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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目
46/241

暴君-7

 ナガセが自分の部屋から出て来る。その後ろにパンジーが続いて、廊下の向こうへと歩いていった。ナガセはいつも部屋に鍵をかけているけど、ここ最近は部屋にこもりっきりだ。だから部屋を出る時に、いちいち鍵をかけなくなった。私は物陰から飛び出すと、こっそりと室内に忍び込んだ。

「アカシア……やばいって!」

 私は呼ばれて、ついてきたデージーを振り返る。彼女は恐怖に顔を引きつらせつつ、私の肩を掴んで外に引っ張り出そうとする。だけど私はそれを振り払い、ナガセの部屋に目星をつけ始めた。

 酷く飾りっ気のない、すっきりした部屋だった。壁の棚には少しの資料と本が並べられ、壁には近辺の地図がカーテンの様に下げられている。地図には赤いフラグがいくつか点てられていて、毛糸で各地点が結ばれていた。

 部屋の中央には大きめの机がある。その上には資料が散乱する他に、駒がいくつか並べられた板が乗っている。デージーはその板に興味を持ったようだ。並んだ駒を一つ手に取って、しげしげと眺める。その並びに見覚えがあるようだった。

「この駒って……私たちの代わりかぁ。陣形ねぇ。こうやって作戦立ててるんだな。うへぇ。私たちの事、このオモチャと同じだと思ってんだ」

「何か気になる事があった?」

 私が聞くと、デージーは板の上に駒に戻した。

「別に。私たちに叩き込んでいる事と一緒だよ」

 私は期待が外れて肩を落とす。だけどそんな暇も無い。すぐに気を取り直して、他に何かないか探し始める。

 サンは必死な私を、理解できないようだった。彼女はナガセの部屋を、興味深げに見渡しながら、私に話しかけて来た。

「あと七日間何もしなければいいでしょ……そうすればアジリアたちが勝って、私たちの訓練はなくなるんだから。ゆっくり待てばいいじゃない」

 私は引き出しを漁りながら、首を横に振った。

「おかしいよ。こんな模擬戦、絶対負けるに決まってる。だって私たちがやる気を出さないと勝てないんだよ。なのにナガセは何にもしないんだもの。きっと何か秘密があるんだよ。それが分かるまで安心して待てない」

 ナガセは恐ろしく強い人だ。どんな敵にも立ち向かい、私たちを導いてきた。ナガセは冬と戦うために、化け物のいる外へ探索に行ったり、私たちに冬眠を迫ったりした。そのナガセはとても感情的で、切羽詰まっていた。今ナガセの前にはアジリアが立ちふさがり、絶望的な条件を強いられている。それなのにナガセはあの時と違い、どうでもよさそうな態度を貫いているのだ。これは明らかにおかしい。模擬戦に別の意義があるのではと、不安を覚えてしまう。私はこの理由がわかるまで、眠れそうにはない。

 ナガセの部屋は、仕事に必要な物しかなく、あっという間に捜索は終わってしまう。怪しいものは何もない。すると残るのは資料類だけだ。私は資料の山を漁る事にした。こうなったらばれるとか、ばれないとかの話ではない。何としても、ナガセが落ち着いている原因を、掴まなければならない。デージーは私の心配が、杞憂だと言わんばかりに肩をすくめて見せる。反対にサンは、今更ナガセの行動に違和感を覚えたのか、私に並んで資料を漁り出した。

「こんな事して、海に放り込まれても私は知らないかんな」

 デージーが茶化すように言う。私とサンは彼女を無視した。

 資料を漁るうちに、サンが感嘆の吐息をつく。それは感心に上ずり、恐れで震えた。

「すごい……異形生命体の生態研究、備蓄の入出記録、そしてドクトリンの資料しかないわ……まるで機械ね……ナガセって人型アイアンワンドなんじゃないかな? 皮を向いたら機械が出て来るの。だから私たちと違う身体をしているんだ」

「冗談でもやめてよぉ……」

 私は背筋を走る悪寒に、泣きそうな声になった。手は不安に突き動かされ、てきぱきと資料を捌いていく。数字、アルファベット、写真と、紙に記された記録を処理して行く内に、ナガセの机に敷かれたアクリルマットが見えた。全て確認したのだ。そして何も見つからなかった。

