暴君-5
その日から、更に二週間が経った。彼女たちの基礎訓練は終了し、ひとまず最低限の体力を持たせることには成功した。次は実戦訓練だ。射撃訓練から人攻機の機動、潜伏、無線、格闘を叩きこむ。それが済めば演習を行い、アメリカドームポリス攻略だ。
訓練自体も小隊を作成し、その括りで行うことにした。小隊を創るにあたってテストをし、その適性や性格を精査する。そして特色をつけつつ、バランスが良くなるよう配慮した。
小隊は予定通り四つ作った。機動部隊であるアルファチーム、ブラボーチーム。それぞれプロテアとサクラをリーダーに据えた。そして遊撃に特化したチャーリーチーム。こちらはアジリアがリーダーだ。最後に後方支援を行うシエラチームである。リーダーはアイリスだ。
残りの二人はドームポリス守護班に振り分けた。ピオニーとローズだ。ピオニーは性格以前の問題で、戦闘に不向きだった。とにかく鈍く、状況把握能力に欠け、意思伝達に難がある。マイペース過ぎて、戦場に連れてはいけない。ローズは優秀で視野も広いが、好戦的ではない。良心の咎めから戦機を逃す可能性が高いので、編成から外した。
そして緊急時に困難な任務を遂行するため、各チームリーダーを構成員としたデルタチームという枠組みを作った。今は形だけのお飾りだが、いずれ役に立つ時が来るだろう。デルタチームのリーダーは、アジリアに任せるつもりだ。だがサクラが俺から自立できたなら、どちらを選ぶか悩むだろう。
実戦訓練自体は、スムーズに進んだ。基礎訓練に時間をかけたため、彼女たちも余裕をもって取り込むことが出来たのだ。だがチームでの連携訓練や指揮系統の徹底、そして小隊で行う模擬戦になると状況は悪化した。
指揮系統に関しては絶対服従という前提に、リーダーはしり込みしてしまい、隊員が反発するのだ。それで意思伝達が上手くいかず、部隊が隊列や戦列を保てず崩壊してしまう。模擬戦に関しては、仲間に武器を向けるのには抵抗があるのだろう。こればかりは仕方ない。むしろ愛くるしいほどだ。
俺はこれらの不安要素を、電撃をもって叩き潰すことにした。例えリーダーに従うことが出来なくても、大元が俺の命令だということを知らしめれば、絶対服従を貫くだろう。だがこれは一時しのぎだ。階級というものは、逆らうために存在する。『こんな命令には従えない、仲間を助けるにはこれが最善だ』と、『理想ではなく現実を見て』声を挙げられるのが良い兵士だ。
そんなある日、俺はアジリアに食堂へ呼ばれた。俺は誘われるがまま現場に赴く。そこには見張りと仕事を除いて、彼女たちが全員集まっていた。発起人のように、集団の中心にいるのはアジリアだ。彼女は被害者を強調するよう周囲に、訓練に付いて行けず電撃を受けた者たちを取り巻いていた。
派手にやるじゃないか。見張りは――サクラの班だったな。アイリスは医務室でここにはいない。目の上のたんこぶが居ない時に、行動を起こしたか。
俺はアジリアと見つめ合う。彼女は今までの鬱憤を晴らすかの如く、据えた眼で俺のことを睨んでいた。
「ナガセ。何故呼ばれたかは分かっているな。最近の訓練は度が過ぎる。出来ないことをやらせ、失敗すると罰を加える。正気の沙汰ではないぞ」
アジリアの周りで同意するように、アカシアやリリィが首を縦に振って見せる。俺はその反応に、慌ても狼狽えもしなかった。子供の駄々を目の当たりにして、溜息をつきながら頭を掻くだけだった。
「だが話した通りだ。アメリカドームポリスを化け物の手から取り返すためには、貴様らを訓練して、奴らと渡り合えるようにしなければならない。そうしなければ我々が滅ぶのだ。貴様らも十分承知のはずだが?」
アジリアが自らを強調するように、胸を手の平で叩いた。するとそれを合図にして、彼女たちの中でも屈強な面々が、一歩進み出る。ローズやプロテアなどだ。
