が――

「あッー!」

 私はタオルケットを跳ね除けて、飛び起きた。そのまま恐怖を振り払うように、手をしゃにむに振り回す。しばらくすると恐怖は薄れていき、激しい動機と身体を濡らす汗、そして混乱だけが残った。

 酷い悪夢を見た気がする。だが今では何も思い出せない。私は荒い息を付きながら、額をしたたる汗を拭う。その時ずきりと、両の頬が痛んだ。昨晩ナガセに打たれたところだ。そこでようやく私は思い到った。

「酷い負け方を……したせいだ……な……」

 私は深く項垂れた。落ち着いたところで、股間に違和感を覚える。私は腰にかかったタオルケットを持ち上げて中を覗いた。案の定そこから異臭が漂っており、悲惨な光景が広がっていた。

 私は額に手を当てた。日頃偉そうにしているのに――なんてザマだ。同じことでパギを叱ったばかりだぞ……クソッタレが。流石にこれは恥ずかしすぎる。

「皆が起きてくる前に、始末してしまうか……」

 私はタオルケットで、ベッドの湿気を拭い始める。着衣はライフスキンなので問題ない。ベッド自体は撥水性が高いので、こちらも大した事はない。だがマットとシーツが大変なことになっている。これは後日こっそり洗うとして、今はシャワーを浴び、代わりを持ってこないといけない。

 私はゴミをまとめるビニルを取り出して、汚れたマットとシーツ、そしてタオルケットを入れた。それからライフスキンの汚れを落とすため、まずシャワー室に向かった。

 消灯し暗くなった廊下を、手探りでひたひたと歩く。シャワー室は、中央コントロール室を挟んで、私の部屋の向かいにある。近道をしていた私は、必然的に中央コントロール室の傍を通り過ぎた。

『マム・アジリア。如何なさいました?』

 アイアンワンドに声をかけられた。私はぎくりと肩を強張らせる。アイアンワンドの知る事は、ナガセの知ることである。負けた上に、プライドを捨てて懇願、その上寝小便まで見られたら、たまったものではない。死ぬしかないぞ。

 私は近場のカメラを見上げる。カメラはやはり、駆動中の青いランプを灯らせていた。私はやや威圧的に命令した。

「しばらく……目と耳を閉じろ……私は恥ずかしいなりをしている」

『サーは見ておりません。サーに覗きの趣味はなく、必要最低限の時にのみ、私との映像共有を行います。サーはこの状況を意図しておらず、不必要に分類されますわ。また私に報告の義務もないので、ご安心を』

「一時的に記録には残るだろ。やめろ」

 クスリと、アイアンワンドが笑った。コノヤロウ。機械の分際で。

『マム。イエスマム。では水の使用について、調整をつけておきます。物資に関しては、そちらで誤魔化して下さいまし。私は二十分後に復旧しますので、悪しからず。そして目と耳を閉じるのは、近くの区画のみとさせて頂きます』

 アイアンワンドがそう言うと、カメラのランプが途絶えた。私は虚しい息を吐くと、シャワー室への歩みを早めようとした。

 ずきりと、頭が痛んだ。私の頭の奥に、何か引っかかっているような感じがする。それは釣り針のように私の深層心理を引っ掛け、暗い意識の底からある衝動を引き上げた。私の足は方向転換し、中央コントロール室へと入っていった。

 私はコントロール室中央に座す、柱の形をしたマザーコンピューターの前に立つ。そして頭の少し上の高さにある、鉄板を軽くノックした。すると音が反響し、中に空洞があることが分かった。私がそこの鉄板に爪を引っ掛けると、鉄板は下にスライドして落ちる。そして下に隠れていた金庫を露わにした。

 私は鳥肌を立てつつ、金庫を入念に調べた。酷くアナログな金庫で、シリンダー錠で封がされている。どうやらマザーコンピューターと連結しておらず、独立したもののようだ。配線やハードウェアの隙間に、埋もれるようにして配置されていた。

 私の指は、自然に動いた。シリンダーを回して、『17459』に数字を合わせる。ロックが外れる音がして、あっけなく金庫の口が開いた。

 中には金属でできた、筒状の物品が一本入っていた。手に取ってみると、ラベルが貼られている。

『遺伝子補正プログラム――管理責任者 コード17459 コニー・プレスコット 2XXX年×月○日』

 私はその字面を見た瞬間、それがとても悍ましいものに思えた。爪でラベルを引っ掻いて、筒からこそげ落とす。爪が軽く剥がれ、血と共に刺すような痛みが走ったが、全く気にならない。それよりこの刻印をこの世から抹消する事が、何より大事だった。私はラベルを剥き終えると、改めてまじまじと観察した。

 私はこれに、特別な思い入れがあるようだ。見覚えがある。それどころか、中の構造すら透けて見えるようである。私はその不思議な感覚に酔った。

「例の……ブツ? いや……あれは化け物に取り返された……じゃあこれは……うっ……」

 痛い……痛い……頭が痛い! 私は頭を抱え込んだ。

『十分の経過をお知らせします』

 アイアンワンドが、アナウンスを流した。私は我に返る。慌てて金庫を閉じると、鉄板で蓋をし直した。そしてシャワーを浴びるのも忘れて、自分の部屋へと逃げ帰った。

 私はドアに背中で封をして、しばらく呆然としていた。一体何をしていたのだろうか。シャワーを浴びに行ったのに、金庫を掘り当てて、中の物を持ち出している。そのどれにも論理的な説明をつけることが出来ない。ただ私の手の中には、大事だと思われる鉄の筒があった。

 どうする? ナガセに見せるか? それともサクラたちに聞こうか? アイアンワンドに照合させるか? この筒が何か判然としない今、どれも現実的ではない。あんな大層に隠してあったのだ。これは重要な切り札かも知れない。これが何か分かるまで、秘匿するのが吉だろう。

 私は独りで戦っているのだ。

 ひとまず隠しておこう。ベッドはパイプベッドなので、パイプの中に筒を隠すことが出来る。私はベッドの足を外し、その中に筒を入れて足をはめ直した。

 私はようやく、一息つくことが出来た。

 今日はもう何もする気になれない。早朝にシャワーへ行けばいいか。最悪ばれて笑われてもいいさ。もうすでに笑いものだからな。私は異臭を纏ったまま、ベッドの上に横たわった。

 明日からまた一日が始まる。彼女たちは、また化け物への一歩を踏み出すだろう。気分が酷く憂鬱になる。私の権威は失墜したに等しい。あの化け物はもうすぐ死ぬらしいが、だからどうしたというのだ? サクラやアイリス、ひょっとしたらアカシアたちも、あいつの亡霊を拝み続けるに違いない。それを含めて、私はあいつに勝たねばならないのだ。

 あいつを否定できるほど、強くならなければならない。

 しかしナガセの言うことは正しい。私たちが何を良いか、知らなければならない。そしてそれを実現できるほど、強くならねばならない。そうしなければ生き残れないのも、重々承知である。だがどうも好ましく思えない。何故だ?

 そこでふと思い至った。私は外の世界に踏み出すことも、同様に恐れていたのだ。化け物の脅威や、ナガセへの反感とないまぜになり、今まで感じることは出来なかった。

 となると他の彼女たちも、同様に恐れているのではないだろうか? だが恐らく同じ理由で、気付いている人はいないのではないか? そしてナガセは外から来たから好ましくないのではないか?

 私にはそんな考えが生まれ始めていた。今は分からない。あいつが怖いのか。それとも外の世界が怖いのか。

 とにかく怖い……怖いのだ。

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