 私は依然納得がいかず、顔をくしゃりと歪める。デージーはそんな私の肩を抱いて、励ますように揺すってきた。

「心配し過ぎだって。アジリアが正しい事言ってんだからナガセも納得したんだよ」

「そ……そうかなぁ?」

「な! 分かったら早く釣り行こうよ!」

 私はもう一度、ナガセの机に視線をやった。机のアクリルマットには、アジリアたちを主軸にした、部隊編成表が挟まれていた。私はそれを手に取ってみると、ちゃんと私たちの名前は無く、アジリアが提唱した七人のみで編成されている。

 私は幾分か余裕を取り戻した。ナガセには秘策があるんじゃなくて、最初っから私たちの訓練を止めるつもりだったのだ。

「そうだね……ナガセもやり過ぎたと、思ってくれたのかもね……あ。新しい配置だ」

 紙を裏返すと、そこにはドームポリスの新しいシフトが書かれていた。サンとデージーが両側から私を挟み込み、紙面を覗き込んだ。

「本当? 見せて!」

「へへへ私たちどうなっているのかなぁ。釣りの時間増えるといいなぁオイ」

 私たちはそろって、紙面に目を走らせていく。期待に輝いていた眼は次第に焦り、目溢しを疑って細りだす。やがて次第に不安に見開かれ、そのまま固まってしまった。

「これ……私たちの、名前がないよ……」

 サンが誰と言う訳でもなく呟いた。私はその現実を否定しようと、紙面に鼻先がくっつくほど顔を近づけて、文字を読み漁っていった。そして衝撃の事実を知った。

「食料消費が……よ……四人分削られている……あ? え? 私とデージーとサン――しかもリリィの名前もない! 被害者組の名前が無いよぉ!」

 それまで楽観的だった、デージーの顔が引きつった。

「……ど……どゆこと?」

 私は引きつった笑みを浮かべた。と言うより、笑うしかなかった。自らが抱いた不安を放置し、他人が授けてくれた希望に期待して、今まで何もしなかった自分がひたすら滑稽だった。そして現実を知って今なお、どうしていいか分からない自分は、嘲笑にすら値した。私はその壊れた笑顔を、デージーに向けた。

「私たち……役立たずだから、間引きされるってことじゃない?」

 デージーは言葉が理解できない様に、表情を固まらせていた。やがて恐怖を振り払うように、躍起になって否定し始めた。

「ナガセはそんな事しない! しないしない! 私たちを守るために必死になって戦ってくれてるんだ今までェ! だからこれからだって! 守ってくれるよォ!」

「でも状況が似てるよ……ピコを殺す時、今の私たちみたいに遊んでやれって……ナガセが言っていた……綺麗に終わらせようとしてるんじゃないかな?」

 私の言葉にデージーが頭を抱える。現実から逃げるため、必死になって自分を騙そうとしているようだった。

「そういえば……ナガセがサクラを、チームから外したんだ……」

 サンが過去を思い起こす。そしてにわかに恐怖に震え、自分を抱きしめた。しかしそこから先は続かず、彼女は俯いてその場にへたり込んだ。

 私は思わず、その続きを言葉にしていってしまった。


「殺したくないから」


 私たちは、一斉に凍り付いた。この演習で公開処刑されるのはナガセじゃない。私たちの方だ。今はっきりと確信した。

 唐突に私の手から、編成表が取り上げられた。私がびくりとして顔を上げると、ナガセがプロテアを引き連れて、部屋に戻ってきていた。

「余り感心せんな。人の部屋を物色するのは……俺はお前達の部屋を侵したことがあるか?」

 私たちは動けない。ナガセは子供の悪戯を嗜めるような、比較的柔らかい顔をしている。それが私から取り上げた紙に眼を移すと、一気に険しいものになった。

「見たのか?」

 私は縋る様な想いでナガセに手を伸ばした。嘘だと言って欲しかった。そして今までの様に守ってほしかった。それが出来ないならどういうことか教えて欲しかった。

「ナガセ……あの……私たち……」

 ナガセは何か言おうと口を開きかけた。だがそれより早く――

「お~お前ら。もう少しで訓練免除でさぁ、はしゃぐのは良いけどよぉ、あんま調子こくなよ。勝手に人の部屋漁んのは止めとけ」

 監視役のプロテアが私たちに気付き、部屋に入ってくる。彼女は私とナガセの間に立って、ナガセが罰を下せない様に配慮してくれた。だが私は焦る。ナガセが何を言おうとしたのか、どうしても知りたかった。

