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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
49/239

進路-2

 両チームの人攻機が、一斉に駆動する。

 アジリアチームは正面と左右それぞれに展開し、前進を始めた。機動力の高いシャスクが両翼を務め、バランスの良い五月雨が中央を進んでいる。アジリアは戦線を一斉に押し上げて、アカシアチームを同時に叩く作戦に出たようだ。アジリアは個々の強さに置いて、自分が優位にあることを確信している。だからこの作戦を取ったのだろう。そしてその戦力分析は、的外れではない。

 一方アカシアチームは一丸となって、彼女らから見て右側から、包囲機動を始めた。先頭に立つのはダガァ二躯で、その後ろを段平が詰めている。アカシアたちは俺が指南した通り、各個撃破を狙っている。個々の戦闘力では劣っているので、三対一を三回繰り返そうという訳だ。必然的にアカシアたちは、迅速に状況を展開せねばならない。動きが鈍ければ逆に包囲されて、殲滅されるからだ。

 アジリアチームは横に三十メートルの間隔で並びつつ、西側前線の遮蔽物まで進行した。そして各々が遮蔽物の影に隠れて一旦停止する。これから戦力の振り分けを、状況確認の後行うのだろう。

 その頃アカシアチームは、東側前線、右側の遮蔽物に集合していた。アカシアの段平は遮蔽物に潜み、サンとデージーのダガァは突撃を開始する。そのまま敵の左翼である、前方のシャスクを叩くつもりだ。確かあのシャスクには、ローズが乗っているはずだった。

 サンはMA22を乱射しながら、ローズ機に肉薄する。デージーはその左後方について、中央にいるアジリア機を牽制した。

 ローズは遮蔽物の後ろから顔を出したが、突撃してくるダガァ二躯に慌てふためいた。馬鹿め。レーザーの有効射程距離は五十メートル。だが東の前線遮蔽物から西の前線遮蔽物までは、六十メートルある。十メートルの猶予があったのだが、ローズはそれをフイにした。

 ローズのシャスクに、サンのレーザーが照射される。まず右腕が脱力し、それからヘッドランプが点灯した。右腕及び頭部損傷だ。ローズは立ち往生してしまう。

 アジリアがすかさずフォローに走るが、デージーが銃口を向けて牽制しているので、迂闊に手を出せない。遮蔽物の内側から、ローズの援護に回る事にしたようだ。プロテアはと言うと、大きく迂回して脇からアカシアの段平を攻めようとしていた。

 だがそれでは遅すぎる。サンがローズのいる遮蔽物に到達。ローズ機の胴体にレーザーを照射した。ローズ機は腰部付近のランプを点灯させて、そのまま沈黙した。

 撃破だ。

「ローズ。模擬戦の終了までその場で待機しろ。怖いかもしれんが外よりマシだ。出るな」

 俺はデバイスで通信を送った。どうやらアジリアは、アカシアたちが及び腰で、ゆっくり攻めてくると踏んだのだろう。それは大外れだ。

 ローズにトドメをさしたサンは、銃を肩で担ぐ装填動作を行った。どうやら撃ち尽くしたらしい。すかさずそこをアジリアが攻める。中央の遮蔽物から飛び出して、ローズとサンのいる遮蔽物に向かって走る。そしてローズ機の陰に隠れる、サンに向けて撃ちまくった。

 デージーがそれをさせまいと、援護射撃をアジリアに加える。しかし狙いが追いつかず、五月雨の巻き上げた後塵を撃つに終わった。これはオートで撃っているな。ちゃんと手動で偏差射撃しないと駄目だろうが。ここら辺が、アジリアとデージーの差だ。

 アジリアはデージーを一顧だにせず、サンを攻め続ける。やがてローズ機からはみ出た左腕がだらしなく垂れさがり、左脚から力が抜けてその場に膝をついた。命中したのだ。膝をついたことで、サン機の頭部と胴体が、ローズ機の陰から出て来る。アジリアがそこにレーザーを照射すると、サン機の腰部ランプが点灯し、四つん這いになって沈黙した。サン機撃破だ。

 アジリアはその場で落ち着くような真似はしなかった。バックステップを踏んで、自機を狙うデージー機から距離を取る。

 デージーはサンの敵を討とうと、アジリアの追撃を開始した。アジリアは後方の遮蔽物まで後退はしていない。それにサンに攻撃したことで、弾倉に残った弾も少ないはずだ。逃げられる前に仕留めようとしたのだ。