「だからだナガセ。我々強いものが戦う。素質がある我々の訓練に時間をかけ、その練度を高めた方が、勝率が高まるに決まっている。適正の無い物に無理強いしても、士気が下がり反意を増長し、全体の戦力が低下するだけだ」
プロテアがアジリアの隣で声を上げた。
「つーことだ。俺とアジリア、サクラにローズ、ロータスとマリア。後はパンジーか。七人いりゃ十分じゃねぇか。全体の半分だぞ? それにナガセよぉ。俺が十人束になったって、お前に勝てねぇのは分かってる。それと同じでアカシアが十人束になったって、俺には勝てねぇんだ。そんなのどうしたって無駄だろ?」
プロテアの言葉に、ひくりとアカシアの頬は軽く引きつる。リリィの笑顔は軽く歪んだ。プライドのない人間なんていない。仲間として気遣われるのはともかく、子守されるのは腹立たしいものだ。彼女たちは尊厳を守られたいのであって、庇護下に置かれたいわけではないのかもしれない。結局アカシアとリリィは、それ以上何も言わなかった。俺のやり方に不満があるのは間違いないだろう。おそらく俺に訓練で、虫けらの様に扱われたのが許せないのだ。
アジリアはリリィら力の無い者を尊重している。それが行動原理であるため、彼女らにしかできない事も熟知して、それを仕事にさせようと思っているのだろう。だがプロテアやローズらは、弱い者を守ると言う母性本能が行動原理に違いない。仲間にそう思われるのは、ストレスだろうな。
「残念ながらそれでは戦いにならん。戦いは質よりも数だ。全ての部隊を、能率的に運用することで、初めて勝利の可能性が生まれる」
アジリアが机に拳を振り下ろす。その激しい音に、食堂がしんと静まり返った。その沈黙の中、アジリアの凛とした言葉が響いた。
「ではこうしよう。私の部隊と、貴様の部隊、どちらが強いか勝負しようではないか」
俺の脳裏にアロウズの姿が、フラッシュバックした。しかしその姿は、全容を把握する前に、煙草の煙に埋もれてしまう。
『私が……見えるか?』
見えない……見えない……見えない!
その時――部屋にいる全員が、恐れに毛を逆立て、数歩俺から後退った。俺がレッド・ドラゴンに変わったからだろう。血に餓えた眼に、人を侮蔑する歪んだ口元で笑顔を創られれば、誰だって恐れを抱く。俺はその凄絶な表情のまま、ドスの効いた声で言った。
「わざとか……わざと真似ているのか? ン?」
俺の反応に、アカシアとリリィ――被害者組が取り乱した。彼女らは目に涙を浮かべると、人形のように頭を下げ始めた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
そんな被害者組を、プロテアとローズが後ろから抱きしめる事で落ち着けさせる。アジリアは冷や汗を頬に滴らせながら、慎重に俺の様子を窺ってきた。
「何を言っているか分からないが……暴力でカタをつけるつもりか?」
俺はそこで正気に戻る。すぐに顔を手で覆い、メイクを落とすように拭った。そうすることで、凶悪な表情を引っ込めて、普段の気難しい表情に戻した。それでも興奮した俺の心は、未だ静まらなかった。
「今のは暴力だった……それは謝る。だが訓練を止める訳にはいかん。円満に解決するために、その提案に乗ろう」
アジリアは緊張に硬い表情の中、しめたとほっとした笑みを浮かべた。そして話を進めていった。
「だが貴様は殺しの経験が豊富で――」
俺は今、話を長引かせたくなかった。とにかく部屋に逃げ帰りたかった。
「弁論は結構。考えたルールがあるんだろう? それを早く言え」
「言っておくが、ルールは極めて私に有利なものとなる。しかし私がそれを臆面なく提案するのは、貴様の暴挙が論拠にあるからだ。それを理解してもらわねば、私が悪役になる」
俺は無言で顎をしゃくり、先を促した。