 ナガセはプロテアが来た途端に、『アジリアのルールに従って』口をつぐんでしまう。ナガセは一瞬、とてもつらそうな顔で私たちを見た。やがて顔を伏せると、部屋の外を指さして言った。

「出て行け」

 私たちの時間は依然、凍り付いたままだった。ナガセは声を荒げた。

「出て行け!」

 私たちはまるで電撃を浴びせられたように、跳ね上がった。震える足で立ち、三人でお互いに支え合いながら、命からがら逃げるようにナガセの部屋を出た。

「これは暴力ではないよな?」

 背後から、ナガセの呑気な声が聞こえた。

「ナガセは人の秘密を暴いたりしないだろう。怒られてもしゃあねぇぞ」

 プロテアの説教が、その後に続いた。だが私たちは振り返りもせずに、真っ直ぐ安全な場所まで逃げる事にした。ひとまず、私たちは最も近いサンの部屋に入る。そして荒ぶる心臓が落ち着くまで、床に座り込んでいた。この涼しい中、全員がびっしょりと汗をかき、そして寒さに震えていた。

「あ……私たちの名前が無いのって……そういう事なの? 必要ないから……切り捨てられるの……? 殺されちゃうの!?」

 落ち着くと、サンが喚き始める。デージーががくがくと首を縦に振った。

「多分ナガセは……怒っちゃったんだ……勝手なことばっかするからキレたんだ! ゆー事聞かない馬鹿を殺すつもりだ! アジリアに教えて助けてもらおうよ! それしかないよ!」

 サンはデージーを鼻で笑う。そこには私と同じような、破滅を迎えるものがする、タガの外れた笑みが浮かんでいた。彼女は観念したように、へらへらしていた。

「アジリアの助け? ふふ……その私を助ける為にこの模擬戦を仕組んだんでしょ。私たちを負かす他に何をしてくれるの? それで私たちは死んじゃうんだ。あれ……ちょっと待って……」

 サンは何かに思い当たって、ハッと瞳孔を広げた。

「じゃあそもそもコレ……アジリアが仕組んだことじゃないの? アジリアが挑んだ戦いだよ。アジリアが作ったルールだよ。そして……アジリアが望んだ結果になるんだよ……ひょっとしたら……ひょっとしたらアジリアが私たちを――」

「アジリアはナガセに抵抗して、少しでも私たちの為に良くしてくれてるじゃんか! それは違うだろぉ! 違う違う違うに決まっている! 大体アジリアはロータスがやり過ぎたり、サクラが厳しかったりすると、守ってくれるじゃないか!」

 デージーはもうサンに喋らせまいと、その胸倉を掴み上げた。彼女はそれを馬鹿げた考えだと思っているようだ。だが私がサンに代わって声を上げ、彼女に現実を見せる事にした。

「最近は冷たくて構って貰えないじゃない……出来る人たちで集まって、ひそひそひそひそ……もう愛想つかされたんじゃないのかな? 大体アジリアと付き合いがあるグループに、私たちは含まれていないよ。何時も……プロテアと話して、パンジーと過ごして、サクラに突っかかって、マリアを叱って、ロータスをいなして、ローズに頼み事してる……私たちはいらないんだ」

 私はそこで無性に悲しくなって、眼に手を当てて泣き始めた。どうして目の前の楽に飛びついちゃったんだろう? なんでアジリアの誘いに乗ったんだろう? 今となっては、ナガセの訓練が待ち遠しかった。