 そこでアカシア機を狙っていたプロテアが、急に方向転換する。彼女は訓練場を横切って、真っ直ぐデージー目がけて疾走を始めた。

 アジリアの指示だろう。隠れていて弾を消費していないアカシアより、躯体を晒して弾を消費したデージーを、先に仕留めようということだ。アカシアの援護を気にする心配はない。アカシアは東の遮蔽物に隠れたままで、デージーは訓練場の中央西寄りにいる。有効射程範囲外だ。

 デージーはサンをやられて、頭に血が昇っているようだった。プロテアを無視して、アジリアに銃を撃ち続けている。アジリアは前方の遮蔽物の死角を利用し、その射撃をから容易に逃れていた。

 デージーはがむしゃらになって撃ち続ける。だがやがて弾は切れるし、射撃時間から音はしなくても、弾が尽きたことは悟られる。

 弾切れと判断したプロテアが勝負に出た。銃を乱射しながら、デージー機に肉薄する速さを上げていく。有効射程内に進入すると同時に、カタをつけるつもりのようだ。いい判断である。

 タイミングを同じくして、アカシアの段平が遮蔽物の陰から、のそりと顔を出した。段平はMA22を構えてはいない。それは肩部カタパルトに搭載されて、明後日の方に銃口を向けていた。

『デージー! こっち!』

 段平の外部スピーカーから、大音響がする。デージーはそれで我に返り、プロテア機に気付いた。

 さて。訓練通りに出来るか?

 アカシアがカタパルトから、MA22を射出した。それは宙に綺麗な弧を描き、ダガァの元に飛んでいく。デージーは自らのMA22をアカシアに向けて放り投げ、人攻機の腕を空に掲げた。すると銃は空中で軌道を変えて、デージー機の手の中に吸い込まれていき、その手の中に納まった。

「良し!」

 俺は思わず口にした。

 人攻機の手には、単極子が僅かに仕込まれている。マニュピレーター(ロボットの腕部)とエンドエフェクタ(銃などの効果器)の接続を、正確かつ簡易にするための機能だ。しかし戦場では、多種多様な使われ方をした。デージーがしたのもその一つだった。

 今デージーが手にしたMA22には、弾丸がたっぷり詰まっている。飛び出したプロテアは格好の的だ。だがプロテアはそれしきで怯むような女ではなかった。構わず突進を続け、射撃も止めなかった。

 デージーもプロテア機に銃口を向けて、射撃を行った。二躯が有効射程距離に入り、互いに光の弾丸を浴びせ合った。デージー機の右足が膝を付き、左手が垂れ下がる。プロテア機のヘッドランプが点灯し、両腕から力が抜けた。最終的に両方の腰部ランプが点灯し、撃破が確認された。

 残ったのは、アジリアとアカシアだ。アジリアは既に装填動作を終了している。しかしアカシアは丸腰だ。このままでは圧倒的に不利である。

 アカシアの段平は、デージーが投げたMA22を取得するために、のそのそと遮蔽物から這い出て来た。アジリアはそうはさせまいと、アカシア機に接近する。

 アカシアは単極子を用いて、MA22を手に吸い付ける。そして装填動作を行った。その時既に、アジリアは有効射程距離に入っていた。アジリアはしっかりと狙いを定めて、弾平の胴体を撃ちぬいた。

 アジリアの五月雨は、達成感に浸るように、手に持つ八八式を軽く掲げて見せた。だが見張りの女たちが、にわかに騒めきだす。尋常ならざる雰囲気に、五月雨は身動ぎして段平にカメラを向けた。段平は確かに、直立したまま静止している。しかしその後ろで、人工筋だけになった躯体が、駆動していたのだ。アカシアは一秒も無駄にせず、拾ったMA22の装填作業を完了していた。

『おい! どういう事だ!?』

 アジリアがスピーカーで喚く。俺は苦笑を漏らした。

「ちゃんと胴体に当てろ。阿呆が」

 アカシアは弾平の装甲をパージしたのだ。アジリアが撃ったのは弾平の装甲で、本体の抜け殻に過ぎない。段平ほど重厚な装甲になると、盾として用いるために、抜け殻を直立させたままにすることも可能だ。