「一つ。お前と我々では力量に差があり過ぎる。お前の参戦はナシだ。出すのは指示だけにしてもらう。二つ。そっちのチームはアカシア、リリィ、アイリス、サン、デージー、サクラから選んでもらう。こっちは私、パンジー、プロテア、ローズ、マリアから選ぶ。我々の方に適正が高い者が集中しているが、我々が貴様の意見と戦うと決起したのだから、当然のことだろう。だからサクラはお前のチームだ」
至極真っ当な条件だ。俺は素直に頷いた。
「最後にナガセ。今日から模擬戦の日まで、お前を監視させてもらう。無理な訓練や、脅迫をさせないためにだ。それでお前が無理強いする指揮系統がどれほど危うく、そして士気の低下がいかほどか証明して見せる」
とんだ茶番だな。誰の眼から見ても、俺の負けははっきりとしている。しかしアジリアの弁論は、この茶番劇を自分がいかに正しいかの論拠にまで昇華させた。アジリアの意見はどれも正しいし、この理不尽な条件を正当なものだと、合理的に説明している。俺は演習を回避できない。アジリアの主張を認めたことになるからだ。大した弁舌だ。こうやってソクラテスも殺されたのだな。
俺は勝負からは、逃げるつもりはなかった。ここで俺の権威にケチがついたら、これからの指示に支障が出る。この条件をすべて受け、なおかつ圧勝しなければならない。
「場所はいつもの訓練場か? ならば模擬戦も、訓練通り三人で行うんだな?」
そう言って俺は、草原の方角を親指で指した。草原には堀がある。越冬前に掘った、迎撃用の物だ。俺は春を迎えてから、その内側にもう一つ堀を造り、そこを訓練場として運用していた。アジリアはこくりと頷く。
「ああ。それと使用する人攻機についてだが、同田貫は使用するパッケージによってその性能が変化する。だがパッケージの数は限られているし、訓練如きで予備を使うのは嫌だろう。必然的に演習で、躯体の性能差が生まれる訳だ」
このドームポリスにある人攻機のパッケージは、全部で八つ。五月雨、段平、レイピア、ダガァ、カットラス、シャスク、カッツバルゲル、クレイモアだ。パッケージは各三つずつ存在し、二つを駆動用に使い、もう一つをパーツ取りに使っている。ちなみに五月雨とカットラスは、去年俺が一つずつ駄目にしたため、二つしか残っていない。
俺は今更、公平を気にするアジリアを苦笑した。
「いらん気を回すな。アジリア。お前が先に選べ」
「そうもいかん。後で躯体の性能差を、敗因に使われたら困る」
「皆の前で粋がるのは分かるが……それ以上は口の利き方に気を付けろよ。それではどうする?」
アジリアはポケットから一枚の硬貨を取り出して、ピンと親指で弾く。そして空で器用にキャッチして、俺に見せつけた。
「勝負では優劣が出る。だからこれを卓に放るから、表裏で決めようではないか」
「コインか……いいだろう」
これを弾いて落とせば、結果を操作する事はまずできない。手の甲に乗せたり、箱に入れたりするのとは違う。アジリアはコインの裏面を俺に向ける。
「私は裏だ」
「では俺は表だな」
彼女たち皆が、固唾を飲んで見守っている。その中アジリアが、コインを指に乗せて親指で弾いた。コインは宙をくるくると舞い、食卓に落ちて、その上を跳ねた。その時ほんの一瞬だったが、俺はコインが妙な動きをしたのを見逃さなかった。
コイントスの結果は、裏だった。彼女たちが一斉に、喜びに湧く。アジリアは歓声を受けながら、悠々とコインをポケットにしまった。
俺は唇を曲げて、しばらくの間食卓を見つめていた。何時までもウブなネンネと言う訳ではないようだな。コインを帯磁させ、食卓に磁力板を仕込んだか。必ず裏面が出るように仕組んだな。
アジリアは俺が食卓を凝視しているのに気付き、にわかに焦り始めた。彼女は可愛い事に、机を鳴らさずに、両手を鳴らすことで俺の注意を引いた。
「私はシャスク二躯と、五月雨を選ぶ」
やはり。日頃使用して、練度のある物を選んだか。残ったのは彼女たちが、使ったことも無い人攻機だけだ。これでは一から習熟訓練をしなければならない。しかし俺は口しか出すことが出来ない。このままでは敗北は必至だ。