 今思えば、アジリアが『辛くないか』なんて言ってきた時点で、警戒するべきだったのかもなぁ……。アジリアは私たちをよく見てくれるし、鼻にかけた様子もない。だけどナガセとは違う意味で、私たちとは一線を画している。何というか、『お前はこっち』『私たちはこっち』とあからさまに差別している様な気がする。ナガセは区別だと言っていたけど、心の中は誰にも分からない。私たちを疎ましく思っているのかもしれない。

「アジリアが冷たいのはぁ……訓練でイライラして……疲れているからだよ」

 デージーが今さらになって、私に反論してきた。だけど私は、それを信じることが出来なかった。

「分からないよぉ! でも昔、私たちの仲間を閉め出して殺したじゃない! 切り捨てたじゃない! ナガセも何回か殺そうとした! それにチームを作る時に、アジリアは勝てる人材を選んだんだよ……それって……ある意味私たちを……切り捨てたってことじゃないの……? アジリアたちきっと、危機に面したら私たちを捨てるよ……」

「それはナガセの命令だろ! ナガセが――」

 デージーは諦めずに、ナガセを悪役に持って行こうとする。サンがいい加減にしろと言いたげに、デージーの言葉を遮った。

「去年冬眠で逆らった時、ナガセはキレなかったよ。たとえそれが私たちが自滅する選択だろうと、尊重してくれた。そして冬を、最後まで頑張ってくれたじゃない。今回も私たちが――アジリアが決めたことだとしたらどうする?」

 デージーはそこでようやく考えを改めたらしい。ごくりと生唾を飲んで、その場で固まってしまった。やがて彼女は髪の毛を掻き乱して、叫び始めた。

「でも私死にたくない死にたくない! いやだぁぁぁ」

「私だって死にたくないよ」

 サンの諦めたような口調に、私も頷いた。

「誰だって死にたくないよそれは」

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

 諦観気味の私とサンに、ついにデージーが号泣し始めた。彼女は普段見せない悲痛な表情を浮かべて、大粒の涙をぼろぼろとこぼす。そしてサンに抱き付いた。

 サンはデージーを抱き返して、慰めるように背中を撫でる。やがてデージーは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、次々に助かる方法を挙げ始めた。

「ナガセに助けてもらおう!」「だからナガセは手を出せないんだよ」「アジリアは! アジリアに話を聴こうよ!」「聞いてどうなるの? 私たちを殺すのがアジリアの目的なら、嘘つかれて終わりじゃん」「プロテアは!?」「馬鹿なんか頼るな!」「ローズ……」「ローズは優しすぎる。そう言う黒い事は分からないよ」「サクラ……駄目だ! とっくに頑張ってる!」

 万策尽きたところで、デージーは皮肉気に言った。

「そもそもナガセを頼る事も……おかしな話だよね……アジリアとナガセ、どっちを信じてんだか」

「そだね……何でだろね……でもナガセの方が安心できるね……無茶苦茶怖いのにね……」

 ナガセは何だろう? ナガセは私たちを虫けらの様に扱って訓練した。確かにそれは嫌だし、許せなかった。だけど皆と平等に、扱ってくれたのかもしれない。同じ訓練を受けさせ、胸を張れるようにしてくれたのかも。ナガセの態度は誰でも変わらない。ナガセはアジリアを気に入っている。サクラはナガセが大好きだ。教える内容に明確な差があるけど、私と同じようにあしらっている。 それが安心感の根源かも知れない。

 それに――私は部屋でのナガセを思い返していた。

「ナガセ……さっきの部屋で、つらそうな顔してた。私たちを殺したくないんだよ。ナガセは出来の悪い私たちでも、ちゃんと訓練してくれたし……今からでも訓練すれば……」

 ナガセは受け入れてくれるだろう。私たちは声を揃えて、ぼそりと呟いた。

「私たちが……やらなきゃ……」

 部屋のスピーカーが、くぉんと音を立てる。ほどなくして、パギの不機嫌そうな声がした。

『デージー。サン。見張りのシフトだよ。あとちょっとで悪魔から解放されるんだから、少しはキリキリ動いてねぇ』

 プツと音は途切れ、私は呆然とスピーカーを見上げた。

「パギにまで下に見られてるんだね……」

 私の胸に、それまでに抱かなかった、熱い何かが湧き上ってきた。

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