 出来ると知らなかったとは言わせんぞ。お前はスペックに目を通したはずだ。それにルールは確認した。レーザー判定だとな。動けるからには判定は無効だ。

 ピオニーが俺の足元で、不思議そうに聞いてきた。

「あれぇ~? 当たってないんですかぁ~?」

「段平の装甲は強固だし、現実なら半々だな。だが模擬戦では、身体じゃない。あれはもう遮蔽物。セーフだ」

「はえ~……ヒキョーですか~?」

「褒めるな」

「褒めてませぇ~ん」

 訓練場ではアジリアが装甲の後ろに回り込んで、隠れるアカシアを狙おうとしていた。だがアカシアもアジリアの来る位置を予測して銃を構えている。

 アジリアは装甲の裏に回ると同時に、五月雨の腰を大きく落とした。アカシアも全く同じ動作をする。二人が胴体を狙って放った光線は、互いの頭部を照射した。双方の人攻機のヘッドランプが点灯する。互いに頭部破損。コックピットでは、メインモニタの映像が途絶したはずだ。

 アジリアもアカシアも、まず躯体を右に向かって跳躍させて、盲撃ちに当たらないようにした。それから各々が復帰作業を始める。

 アジリアは予備カメラを起動したようだ。予備カメラの展開に一拍、モニタに外部情報が映るのに一拍、そしてアジリアがその情報を把握するのに一拍、攻撃に移るのに一拍かかる。五十点だ。

 だがアカシアは違った。コクピットを押し上げて人攻機の首の付け根から顔を出す。そして少し離れた場所で膝着いているアジリア機を、肉眼でとらえた。アカシアは目測で狙いを定め、MA22の引き金を絞った。こっちの方が断然早い。八十点やろう。ちなみに百点は、音響センサーを使用するだ。視覚に頼り過ぎるのは頂けんな。

 アカシアの放った見えない光線が、アジリアの五月雨を射抜く。五月雨は自らに撃破判定を下し、その場に両膝をついて降着姿勢を取った。

 模擬戦終了だ。

 俺はデバイスで、アカシア機に通信を飛ばした。

「アカシア。状況を報告せよ」

『アカシアからナガセへ。敵の殲滅を確認。作戦開始から八分二三秒! 生き残ったよナガセェ!』

 アカシアから興奮気味の通信が返って来る。

「良くやった。帰っていいぞ」

『やったぁぁぁぁぁ!』

 アカシアは顔が覗く人攻機の首の付け根で、抑えきれない喜びに絶叫した。遠くで停止しているダガァから、サンとデージーが飛び出してくる。彼女らも嬉しさを爆発させて、タオルをぶんぶん振り回しながら、アカシアの段平の元に駆けていった。アカシアはそれを知ると、搭乗席から飛び出して、サンとデージーを迎えに行った。

「やった! やった! やった! もうこれで大丈夫よ!」「私たちだってやればできるんだチクショー! 見たかぁぁぁ私だって強いんだぞぉぉぉ馬鹿にすんなァ!」

 一部主旨が変わってる。まぁ喜んでいるのならいいか。さて茶番も済んだことだし、さっさと後始末をするか。幸いマシラは来なかったが、何時気まぐれを起こすか分からん。

「見張りは継続。模擬戦参加組は引き上げの準備をしろ。それとアカシアはその場で待機。装甲の再装着は俺が行う。以上だ。アイアンワンド。撃墜判定解除。各機のコンディションを戻せ」

 俺はピオニーに、オストリッチの手綱を投げて渡した。ピオニーは相変わらず、のほほんとボトルを啜っていた。

「お前は先に帰っていろ」

「はぇっ? もう終わりですかぁ? お飲み物はどうします~?」

「思ったよりアカシアが粘って、片付けが面倒になった。向こうで渡してやってくれ」

「要りませんかぁ~?」

 ピオニーはすっとボトルを差し出してくる。俺はボトルを受け取ると、抱き合ってはしゃぐアカシアチームへと歩んでいった。

「模擬戦は終了。デブリーフィングは後ほど食堂で行う。喜ぶのは後にして、引き上げにかかれ。アカシア。ついでに再装着を教えるから、一緒に乗ってもらうぞ」

 アカシアたちは笑顔のまま頷き返した。サンとデージーは、自機の元に引き返していく。俺はアカシアに先立って、段平の股間から垂れ下がるロープを握った。

 視線を感じて、背後を振り返る。すると膝をついた五月雨から、アジリアが降りてきた所だった。彼女は何とも言えないような表情で、俺のことを見つめている。そこには悔しさとか、怒りとか、憎しみはない。それらを通り越して、呆然としていた。

 俺は興味なさげに視線を外すと、アカシアを抱きかかえて、ロープを引いた。ロープは俺を、段平の中へと引き上げた。

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