俺は少しの間、思案に暮れた。まず勝利へのシナリオを練る。それに必要なイベントを用意し、条件を揃えていく。自然と条件に相応しい人員が選出され、それからどの装備品が良いかが決まった。
「では俺は、ダガァ二躯と段平にする。そっちのチーム編成を聞こうか」
「私とプロテア、そしてローズだ」
アジリアが自信満々に答える。彼女らはこのドームポリス内でも、上位の成績を誇る者たちだ。それと戦うことになるアカシアたちは、複雑な顔になった。俺はそれとは別の所で、眉根を寄せる。あのローズが参戦するとは信じがたかった。
「ローズ。お前は良いのか?」
「私よりアカシアやアイリスを、気にかけて欲しいんデスケド……」
俺の問いかけに、ローズは頬を膨らませながら、サンとデージーの肩に手を置いた。まるで我が子をおもんばかる、母親の様だった。これ以上は何も言うまい。
「アカシアたちの訓練は、明日指示する。それまでシフト通り見張りにつけ」
俺はそう言い残すと、彼女たちに背を向けて食卓を後にしようとした。
「待て。お前の編成を聞こうか?」
アジリアが俺を呼び止める。俺は顔だけを背後に振り返らせた。
「こちらのチームはサンとデージー、そしてアカシアだ」
アジリアは俺の意外な台詞に、驚いたようだった。
「正気か……? サクラは使わないのか?」
「サクラはこちらのチームからも外せ。彼女を巻き込むわけにはいかん。それに彼女は、優秀だからな――」
俺は正面に向き直り、自室に向かって歩み始めた。反発は予想していたが、こういう形で団結されるとは思わなかった。編隊機動もこの調子でやってもらいたいものだ。だが自分の意見を持ち、そして信念をもって行動するのは良い事だ。
『サー。私の推論に拠れば、マム・アジリアは――』
道中、アイアンワンドが語りかけて来た。
「ああ。イカサマをした。順調に成長している」
俺は事も無げに言う。アイアンワンドは困ったように唸った。
『私には分かりかねます。サーはイカサマに気付いてなお、それを看過したと状況を推測します。その理由を教えて頂けないでしょうか?』
「敵と戦う時は、弱った時を狙うのが定石だ。殺せばそれで済むからな。だが味方と戦う時は、殺すわけにはいかん。だから強大な時に叩くのだ。それでは敵に勝てん事を証明し、その腐った思想を一掃するためにな」
『サーにとって、マム・アジリアの思想は腐敗していると?』
「それは勝者が決める事だ」
俺は自室に辿り着き、中に入って鍵を閉めた。そして椅子に腰を掛けて、一息をついた。
『勝算はおありで?』
「それは彼女たちが決める事だ。俺は戦えんのだからな……だが残念な事に、俺が勝つだろう」
俺には策がある。あの女が教えてくれた、やり方がある。
ふと人の気配を感じ、俺は顔を上げた。ベッドの上で、見知った女が横たわっていた。金の長髪を小さなツインテールで括る、独特な髪型をしている。彼女はライフスキン姿で、衣装用の布を纏っていない。大きく張り出た胸に、綺麗な丸みを帯びた尻。ライフスキンの密着が浮き彫りにする艶やかな肢体を、惜しげも無く曝け出している。
「リタ……ここで何をしている」
俺は恐れに震えた。リタはベットの上で寝返りを打って、うつ伏せになった。
『やぁね。怖い顔しないでよナガセぇ。私は何もしていないわよ。それより――サ』
リタは妖艶な仕草で、ゆっくりと足を広げて、股を開いていく。
『続き――』
「く た ば れ !」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、モーゼルを抜いてリタに向けて構えた。そこでリタが、ベッドの上から消えていることに気付く。幻覚だ。俺は呆然と、乱れたベッドを見つめた。やがてモーゼルを、セイフティをかけてからホルスターに戻した。
俺は椅子に座り直すと、膝に肘をつけて頭を抱え込んだ。




